UFC173の感想と分析の続きです。以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC 173 バラオ vs ディラシャウ大会のフォトギャラリー | UFC ® - Mediaより
バンタム級 5分3R
WIN 水垣偉弥 vs フランシスコ・リベラ
(ユナニマス・デシジョンによる勝利)
スナイパー、王座を射程内に収める
今、極東出身のスナイパーの照準器には新たなる王者、TJ・ディラショーの顔が映りつつある。まだ少し距離は遠いかもしれない。だが狙うことのできる距離に入ったのは間違いないだろう。「インテリジェント・スナイパー」水垣偉弥はディラショーから変更になったランキング10位のフランシスコ・リベラと対戦し、判定で見事に勝利した。
王座はもう、すぐそこまで迫っている。
この試合で一番評価すべきはやはり水垣のボクシング技術だろう。水垣はいつものフットワークを使ったボクシングを主軸とした試合展開でスタンドを優位に運んでいった。カウンターによる一発を狙うリベラを相手に慌てずよく見てパンチを繰り出した。
これまでと比べて感じたのは、以前よりも相手をずっとよく見ていた点だ。相手のKO狙いの強打が頭を掠める状況でも、水垣はガードを固め、膝と上体を柔らかく使ってディフェンスをしながら相手の顔をしっかりと見ていた。日本人選手はこのディフェンス面が脆い選手が多く、打ち合いで顔を下げて相手の打撃を見ていられないことが多い。だがボクシングのランカーとも練習しているという水垣はこの点が大きく違った。水垣は見た目だけならその辺りにいる人の良さそうな大学生にしか見えないが、その内面はそこらの悪党など裸足で逃げ出すほどに気が強い。相手の拳を恐れずに、むしろぶちのめしてやると言わんばかりの闘争心を持って前に出る気の強さがこのディフェンスを大きく支えているように思う。
オフェンス面は相変わらずのキレの良さだ。フットワークを使いながら素早く踏み込み、リズミカルにコンビネーションを打ち込んでいく様は見ていてとても心地いい。今回1Rにダウンを奪ったパンチは綺麗なワンツーからで、さらにそこから返しのフックをワンツースリーで打ち込んで倒している。特にワンツーはぐらつかせる前にも同じものを一度当てて効かせており、この試合で一番素晴らしいと思った打撃だった。3Rに蹴りに来たリベラを後方に吹き飛ばしたのも同じ右ストレートだ。
そしてこの試合では打ち終わりの回避も進歩していたように思う。打った後には必ずウィービングしながら相手の様子を窺い、相手が動きそうならきちんと反応してガードを固めた。細かいことだが、こういう動きがここぞで水垣を窮地から救い出してくれるだろう。この動きを身に着けるために水垣が地道な努力を重ねてきたことは容易に想像できる。この打ち終わりに的を絞らせない動きは同大会でTJ・ディラショーも非常に気を付けていたもので、飛び込んで打撃を繰り出していくスタイルの選手には必須の技術といえるだろう。
また決してパンチ一辺倒なわけではない。何度かタックルフェイントからのパンチを見せていたし、タックルを織り交ぜてTDもしている。欲を言えばもう少し蹴りが欲しいが、無理に使うことはないだろう。タックルはスピードがあって入り方も素晴らしく、大学などで特訓している成果が出ているように思う。
一方で気になる点もある。
まず一番感じたのがTD後の展開の遅さだ。これは以前からも気になっていた点だ。パンチでダウンを奪うまではいくが、そこからフィニッシュに持っていくことができないのだ。フランシスコ・リベラは胴が長くて力も強く、水垣はガードからの展開が停滞しがちだった。パウンドを狙うも削り切れない。この辺りは体格的な問題もあるだろう。トップ支配率はトータルで5分以上と水垣が丸々1R分以上の時間を支配していたし、そのコントロール自体は優れていた。だが有効な攻撃は時間に比してあまり多くはない。もちろんいいパウンドもあったし肘も狙っていたが、止めを刺すまでにはいかなかった。チョークも体勢と位置取りが不十分なまま無理に仕掛けすぎていたと思う。
またこれに付随して起きるのがスタミナのロスだ。水垣はダウンを奪ってからの展開で粘りすぎてスタミナをロスするケースが多いように思っている。彼のアグレッシブさはとても好ましく思っているが、優位に立った時に力んで無理やりに攻めすぎるのは大きな損失だ。むしろダウンを奪った後にこそ水垣の素晴らしい頭脳と冷静さが必要とされている。相手の体にまだ力が残っているようであれば、さっさと立ち上がってスタンドでハチの巣にしてしまったほうがいいだろう。そしてそれが出来るだけの打撃技術の差がこの試合ではあったと思っている。この試合では2R、それでスタミナをロスしたところにリベラのブラジリアンキックを被弾してしまった。ダウンはなかったもののまったく見えておらず危険な当たり方だった。
攻め疲れから巻き返されるという展開をここ数戦で毎回見ているような気がしている。もし攻め疲れが起きてしまうのであれば、攻め方を変えるかスタミナを大幅に強化する必要があるだろう。王座戦は5Rであり、今のラウンド数でそれが起きるのであれば王座戦ではまず勝てないからだ。ましてや今、王座には驚異的な運動量を持つ男が座している。シェイプも含めて何らかの改善策が必要なのではないかと見ている。水垣は減量がきついと聞く。今回は計量後にホテルで輸液を使ってのリカバリーをしていたようだ。体重をある程度戻さないと力負けするし、あまり戻せばスタミナ面で不安が残るしスピードも落ちる。どちらも一長一短であり、この辺りは悩ましいところかもしれない。
ただ、この試合に関してはこれまでよりもスピードが少し落ちているように感じた。もっさりとした印象があり、以前の試合ではもっとスピードがあったように思う。もしパワーとスピードどちらかを取るのであれば、自分としてはやはりスピードとスタミナを重視したフィジカルを作るほうがいいように思っている。
次に上記とも関連するが、水垣は優れた頭脳を持ち気が強い一方で激情型なところがある。熱くなってくると意地になってしまうように思う。この試合でも終盤、一発を狙うリベラを相手に打ち合いを何度も挑んでいった。打ち勝ったシーンは多いものの、ヒヤリとする被弾もあったように思う。特に頭を下げてのフックの乱打はギャンブルになっていたので避けた方がいいだろう。足を使っての芸術的なワンツーストレートという狙撃銃を水垣は持っている。拳銃を構えて早撃ち勝負などする必要が無いのだ。打ち合いを挑む心構えは素晴らしいが、本当に気持ちだけで十分だろう。
最後に、少し攻撃の引き出しが少ないかなと感じている。パンチが強いというだけでも相当に頼もしい。だが、パンチ以外にも決定打となる武器が何かひとつ欲しいと思う。蹴り、クリンチ、TD、パウンド、サブミッション、どれもできるが突出したものは無い。もう少し極めが強いと理想的だ。ダウンを奪った後に仕留めるまでの流れが欲しい。また打撃とタックルを連携させる攻撃ももっと欲しいと思う。それがあればパンチはさらに活きてくるだろう。
驚異の5連続勝利、そして気になる次戦の相手は?
水垣はこれで5連勝となった。UFCで5連続勝利という成績の持つ意味はすさまじく重い。ましてや今回は途中で対戦相手が変更になっている。さらに元々対戦予定だった相手は、同じ夜に王座を奪取した選手なのだ。これで水垣に王座挑戦をさせないようなセンスの無い人間がマッチメーカーだったならば、UFCなどとっくの昔に廃れていたはずだ。素晴らしく見る目のあるマッチメーカーであれば、迷わず水垣とディラショーのタイトルマッチを組んでくれるに決まっている。そうですよね、ズッファの中の人?
この大会でのディラショーの動きを見れば、やはり水垣は少し厳しいだろう。スピードとスタミナに差がありそうに感じたからだ。やはり不安なのはスタミナだ。水垣はスタミナ切れからの失速が激しく、被弾も突如として増加する傾向にある。ここ数戦は3Rに毎回危うい展開がある。スピードもこの試合の水垣は少し遅くなっているように感じた。TDディフェンスもスタンドに専念できるほどに盤石ではない。タイトルマッチは組んでほしいが、現状水垣が勝てる絵はパンチによるカウンター以外に浮かばない。転がされたらまず勝ち目はないだろうと思っている。だが所詮は同じ人間、工夫次第では決して勝てないことはないだろう。
スナイパーは射程内にまで近づいた。だが引き金は引けるのか、そして王者を射抜くことはできるのだろうか?革命の起きたバンタム級では、新たな王者を狙っての挑戦権争いが一気に激化していくだろう。これはチャンスだ。どさくさまぎれでランキングを6位まで上げた水垣には、この混乱に乗じて是非とも挑戦権までちゃっかり手に入れて欲しい。運だろうが棚ボタだろうが、ベルトさえ巻いてしまえば過程などどうでもいいのだ、そのことは皮肉にも現王者が証明したのだから。
次のターゲットは王者かトップランカーのどちらかしかない。次の試合は「インテリジェント・スナイパー」水垣偉弥にとって、MMAキャリア最大の正念場となるだろう。
だがやることはただ一つ、標的の頭を照準に収め、静かに引き金を引くだけだ。
ライトヘビー級5分3R
WIN ダニエル・コーミエ vs ダン・ヘンダーソン
(3R リアネイキッド・チョーク)
ヘンド、宙を舞う
岩の塊のような体躯を持った43歳の男は、突然宙にふわりと舞い上がった。次元の歪みか何かで無重力の場所が発生したのだろうか?だがNASAは沈黙したままだ。だから重力はあったし、これは人間の力によるものらしい。
「DC」ダニエル・コーミエ、元オリンピアンでレスリングの優秀なコーチとしても知られるこの男はMMAの舞台で完璧なボディスラムを使い、レジェンドを背中からマットに猛烈に叩き付けた。その男の使う技術は垢抜けた知恵の産物だったが、動きは野を駆る獣そのものだった。知性と獣性の調和、それはAKAの目指す理想の姿なのかもしれない。
試合内容、というのは適切ではないかもしれない。狩猟内容はほぼ一方的なものだった。体の出力とガスに差がありすぎたのだ。特に組んでからの瞬発力の差、技術の差は凄まじかった。序盤からコーミエがヘンドと組むと、その刹那にヘンドの体は宙に舞った。その暴力的な動きから力任せのように見えるが決してそうではない。どちらかというとタイミングの巧さだ。相手の呼吸を読み、抜群のタイミングで一瞬間に凄まじい力を放出して投げているように思う。恐らく相手に触れた状態ならば相手の重心や力の入れ具合が手に取るようにわかるのだろう。ヘンドはグレコローマン・レスリングをベースに持ち、これまでその技術を使ってクリンチからTDして削る戦い方を得意としていたが完全にお株を奪われる形となった。
打撃も素晴らしくスピードがありキレがある。体が非常に柔軟で、あの体型でありながら蹴りは一切のストレスなく鞭のように柔らかく高い打点まで伸びていく。リーチの無いコーミエには使い勝手のいい武器だ。パンチは素早い踏み込みからのコンパクトでハンドスピードのあるもので、リスクを負って狙いに行けばKOも十分あり得る打撃だ。
そしてこのパンチとタックルの連携が優れている。何の無理もなく滑らかに打撃と組みが繋がっているために大したことの無いように見えてしまうが、それはコーミエの技術が優れすぎているからだろう。ボディスラムでヘンドを叩き付ける前もワンツーからシングルレッグのコンビネーションで足を取っている。このつなぎ目の無いレスリング・ストライキングこそがコーミエ、そして盟友ケイン・ヴェラスケスの最大の武器だ。これによってヘンドは練習生のように扱われることになった。
スタミナに関してはもう言うまでもないだろう。こんな獣に食らいつかれて上に乗られていればガスなどいくらあっても足りはしない。高齢、そしてTRTの禁止とただでさえヘンドにはスタミナに対する不利な要因が多かった。ここ最近打たれ弱さも見せているヘンドにとって、この試合は少し荷が重すぎたようにも思う。
獣の牙は王に届くか?待ち望まれるタイトルマッチ
この試合はあのヘンドがここまでやられるかという点で見ごたえはあった。だが王座に近づくための試合としてはあまり適切ではなかったように思う。やはり当初対戦予定だったラシャド・エヴァンスとの試合が適切だっただろう。そしてこの試合を見る限り、やはり私はライトヘビー級の支配者ジョン・「ボーンズ」・ジョーンズのほうが有利だと思っている。
理由はいくつかある。まず距離の取り合いで恐らくコーミエが不利だと思うからだ。コーミエはスピードがあり素晴らしい飛び込みを見せる。ヘビー級ではそのスピードのおかげでかなり優位に試合を運べたが、ライトヘビーではヘビー程のアドバンテージはないだろう。そしてかつてジョーンズは「ザ・ドラゴン」リョート・マチダと対戦した経験がある。彼はそこでリョートの間合いを完全に封じて勝利した。スピードはリョートもコーミエに匹敵するものがあったように記憶している。それでもリョートはジョーンズを射程内に捉えることはできなかったのだ。ジョーンズの間合いはそれくらいに深く、そしてリーチを巧く使う術を心得ている。
コーミエにはリョートと違ってタックルの選択肢がある。そして単純なレスリングであればコーミエの方が遥かに上だろう。だがジョーンズの間合いを打撃で潰してタックルとなった時に、恐らくTD成功率は一気に下がると考える。遠い間合いが二人の技術差を埋めてしまうからだ。
そして互いに互いのレスリングを無効化できるとなった時に、恐らく二人は打撃での削り合いにもつれ込むだろう。そこでコーミエは敗れると考えている。遠い距離での削り合いはボーンズの土俵だからだ。コーミエが3R以内に飛び込んでのパンチでダウンを奪わなければ、それ以降のラウンドでコーミエは不利になると自分は見ている。怖いのはボディへの攻撃と関節蹴りだろう。そしてそれらを気にしすぎた時に、コーミエはパンチでダウンを奪われる可能性もあるように思う。
またこの試合、ヘンドの拳がコーミエをあと少しで捕まえていたシーンがあった。あれを食らいかけるのを見て、恐らくジョーンズの致命的な一撃を貰うだろうと私は感じている。コーミエのディフェンスは優れている。だがジョーンズの驚異的な間合いを目の当たりにした時に、見切りに誤差が出てしまう懸念が払しょくできないでいるのだ。
もちろん勝機も十分にあるだろう。飛び込んでの打撃が自分の予想を上回るスピードであった場合、そしてジョーンズがコーミエのTDを防御できないほどにレスリング技術に差があった場合にはコーミエが勝つことになる。
ティシェイラを破壊し、もはや対抗馬は北欧の勇者のみとなりかけていた焼け野原のライトヘビー級に登場した漆黒の獣「DC」ダニエル・コーミエ、彼のおかげでこの階級も再び楽しくなりそうだ。稲妻のように駆ける獣の牙は、冷酷なる骨王ジョン・「ボーンズ」・ジョーンズの喉笛を食いちぎることが出来るのだろうか?二人の対戦が実現すればここ最近では屈指のビッグカードとなることは間違いない。すでに王者はDCとの対戦に興味を示しているという。
二人の試合を想像して、今から格闘技中毒者の体の震えは止まらない。現実に試合を見るまでこの震えが収まることはないだろう。つまりこの試合を実現することは人助けなのだ。さあ、マッチメーカーはこの哀れな中毒者を救うと思って、一刻も早い実現に向けて動いて欲しい。
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バンタムは停滞気味だったのが一気に注目の階級になりましたね。
返信削除私は水垣選手と同じ高校の出身なのですが、まさか自分の高校からUFCのトップファイターが出るとは驚くばかりです。しかも剣道部からw
そんな水垣選手の次戦ですが、タイトルマッチになるかは微妙な状況のようです。
というのも、ドミニククルーズがスパーリング練習を開始して、3〜4ヶ月で
復帰予定らしいですが、復帰戦に希望している相手が水垣なんだとか。
クルーズがブランク前の状態にどこまで近づいているか不明ですが
実現したら水垣にすればディラショー戦を見据えた最高の相手なんじゃないでしょうか。
スピードが互角以上で蹴りを使える相手に対して、入り込んでパンチを当てる事が出来るかがカギになりそうです。
蹴り足をキャッチして蹴りを出しにくい展開を作れれば最高なんですが…。
とか試合展開を考えたくなりますが、果たしてどんなマッチメークになるのか期待は膨らむばかりですね。
な、なんと同じ高校出身だとは!羨ましすぎますwそういえば水垣選手剣道部だったらしいですねw動体視力はそれで鍛えられたのかもしれません。
削除最近ほんとニュース読んでなくてすいません。皆がいっぱいニュース教えてくれるので助かりますw大会が多すぎて記事を書いてる間に次の大会、その合間にニュースがバンバン出てくるのでまったく追いついてません。
とうとうクルーズが復活ですか!希望してるということは水垣選手なら勝てると踏んだんでしょうね。これは水垣選手負けるわけにはいきません。
ただクルーズのブランクを考えたらこれはチャンスでもありますね。クルーズが欠場してからMMAの在り様ってかなり変わっている気がします。あのフェイバーがKOされ、そしてフェイバーをKOしたバラオンが今度はディラショーに一方的にやられているのですから。たしかに仮想ディラショーとしてはうってつけです。互いにwin-winの試合ですねw
クルーズは正直パンチディフェンスが結構危ういです。蹴りはうっとおしいですが、パンチもそこまでではない印象です。ましてや足を怪我してからの復帰戦で、フットワークは相当悪くなっているでしょう。私は案外、今の水垣選手ならパンチでダウン取れるんじゃないかなと思ってます。
怖いのはTDからのグラウンドです。力負けして漬けられると面倒ですね。ただこちらも膝の影響が必ずありますので、今の水垣さんなら凌げるかもしれません。
さすがに復帰してきたクルーズに関節蹴りを多用するとかはできないですかねw水垣さんがそれをやってくれたら尊敬しますがw私はクルーズも好きなので中々複雑なところです。