前後しましたがUFConFOX7のその他の試合の寸評です。以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC公式より
ヘビー級 5分3R
WIN ダニエル・コーミエ vs フランク・ミア
(ユナニマス・デシジョンによる勝利)
fightmetricによるデータはこちら
ダニエル・コーミエを襲ったUFCジッター
他の団体で活躍した選手が、UFCに移籍した際にプレッシャーに飲まれてデビュー戦でミスをしたり、硬くなり過ぎて実力を発揮できない現象がある。これを称して「UFCジッター(ジッターは神経質、イライラソワソワする動きのこと)」と呼んでいる。この日のダニエル・コーミエは、間違いなくUFCジッターだった。
思わず笑ってしまった。コーミエは入場するやいなや、妙に目を見開いた硬い表情のまま、何かに追われる様にずんぐりとした体を揺らしながらオクタゴンまでの道を走り抜けていったのだ。試合前にスタミナの半分くらいは消費してしまったかもしれない。彼がかなりの重圧を感じているのが痛いほどにわかる光景だった。コーミエが大爆走するのもしょうがないだろう。彼にかかる期待は、もはや尋常ならざるものがあったからだ。
コーミエのMMAキャリアは極めて短い。MMAデビューを果たしたのは2009年、腎不全によりオリンピック出場を断念した後のことだ。彼はMMA選手のコーチを勤める傍ら、その才能を見出されてMMAに参戦することになった。参戦して以来連勝を続け、彼はいまだ無敗である。そして何よりも評価を高めたのが、ストライクフォースにおけるアントニオ・シウバとの一戦だ。
アントニオ・シウバはコーミエとの対戦の前に、かのレジェンド・ファイター、エメリヤーネンコ・ヒョードルを完全に叩きのめしてTKO勝ちを奪ったばかりだった。その勝利は衝撃的であり、アントニオ・シウバの名声が一気に高まっていたときのことだった。そのアントニオ・シウバを相手に、レスラー出身のダニエル・コーミエはスタンドでのパンチによってあっさりとKOしてしまったのだ。試合内容はコーミエの圧勝であり、アントニオ・シウバが得た名声を、横からすべて掻っ攫ってしまう形となった。コーミエの実力はどれほどのものなのか、ファンの期待と幻想はコーミエのボディのように一気に膨れ上がった。
加えてダニエル・コーミエはAKA所属であり、その練習パートナーは現ヘビー級王者、ケイン・ヴェラスケスである。彼はアントニオ・シウバに勝利した際にもそのことを誇らしげに叫んだほど、彼らはお互いに信頼しあい、共に研鑽を積んできた間柄なのだろう。コーミエがレスラーでありながらあれほど打撃に抜きん出ているのも、ヴェラスケスによる部分はかなり大きいのかもしれない。
これらの経緯から、コーミエはヘビー級の二強に食い込む存在と言われた。しかしコーミエはケイン・ヴェラスケスが王者ならば絶対に対戦したくないと表明したため、今度は現ライトヘビー級王者ジョン・ジョーンズを倒す可能性のある最有力候補として人々の議論の的になっていた。彼はどちらの階級でも王者に手が届く人間として扱われていたのだ。もはや彼は、キャリアには似つかわしくないほどの高みに持ち上げられてしまったのだ。一敗の負けも許されない、そんな状況に追い込まれていた。それらが冒頭の、花道の大爆走に繋がったのだろう。
力む体、失われていくスタミナ
試合が開始してすぐに判明したのは、コーミエがスタンドで距離をキープしないことだ。これまでの試合ではスタンドで距離をキープしつつ、隙を見て飛び込んでは打撃を浴びせるスタイルだったように思うが、コーミエはどうしてもすぐにクリンチに行きがちだった。金網に長時間押し込んでは、息を整えている時間が非常に長かったように感じた。もちろん、リーチで勝るミアを相手に距離を空けて蹴りの間合いにしたくない、というのはあったろうが、それにしてもいささか慎重すぎる試合運びだった。
一方でクリンチの攻防では、体格差からは想像もつかないほどの圧倒的優勢を見せた。フランク・ミアはコーミエより大分大きく、体重差も10kg近くありパワーではミアが遥かに有利だと思われたが、コーミエはそのミアを金網に磔にして、まるで身動きできなくさせていたのだ。そこでスピーディな打撃を浴びせていくのは非常にいい攻撃だったと思う。
だが、3Rに入るとコーミエは失速を始める。スピードでもパワーでもまだ優位にはあったものの、手数が減り、ミアのほうが攻めていくシーンも目立ち始めた。これまでの展開でそこまでスタミナをロスする要因は見当たらない。もちろん、体重差が10kg近くあり、かつ力が強いことで知られるミアを長時間押し込み続けていたのだからそれで消費したというのもあるだろう。それでもやはり、あまりにもロスしすぎていたように見える。これはたぶん、UFCジッターによって体に無駄な力が入りすぎていたことが原因だろう。結局フィニッシュに持ち込むことはできず、判定での消化不良な試合となった。
感じさせる可能性と迫る年齢的な限界
今回の試合は恐らくコーミエにとっても不本意なものであっただろう。またミアはやはり勝負強さがあり、コーミエに攻め切らせないだけの実力があったのも確かだ。だが、コーミエからはかなりの可能性が感じられたのもまた事実だ。
一番驚いたのが彼のフィジカルの強さだ。一つはそのスピードだ。金網際での削りあいなどでも、ボディ一つとってみてもそのスピードの差は凄まじく、レスラー出身という経歴は対戦相手を油断させるためのデマではないかと思わせるほどのハンドスピードだった。もう一つは彼のパワーだ。フランク・ミアは剛力で有名な選手である。彼が組み合いのパワーで負けたのは、まだ手術をする前のスーパー・フィジカルを持った選手、ブロック・レスナーくらいだったように記憶している。そのミアを、差しあいで終始圧倒し続けるのはテクニックだけでは説明がつかない。やはりジョシュ・バーネットの巨体をリフトして叩きつけたフィジカルは伊達ではないということだろう。あの小柄な体型からは想像もつかないほどの力だ。
あのスピード、あのパワーならばヘビーでも大概の選手を相手に善戦できるだろうし、上位に入れるのは間違いないだろう。スピード的には、ライトヘビーでも相当速いほうなのではないかと思う。
しかし一方で気になるのは、彼の34歳という年齢とMMAキャリアの浅さだ。34歳といえば、MMAの選手でもそろそろ下り坂に入り始める時期だ。もちろん個人差もあるだろうし、トレーニングや医学の発達で昔に比べて遥かに肉体の維持はできるだろうが、それでもやはり少し高齢な感は否めない。またMMAは年間にできる試合数もかなり限られている。多くても4試合が限度だろう。あまり多くの時間が残されていないのは間違いない。
したがって、彼が王者になれるだけの経験を積む前に肉体的な限界が訪れてしまう可能性も捨てきれない。今回のメンタル面での不安定さも、やはりキャリアの浅さに起因するものは大きいと思う。今回は打ち合いで怖くなってすぐにクリンチに行っていたが、ミアよりも打撃に優れる選手だった場合にこういう行動は命取りになりかねない。また終盤で失速した際にミアから反撃を受け、ボディに痛烈なミドルを受けて下がってしまうなどまだまだ危うい面も垣間見せていた。今現在アンデウソン・シウバが40歳近い高齢であれだけの成績を残せているのは、フィジカルによるところよりも長年の経験からくる勝負勘と、その精神の強さによるところが大きいのではないだろうか。コーミエに不安があるとすればこの部分だ。
恐らくそう遠くない時期にライトヘビーに落とすことになるだろうが、そうなればジョーンズに対抗できる可能性がある最有力候補なのはほぼ間違いなさそうだ。グスタフソンも最近メキメキとよくなっており、ショーグンに圧勝するなどとても期待できるところはあるが一人だけでは心もとない。ダニエル・コーミエ、彼にはどんどんと試合をこなしてもらい、ジョーンズを脅かす存在としてさらなる成長を遂げてもらうことを期待してやまない。
ミア、ジャクソンズ・ジム移籍の成果出せず
私はフランク・ミアが好きだ。彼にはどこか期待を抱かせるギラついたタフさがある。どんなに劣勢でも、彼ならば最後まで勝つ可能性があるのではないか、そう思わせてくれる何かがある。一方で、彼にはとてもソフトで脆く、崩れてしまいそうな危うさを感じさせるところがある。試合前に妙に張り詰めたり、試合後に解放されて少しばかり口を滑らせたり。フランク・ミア、彼はそんな矛盾した性質を持った33歳のベテラン・ファイターであり、そんな人間臭いところが私をいまだに魅了してやまないのだ。
彼はもうMMAキャリアが12年になるベテランだ。試合経験はコーミエの3倍であり、MMA初期から現在まで一戦で活躍し続けているMMAの生き字引の一人でもある。そんな彼はもうキャリアも終焉を迎えるかと思われていたこの時期に来て、最新のMMAを学ぼうと心機一転してジャクソンズ・ジムに赴いた。ジャクソンズ・ジムはご存知の通り王者ジョン・ジョーンズを輩出し、MMAの世界に革新を齎す戦略を採用して一躍名を馳せた名門ジムである。この男、いまだにUFCの王者を決して諦めてなどいなかったのだ。彼がジャクソンズでどう変わるのか、それが非常に注目された一戦だった。
しかし、今回は相手が悪すぎたかもしれない。ミアは作戦以前の問題として、そのフィジカル差の前に防戦一方に追いやられてしまった。金網際で身長差を活かした膝をしつこく繰り出すのはとてもいい攻撃だったが、同じくらいにボディを打たれてしまった。スタンドの距離で蹴りを活かして戦う素振りを見せるものの、突進して金網に押し付けるコーミエを止められずに距離を維持できない。ましてやその状態で相手をTDするなど土台無理な話だった。
結果的に双方スタミナを使い果たし、大きな展開のないままにお互い3Rにふらつく有様になってしまった。それでも終盤にはミアが若干攻勢であり、ミドルキックは完全なクリーンヒットで明らかに効いている様子だった。もしあと少しだけコーミエのクリンチに対抗できて余力を残せていたら、ここで逆転の芽もあったように思う。しかしここまでクリンチで身動きできないなど、ミア自身予想だにしていないことだっただろう。
悪化するシェイプ、戻らない体のキレとスピード
ミアが体重を増加させ始めたのはブロック・レスナー戦の後だっただろうか。彼は近年体重が115kg近くの状態で試合をすることが多いが、以前はもっと軽く108kgくらいだったように思う。このころにはもっと打撃にスピードがあり、スタミナにも優れていたように思う。それがレスナー戦で圧倒的フィジカル差でねじ伏せられた後から、体重を今くらいの重さにして戦うようになった。これは彼があの試合から反省したからなのかもしれないが、自分にはこれが羹に懲りて膾を吹く行為に見える。このキレの悪さがゆえに、以前は打撃でKOしたノゲイラにボクシングで一方的に殴られ、サントスにKOされた原因ではないのだろうか?ましてや今回の試合で、10kgもの体重差があるコーミエにクリンチの攻防で完敗したのだ。もはやこの体重でいる必要はないように思う。
今回の試合はそれでもシェイプはかなりよかったと思う。ただそれでも重過ぎる。ミアはグラップリングは強いがそこまで積極的にTDにいくわけでもなく、比較的打撃の展開が多いのだからスピードを重視したシェイプのほうが良いのではないかと自分は考えている。絞り込んで108kgぐらいになり、さらにボクシングを強化すればまだまだトップクラスにも負けないだけの力はあるはずだ。
ミアは高齢のように思われるが、かなり若い頃から試合をしていたためにそう感じるだけで実はまだ33歳だ。決してもう終わりだとは思わない。何より彼にはまだ自分を変えようという意思と、新しいものに触れていこうという好奇心が溢れている。年齢はあくまで一要因であり、強い意志があれば決して超えられない壁ではないということを、サモアの怪人が証明してくれたばかりではないか。私は信じたい、次の試合こそ、ジャクソンズ・ジムで得た新しい戦略のもと、昔以上に強くなったフランク・ミアを見ることが出来ると。お願いだグレッグ・ジャクソン、どうか私に再び強いフランク・ミアを見せてくれ。オクタゴンの中で、ベルトを抱いて少年のような表情で笑うミアを今日も自分は夢見ている。
フェザー級 5分3R
WIN チャド・メンデス vs ダレン・エルキンス
(1R パンチによるKO)
メンデス=小さいエレンバーガー Q.E.D
ミドル級 5分3R
WIN マット・ブラウン vs ジョーダン・メイン
(2R 肘打ちによるTKO)
覚醒した不死身の男、殺意漲る打撃でTKO勝利
以前はサブミッションで極められる人という印象しかなかったが、3連敗の後に4連勝を飾り、うち2戦はTKO勝ちと突然飛躍的に成績がよくなったマット・ブラウンが、この試合でとうとう5連勝を記録した。
その内容もまた特徴的だ。元々得意であったムエタイだが、それがやたらと物騒な気配を帯びるようになりだした。ディフェンス面やフィジカルが向上したというわけではない。MMAで、相手の心をへし折る術を完全に心得た、という風情なのだ。
彼が特に多用するようになったのは肘だ。スタンドでもグラウンドでも、この鋭利な肘を使って相手の心を挫き、試合の流れを引き寄せてしまう。それはこの試合でも顕著だった。途中メインの痛烈なボディを食らい、動きが完全に止まるもののさすがは不死の男、なんとか持ちこたえると2Rにはスタンドでの肘と膝を打ち込んで逆にメインがふらつきはじめ、そのままグラウンドに入ると倒れこむメインのボディに肘をめったやたらに打ち込み始める。こんなに物騒なパウンドを見たのは初めてな気がする。肘には明確な殺気が見て取れ、メインはあっという間に動かなくなってしまった。腹と背中の中間辺りへの肘は非常に危険な気がするが、それを躊躇なく狙って打ち込めるあたり、彼は相当に肘の使い方を研究している気がする。
UFCにおいて特徴的なものの一つが肘打ちが可能であるということだ。肘打ちは多くの立ち技競技で禁止である。それゆえに、ディフェンスが確立していない技術の一つでもあるのだ。加えて立ち技競技でも、相手の頭を抱え込んでの肘などは反則だろう。そういう意味で、マット・ブラウンが駆使する肘はまさにMMAに特化した肘の使い方でもあるのだ。これは非常に素晴らしい着眼点である。立ち技で禁止された理由は恐らく肘がそれだけ危険で有効だからだ。マット・ブラウンを見れば禁止になった理由はよくわかる。
不死の男は相手を死に至らしめる術を身につけた。彼のムエタイは、恐らく最初に編み出されたムエタイの源流とはこのようなものであったのだろうということを彷彿とさせる凄みと怖さに満ち満ちている。人体そのものが危険な凶器となるのだと、彼のムエタイを見ると痛感する。オクタゴンの中はたった一人、自分の体だけで全てを勝ち取らねばならない孤独な戦場だ。武器は存在せず、あるのは己の肉体のみだ。そこは、ムエタイが誕生した環境と酷似しているのかもしれない。現代の洗練されつつあるMMAの中で、こういう戦い方のできる戦士は非常に貴重だ。もちろんディフェンスは危ういし試合運びはお世辞にも素晴らしいとはいえないが、それでも次の試合が楽しみになる選手の一人である。
ミドル級 5分3R
WIN ヨーエル・ロメロ vs クリフォード・スタークス
ソネンさんが期待するロメロ、華麗な飛び膝勝利
ソネンさんがファンだという元エリート・レスラーのヨーエル・ロメロが素晴らしいUFCデビューを果たした。フィジカルはさすがとしか言いようが無いレベルだ。スタンドでのパンチもディフェンスもあまりいいとは言えないが、それでも隙を見ての最高の飛び膝蹴りであっさり1RKOを果たした。こんなに美しい飛び膝はめったにお目にはかかれないだろう。上位陣と当たるとすぐにボロが出そうな感じはあるが、それでもあのフィジカルには思わず期待してしまうものがあった。キャラもとても陽気そうで、いかにもキューバ人らしい愛嬌があった。ソネンさんと一緒に、これから彼を応援していきたいと思う。
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