以下は個人的意見ですので参考程度にどうぞ。
WIN カーロス・コンディット vs マルティン・カンプマン
(4R ボディ・アッパー→組み膝によるTKO)
殺し屋、宿敵との待ち焦がれ続けた再戦
殺し屋、宿敵との待ち焦がれ続けた再戦
窮地に陥ったとき、人はどうするだろうか?泣き叫んで逃げ回るか、両手を組んで神に祈るか、狂ったように足掻くのだろうか?それとも、息を潜めてじっと状況を窺い続け、最後の最後まで諦めずに機会を待ち続けるのか?-そして殺し屋は待ち続けた。敵のヒットマンはコンディットの最も苦手な手段で殺し屋を包囲した。包囲される中、殺し屋はひたすらに息を整える。手持ちの武器を数え、確認し、心の芯に火を灯す。表情に焦りは無い。目的はただ一つ、今目の前にいる奴を一秒でも早く地面に転がる水袋にすることだ。彼の全身に炎が燃え広がる。アタッシュケースに詰まったあらん限りの武器を手に、殺し屋は立ち上がった-。
カーロス・コンディット、「ナチュラル・ボーン・キラー」のニックネームを持つこの男は、若くして拳一つで世界を渡り歩いてきた。幼少時代に決して運動能力に秀でていたわけではなかった少年は、ただいつでも、自分のやることは必死でやりたいと思っていた。その気持ちは今なお彼の心の中で輝き続けている。
彼はある日格闘技のジムに行き、直感的に全てを悟った。俺のやりたい物は、俺のクソッタレに最高なものはこいつなんだ!これが俺の求めていたものだ!しかしこの若者にはなんら誇れるバックボーンは無く、そしてそのスポーツは無名で、王者達は皆副業をして食いつないでいた。金を望むことなどまず無理なように見えた。しかし彼はこう考えた、たとえ食えなくてもMMAが好きだからやる、ではなく、大好きなMMAで金を稼いでやるんだ、と。恐らく今の日本の若者からすれば気の触れた人間のイカれた思いつきだろう。しかし生まれついての殺し屋にとって、これは最高にイカした考えだった。彼の心は最高にイカしたアイディアに引き締まった。
この日、彼はインディアナポリスのケージの中に立っていた。対戦相手は「ヒットマン」マルティン・カンプマン、旅の果てに行き着いたUFCという戦場で初めて戦った相手であり、そしてその初戦で彼に黒星を付けた男だ、2009年4月1日のことだった。
殺し屋たちは互いの得意武器で一進一退の攻防を繰り広げた。しかしまだ若かったアルバカーキ生まれの殺し屋は、対処の知らない武器があった。テイクダウン-キックボクシングを主体に組み上げられた彼のスキルは、この武器に対する対処方法を持たなかった。地に転がされ、得意な武器を奪われた彼はそれでも必死に抵抗した。彼が勝ってもおかしくはなかった。しかし、女神は地に仰向けに倒れる男を勝者とは見なさなかった。彼はスプリット・デシジョンで敗れ、記念すべきUFCデビューの写真には、彼の不満げな顔が映っていた。この敗戦の屈辱は、深く殺し屋の胸に刻まれた。
あれから4年経った。彼は王者を仕留めかけた。しかしテイクダウンという武器に対処できず、王座を奪うことはできなかった。再び王座挑戦を賭けて争った男にもテイクダウンを使われてしまい、後半巻き返すものの敗れてしまった。キャリアで初の2連敗を喫し、彼にはもう後が無かった。そしてこの日、テイクダウンを使って彼にUFCでの初敗北を与えた男と、彼はどう闘うつもりなのか-殺し屋の一挙手一投足に観衆は固唾を飲む。そして戦いの幕が開いた。
予想外の展開、息を潜めて隙を窺う暗殺者
予想外の展開、息を潜めて隙を窺う暗殺者
試合開始直後、そこには予想外の展開が繰り広げられた。「ヒットマン」の名のとおり、洗練されたストライキング・スキルを持つカンプマンが、開始早々に突進をしてタックルを仕掛けてきたのだ。様子を見ながら打撃を展開しようとした殺し屋は、不意を突かれて捕まってしまう。必死で足掻くが抜けきれず、早々とテイクダウンされる。カンプマンがレスラーになるなどと、一体誰が予想しえただろうか。もしかしたら本人すら予想していなかったに違いない。
グラウンドではコンディットにも武器がある。柔術だ。彼は極めの強い柔術テクニックを持っており、下からでも攻勢に出ることができる。柔術のテクニックを駆使して、相手から強烈なパウンドを食うことだけは回避し続けた。しかしやはり印象は悪い。4年前のデビュー戦が脳裏をよぎる。テイクダウンは相手を弱らせなかったとしてもポイントとして非常に大きく、判定になったときに鍵を握る攻撃手段だ。仮にスタンドで相手を弱らせたとしても、手数で大きく勝れなければこのポイントで勝敗が決してしまうのだ。
彼は結局1Rの間に4回のテイクダウンを許す。しかし彼は慌てなかった。何度もテイクダウンされていながら、彼は決して落胆した素振りも、慌てて動揺する素振りも見せない。相手を制しながら、彼の目は一瞬の隙を探し続ける。静かに、息を整え、相手の動きを見ながら考えていく。弾丸が飛び交う戦場で、淡々と狙撃銃を整備し続ける狙撃手のように。何を慌てることがあるだろうか?殺し屋にとって、弾丸飛び交い迫撃砲が炸裂する戦場が彼の寝床なのだ。
そして1R終了のブザーが鳴り、彼の包囲は解かれた。彼は大きく呼吸をし、静かにコーナーに戻っていく。そこで待っているのはMMA界の名伯楽、グレッグ・ジャクソンだ。ヒットマンの奇襲に対して彼はアドバイスをする。奴がお前をテイクダウンしにきたら、頭を押さえ込んで肘を打ちこめ、そして立ち上がるんだ。まるで優しく宥めるかのように喋るジャクソンの言葉に、殺し屋は静かに頷く。
燃え上がる肉体、攻撃衝動が奏でる闘いの旋律
燃え上がる肉体、攻撃衝動が奏でる闘いの旋律
2Rから流れが変わった。彼がケージに持ち込んだアタッシュ・ケースを開く。そこにはナイフに狙撃銃、機関銃に短銃、果てはピアノ線から毒針まで、あらゆる武器が詰まっていた。殺し屋は、どこからでも相手を仕留める術を持っていたのだ。
ヒットマンは明らかに消耗していた。相手が苦手だというだけの理由で、自分自身もさほど使いこなしていない武器を振り回したがために、彼はガスをごっそりと使ってしまったのだ。そこに殺し屋が様々な武器で襲い掛かる。セオリーから外れた殺し屋の攻撃は、あらゆる方向からあらゆる局面で飛んでくる。足ならばローキックに関節蹴り、ボディならばボディ・ストレートにボディ・フック、アッパーに前蹴り、ミドルキックに膝蹴り、顔面ならばジャブ、ストレート、フック、ハイキック、前蹴り、膝蹴り、肘打ちにスピニングキック、そしてバックハンド・ブロー。彼は局面ごとにこれらの武器を自在に組み合わせ、即興でコンビネーションを作り上げていく。彼の動きは音楽だ。その場のインスピレーションで繰り出されていく攻撃が、互いに響きあって新しい音を作り上げる。
コンディットの打ち分けは上下左右全てに及ぶ。特にボディを織り交ぜるのは相当に有効だった。ガスを使い果たしたカンプマンの右のわき腹に幾度と無くミドルキックが突き刺さる。必死に組み付きにくるヒットマンだが、そのタックルに1Rのようなキレが失われ始めていた。そして殺し屋は、接近してきたヒットマンの顔面を押しのけると、そのわずかな空間を使って高速で何かを振りぬく。刹那、カンプマンの頬骨あたりから血が噴出す。殺し屋は、接近戦で肘を使ってヒットマンの顔面を一瞬で切り裂いたのだ。
その後は殺し屋の武器展覧会だった。これほど多彩なスタンド・スキルとコンビネーションを持つ選手が他にいるだろうか?コンディットがふわりと舞うたびに、ヒットマンには雨のように打撃が降り注いでいく。そして3R、コンディットが軽やかに舞うとまたしても何かを素早く振りぬく。離れて少し経つと、カンプマンの眉間がざくりと避けてカンプマンの情熱が溢れ出し、彼の顔面を真紅に染める。殺し屋は、飛び肘でヒットマンを再び、今度は縦に切り裂いていた。ガスを使い果たした彼にとって、あれほどの流血はさぞ堪えただろう。口を開け、肩で息をするカンプマンの足取りがどんどん重くなっていく。必死で組み付くがもはやガスがない。もたれかかったヒットマンの首に手を回すと、殺し屋は立った状態でニンジャ・チョークを仕掛ける。この男にはこんな暗器まで隠されていたのだ。ヒットマンは慌てて身体を捻って逃れると、そのまま追撃をかけて今度はノーマルなチョークに捕らえ掛ける。殺し屋は、相手を仕留めるまで決して止まらず、拘らず、流れるように攻め続けた。
そして運命の第4ラウンドが訪れた。ヒットマンは全てを賭けて開始直後に猛突進し、そのまま殺し屋を転がすと渾身のパウンドを振りぬいた。捉えはした、しかし相手はただの一度もKOされたことのない男だ。素早く立ち上がると殺し屋は再びコンビネーションを繰り出していく。そして左フックが炸裂すると、カンプマンはふらふらとケージに下がる。その時だ。
私は間違いなく、彼の全身を炎が包み込むのをはっきりと見た。ヒットマンの血を浴びて真紅に染まった顔面の奥で、獣のような瞳が輝く。暗く隠れた眼窩の奥に、根源的な炎が揺らいでいる。怒りでもなく、憎しみでもない、もっと純粋な、遥か遠い命の根源から湧き出る何かだ。吹き上がった闘志を纏い、殺し屋は大胆に、繊細にヒットマンに近づくと、その武器を一斉射した。次々と打撃を浴びせる中、ヒットマンは死の物狂いで拳を振り回す。彼の本能は、自分の最後を感じ取ったのだ。殺し屋はそれを回避すると、乱打の中に痛烈なボディ・アッパーを繰り出した。
それは完全にヒットマンの急所を打ち抜いた。ヒットマンの表情が凍りつき、彼の動きがぜんまいの切れた機械のようにぴたりと止まった。勝負は決したのだ。歩み寄った殺し屋は、歯をむき出す様な表情で掴みかかると渾身の膝を繰り出す。二発目がヒットしたとき、ヒットマンはそのまま金網に崩れ落ちた。
攻撃衝動に身を焦がした殺し屋が、金網にもたれるヒットマンの頭を吹き飛ばそうとその右拳を振り下ろしたとき、ハーブ・ディーンが彼を後ろから羽交い絞めにして放り出した。
勝ったはずのコンディットは、まだ何も終わっていないかのような表情でケージの中を歩き出す。彼の目はまだ燃えたままだ。マウスピースを外した彼は、その表情のままで両手を合わせ、そしてその手を天にかざした。彼の心に宿る、彼だけの神に対して、命の根源に横たわる何かに対して祈ったように私の目には映った。
試合後のカンプマンの顔面は酷いものだった。死体を繋ぎ合わせた怪物、フランケンシュタインのようにつぎはぎだらけで会見に出席した彼の傷跡は、コンディットという選手の怖さを何よりも物語っていた。試合後の統計を見れば差は歴然、コンディットは100発に及ぶ有効打をヒットマンに与えていた。
MMAにおけるコンビネーション・ブローの完成形
今回の試合でコンディットが最も優秀だと思ったのは、その独創的なコンビネーション・ブローだ。キックボクシングの真髄はパンチと蹴りのコンビネーションだ、とはブラックジリアンズの打撃コーチの弁だ。キックボクシングは、蹴りとパンチを組み合わせて相手のガードを翻弄し、その隙間に必殺の一撃を捻りこむのを信条とする。
しかしキックボクシングはそのままではMMAで使えない。フットワークに欠けるからだ。狭いリングで足を止めて削りあうことの多いキックボクシングは、ケージでの距離に対応できない。蹴りのために後ろ重心にした構えは、速くて重い蹴りの代わりにフットワークを犠牲にしている。また姿勢もほぼ正対してハイガードにするため、アッパーやボディに弱くなり、タックルにも対応しにくくなる。
だがコンディットは違う。キックボクシングをやりながらも主戦場はMMAだった彼は、早い段階からキックボクシングをMMAにアジャストしてきた。彼は舞うようなフットワークの中で、自在に蹴りを叩き込む技術を編み出したのだ。
フットワークだけではない。コンディットはその機動力に加えて、柔軟な上半身を使った華麗なボディワークにも秀でているのだ。彼はそれをディフェンスに使うのみならず、自身の最大の武器の一つであるハイキックのフェイントにも使ってしまう。あのGSPからダウンを奪い、そして今回もカンプマンに痛烈な一撃を叩き込んだのもこのハイキックだ。
まず完全にフェイクの遠い距離からのワン・ツーを放つ。相手はそれを見て後ろに下がる。するとコンディットはまるで相手の反撃を警戒するかのように上体を右下方に倒すのだ。到底パンチが当たらない距離だ。相手はコンディットの頭を追って目線が左下に下がってしまう。これが殺し屋の罠だ。左下を見てしまった選手の右斜め下から、コンディットが振り上げた左足のハイキックが相手の右顔面をめがけて跳ね上がってくるのだ。
彼の動きは他の誰とも違う、コンディットにしかできない動きだ。予測できないフットワーク、突如として天高く舞い上がって繰り出す一撃、嵐のような連打の中で行われる打ち分け。圧倒的な手数で確実に相手にダメージを蓄積させていくとともに、その中にKOを狙える強烈な一撃がある。理想的な打撃のあり方だろう。
そして彼はあの連打の中で、決してディフェンスを忘れない。しっかりと相手を見て、ギリギリのところで直撃を回避し続ける。彼はこれまでただの一度もノックアウト負けがなく、どんな強打の持ち主を相手にしてもぐらついたのを見た記憶が無い。そしてそれは彼のフットワークと、素晴らしいボディワークによって支えられている。攻守共にかなりの完成度であり、現状MMAにおけるコンビネーション・ブローの完成形の一つだろう。
課題のテイクダウン・ディフェンス、改善はごく僅か
今回の勝利はまさに闘いとは何かを体現した、素晴らしい試合の一つだろう。しかし手放しで喜ぶわけにはいかない。彼は1Rに4度もテイクダウンされている。しかも、レスラーではない選手にだ。
1Rで4回テイクダウンされたコンディットは、下からも多彩な攻めを見せてカンプマンに有効な攻撃はさせなかった。パウンドは受けたものの、ビッグヒットには至っていない。カンプマンはトップキープがそこまで巧いわけではなかったから、それに助けられ部分は大きいだろう。しかしそれでも、あそこまで奇麗にテイクダウンされてしまうのはかなり印象が悪い。今回は5Rだからよかったが、もし3Rならば展開次第ではヘンドリクス戦の再現となりかねないところだっただろう。
コンディットは今回上半身の厚みがかなり増しており、フィジカルを相当に強化してきたのが窺えた。1Rにかなり消耗したように見えたスタミナも、インターバル中に呼吸を整えて回復し、結局最後の最後まで運動量を落とすことなく動き続けられた。この鍛え上げたフィジカルとカーディオのおかげで助かった部分も大きい。結果的にカンプマンのほうがガスを使い尽くしてくれたが、もしこれがGSPならばそうはいかないだろう。奴の排気量は法律違反だ。コンディットのガスを持ってしてもGSPの、しかも上を取ってくる奴のガスタンクを越えるのは難しい。
コンディットは元オリンピック・レスラーとともにトレーニングをしている。そして自身の最大の弱点であるレスリングに取り組んでいる最中だ。練習期間はまだ数ヶ月というところだろう。成果を期待するには少し早すぎたのかもしれない。ただ、ここからさらに向上しなければ、やはり上位二人を倒すのは難しいだろう。ヘンドリクスはガスに不安がある。もし先日の対戦も5Rならばわからないところだったから、現状でも倒すことは可能かもしれない。しかしGSPは厳しいように思う。奴は9Rでも同じ動きが出来ると豪語しているのだ。
試合後の会見でコンディットはこう言った。私は王者を仕留めかけたし、ヘンドリクスとは僅差だった、と。殺し屋は敗北の屈辱を決して忘れてはいない。最初に自分を「テイクダウン」で負かした奴は倒した。残る「テイクダウン野郎」は後二人だ。獰猛な殺し屋は、一人を仕留めてすぐに残り二人を仕留める算段をし始めた。勝ったにもかかわらず彼にさほど喜ぶ様子は無い。彼はもうすでに、次の試合に心が向いているかのようだ。
しかし焦ることは無い。まずは「テイクダウン野郎」二人の対決を見終えてからだ。殺し屋は家に帰り、グレッグ・ジャクソンと共にゆっくりとテイクダウン対策に磨きをかけていけばいい。今回ヒットマンを完璧に仕留めた彼が、その二人と合間見えるまでにはきっとそう長くはかからないだろう。彼の夢は繋ぎとめられた。今頃は駅舎にて、デイナ駅長とジョー・シルバ駅員が王座行きの切符を発行するか相談しはじめている頃だろう。
ヒットマン、武器の選択を誤る
開始直後にタックルにいったヒットマンを見て、「そういうことじゃない!」と思ったのは私とデイナだけだったのだろうか?試合は、彼が最大の武器を捨てることから始まった。
マルティン・カンプマンはUFCでは希少なヨーロッパ出身のファイターだ。デンマーク出身の彼は、学生時代にはエンジニアの勉強をしていた。最初にムエタイを趣味で始めるうちに、ボクシングを学び、サブミッション・レスリングを学び、そしてアマチュアMMAを始めた。そして彼はプロとして闘いたいと思うようになったという。
10年前にケージ・ウォリアーズでデビューすると、2006年にUFCに移籍する。それから彼は今日まで16戦して11勝5敗、かなりの好成績を収めてきた。しかし彼はこれだけのキャリアの中で、ただの一度もタイトルには挑戦していない。彼はいつもあと一歩と言うところで、必ず誰かしらに負けてきたからだ。
ここ最近でもそれは同様だった。2連敗を喫した後の2011年、彼はリック・ストーリー、チアゴ・アウベス、ジェイク・エレンバーガーとパワーのあるファイター達を相手にことごとく勝利した。チアゴ・アウベスは逆転のチョークで、ジェイク・エレンバーガーでも逆転の膝蹴りでKOした。そしていよいよ後一歩でタイトル戦というところで、彼は王座挑戦権を賭けてジョニー・ヘンドリクスと対戦した。激闘を期待されたこの試合で、カンプマンは開始僅か46秒、ヘンドリクスの左ストレートにまったく反応できないままマットに沈んだ。
彼には一つ問題点があった。それはあまりにもエンジンが掛かるのが遅いという点だ。近年は特に、一度相手に殴られてダウンをしないとスイッチが入らないような状態だった。壊れかけのテレビのようだ。それは本人も自覚していることだった。自分はダウンを奪われた後に、そこからカムバックして勝利した。しかし、本来そういうことはまずないんだ、と彼は言った。当たり前の話だ。いくら逆転したからといって、ダウンを奪われたことがプラスの要因になるわけが無い。下手をしたらそのまま立ち上がれなかったかもしれないのだ。彼は序盤からアクセルを踏みこみ、そして5R中にフィニッシュしたいという抱負を語った。
だからこそ、いきなりのタックルは予想外だった。てっきりスタンドでガンガン攻めると思ったからだ。恐らくそれはコンディットもそうだっただろう。奇襲のテイクダウンは成功し、相変わらずクラッチを切れないコンディットは多少粘るものの倒されてしまう。作戦は成功したかに見えた。
しかし、カンプマンは元々レスラーではない。彼が勝ってきた要因のほとんどはコンパクトで速い打撃と極めの強いサブミッションであり、その支えとしてそこそこ強いレスリングがあったに過ぎない。彼の削りの主体はスタンドであり、相手を寝かしつけることはさほど巧くはないのだ。彼はテイクダウンをするものの、まだスタミナ十分のコンディットを巧く押さえ込むことができずに攻めあぐねる。脱出して立ち上がったコンディットが再び打撃戦の用意をしたところにしつこく組み付き、またしてもテイクダウンを奪う。1Rはこの繰り返しだった。結果4回ものテイクダウンを奪い、コンディットは少し疲れた様子を見せてコーナーに戻っていった。ここでも成果は上々のように見えた。
しかし、2Rからまったくテイクダウンが取れなくなる。組み付くもののコンディットに抵抗され、さらには離れ際に危険なエルボーを貰ってしまう。加えてコンディットのミドルキックなどを貰い、カンプマンはますます失速していく。彼は必死にテイクダウンに行く余り、1Rでガスをほとんど使い果たしてしまったのだ。
かのMMAレスリングの権威、チェール・ソネンはかく語った。テイクダウンというものは、トライするときに莫大なガスを使うのだ、と。ましてやしつこくテイクダウンを狙って失敗すれば、その損失はかなりのものになるのだ。グレコ-ローマンをベースにしたレスラーですらそうなのだ。ましてやストライカーがレスラーのようなペースでタックルをすれば、ガスなど足りるはずが無かったのだ。
彼はコンディットの弱点を狙った。コンディットが敗れたのは全て「テイクダウン」が鍵だったからだ。そこまではわかる。しかしそのために自分の得意な武器を捨てて、使い慣れない武器を最初からむやみに振り回すのが果たして正しかっただろうか?もしこれが3Rならば正解だったろう。しかしこれは5Rマッチだ。慣れないテイクダウンを連発して1Rにたとえ100回テイクダウンを取ったとしても、そこから先に繋げてフィニッシュする技術か、自分のテイクダウンで使ったガスを遥かに越えるほどのガスを相手に使わせない限り、それはただ1Rを確実に取ったというだけのことだ。使ったガスに見合った成果ではないだろう。
結果、彼はガスを使い果たして2R以降はほぼ一方的になり、4Rには散々に殴られ、顔面をズタズタに切り裂かれた挙句にボディ・アッパーと膝で沈められてしまった。
迷うヒットマン、見失う王座への道
カンプマンは少しスランプ気味だったのだろうか。試合前に彼は、メンタルの重要性を語っていた。これまでは試合に臨む精神的な準備が出来ていなかったのだ、と。しかし今回のこれは準備が出来ていたとはいえない。考えすぎて、机上の空論をケージに持ち込んでしまったように見える。自分のガスがどれくらい消耗するかを完全に失念していたとしか思えないのだ。UFC社長のデイナ・ホワイトはツイッターで、カンプマンの採った戦略を「最もおかしな戦術の一つ」と酷評した。UFC屈指のストライカーを捕まえて、レスラーにでもしようというのか?と。
これはスポーツだ。目標は勝利であり、勝つためであればあらゆる策を講じるのは正しいことだ。相手の弱点を分析し、そこを狙って戦略を組むのも当然だろう。しかし、目的は勝つことであって、ただ弱点を狙うことではない、ということによくよく気をつけねばならないだろう。カンプマンは相手の弱点を狙う余り、その次の展開をどうしていくのか、そしてどこで勝つのかを果たしてきちんと考えていただろうか?
恐らくカンプマンはもっと堅実な安定した勝利を望み、自身の被弾を減らしたかったに違いない。カンプマンは上体をあまり動かさないため被弾が多く、でかいKO負けやダウンも少なくない。もしかしたらもう打たれ弱くなり始めている可能性もある。だからこそのこの戦略だったのもあるだろう。しかしそのために自分の得意な武器を捨てるのでは本末転倒であり、それは闘いから逃げてしまうことになる。彼はそのことに気づかなかったのかもしれない。
UFCで長いキャリアを持ち、素晴らしいスキルを持つ彼はまたしても正念場を迎えることになった。これで2連敗、次に負けたらいよいよ王座は絶望的になるだろう。試合内容は素晴らしかったし、相変わらずタフで強い男だった。3連敗でもリリースは無いだろう。しかし彼の夢は遥か遠くに離れていく。年齢は31歳と決してまだ遅くは無い。彼はスロースターターな自分を変えたいと思い、序盤から全力で行って力尽きてしまったが、その目標自体は決して間違っているわけではない。ただ最初から、自分が得意な打撃を仕掛け、その合間にテイクダウンを混ぜる程度でよかったはずだ。彼が己の最も強い武器は何かを再確認し、またウェルター級のトップ戦線に戻ってくることを願っている。
ツイート
0 件のコメント:
コメントを投稿