UFC168、ブラウンvsバーネットの試合の寸評です。以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC® 168 Weidman vs Silva II Event Gallery | UFC ® - Mediaより
ヘビー級 5分3R
WIN トラヴィス・ブラウン vs ジョシュ・バーネット
(1R エルボーによるKO)
ウォーマスター、ジャクソンズの戦略に完敗
ジョシュ・バーネットは喧嘩の巧い男だ。フィジカルはいまいちでパンチも下手、スタミナだってありはしない。だが、底意地の悪い強靭なメンタルと頑丈な顎を活かして突進しては相手に組み付き、絡めとって削りきってしまう戦い方を持っている。「取っ組み合い」ならばこの男の右に出る者はいないだろう。ただのレスリングとも違う、取っ組み合いに特化した独特のレスリング技術だ。この技術を使って彼はあらゆるハンデを克服してきた。それが「ウォーマスター」と呼ばれる所以だ。
だがそれは裏を返せば、その戦い方しかできないということだ。汎用性の高い技術ではあるが、対策もまた立てやすいといえる。そしてジョシュの対戦相手、「ハパ」トラヴィス・ブラウン、バスケットを経験していた異色の格闘家は、ジャクソンズジムに所属していた。そのジムには名前の通り、グレッグ・ジャクソンという男がいる。ゲーム理論を基礎にMMAの戦略を立て、これまで数々の名選手を育ててきた名伯楽だ。彼の戦略は一貫している。それは「不利な局面に立たない」というものだ。勝てる局面を維持するのではない、負けない局面を維持するのだ。
ウォーマスターの対策はシンプルだった。クリンチに付き合わない、ただそれだけだ。そしてたったのそれだけで、ウォーマスターは裸の王様となってしまった。そしてハパにはもう一つ、ジョシュを沈めるための「レスラーキラー」となる武器があった。
試合が始まるとハパは距離を維持し、長いリーチを活かしたジャブを使ってウォーマスターを懐から追い出していく。ジョシュは何度も被弾し、明らかに嫌がる気配が出ていた。ジョシュはパンチが見えていない。
ジョシュもパンチを返すが当たらない。しっかりと様子を見るハパを相手に顔を下げて突っ込んだジョシュは、金網に押し付けて得意のクリンチに持ち込もうとする。だがここで体格差が大きく影響した。これまでジョシュは体格的に優位なことが多かったが、今回の相手はその彼を遥かに凌駕する体格を持っている。ジョシュはタイクリンチで頭を抑え込まれて思うように動けない。膝を出すも浅く、その後ボディにパンチを入れたもののすぐにハパに振りほどかれて逃げられてしまった。そしてその後再び組み付くも、フィジカルに優れるハパは容易くジョシュを振り回してクリンチを切ってしまう。
そして驚くべきことに、この攻防ですでにウォーマスターの兵糧は尽きていた。口が開き、早々に肩で息をしていたのだ。アメリカ車でももう少し燃費がいいだろう。そして荒い呼吸を繰り返すジョシュの顔面に、力みのないハパの鋭いジャブが当たる。次いでジョシュが再び突っ込もうとしたところにひっかけるようなフックが繰り出されると、これがジョシュの左目に当たり、ジョシュは露骨に目を気にする素振りを見せた。これが効いていたのだろう。すぐに畳みかけに来たハパに危険を察知したウォーマスターは顔面を腕で覆い、下がるハパを追いかけてひたすらに組み付きに行く。スタンドを避けて体勢を立て直す時間を稼ごうと、局面を変えに来たのだ。
だがこれはスタンドを嫌った逃げの選択肢だ。ジョシュは打撃に怯んで相手をまったく見ていない。機動力に優れたハパはあの巨体でジョシュをいなしながら金網際まで下がると、顔を下げてタックルに来たジョシュの顔面にタメを作った膝を突き上げた!あの腰の高さ、あのフィジカルの男がカウンターで狙いすました膝を叩き込んだのだ。ジョシュはかろうじて残った意識でハパの腰に組み付くが、その下半身からはすでに力が失われていた。もたれ掛るようなジョシュを見るや、すぐさまブラウンは足を広げて安定した土台を作り、きちんと相手の頭を確認してから右腕を振り上げ、ジョシュの耳のあたりを目がけて鋭利な肘を叩きつけた。ジョシュの頭はハパの腿で固定されて逃げ場がない。すべてのダメージが無駄なくジョシュの脳髄に染み込んでいく。ガツン、ガツンと肘が当たるたびにジョシュの頭が跳ね返ってぐらぐらと揺れる。
ハパが練り上げたクリンチでの新しい技術「レスラーキラー」
3発、4発、5発、もはやジョシュの腕からは力が抜けている。崩れ落ちないのはハパの腿に頭が乗っているからだ。とどめの7発目をハパが振り下ろそうとした瞬間、レフェリーが飛び込んでその肘が耳に突き刺さるのを身を挺して防いだ。ハパが足のスタンスを元に戻すと、乗っていたジョシュの頭はずるりと力なく地面に落ち、彼は大地に突っ伏した。もし止めるのが遅かったら、そう思わせるほどの威力を持った肘だった。
ジャクソンズの戦略は従来の格闘技とは一線を画す。他の競技では使えない技、他の競技者が対応できない技を積極的に採用し、それをどんどん金網の中に持ち込んで来るのだ。ハパは以前もこの肘でKOしたことがある。だがその時は後頭部に当たってしまい議論を呼んだ。彼はそれをきちんと修正し、しっかりと確認して側頭部を狙っていった。これでこの技は完成したものとなっただろう。同様の肘は先のウェルター級タイトルマッチでジョニー・ヘンドリクスがGSPに使用しており、その時も極めて有効な攻撃となっていた。
レスラーは打撃で不利になった時やダメージを負った時、窮地を凌ぐためにタックルで腰に組み付いて相手を金網に押し込んで、そのまま数分経過するという展開が多々あった。それはMMAを退屈にするもっとも悪しき選択肢の一つだ。またひたすらにTDを仕掛けて押し込んで、そのまま一度TDだけしてポイント勝ちを狙うような選手もいる。だがこの肘の登場によって、その展開は一気に減っていくかもしれない。「レスラーキラー」として、この肘はこれから瞬く間に普及していくだろう。安易な金網への押し込みは、今後は致命的になる可能性がある。
進む世代交代、その一番の違いとは
ブラウンは出身がバスケットであり、その後ムエタイ、柔術などを経験しているが、その肉体は非常に素晴らしいものがある。巨体でありながら機動力に優れ、カットの出ていない体には十分な力強さも備えており、スタミナも申し分ない。特にフットワークに優れているのはとても評価できる点だろう。また以前よりも顔が精悍になっており、全体的により絞っているように思う。これでさらにキレが増したように感じた。そのスピードとキレのある動きに、ジョシュは捕まえることが出来ずに終わった。機動力の差が大きく物を言った試合だろう。まさにアスリートの肉体だ。
対するジョシュは最悪のシェイプだった。元々アスリートとは別種の人間だが、それでもここ最近は少しマシな体型だった。だが今回は計量の時からひどくたるんでいた。とてもまともにシェイプしていたとは思えない。ガス欠の早さを考えても、コンディションが相当悪かったのは間違いないだろう。
今のヘビーはよりアスレティックな肉体を持つ新世代のファイターと、シェイプの甘い一芸で生き抜いてきたファイターの二種類がランキングに混在している。彼らの最も大きな違いは肉体のキレとスピードだ。そしてスピードのない選手は2014年に軒並み駆逐されていくだろう。MMAが体系化されていくにつれて皆最低限のディフェンスは出来るようになってしまった以上、一芸だけで生き抜くことは困難だ。一芸を防がれた時、フィジカルによって押しつぶされてしまうのだ。これはヘビーに限らず、全ての階級で同じ現象が見られている。
かつて私は、もし自分が今MMA選手を目指すならば何よりも優先するのはフィジカルだと書いた。それは今も変わらない。柔軟性とスタミナ、瞬発力と調整力を最重視するだろう。近年、MMAのトレーニングを見ると体操的な動きを取り入れた練習をしている選手が非常に増えている。これは間違いなく正解だろう。スタンドとグラウンドの切り替わりがあるMMAでは、そこで大きくスタミナをロスするからだ。この切り替わりでモタモタしてしまえば、態勢が整わないところで攻撃を受けることになる。倒れたら立つまで待ってくれる立ち技競技と違い、切れ目なく攻防が続くMMAではこの切り替わりでどれだけ素早く動けるかが大きく影響する。タックルを切られて振り回された後に、スタミナを失ってのそのそと立ち上がるジョシュを見ればその重要性がわかるはずだ。
この試合もまた、新しい風によって幻想が吹き飛ばされた試合となった。MMAは急速に進化を遂げている。私はジョシュ・バーネットは好きだが、彼は少しばかり寄り道をしすぎたのかもしれないと思っている。あと少し早くアメリカで戦いを始めていればもっと違った展開となったはずだ。彼の戦いのセンスは決して衰えてはいない。だが彼が最先端から離れている間に、選手の質そのものが大きく変容してしまった。もはやそこに異種格闘技の色合いはない。弛んだ体で勝てるほど、甘い世界ではなくなったのだ。ドーピング検査もきちんと行われる、れっきとしたスポーツとなったのだ。竜宮城で彼がタイやヒラメのプロレスを楽しむ間に、地上はすっかり様変わりをしてしまった。彼がこれからも戦うのであれば、ロイ・ネルソン同様に命がけのフィジカル作りが必要になるだろう。
ハパはジャクソンズの戦略と優れたフィジカルによって、老獪な戦術家を見事に打破した。枠にとらわれない彼の戦い方が、次の世代の標準を築いていく。かつて彼はアントニオ・シウバに敗北したが、あれは足の負傷も影響した試合だ。今は自信もついているはずだ。シェイプもあの頃よりずっとよくなっている。次に対戦すればそうそう負けはしないだろうと思う。ただ、トップ2にはまだ敵わない気がする。ヴェラスケスにはレスリングで、サントスには打撃で後れを取ってしまいそうだ。蹴りの使い方とグラウンドでの攻め次第では、サントスを攻略することはできるかもしれないが、やはりブラウンが不利なのは変わらないだろう。
これでブラウンはランキングを上げ、あと一試合でタイトルの可能性も見えてきた。現状ヘビーはトップ二人とそれ以外の選手で差が開きすぎており、下手をすればずっとラバーマッチを繰り返す展開もあり得る状況だ。ブラウンがさらに強くなって、是非ともこのトップ争いに食い込んでほしいと思う。ブラウンには深い知性と頼もしいメンタルを感じており、今私がかなり好きな選手の一人だ。特に変な色やこだわりのない柔軟なスタイルが、これからの戦い方を変えてくれそうな予感がしている。ヘビーに吹いた新しい風がはたして王座まで届くのか、その行く先を見守っていきたいと思う。
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先のシンガポールの大会でもタックルに対して(側頭部の)肘落しが多用されてて
返信削除12/29からまだ一週間も経ってないのに凄いなーとか思ってましたが
そういえば既にGSPジョニヘンで使われてたましたね
ただ確かに有効ですが
色々コントロールし切れてない人が多く危険な技術だなとも思いました
いっそ頭部への打ち下ろしの肘はスタンドグラウンド関わらず禁止にした方がいいのかなとも思いました
肘自体はカットによる一発逆転の選択肢として残して欲しいですが
使えそうなのはすぐに流行りますよね。ジョニヘンのは相当強烈でした。あのぶっとい腕ですからね。
削除こないだのUFNで起一選手が後頭部にあの肘を食らってしまったみたいですが、当分はああいう事故も多いかもしれません。ただパウンドでも同様のことは起きていますし、必ずしもあの肘だけが問題ではないかなとも思います。
禁止するならばスタンドグラウンドではなく、腕をあのように動かす肘全部ということになりそうです。現状打ちおろしの肘とは地面に対して垂直に打ち下ろす軌道の肘で、それはどの状況でもすでに禁止になっているはずです。
北米のMMAユニファイド・ルールを最初に制定し、現在もその整備を行っているのはニュージャージー州のアスレチック・コミッションで、現行のルールは2007年に血液検査に関する事項を変更されたのを最後に変わっていないらしいです。試合ルールに関する事ならもっと以前からそのままですね。
削除年に一回、ディスカッ ションの機会を設け、その半年程前に、その年の議題についての意見を、レフェリー・ジャッジ・プロモーター・マネージメント等にメールで募るらしいです。
以前にも述べましたが、かつてのJMMAのように少し膠着試合が続いたり、特定の選手を有利にしたいからといってルールを簡単に変えるのは反対なので、この手続きのややこしさはむしろ歓迎したい位です。
今回の技も誰にでも出来る物では無く、ブラウンの培った技術と肉体の成せる技だと思うので、純粋にそこは評価したいです。一方で、興奮状態にある選手が側頭部ではなく後頭部に攻撃を加えてしまう事もままある事ですし、そこは選手・セコンド・レフェリー・ジャッジ皆が、何が有効で何が反則なのかをよく反芻して、理解度を深めてもらいたいと思います。
確かに禁止するならそんな感じになってしまうんですかね
削除ただ横好きながら空手をやってる身としては肘落とし自体は禁止して欲しくないなと
本来一番強い男(女)を決める上で一番いいのはあまり禁止事項を増やさず
その最低限のルールさえ守れない奴はそういう場に上がらせないというのが理想なんですが…
現状を見ると「はずみ」で危険な事故を起こしそうな行動はどんどん禁止していく方がいいのかなとも思ってしまいます
自分としてはダナハーさんとまったく同じ意見で、ルールはあまり安易に変えない方がいいと考えていますし、これはレスラーに対する打開策として重要だと思いますので、私としてはアリでいいと思います。
削除ちなみに昨日UFNを購入してみてたのですが、起一選手のはひどすぎですね。ハパさんのとは全然別で、あれは床に対しても垂直、しかも後頭部と二重に反則でした。たぶんあの選手はルールをろくに調べてないのでしょう。反則後の被害者アピール含めて、即刻UFCから追放してほしいくらいです。
あんまりにも起一選手のようなケースが増えるならば、規制が入るかもしれませんね。
いつも楽しく拝見しております。
返信削除ジョシュ・バーネットは2003年に新日本プロレスに来て以来、大好きな選手ですが、それだけに残念でした。
ジョシュは計量時のたるみ具合もそうですが、随分表情が固かったなぁと映像を観て思いました。
彼の体重は少なくともコーミエ戦の248ポンド以下でないと、動きが悪くなるような気がします。マークハントを秒殺したときも248ポンドくらいでしたし。高阪の好きな(笑)「つきたての餅」のようなお腹とは、そろそろおさらばしなくてはならないですね。
打撃も組みも改善して欲しいし、彼のグラップリングもまたUFCで観たいです。
ジョシュさんはあの取っ組み合いの技術だけでも金がとれるくらいですが、何しろあの体では技術以前の問題ですね。
削除あとやっぱり打撃が致命的です。ミア戦も、ミアさんがアウトボクシングに徹したら結構危なかったんじゃないかと思ってます。熱くなって組んじゃいましたが。
表情が硬かったというか、UFCのジョシュって、日本のブラウン管での印象と全然違いますよね。UFC嫌いを公言し、諸々の発言から察するに、もはやMMAを見ることにもやることにも、あまり興味がなさそうなので、そういったことも影響しているのかもしれませんね。
削除最近の彼に少しがっかりなのは、MMAに対する愛が感じられないところですね。ジョシュが好きで、かつ、この競技のファンとしては、ある意味勝ち負けよりもそこが残念です。結果的にはそういうメンタリティが準備や勝負そのものにも関わってくるのでしょうけど。
試合には負けても、関わりたくないような凄みがあっておっかないのは今のジョシュさんでした(笑)
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エディさん、更新楽しみに待ってました。
これからも宜しくお願いいたします ^^;