UFC156の感想と分析です。
WIN 王者 ジョゼ・アルド VS 挑戦者 フランク・エドガー
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利 王者は4度目の防衛に成功)
ジョゼ・アルドについて
私はフェザー級王者の実力を、実は疑っていた。
彼は本当の強豪とまだ対戦していない、そう思ったからだ。
強豪と対戦してその底が見えて初めて評価が定まる。
フェザーはまだ出来て間もない階級であり、選手が
充実してきたのはここ最近のことだ。これまでライトでやっていた
本来ライト以下が適正の選手がようやく移動しはじめてきていた。
今回の挑戦者エドガーもその一人だ。
だから、この試合でようやくこの男の全てが見られる。
そう思って楽しみな一戦だった。そしてとうとう私は目の当たりにした。
この男、まだ底が見えないということを。
ゴング直前、相手と目を合わさず下を見るアルド。
これは彼のいつもの仕種だ。決して闘志をむき出しにしたり
相手を睨みつけたりせず、静かに下を見て意識を集中する。
彼が最も恐ろしく見える瞬間だ。
作戦はシンプルだった。距離を維持し、スタンド状態を保ちながら
的確に相手を削りつつKOを狙うというものだ。TDはまったく狙わないし、
自分からクリンチに行くこともまったくなかった。
ブラジリアン、鉄の拳でエドガーの挑戦を打ち砕く
勝負の肝になったのは、人間凶器としかいいようのないフリッカー気味の
シャープな左ジャブと伸びる右ストレートだ。とにかく速度が普通ではない。
スローで見てもかなりの速さのパンチで、これが終盤までエドガーの
顔面を砕き続けた。
顔面を砕き続けた。
速さだけでなくパンチの質も重く、見るからに硬そうな拳だった。
エドガーは1Rの時点ですでに鼻血を垂れ流していた。
彼のパンチの最も優秀な点は、どのような局面でも打てることだ。
特に下がりながらバランスを崩さずにそこそこの強打を打てる
というのが何よりも強みだろう。MMAは最終的に、こういう
打撃をコツコツと積み重ねていくのが一番手堅い勝利に
なるのだ。その積み重ねで弱りきったところに、KO勝利の
可能性が見えてくる。
またリーチ差はデータよりも大分アルドのほうが長いと感じた。
このパンチがとにかく伸びる。エドガーのローの距離とアルドのパンチが
ほぼ同じ距離だろう。エドガーはこのパンチで中々自分の距離に
入れなかった。
そして試合前から評価の高かったローキックも凄まじかった。
2R、あのタフなエドガーがわずか数発のローでバランスを崩して
倒れこんでいた。数自体はそこまで多くはないし、後半は
エドガーにローキャッチからTDされることを警戒して
あまり出さなくなったが、やはりあのダメージは試合に
それなりの影響を与えていたことは間違いない。
もしあのままエドガーがロー対策を出来ずに受け続けたら
KO決着の可能性はかなり高かっただろう。
余談だが、このローキックどうもキックボクシングとは
全然違う蹴りかたに見える。サッカーボールキックっぽい
ように見えるがどうなのだろうか。腰をあまり入れてない
からこそのあの速度のように見える。
驚異の動体視力と反射神経による被弾の回避
また彼の最大の武器は、攻撃だけではなくその
化け物じみた防御、特に回避行動にあるといえる。
試合で感じたのは、とにかく目がいいことだ。
常に目を背けず相手の攻撃やパンチをきちんと見る。
これこそ打ち合いに置いて最も重要な要素だ。
そしてレスリングなどの非打撃系選手が抱える問題の
多くはここに存在する。アルドはそこがMMAファイターの
中でも突出して優れていると思う。
エドガーはコンビネーションで手数を出し、速い打撃を
小刻みに当てて削るのを基本とする選手だ。そのエドガーの
打撃はライト級ではかなりの速さで、BJペンが蜂の巣にされたり
現王者ベンソン・ヘンダーソンがそのパンチでダウンを奪われた
ことも記憶に新しい。
しかしアルドはその打撃をかなり外してきた。エドガーは
中々クリーンヒットを当てられずにいた。これは全て
彼の目の良さのおかげである。
テイクダウンディフェンスに関しては、相手がエドガーであることを
考えたらやはりハイレベルと言っていい。
とにかく体にバネがあり、エドガーのクリンチが弾かれるように
解かれる様は彼の瞬発力のすごさがうかがい知れる。
技術というよりもあの類稀なフィジカルによって逃れていると
いう印象だ。寝かされてもすぐに起き上がり、トップを取られる
ことがなかったのはさすがと言える。
このあたりは前ヘビー級王者、ドス・サントスに似ているだろう。
スタンドで勝負をしたい選手にとっては必須の条件で、彼は
それを満たして余りあるものがあった。
少しだけ見えた王者の弱点
しかし、その王者もいくつかの問題点が見えていた。
一つはあまりにも慎重すぎることだ。少し下がりすぎており、
ところどころ前に出て金網を背負わないようにしてるとは
いえもう少し攻めてもよかっただろう。判定にもつれ込んだとき
あれは必ずマイナスに作用する。
そしてもう一つ、それはスタミナの不安だ。
今回の試合で、後半徐々に動きが悪くなり確実に
被弾が増えていた。特に4R以降は明らかに
有効打数で負けていた。彼は以前にも何試合か
後半失速してグダグダと判定まで行くことがあったが、
今回も同じ傾向が見られた。それでも以前よりは
大分マシになっているとは思うが、ここが弱点なのは
変わっていない。もしかしたら減量苦の影響が
かなりあるのかもしれない。
とはいえ、結果は僅差のユナニマス・デシジョンでの勝利であり、
自分も判定についてはさほど文句は無い。打撃の精度でかなり
差があったと言える。とにかくパンチが巧かった。
TDディフェンスとグラウンド脱出の巧さを考えれば、
確かにアンデウソンよりもP4Pに近いと思う。
欲を言えばもう少しのアグレッシブさが欲しい。
だが、まだ余裕というか力を出し切っていないような感がある。
もしかしたらあの魚類っぽい無表情がそう感じさせてるだけなの
かもしれないが、もっと必死なアルドを見てみたいと思う。
フランク・エドガーについて
人間は弱い。嫌なこと、痛いこと、辛いことがあると
すぐに顔を背けて逃げようとしてしまう。それが生物として
当たり前の反応だ。
だが、人間の中には時に「英雄」と言われるものが
誕生する。逆境において目を背けず、足に力を込めて立ち上がり、
燃え盛る心臓と回転しつづける頭脳を持ってあらゆる困難に
真正面からぶつかる生き物、それが「英雄」だ。彼らは
歴史の転換点に現れては偉業を為し、数多の人間の心に
打ち震えるような感動を刻んでいく。
フランク・「ジ・アンサー」・エドガー、彼は間違いなく
MMAにおける「英雄」だろう。
鉄の拳を受けてなお前に出続ける鉄の心臓
入場時、すこし緊張した面持ちで入ってくるエドガー。
オクタゴンに足を踏み入れコールを受けた後も、
彼はせわしなくオクタゴンを動いて、自分を
奮い立たせるような仕種をしていた。
明らかにいつもより堅くなっていたように見えた。
勇者の作戦はアルドが相手でも変わることはなかった。
前に出る。手数を出す。最後まで攻め続ける。それだけだ。
ライトの時よりも若干スピードは上がっていたと思う。
フットワークも軽く、体の調子は非常によさそうだった。
だが、序盤はスタンドでかなりの劣勢を強いられた。
アルドの速いジャブに目がついていかず、顔面を
跳ね飛ばされて早々に出血をしてしまった。
ガードは決して悪くないものの、打ち合いに入る
直前などを打たれて文字通り出鼻を挫かれていた。
エドガーはコンビネーションでローを巧みに織り交ぜて
よくヒットさせるものの、アルドの重いローキックで
その印象も払拭され気味だった。
それでも、エドガーが下がることは無かった。
前に出て、自分から仕掛けていく。この動きは
ウェルター級王者GSPと非常に似ていると感じる。
この動きを最後まで出来ることこそが最大の武器であり
最大の魅力だ。それもただ闇雲に出るだけではない、
前に出ながら少しずつ対策を立てていくのだ。
アルドのローをキャッチしTD、その手で流れを手繰り寄せ始めた後半
その対策の最たるものがロー・キャッチだ。
誰もが対策を立てられずに蹴られ続けて敗北してきたアルドの
ローキック。それを英雄はなんとキャッチしテイクダウンしたのだ!
なんという対応の早さだろうか。あのアルドを見事にテイクダウンした。
惜しむらくはその後にグラウンドをキープできなかったことだろう。
だが、このトライによってアルドはローキックという最大の武器を
一つ捨てることになった。これはエドガーが見事というほかは無い。
このような展開はヘンダーソン戦でも見られたものだ。
そしてこの辺りから流れが変わり始めた。
その流れを呼び込んだのはエドガーの魂であり、
その流れを途切れさせなかったのはエドガーのフィジカルだ。
徐々に疲れを見せるアルドに対して、徐々にキレを増し
どんどんエドガーは活発になっていったのである。
コンビネーションで打ち分けをし、時おり見せるミドルキックなどは
もっと蹴ってもよかったくらいにいい打撃だった。アルドの動きが
少し悪くなったシーンがあったので、あれは効いていただろうと思う。
そして4R、とうとうバックを取ってからリフトしてアルドをスラムで
テイクダウンした。あのアルドが完全にリフトされて投げられる
など誰が想像したろうか。このあたりはもうエドガーがかなり
攻勢だったと言っていいだろう。そして試合終了まで、
エドガーは最後まで攻めて攻めて攻め抜いた。
力を出し切ったといえるだろう。
敗因とこの先の展望
結果は判定負けだった。これについてはエドガーも試合後に
判定に文句などない、と言っていた。これはここ数試合
全てが僅差の判定負けだったエドガーにしてみればもう
気にはしていないのだろう。彼は自分が倒しきれなかった
ことに対して不満を持っているように見えた。
やはり問題となっているのは序盤の組み立ての悪さだ。
なぜか序盤はスタンドのみで攻めようとしすぎるところがある。
それはメイナード戦でもヘンダーソン戦でも同様だった。
ヘビー級王者ヴェラスケスのように、もっと序盤から
タックルを仕掛けて相手のディフェンスを散らすほうが
よかったのではないかと思う。
スタミナに不安があると言われていたアルドを
消耗させるならとにかく組み付いてテイクダウンを仕掛ける
ほうがより消耗させられたはずだ。エドガーなら離れ際の
一発やタックルへのカウンターも対処できただろうと思う。
もう一つは事前研究の甘さだ。試合中にアジャストするのは
驚異的な才能といえるが、それに頼って序盤を劣勢にしては
ポイント勝負では絶対に不利になる。より研究して
1Rから対策が出来ている状態にするほうがずっといいだろう。
加えて、もっとグラウンドでの展開を見据えた塩漬けの技術が欲しい。
エドガーは試合中かなりいいテイクダウンをするが、その後ほとんど
グラウンドキープを出来ていない傾向にある。体格的なアドバンテージや
パワーの問題があるのかもしれないが、せっかくのテイクダウン
スキルを活かすのなら肘などを使ったグラウンド&パウンドは
必須だろう。スタミナでは絶対に負けないのだ。もっと相手を
消耗させる戦い方を身につける時期に来てると思う。
それによってスタンドでの被弾のリスクも遥かに下げることが
できるだろう。
スタンドスキルでいえばミドルキックはもっと多用していいだろう。
相手のスタミナを削るには最適の武器だ。リーチが厳しい
エドガーはもっと蹴りを多用するべきと思う。
パンチについていえば、近距離での打ち合いは素晴らしいが
ジャブがもう一つのところがある。ステップ・ジャブをもっと
磨いて遠目から当てられるようになればさらにスタンドを
優位に運べるだろう。
英雄はやはり英雄だった。まるで物語の主人公のように
不屈の闘志で血まみれになって前に出て戦う姿は
勝ち負けを超えた価値がある。相手が誰であろうと
エドガーと戦うとみな輝きだす。それはエドガーによって
輝きを引き出されるからなのだ。彼の闘志によって
相手も奮い立つからなのだ。
確かにレコードではこれで3連敗となった。だが
その数字の裏には勝ちよりも素晴らしいものが
あるのだ。あとはこれに数字がついてくれば
完璧である。
今後階級をどうするのかはわからないが、やはり
フェザーで今後も戦うほうがいいだろう。フェザーで
数戦し、その結果次第で一年後くらいにまたアルドとの
リマッチを見てみたいと思っている。英雄は敗北を
糧に強くなる。ここから学び、新たな歴史を作り上げると
自分は信じている。
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