2013年2月5日火曜日
UFC156 感想と分析part2 アリスターVSシウバ
UFC156の感想の続きです。
以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
写真はUFC公式より
ヘビー級 5分3R
WIN アントニオ・シウバ VS アリスター・オーフレイム
(パンチによるTKO)
アリスター・オーフレイムについて
「ドン亀固定砲台」
アリスターが突然筋肉ダルマになって以降のファイトスタイルを見て、自分が思った感想だ。ガードを固めて亀になって相手ににじり寄り、プレッシャーに負けて打ってきた相手の攻撃を亀で凌いだ後にフックか膝を全力で打ち込んでダウンを取る。つまらない戦い方だ。
ハリボテの体、ハリボテの経歴
アリスターは昔から、何か一つものすごい得意なものを使って勝利を狙うタイプだった。つまり一芸タイプだ。逆に言えばそのほかの要素は最初から捨てている選手だった。
長身痩躯だったころ、最初に彼がやったのはまだ打撃技術が発展してないMMAにおいて、キックボクシングを使いラッシュをかけて一気に勝負を決めるというものだった。そしてラッシュを凌がれればガス欠を起こして負けていた。
その次に彼が覚えたのはギロチン・チョークだ。長身を活かし、相手が打撃を嫌ってタックルに来たところを上からがぶって首を極める。単純だが有効な攻撃で彼は一本を量産した。
この頃は馬鹿の一つ覚えな面もあったが、それでも彼なりに工夫をして勝とうというものがあった。負けも多かったしダウンもした、メンタルが弱く少し打たれると背を向けて逃げてしまうところもあったが、それはアリスターのキャラクターとして自分は好意的に見ていた。
私が彼を見限ったのは、変わり果てた姿でリングに登場してからだ。
それまでは重量級でありながら軽やかで派手な動きだったのが、不自然な筋肉の鎧を纏ってからはただガードを固めて一発当てるだけというつまらない戦い方に成り下がった。その一発は、かつてのアリスターから考えればありえない威力だった。
誰もが思った、「これはドーピングじゃないのか?」
しかし、スポーツとしてMMAを扱う大きな興行は日本に存在しなかった。ヒーローがいて、そいつが派手に勝って人気が出れば、金が儲かれば後はどうでもいいという業界は当然ながらドーピングチェックなどするはずもなかった。表向きは禁止と言うが、今のUFCのようなチェックなどありはしなかった。彼の不自然な変貌は見逃されたまま、彼は大して強くも無い選手をあてがわれて連勝街道を驀進した。
絞りきれない体、進歩しないスタンド技術
だから自分はかならずアリスターがどこかでつまずくだろうことは確信していた。彼は弱点を克服するような努力の仕方をしてこなかったために未だに穴だらけだったからだ。スタミナが無い、打ち合いに弱い、グラウンドが巧くない、パンチディフェンスが悪い。それらを全て不自然な筋肉の鎧で覆い隠してきただけで、何ら解決されていないのは明らかだった。そしてシウバ戦で、彼はその穴を全て的確に突かれて負けることとなった。
計量のとき、アリスターの体を見て思わず笑ってしまった。ゆるいのだ。全体的に丸みが出て、カットが出ていたバルクアップした筋肉がすっかり緩んでいた。そして体重は過去最も重い。彼がシェイプしきれていないのは明らかだった。今回はなぜこんなにシェイプが悪いのかって?答えは一つ、プロテインをやっていなかったのだろう。
スタンドにおいて、まず感じたのが彼のパンチの下手さとリーチの無さだ。ストレート系のパンチは遅く、フットワークも使わないためまったく伸びないのだ。精度も低い。ファブリシオ戦では明らかにパンチで打ち負けていたが、この試合でもパンチの下手さは明らかだった。
懸念される打撃恐怖症の可能性
そしてアリスターで一番問題だと感じたのはパンチディフェンスの悪さだ。パンチをまったく見ていない。いや、見れないのだ。これはK-1の時もずっと思っていたことだ。
ファブリシオ戦でも亀で固めるときにパンチを見ずに顔を下げていたが、この試合でも顔を下げてガードを固めて体を入れ替えるという動きを頻繁にやっていた。そのとき、顔を下げたままでまったく相手を見ていないのだ。とてもストライカーと呼ぶにふさわしいディフェンスとは思えない。アルドしかりアンデウソンしかり、彼らは片時も相手の打撃から目を逸らしたりしないのだ。
彼がこの試合でまともに当てたのは膝だけだ。とりあえずガードを固めて前に出て、くっついては膝を打つ。この膝はそれなりにいい攻撃だろう。何度かボディを捉えていた。しかしファブリシオ戦でもそうだったが、この膝は何発当ててもKOを取れるほどの威力が無いのだ。
そしてこの戦法が意味することは何か。彼は近距離での打ち合い、パンチの差しあいを恐れているということだ。アリスターはストライカー、自分が一番笑ったギャグの一つだ。ガードを固めて組みつきに行くのがストライカーなら、相撲レスラーは全員ストライカーということになるだろう。彼はとりあえず飛び込んで一発当てて組み付かないと怖いのだ。足を止めて打ち合えないに過ぎない。入るときにステップジャブも打てないのではとてもストライカーと呼ぶことはできやしない。
同じ動きを昔、小比類巻選手がやっていたのを思い出す。KO負けをしてからのミルコ選手もまったく同じ動きをしていた。これは打撃恐怖症の兆候だ。でかいKO負けをすると打ち合えなくなってクリンチを連発したり、打ち合いの距離でまるで相手の打撃が来るのを待っているかのように体が動かなくなるケースがある。アリスターはそれをPEDで克服しようとしていたのかもしれない。
それでも1R、2Rはアリスターが取ったのは間違いない。1Rは押し込んで膝、2Rは投げからのトップキープでパウンドを打ち、それなりに優位に運んでいた。
そして3R。彼がこれまで逃げ続けてきた、デビュー時からの弱点が再び彼の前に立ちはだかった。スタミナの無さだ。今回は明らかなバッドシェイプ、そしてファブリシオ戦と違ってグラウンドにかなり長く付き合ってしまった。たったこれだけのことで、彼のスタミナはあっという間に尽きてしまった。
シウバはこれを待っていたのだろう。これまでは不自然なほどに得意のパンチも出さずにローを蹴って様子を見ていたのが、ここで一気にパンチのラッシュを仕掛けた。アリスターはガードする腕も上がらないまま、とりあえず顔を下げて凌ごうとした。だが、シウバはこの動きをきちんと「見ていた」。彼が下げた頭に合わせて、カウンター気味に狙い澄まして即頭部を打ちぬいたのだ。恐らくこれが効いたのだろう。アリスターはぼんやりした表情でガードを下げたまま金網にもたれかかった。そしてデク人形のように押さえつけられて滅多打ちにされた。
作り上げられた幻想は八角形の金網の中で崩れ去った。
アリスターの本当の価値はこれから決まる
前時代の幻想が一つ消え去った。彼は決して世界最強ではない。パンチが巧いわけでもない。一発がそこまである選手でもない。スタミナも絶望的、グラウンドもシウバのディフェンスで凌がれる程度だ。今、ようやくアリスターは等身大の評価を手に入れた。恐らく多くのアリスターファンは彼を見限って嘲るだろう。彼のこれまでの記録もドーピングの成果だとして否定されるだろう。だが、それはPEDを使って多くの選手を倒すということをしてきた罰だ。甘んじて受けるしかない。
だが、私はこれでようやくアリスターを応援できる。彼はドーピングチェックに引っかかったあともUFCから逃げなかった。ゆるい体でシウバと対戦し、見事にKO負けをした。もし彼がドーピング違反後に引退をしたら嘲っただろう。だが彼はちゃんと出てきて試合をしてきちんと負けた。これはとても大事なことだ。世間には何かと言い訳をして、強い相手と戦うことを避けるくせに自分のほうが強いなどと吹聴する輩が大勢いるのだから。
この試合で彼にはいい所も発見できた。クリンチでの攻防はシウバより巧かったし、投げもかなり奇麗に決まっていた。差し合いでのパワーは相当なものがあるのは確かだ。グラウンドはレスリングがいまいちだったが、それでもパウンドをコツコツ当てて削るところはとてもよかっただろう。体重を落とし、カーディオを鍛えあげ、一発を狙うのではなくローやミドルを織り交ぜながら足を使って削るスピードタイプの選手になれば今よりずっとよくなると思う。
UFCで一番難しいこと、それはいろんなタイプの選手と戦って勝ち続けることだ。相性が大きいMMAでは本当に難しい。だからこそ連勝に、王者に価値があるのだ。かませ犬を何匹あてがわれて勝ったところで何の価値も無い。ましてや自分の弱さをドーピングで克服しようとしたところで、
結局いつかまた向き合わなければならない日がくるのだ。
人間だから負けることもある。大事なのは負けて何を学ぶかだ。アリスターは幻想の殻を脱ぎ捨て、今ようやくスタートラインにたった。打撃恐怖症が悪化してアルロフスキーやミルコのようになってしまうのか、再びPEDに頼ってしまうのか、この試合で引退してしまうのか。それとも技術を磨き己の肉体を健全な方法で鍛え上げ、新しいアリスターに進化するのか-。
彼が弱さと向き合い、大きく成長する姿を楽しみにしている。
「幻想ハンター」アントニオ・シウバ
この男、MMAにおいて「幻想」を持つ選手を狩ることに関しては世界最強なのではないだろうか。
彼には幻想ハンターの称号を送りたい。
世界最強の幻想、「60億分の1の男」エメリヤーエンコ・ヒョードルを完膚なきまでに叩きのめした後は、次の最強幻想である「デモリッション・マン」を逆に完全に破壊してしまった。
一方で柔術ベースのオールラウンダー、ファブリシオ・ヴェウドゥムに判定で負け、ダニエル・コーミエにスタンドでワンパンチKOされ、現王者ケイン・ヴェラスケスには何一つ出来ずに血の海に沈められるなどしている男である。
世間ではそのせいで実力が計りにくいなどと言われているが、自分は逆にシウバは常に安定して力を出せるからこそこの成績なのだと思う。彼の対戦結果には運の要素がかなり少ないように思う。だからこその「幻想ハンター」なのだ。
ビッグフット、最大の武器は「格闘家の心」
なぜ彼が安定して実力を出し切れるのか。それはシウバのメンタルが非常に強いからだ。
まず、彼は相手を選ばない。誰が相手でも試合を受け、きちんと出場し、そして勝ったり負けたりする。相手がビッグネームだろうと格下だろうとちゃんと受ける。これはとても偉大なことだ。普通はメリットデメリットを計算して新人の強豪を避けたり、自分のネームバリューが落ちることを恐れてビッグネームを避けたりする。彼はそういうのが一切無いのだ。
次に、彼はビッグネームを恐れない。ヒョードルとやったときも、コーミエとやったときも、ケインとやったときも、今回のアリスターも彼はいつも落ち着いているのだ。劣勢でもあまり慌てている様子は見たことが無い。淡々と自分の仕事をこなすところは職人のような風情がある。
ビッグネームと対戦すると明らかに浮き足立っておかしな行動に出る選手は多い。ファブリシオはアリスター戦でスタンドで真っ向から打ち合えというコーチの指示を無視して過剰にスタンドを恐れた結果敗戦したりしている。そういう点を鑑みれば、ビッグフットのメンタルはヘビー級でもトップクラスだろう。
つまり、ビッグフットは勝ち負けよりも自分が戦うことそのものに価値を見出してるといえる。似たメンタルを持つ選手にはライト級のジョー・ローゾンがいる。
アリスターがドーピングで引っかかったときに、ドス・サントスはそのことを声高に批判した。当然のことだ。だが、ビッグフットは「ラボ製のアリスターでも構わない」、つまりドーピングしてても構わないと宣言したのだ。「より強い奴と戦いたい、だから構わない。」と。この男、スポーツ化著しいMMA界において希少な「格闘家」のメンタルを持っているのである。
だからこの勝利も当然のことだ。スタミナとディフェンス、パンチ技術と心の強さで勝るシウバの作戦勝ちだった。序盤様子を伺いながら無理に攻めることも無く、アリスターのプレッシャーに負けることも無く冷静に試合を運んでいた。
1Rはクリンチの膝をもらってインターバルでトランクスを下げるなど少しボディが効いたそぶりだった。2Rはクリンチから投げられてトップを取られるものの、足を使い下から肘やパンチを当てて、巧みにアリスターを牽制しながら決定的な攻撃を受けないように対処しつづけた。
そして3R、上に乗っているアリスターの息が切れているのを察知したシウバは得意のパンチを解禁し、ガードが崩れたアリスターを一気に仕留めた。すぐにガス欠を起こす燃費の悪さをよく把握した見事な作戦だった。そしてそれを成功させたのはプレッシャーや世間の前評判に気おされることのなかった彼の強靭なメンタルだ。
ただ、試合を見ていて思ったがやはりケインやサントスに比べてスピードに欠けるところがある。シウバもアリスターももっさりとしていて遅く感じた。やはり現王者と元王者は階級が二つくらい下かと思わせるようなスピードと体のキレを持っていたと思う。
次の試合は自分を血の海に沈めた男へのリベンジマッチか?
ともあれ幻想を潰した実績により、シウバは恐らく次の王者挑戦権を手に入れた。相手はつい先日自分を打ちのめしたメキシカン、ケイン・ヴェラスケスだ。すこしリマッチには早い気もするが、シウバは敗戦から立ち直り素晴らしい勝ち方で2連勝をしている。何よりパンチが確実によくなっていると思う。少し厳しいとは思うが、それでもこの男は逃げたりしない。試合が組まれたら誰であろうといつものように戦いに出向くだろう。なぜなら彼は格闘家だからだ。無骨に、黙々と、しかし決して後ろには下がらない。ビッグフットの歩みはまだまだ止まらない。
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