UFC161の感想と分析の続きです。
以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
試合結果はこちら
画像はUFC© 161 Event Photo Gallery | UFC ® - Mediaより
ヘビー級 5分3R
WIN スティペ・ミオシッチ vs ロイ・ネルソン
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利)
fightmetricによる試合データはこちら
多弁雄弁は敗北の兆し、ビッグカントリーの「舌禍」
試合前、ビッグカントリーは饒舌だった。特に社長デイナ・ホワイトとのいざこざにおいて大得意だった。事の発端は3連勝をしたのになぜ自分にタイトル挑戦権が来ないのか、というビッグカントリーの不満からだ。彼はデイブ・ハーマン、マット・ミトリオーネ、チェック・コンゴの3人をすべて1Rにノックアウトして勝利した。この内容、この成績ならば自分がタイトル挑戦をして当然ではないか、なぜ1勝しただけの「シガーノ」がまたしても挑戦するのか?それがビッグカントリーの言い分だった。
しかしデイナはそれを突っぱねた。彼は上位5位以内の連中には誰も勝ってない、と。そして彼は上位陣と当たればいつものような勝ち方はまったくできなくなる、もしタイトル挑戦がしたいのならば上位の連中と戦って勝つことだ、それがデイナの言い分だった。ネルソンは怒った、表情には出ないものの、彼が方々でデイナの悪口を吹聴して回ることからそれは容易に察せられた。
「デイナは俺が嫌いだからタイトル・ショットをくれないのさ。」
そして彼は少し調子に乗り出していた。この問題の不満を話して回ることが楽しくなってきたかのようだった。それはまさしくデイナが指摘したとおり、彼は悪口を言うことを楽しんでいたのかもしれない。その結果、彼は大いに口を滑らせた。それは彼にしては珍しく、超えてはいけないラインを読み間違えたように思う。
彼が言及したのは「DC」ダニエル・コーミエについてだ。DCはストライクフォースでアントニオ・シウバやジョシュ・バーネットを破り、移籍後はフランク・ミアを判定で破った、ヘビー級で期待の選手だ。彼は現在ランキング2位に位置づけられている。ネルソンはこのDCと対戦すればタイトル・ショットが得られると考え、彼との対戦を希望した。それに対してDCはこう発言した、自分もネルソンと対戦したい、「デイナ・ホワイトのために」と。
これが一匹狼であり、UFCと自分は対等の立場だと考えるネルソンを怒らせた。この発言に対してネルソンは「アンクル・トム」のすることだとなじったのだ。これはまずかった。アンクル・トムとは、小説「アンクル・トムの小屋」に出てくる主人公からつけられた、白人に隷従する奴隷的気質を持った黒人を揶揄する言葉だ。いわゆる差別的言動である。
以前もこの発言をしたMMA選手はいた。エヴァンスとモー・ローワルがランペイジと揉めた時、同じ言葉が使われた。だが、彼らは全員黒人同士だ。白人が黒人に使うのとは訳が違う。マッチメイクをする会社の意向に従うという優等生的なDCの発言が、ネルソンにはあまりにも卑屈に思えたのだろう。言わんとすることはわかる、だがこれがあまりにも分別を欠いた挑発だ。この発言を見たときに、私はネルソンの精神状態がかなりまずいのではないかという疑念を抱いた。同じ印象を、バークマンに絞め落とされてまさかの敗北を喫したジョン・フィッチにも感じていたからだ。ジョン・フィッチも敗北前、突然のようにUFCに対しての不満をメディアでぶちまけ、そうした活動をすることにとても満足しているように見えた。そして対戦相手のことなど、これっぽっちも懸念していないような印象を与えていた。
人は自身が不安なときほど雄弁に語る。ビッグカントリー、何事にも動じないように見える彼もまた、高齢な自分と見えない山の頂に、本人すら知らず焦りを感じていたのかもしれない。そして上ばかり見上げる彼は、目の前に立つクロアチア系アメリカ人、かつて自分が倒した男に良く似た面影を持つ男のことなど、まるで路傍の石のように見向きもしないままに金網の中に入っていった。
ビッグカントリー、得意のハンド・ボムが大不発、焦土と化す
彼はあまりにも舐めていた、クロアチアの強力型戦闘隊を、彼が打ち倒したミルコ・クロコップの弟子をだ。彼自身、ケージの中でさぞ慌てたことだろう、それは髭を血に染め、髪を振り乱しながら拳を振り回す彼の形相からも明らかだった。彼の国土は荒廃し、もはや市民がスコップを持って死に物狂いで抵抗している状態だった。
パンチはほとんど空を切る。そして距離を取ったクロアチアンは、長いリーチを活かした速くて鋭いジャブとストレートを次々とビッグカントリーの顔面に放り込むと、面白いようにガシガシと直撃していく。ネルソンの顔は傷つき、口から垂れた血が髭を赤く染めていく。ミオシッチが前に出ると、苦痛を予見して目を閉じ歯を食いしばり、必死でヘッドムーブで逃れようとする。そのネルソンの頭を掴んで、クロアチアンは的確なニー・ショットを叩き込んでいく。もはや彼は、強力型戦闘隊の軍事演習用の的だった。
ここまで彼が一方的に爆撃されたのは、彼の最強かつほぼ唯一の武器である「ライト・オーバーハンド」が迎撃されて着弾しなかったからだ。クロアチアンの基礎がしっかりとしたボクシング仕込みのフットワーク、事前研究によるビッグカントリーの武器の把握、そして何よりも打撃慣れしている素晴らしい目によって、ビッグカントリーの兵器は燃料ばかりを無駄に食うガラクタと化した。それが使えなくなることなど考えてもいなかった彼は、大慌てでスコップを持ち出す羽目になってしまったのだ。
トリックの種明かしで露になる、大国のお粗末な内情
ビッグカントリーは馬鹿ではない。その頭は恐らく相当キレるだろう。そのキレる頭でトリックを仕掛け、実力差を補ってきたのだ。真面目に鍛えたアスリートを相手に、たるんだ体で真っ向勝負を仕掛けるほどに愚かではないのだ。それが彼がトリック・スターたる由縁だ。
今回の試合でも、彼はオーバーハンドを当てるためのトリックの仕込みに余念が無かった。打撃戦をすると全員が思った開始直後、彼はヘタクソなタックルの「フリ」をしてみせた。頭を下げて両手を突き出すが、腹が邪魔をして屈めない。慌てたミオシッチがすぐさまがぶる用意をすると、ビッグカントリーはあっさりと離れていく。彼がテイクダウンをしようなどと考えていないのは明白だ。コンゴ戦同様、頭を下げる動きはタックルだぞと、ミオシッチに思い込ませるトリックを仕掛けたのだ。このトリックに掛かれば、ネルソンが頭を下げたときにその頭を見て上方が疎かになる、そこがオーバーハンドを打ち込むタイミングだ。クロアチアンの慌て方を見て、ビッグカントリーはでかい腹の中で一人ほくそえんでいたかもしれない。
しかし、このトリックは残念ながらクロアチアンには通じなかった。その後のオーバーハンドはしっかりと対策され、あの下手なタックルもどきはなんの効果も齎さなかった。ではどうするか?ネルソンは決してクリンチも下手ではない、しかし相手はレスリング・エリートで自分より体格がよく、さらにフィジカルでも勝っている。組めば先に弱るのはネルソンのほうだ。スタンドで蹴りを使うこともできない。結果的に、ネルソンはクロアチアンの土俵である純粋なボクシングで勝負する羽目になってしまった。
ネルソンに感心するのは、自身のヘビーでは小さな体格を逆手に取って活用していたことだ。ヘビー級では小さくリーチがないネルソンだが、それゆえに頭を下げてからワンテンポ遅れて上方から飛来するオーバーハンドが効果的だったのだ。自分よりも小柄な奴が懐に飛び込んで来たとき、上方から拳が飛んでくるなど誰が想像するだろうか。この効果を把握していたネルソンは、自分よりも遥かにでかい相手に次々とパンチを当て、KOを量産してきたのだ。これまでのネルソンに敗れた選手は皆、遠くから入ってくるネルソンの頭の辺りを注視し、後ろに下がらないために被弾してきた。そして今回のクロアチアンもまたネルソンより遥かに大きい。ネルソンが簡単に当たると考えて無理は無いだろう。
しかしミオシッチはモチベーションも高ければ、ボクシング経験も豊富なアスリートだ。当たり前のようにオーバーハンド対策を優先し、事前研究を重ねていた。オーバーハンドが使えなければ、純粋なボクシングの展開でネルソンに分があろうはずもない。ストレート系はさして巧くも無く、目の良さでも劣り、何よりもハンドスピードに差があるミオシッチ相手では、ただ殴られ続ける他ないのだ。
トリックが効かなければビッグカントリーの国情は惨憺たるものだ。歳を食い、腹は弛み、体格は小さく、そして武器となる技術も少ない。彼が上位陣と試合するとあっさり手詰まりになるのはこのためだ。彼が王者に挑戦する資格が無いことを、UFC社長デイナ・ホワイトはしっかりと見抜いていたのだ。UFCをここまでの規模にした人間もまた、決して馬鹿ではないのだ。
国敗れて山河あり、ビッグカントリーの今後の展望
それでもビッグカントリーは凄まじかった。彼は最後の最後まで抵抗し、決してクロアチアンにKO勝利をプレゼントすることはなかった。スコップは実は優秀な武器として知られている。彼のスコップの威力は侮れず、最後まで相手に一撃KOのプレッシャーを感じさせていた。
驚くべきタフネスだ。データを見れば5倍近く多く殴られているし、実際ダウンしてもおかしくないほどのクリーンヒットが二桁はあっただろう。それでも大国は倒れなかった。どれほどの人口がいるというのだろうか。結局、強力型戦闘隊は大国を攻め滅ぼすまでには至らなかった。強力型戦闘隊は無尽蔵に沸く市民達に嫌気が差し、終盤には時計をチラチラと眺めながら早くこの泥沼の戦争を終わらせたいと願っているようだった。
ネルソンを見ていて思ったのが、決して目がいいわけではないように思うし、ディフェンスもひどいものだ。ただ、どうも当たる直前に当たることを「覚悟して耐える」準備をしているように思う。防ぐのではなく、相手の攻撃を察知して我慢することに長けているのではないか?と思う、それが彼が決して倒れない秘密ではないだろうか、KOとは、自分がまったく当たることを予期していない打撃を貰ったときに発生するものだ。ネルソンはそのことを知って、あえてディフェンスを捨てて「食らう覚悟をする」という対処をしているような気がする。
やはりズッファ首脳陣の眼力は鋭かった。ロイ・「ビッグカントリー」・ネルソンは、上位に行くだけの実力があるかどうかを査定するゲートキーパーが最も適任であることがはっきりとしたからだ。トリックが通じなければ地力の差がきっちりと出て、競り合いではフィジカル差、基礎技術の差で負けてしまう。これでネルソンはデイナ・ホワイトの悪口を言って回る権利も失ってしまった。もし余計なことを言わず、目の前の相手に集中していれば、彼は今頃タイトル挑戦権を手にし、フライドチキンを美味しく頬張れたかもしれない。しかしそれでも結局は同じことだ、現状彼に王座に着くだけの力はないのだから。
ビッグカントリーは才能に溢れ、そのセンスはずば抜けており、あの体であれだけ戦えるのだから大したものだ。今彼に求められているのは小手先のトリックではなく、本腰を入れた改革だ。確かな国力を培うために、地道で血のにじむようなトレーニングが必要だ。デイナがずっと求めているのもそこなのだ。果たして彼にそこまでの覚悟があるだろうか?もし彼が本気でタイトルが欲しいのならば、すべきことはおかしなTシャツを作ることでも、デイナの悪口を言って回ることでもない。ビッグカントリーは敗れはしたが、まだそこには豊かな山河が息づいている。ここで変われるかどうか、彼に残された時間は少ない。
強力型戦闘隊、ステルス機でビッグカントリーに飛来す
背中に刻まれた日本語に目を奪われる、そこには「強力型戦闘隊」と書かれている。言いたいことはわかるが日本語ではまずお目にかからない単語のために、脳が理解を拒もうとする。そんな怪しい日本語を背に刻む男の名はスティペ・ミオシッチ、クロアチア系アメリカ人である。尊敬する選手は当然ながらクロアチアの英雄ミルコ・クロコップであり、不思議なことにその容貌は偉大なる英雄に非常によく似ている。
この男はスポーツ万能で知られている。大学在学中はMLBに魅せられて野球チームに在籍し、チームを牽引して好成績を収めている。また同時にNCAAディビジョン1レスラーとして活躍し、さらにボクシングではアメリカのアマチュア・ボクシングの大会であるゴールデン・グローブで優勝している。現在は私生活において消防士と救急隊員も勤めているというから、凄まじいまでの体力と行動力を持った、まさにスーパーマンだ。その上さらにMMAの頂点である、UFCヘビー級チャンピオンまで狙うというのだから、常人には計り知れない人生だ。一人で数人分の人生を送っていると言っても過言ではない。
素晴らしいキャリアを引っさげてMMAに乗り込んできたクロアチアンは、UFCデビューから3連勝を飾る。このまま連勝街道を驀進すると思われた4戦目、UFC最長の大巨人、「スカイスクレーパー」ステファン・ストルーブのムエタイに敗れ、UFC初のKO負けを喫した、2012年のことだ。
これだけのキャリアとポテンシャルを秘めた選手がビッグカントリーの視界にまったく入らなかったのは、恐らくこの一戦が原因だろう。クロアチアンが唯一敗れた男に、ビッグカントリーは得意のオーバーハンド一発で勝っているからだ。試合前、ビッグカントリーはもう勝った気でいた。タイトルのことばかりを喋り、まるでクロアチアンはただの消化試合でもあるかのように、何一つ言及していなかったのだ。
しかしビッグカントリーは大事なことを見落としていた。彼がスカイスクレーパーをなぎ倒したのは2010年のことであり、そしてスカイスクレーパーがまだ建設中だということを。摩天楼は今もまだ着々と施工が続いており、わずか2年で大きく成長していたのだ。もはやこれ以上国土が広がる見込みも無く、国力が徐々に衰えつつあるビッグカントリーとは、2年間の意味が大きく違うのを彼は失念していた。そして同じことは、このクロアチアンにも言える。彼の初敗北から9ヶ月、強力型戦闘隊もまたそのタクティクスを大きく見直し、装備を充実させていたのだ。その成果は、ビッグカントリーが焼け野原となることで証明されることとなる。
強力型戦闘隊、ビッグカントリーの無力化に成功
ミオシッチはこれまで、MMAにアマチュアでの経験をうまく対応させていないような印象を与えていた。スタンドではボクシング、グラウンドではレスリング、そのどちらも悪くは無い。しかしその間の部分に連携がなく、バラバラに機能しているように思えた。それがゆえにムエタイを得意とするデル・ロザリオ戦ではボクシングに専念しすぎてミドル・キックにまったく対応できなかったり、スカイスクレーパー相手にもボクシングに専念しすぎて、劣勢になってもテイクダウンをまったく狙わなかったりという判断ミスのようなものが目立っていた。それがゆえに、アマチュア・ボクシングではお目にかからない軌道のパンチである、ネルソン必殺のオーバーハンドには反応できないのでは、という懸念があった。
しかし彼は素晴らしくよく対応した。ネルソンの癖のあるハンド・ボムを、ことごとく撃ち落したのだ。このディフェンスによって、ビッグカントリーのオフェンスはほぼ無力化した。
ポイントはガードではなく撃ち落したことだ。これはエヴァンスvsヘンダーソンで述べたのとまったく同様のことである。自身の体を守るのではなく、相手の腕を払って受けることが重要なのだ。後ろに下がりながら距離を取り、腕を前に出して上方にあげ、オーバーハンドの軌道を腕で遮る形のディフェンスであり、これは空手でよく見る「受け」と呼ばれるディフェンスだ。自分はこの2戦でのオーバーハンドのディフェンスを見て、空手の型の有用性を改めて感じた。空手とは、非常によく練られ考えられた技術体系だと思った。ボクシングでは日の目を見ないその技術が、グローブが小さくベアナックルに近い、そして蹴りとタックルがあるためにボクシングより距離が遠いMMAにおいて有効だというのも、考えてみれば然りというところだろう。
ここにきて、オーバーハンド対策はほぼ完成したように思う。これまでに猛威を振るってきたMMA用打撃技術のオーバーハンドだが、恐らくほとんどのファイターが、今後はこのディフェンスを磨いてオーバーハンドを克服してしまうだろう。この武器を最も有効に使ってきた選手はビッグカントリー、ヘンド、そして元UFCヘビー級チャンピオン、「シガーノ」ジュニオール・ドス・サントスだ。このディフェンスが、そう遠くない日にクロアチアンが大地に這い蹲ることから助けてくれることになるだろうと思う。
証明した確かな実力、そして垣間見せたメンタルの弱さ
彼はこの試合、終わってみれば圧倒的な差で勝利した。オーバーハンドはまともに食らうことは無かったし、ダウンを喫することもなく、全局面で勝っていたと言えるだろう。しかし、不思議なことにビッグカントリーを蹂躙したはずの強力型戦闘隊が、そこまで圧勝したような印象が無いのだ。その原因は、試合中に彼が度々見せた不安げな表情と、後半の怯えたような逃げ方にあったと思う。
相手の得意手を封じ、何度も何度もビッグカントリーの顔面に強烈なパンチを叩き込み、膝を食らわせ、本来ならばとっくに地面に倒れているはずのビッグカントリーは、いつまでたっても倒れないどころか、まだKOパワーの残っている拳を振り回してしつこく反撃をしてきた。次第にミオシッチは口をあけて息をし、距離を取って休み、しきりに時計を見るようになりはじめた。彼はなぜか倒れないビッグカントリーに怯え、戸惑いだしたのだ。こいつは人間なのか?今目の前にいるこいつは、なんでまだ立っていられるんだ?俺のパンチはそんなに軽いのか?クロアチアンは気味悪そうな顔をしては打撃を繰り出していく。その不安げな顔は皮肉なことに、彼が尊敬する偉大なるファイター、ミルコ・クロコップに瓜二つだった。この顔に、まさか逆転負けをするのではないかという予感がちらりと頭をよぎった。
その悪い予感は彼がアッパーを被弾したときに最高潮に達した。ビッグカントリーは上からがダメならばと、下から死角を狙ったアッパーを繰り出したが、これがさがり損ねたクロアチアンの顔にヒットすると、明らかに慌てる素振りを見せた。彼が予想した以上にまだ力が残っていたのだろう。彼はその後、スタミナも尽き掛け弱ったビッグカントリーが必死に接近すると、なんと背中を見せて走って逃げたのだ。もちろん確実な回避にはなるだろうが、それはクロアチアンがもはやKOする気を
失っていたことを示していた。彼はすっかり弱気になりつつあったのだ。
この試合、クロアチアンに不味いところがあるとすればこの点だろう。彼は、一度崩れたら非常に脆いところがあるような気がしている。焦ると視野が狭くなり、逆転を許してしまいそうな雰囲気が漂っているのだ。
もしクロアチアンがこの試合でネルソンを沈めたかったら、狙うべきは間違いなくボディだったと思う。肉が厚いから効くはずがない?自分はそんなことはないだろうと思う。むしろビッグカントリーのようなクセモノの心を叩き折るのにこそ、ボディは最も有効だと考える。なにせビッグカントリーは、顔を殴られることにはすっかり慣れっこだが、ボディを打たれることなど想定していないだろうからだ。つまりあの腹はハッタリだ。顔を殴られると思って歯を食いしばって頭を下げたネルソンの腹に、狙い澄ましたボディ・アッパーを叩きこめば、きっと彼は崩れ落ちただろうと思っている。
これはエヴァンスもそうだが、打ち分けができないというのは冷静さを欠いているのだ。しっかり相手を見て、慌てずに相手がもっとも嫌がることをチョイスできる強かさこそ、MMAで最も必要な才能と言えるだろう。思い出して欲しい、ボーンズが弱り、必死にガードを上げて顔面への打撃を耐えようと悲壮な覚悟をしたショーグンに何をしたのかを。アンデウソンがパンチ勝負になると思い、ガードを上げてしっかりと見ようとしたビトー相手に何をしたのかを。彼らは相手の意図を見透かし、相手の意表をつく、覚悟の出来ていない場所を狙ったのだ。ボーンズは最後の最後に、ショーグンのがら空きになったボディに貫くようなボディ・アッパーを叩き込んだ。アンデウソンは、ガードの真下から跳ねあげるような前蹴りでビトーの顎を削り飛ばした。強力型戦闘隊が爆撃すべきは首都ではない、食料を備蓄した倉庫を爆撃するべきだったのだ。なぜなら首都は、すでに避難が完了しもぬけのからだったからだ。
彼は素晴らしいパフォーマンスを見せ、ゲートキーパーを打ち倒したことで上位陣に対抗できるだけの実力があることを証明した。しかしその一方で、彼にはまだ自分のスキルを完全に使いこなせていないところがあるように思う。つまり経験が浅いのだ。アマチュアで優秀だからこそ、適応が遅れている側面もあるのかもしれない。スティペ・ミオシッチ、優れたアスリートである彼は、師匠譲りのストライキング能力と、どこか脆そうに見えるメンタルを抱えたまま、いよいよ次はタイトル挑戦権を賭けた上位陣との対戦を迎えるだろう。次が彼にとって最大の試練となることは間違いない。
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