2013年9月9日月曜日

アンデウソン・シウバ、挑発は戦略でありスタイルだと語る。

UFC168:スパイダー・シウバは言う、クリス・ワイドマンのために「ニュー・アンデウソン」がやってくると。



MMA Maniaより

元UFC王者アンデウソン・シウバはSirius XMの「Fight Club」に出演して、UFC168でのクリス・ワイドマンとのリマッチについて、彼のマイケル・ジャクソンへの愛について、トレーニングのためにチャック・ノリスとボロ・ヤンを招聘することについて、そして最近契約した10試合契約全てを履行することについて話した。

アンデウソン・シウバによれば、7年間支配したミドル級タイトルを失うのは「普通のこと」だ。

「勝つときもあるし、勝たないときもあるんだよ。」と、最近Sirius XMの「Fight Club」でのインタビューでシウバは平然と、淡々と言った。

元185ポンド王者はもちろん、階級の新しいチャンピオンであるクリス・ワイドマンとの二度目の激突が組まれている、ラスベガスはMGMグランドにおいて2013年12月28日に開催されるUFC168でのことだ。シウバは言う、彼は「リマッチの準備はできている」と、その試合がUFC史上最高視聴率のペイパー・ビュー(PPV)カードとなるのはほぼ間違いなさそうだ。

「ニュー・アンデウソンがやってくる。」と彼は自慢げに語った。

多くのミックスド・マーシャル・アーツ(MMA)の専門家とファンは、シウバはワイドマンに対して敬意を欠いていると感じた。UFC162で負けるまでの間の、試合中の彼の芝居がかった仕種に、両腕を下げる行為に、その他のことに対してだ。

元王者は異論を唱えた。

「私は対戦相手に敬意を払っていないわけじゃない。」とシウバは言った。「これは私の戦略であり、私のファイト・スタイルなんだ。人々は『アンデウソンは相手に敬意を欠いている、クリス・ワイドマンに敬意を欠いている』と言う。これは事実じゃない。私はクリス・ワイドマンに敬意を払っている。私は対戦相手に敬意を払っている。」

ワイドマンへのノックアウトによる敗戦のすぐ後に、オクタゴンの中でシウバはジョー・ローガンに語った、彼はオール・アメリカンとのリマッチはしたくないのだと。それは当然ながら1週間足らずで変化した、二度目の対戦が公表されたときのことだ。

シウバは、UFC社長デイナ・ホワイトから何度か宥めすかされたと説明した。

「私は自分の人生とキャリアの中で初めてノックアウトされたのだから、嬉しくはないね。」とシウバは説明する。「私が試合を終えた時、私は幸せじゃなかった、だが私がホテルに戻って三日経つと、デイナは私に話しかけてきたんだ:『これは君が遺す歴史にとって、とても重要なことだ。私達は君の帰還を必要としているし、私達は君がリマッチに赴くことを必要としているんだ。』私は自分のコーチ、家族と話し合った。私のコーチは言う、『そうだこれは君にとってとても重要なことだ。彼らは君の帰還を必要としている。彼らは君がファンのためにもう一試合提供することを必要としている。ベルトを期待しているファンのために、今一度のチャンスを必要としているんだ。』」

ワイドマンへの敗北にも関わらず、そしてリマッチで例えどのような結果になろうとも、しばしば史上最も偉大な選手と称されてきた彼は「自分の遺した物は完成している」と感じている。

「UFCにおいて、私は全ての古い記録を破った。」と彼は言った。「私は7年間ベルトを保持した。」

その38歳のブラジル人は残っている10試合契約をやり終えることについて「ワクワクしている」のだ。

「私にはクリス・ワイドマンともう一試合ある。」と彼は言った。「それは契約の一部だ。私は勝つか、勝たないのか。私は次のことと新しい試合に集中することにひた向きだ。」

噂されていたジョン・ジョーンズとジョルジュ・サンピエールとのスーパーファイトは今でも「可能性はある」とシウバは言った。「だが私はクリス・ワイドマンに集中している、そして次なる私の夢はロイ・ジョーンズJrとボクシングで対戦することだ。」

シウバは今すぐグローブを置くことについては何の計画も持っていない、そして年齢への不安がある中で限界を超えようと挑戦してきたファイターについて語った。

「私の励みになった人はランディ・クートゥア、ダン・ヘンダーソン・・・こういう人たちだ・・・40代だね。」と彼は述べた。

その元ミドル級チャンピオンは、もしミックスド・マーシャル・アーティストにならなかったら何をしていただろうかと問われたときに、そのユーモアのセンスを披露した。R.J.クリフォードがシウバにこの質問をした後、切れ者のリッキー・ボーンズが割って入った、「マイケル・ジャクソンのモノマネ芸人?」
それは当然、かの有名なPRIDE21での、ジャクソンの「Don't stop til you get enough」で入場したことに対して言及したものだ。



「Hee,Hee,」とシウバは彼の最高のマイケル・ジャクソン・ボイスで言った、彼と、クリフォードとボーンズが揃って笑い始める前のことだ。「私はマイケル・ジャクソンを愛している。彼は私の人生の一部だ。」

笑わせた後、シウバはあり得た可能性について教えてくれた。「私の家族は、父と兄弟達がブラジルで一緒に暮らしている。」と彼は言った。「だから、私はたぶん同じ経歴では戦っていないね、ブラジルの家族の集まりの中ではね。」

スティーブン・セガールについてはどうだろうか?彼の名前はシウバと彼の練習について考えるときに常に触れられてきた、もっともそれはUFC126での、ビトー・べウフォートの顔面への前蹴りによるノックアウト以降次第に薄れていったが。

シウバは笑い始めた、まるで合気道7段黒帯の存在がMMAに登場したらどれほどコミカルなのかに気づいたかのように。

「私は次の試合のために新しい戦略があるんだ。」と彼は打ち明けた。「私は次の試合のためにチャック・ノリスとボロ・ヤンに話をしたんだ。」と彼はジョークを言った。「私はジャン・クロード・ヴァン・ダムと話をしようとしている、だが彼は電話に出ない。」と彼は続けた。「さあ、『電話してきてください、私はあなたの助けを必要としています』」

7年間保持し続けたタイトルを失ったばかりの男にしては、彼は上機嫌でショーに出演している間もリラックスしているように見えた。彼はMMAのパンテノンの中で自分が立っている場所に満足しているようだった。彼がここから達成したものはなんでも自分の遺した記録に加えられていくだけだ、だが彼がキャリアの中でこれまで達成したものの価値を損なうようなものはあまりない。

「シン・シティ」での再戦のための準備の中で、シウバは「多くを変える」ことはないだろうと言った、彼は自身の「焦点」に向かって突き進むことに集中しているのだ。

「私はタイランドにいる我がグランドマスターの元に行く。」と彼は説明した。「私は練習するために行く。私は自分のエネルギーを取り戻す、マーシャル・アーツと新・アンデウソンがやってくる。見ててくれ。」

私達はきっと見るだろう、そして私達はあと4ヶ月も待たなければならない。

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アンデウソン・シウバが語る、クリス・ワイドマン戦へのリマッチに向けた意気込みについてでした。本当は8月終わりにこの記事を投稿する予定でしたが、怒涛のUFC大会3連続開催のせいでズレにズレこんで今になりました。なんだかもう半年くらい前に書き始めた気がします。

色々言及していますが、一番注目すべきはやはり「挑発をやめる気はさらさらない」ということですね。私も度々言及しましたが、あれはれっきとした戦術の一つです。しかもかなり有効です。挑発は古来より、戦いにおいて戦局を大きく左右する要素の一つです。

私は以前ニック・ディアズの挑発に対して極めて否定的なコメントをしました。したがって読者様の中には、アンデウソンの挑発に対する態度と違うんじゃないのか、と思われている方もいらっしゃるかと思います。お前がディアズ嫌いなだけだろう、と思っている人もいるでしょう。嫌いなのは事実です。しかしそれだけではありません。私の態度が違う一番大きな理由は、アンデウソンとディアズ兄弟には挑発の質の違いがあるからです。

まずディアズ兄弟から分析します。

彼らの挑発の骨子は「男らしさ」にあります。試合中にガードを下げ、かかってこいという仕種をし、さらには口で相手を侮辱する発言をし、酷いときにはファッ※ユーのジェスチャーまでします。余談ですが、以前ネイト・ディアズがベンソン・ヘンダーソンにそのジェスチャーをした写真をブログに載せたら削除されました。それくらいに下卑たものであり、私達の想像以上に酷い行為だということを念頭に置いておくといいでしょう。彼らはそういう行為をやって挑発してきました。そして殴ってこない相手にはさらに挑発を繰り返します。

自分達は戦いで熱い殴り合いを望む「男」だ、だから付き合わない奴は「フヌケ野郎」だ、というわけです。彼らがまだ幻想と人気の絶頂だった頃、不良的なノリが好きな人たちは彼らを賞賛し、彼の対戦相手には殴り合いを要求しました。

しかし彼らが殴り合いを要求するのは男らしいからではなく、そのほうが自分達の勝率が上がるからに過ぎません。打たれ強くボクシングが得意な彼らは、同撃のカウンターでならまず負けないからです。彼らはそれを美学でコーティングし、そして自分達の土俵に上がってこない冷静な選手をファンに攻撃させるよう仕向けるわけです。

その最たる例はニック・ディアズのカーロス・コンディット戦でしょう。いまだにコンディットは消極的だったと思っている人を散見しますが、ドン亀のニック・ディアズがコンディットの間合いに入れなかっただけの試合です。コンディットはローキックを含めかなりの手数を出しています。コンディットの打撃が当たる間合いでディアズは打撃を当てられず、コンディットからすればディアズと打ち合わずに打撃を一方的に当てられる距離があるのですから、当然そちらを選択します。別に何らおかしなことはありません。

試合後、ニック・ディアズはコンディットを批判し、ファンも一斉に彼を批判しました。しかし消極的なファイトに煩いデイナ・ホワイトは何も言わず、コンディット勝利を支持していました。私もあれを消極的と言うのはさすがにどうかと思います。互いに間合いを計りあう、ジリジリとした緊張感のある試合で面白かったです。

ではなぜあんなに批判が殺到したかといえば、結局は彼がこれまで人前で見せてきたキャラクター、発言、そしていわゆる美学のせいです。そしてそれに踊らされた人たちが冷静に試合を運んだコンディットを槍玉にあげた、というように私は考えています。

この挑発の何が不愉快かといえば、挑発が失敗して彼らが負けた場合、彼らの敗戦した理由が対戦相手の「男気の無さ」になるからです。彼らは自身の敗戦のツケを対戦相手に回し、そしてそれを美学でコーティングしてファンを仕向けるという極めて不愉快で「男らしくない」真似をするからです。彼らのやっていることは彼らが語る美学の正反対に位置するものです。彼らが負けた理由は単に欠けている技術があるからです。パンチを封じられたときに、それを打開する術がないからです。レスリング技術に問題があるからです。ただそれだけのことを対戦相手の男気の無さのせいにするのが男らしい?笑わせるのはその玉袋筋太郎に似た顔だけにして欲しいところです。私は挑発に付き合わず、ディアズの挑発に試合中に笑い出しそうになったというエピソードを試合後にニヤリと笑って語ったコンディットのほうに遥かに男気を感じます。

結局その後、時が経つにつれて彼らの化けの皮は剥がされました。兄のニック・ディアズはGSPに散々に転がされて上から殴られ続け、スタンドでもジャブをしこたま被弾して大差の判定負けをしました。彼は試合後にGSPはセコイ野郎だのパンチなんか効かなかったなどと強がりましたが、さすがに多くの人がみっともないと思ったでしょう。弟のネイトはベンソン・ヘンダーソンに立っても寝ても一方的にやられました。挙句スタンドで打ってこいと挑発をかましてパンチでダウンを奪われました。続くジョシュ・トムソン戦ではコンディット同様距離を取るジョシュを捕まえられず、イライラしているところにジョシュのハイキックを打ち込まれ、さらに続くラウンドでまたしても同じ軌道のハイキックを打ち込まれて人生初のTKO負けをしました。しかし彼もまた試合後、「ジョシュは殴られると女みたいな悲鳴をあげた」だのと負け惜しみを垂れ流し、まるで打ち合いから逃げたかのように嘯きました。これもまたみっともないことです。

結局兄は自分の弱さと向き合うことに耐えられずにほぼ引退、弟は完膚なきまでに叩きのめされてランキングの遥か下に転げ落ちました。さらに兄は打ち合いを目指したMMA団体を立ち上げるものの、メインカードが軒並み判定という神がかったコントを披露しています。

彼らの挑発は自分達の弱さを奇麗事で覆い隠すという最悪のやり口です。それは相手選手に敬意を欠いた、極めて卑劣なやり口であると私は考えます。

ではMMAの生ける伝説、アンデウソン・シウバはどうでしょう。

彼の挑発もまたかなり激しいものです。相手に打ってこいというジェスチャーをし、ガードを完全に下げて顔を突き出し、演技がかった表情をクルクルと変えて相手選手を挑発します。これも不愉快な行為には違いありません。

しかし彼は挑発に乗らずに打ち合いにこない相手を非難するかといえば、彼はそういうことは一切しません。もっとも、彼の挑発に耐え切れた選手はワイドマン以前には誰も存在しませんでした。逆にいえば、彼は挑発も超一流だったということです。私もテレビを見ていてキレかけることが何度かあったくらいですから、面と向かってされている選手はさらに頭に血が登っているでしょう。

彼はそのほうが打撃戦に持ち込みやすく、そうなればカウンターをあわせやすいからやっているだけのことです。そして相手が何としてでも顔面をぶん殴りたくなるように、まるでお前の攻撃は絶対にかすりもしないとでもいうかのような振る舞いをしたり、対戦相手を前にして踊ってみたりとエンターテイナーなことをやるわけです。やっていることはサーカスの危険な芸みたいなものでしょう。彼は綱渡りの綱の上でおどけているピエロそのものです。ピエロが落下しかけ、そしてそれを辛うじて切り抜けたときに、人は普通に綱渡りをする者よりも大きな賞賛を送るでしょう。しかしその落下しかけるフリも含めて、それは血の滲む練習によって裏づけされているのです。

だから彼が綱の上から落下してその命を落としたとき、ファンはディアズのときのように対戦相手のワイドマンを批判することはありませんでした。彼は自分自身の名誉と尊厳を賭けて挑発をしていたからです。だからこそ、彼が負けたときに批判の矛先はアンデウソンに向かいました。「ふざけた真似をしているからだ、あんなことをすれば負けて当然だ!」と人々は言いました。しかし彼らは忘れています、彼は負けて当然の行為を潜り抜けて、これまで無敗であり続けたのだということを。そしてアンデウソンが偉大である由縁は、負けたときにこうなることをちゃんと覚悟してやっていたところです。

なぜ覚悟していたと思うかといえば、それは彼の負けた後の態度を見れば明らかです。彼はあっさりと全てを受け入れ、そしてその後のインタビューでも気にしている素振りは全くありません。そしてまた次の試合に向けて、淡々と準備をしています。そしてそれはどこか楽しげです。彼は最初から負けることを、そして自分に有利になるような戦術を使って負けたときには、どれだけダメージが大きいかということを受けて入れているからこそ、試合でああいう挑発が出来るのです。だから言い訳もしないし、対戦相手に文句も言わないし、そしてこうやって人前でそのトリックまでばらしてしまいます。私はアンデウソン・シウバが負けて初めて、その偉大さに気づかされました。人は負けるときもある、彼は敗北と失敗を許容しているのです。それは挫折を経験した人間にしかできない尊い行為です。そして彼は自分の敗北を、自分の実力の至らなさとしてしっかりと受け止めました。

私がアンデウソンの挑発に寛容なのは、彼は戦術としての挑発を認め、そしてそれを利用して勝ってきたことを隠さないからです。それはフェアな挑発(少し矛盾してますがw)です。自分が勝つためにやってることを、美学であるかのように取り繕うフェイク野郎は女の腐った奴です。何度も言っていますが、そんなに男らしさを見せ付ける打ち合いがしたいならば、互いの選手の足を鎖で繋いで殴りあう競技を作ればいいだけです。その競技を作れば、恐らくメルヴィン・マヌーフの長期政権が樹立されるでしょう。UFCに来れない彼には最高の舞台ではないでしょうか。恐らく4度目の大会あたりで死人が出るか、出場者が確保できないか、皆に飽きられて消滅することになるでしょうが。

少し長くなりましたが、いい機会なので挑発の違いについて解説してみました。挑発という行為はものすごく有用ですが、極めてリスキーでもあります。究極のリスクといってもいいでしょう。相手を挑発して負けてしまえば、自分が築き上げてきたものをごっそりと失う可能性があるからです。そういう意味でアンデウソンは究極のギャンブラーでした。ギャンブルは賭けた金が多いほど、そのリターンも大きくなります。彼は常に全てをケージの中にベットしてきました、そして全てを失う覚悟もしていました。だからこそ彼は偉大なのです。彼の試合が人々を夢中にさせてきたのは、彼がいつも全てを賭けていたからです。

そんな彼はタイランドの師の元に行き、自身の最大の武器であるムエタイを一から鍛えなおすようです。新アンデウソンは何を維持し、何を変えてくるのか。史上最高のエンターテイナーは2013年12月28日、ラスベガスはシン・シティでケージに帰還します。

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