UFC163の感想と分析です。
以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
大会結果はこちら
画像はUFC® 163 大会フォトギャラリー | UFC ® - Mediaより
フェザー級タイトルマッチ 5分5R
WIN 王者ジョゼ・アルド vs 挑戦者ジョン・チャンソン
(4R パウンドによるTKO)
コリアン・ゾンビ、アグレッシブさが呼び込んだ好機
本当ならば、この日「スカーフェイス」ジョゼ・アルドは「ショータイム」アンソニー・ペティスとのスーパーファイトをする予定だった。だがケージに入ったのは「コリアン・ゾンビ」ジョン・チャンソン、獰猛なスタイルで名を馳せた、フェザー級4位のファイターだ。
ゾンビは常に前に出る。まるで己の身体のことなど忘れたように、攻撃衝動の権化となって相手に食らいつく様は対戦相手からすればモンスターそのものだ。ペティスが怪我をしてアルドの相手がいなくなったとき、彼に参戦を依頼する電話が来た。彼は返事をするのに1秒もかからなかったという。「YES」、彼は歓喜に叫び出さんばかりだった。
UFCではタイトル挑戦権を得るのがひどく困難だ。コンテンダーが充実する階級ではなおさらだ。そんな中、彼がランキング4位でありながら挑戦権が回ってきたのは運もあるだろうが、やはり彼のファイト・スタイルが評価されていること、アルドとスイングするだろうことを期待されていた証だろう。
静かな立ち上がり 冴えるスカーフェイスの鉄の拳
序盤は予想に反して静かな立ち上がりだった。お互いが様子を探っていく。しかし打撃でより優れていたのはアルドだ。フランキー・エドガーの顔面を砕いた鋭いステップ・インからの左ジャブは健在で、ゾンビは食らうたびに少し怯む気配を見せる。
そして自慢のローがラウンド中ごろに炸裂すると、パキャっという乾いた音が響き渡る。少し遠かったか、当たった部位はゾンビの足の前面だ。その後お互いが探りながら、ラウンドの最後にアルドがバックスピンを見せて1Rが終了した。ここまでは王者の仕上がりがかなりいいように感じた。
アルド、突如の失速
2R開始後、1Rにあれだけ冴えていた左ジャブがまったく出なくなり、明らかにローキックが打てるタイミングを見逃す。スカーフェイスの顔は、焦ってはいないものの何やら考え込んでいるような表情を浮かべていた。
打撃では相手に決定打は許さないものの被弾が増え、ゾンビの打撃を極端に嫌い始める。さらには、あのアルドが積極的にテイクダウンやクリンチを選択する。金網に押し付けたまま展開せず、ひたすらに膠着を選択するアルドはなにかを待っているかのようだった。こんなに弱気な王者の姿は恐らく初めてだろう。
素早いテイクダウンであっさりゾンビを転がすとすぐにいいポジションをキープしたのはアルドの引き出しの多さを垣間見た気がしたが、突如の消極的な戦法は明らかにちぐはぐな印象を与えた。自慢のローキックがたったの一発、1Rでのゾンビの腿の前側に掠めるように当たった一発のみというのはひどく不自然だった。まるで1Rと2Rの間に別の選手に入れ替わってしまったかのようだった。
徐々に競り負け始め、アルドはチャンソンのパンチを貰い始める。これはまさかアルド陥落かと思われた4R、攻勢を強めたゾンビが右フックを振り回す。アルドの左フックと腕が交差する形で接触した直後だ。ゾンビが効いたかのような素振りでよろよろと後ろに下がると、すかさずアルドは左ハイキックを3連発で叩き込む。かろうじてガードしたゾンビが突如顔面をひどく歪ませてマットに崩れ落ちると、アルドは素早く接近してパウンドを振り下ろす。まったくガードをできずにうずくまるゾンビを見て、異常を察したハーブ・ディーンは急いで試合を止めた。
悲運に見舞われた不完全燃焼の王座戦
うずくまったゾンビは我慢していたのだろう、右腕を押さえて悲痛な呻きを漏らしながら痛みにのたうち回る。遠くまで伸ばしすぎたフルスイングの右フックに下から巻き込むように被せられたアルドの左フックによって、ゾンビは肩を壊してしまったのだ。ゾンビのようにタフとはいえやはり人間、痛覚を残した彼には耐えがたい痛みだったに違いない。
一方かろうじて勝利したアルドは、試合後の会見に足を引きずって現れた。聞けば、1Rの2分ちょうど、彼が放った最初のローキックは体を引いたゾンビの膝頭を直撃し、彼の足はそれで壊れていたのだと言う。突如として鋭いジャブがでなくなったのも、足を止めて見あってばかりいたのも、下がりきれずにパンチをもらったのもすべて謎が解けた。上記の写真を見ればわかるが、クリンチにいくアルドの足の甲がパンパンに腫れあがっている。
双方ともに偶発的な大ケガに見舞われる残念な試合となってしまった。
それでもアルドは大ケガを負いつつも冷静に対応し、忍耐強く勝機を窺い続けることによって勝利を手にした。足が壊れてあれだけ動けるならば、万全であれば恐らく打撃で打ち勝てていただろうと思う。1Rではアルドのパンチがどんどん当たっていきそうな気配があったからだ。
足の様子を窺いつつ、相手にそれを気取られないようにしながら間合いを維持し、得意の打撃をあっさり捨ててグラウンドで有利なポジションをキープしにいく辺りは凄まじい頭のキレだ。まさに手練れとはアルドのような人物を言うのだろう。
足を完全に止めて相手とにらみあい、相手の攻撃を待っているようなハッタリをかましたのもかなり効果があった。ゾンビは明らかに警戒して手数を出さなかった。もしここでもっとガンガン攻めればアルドは対応しきれなかっただろう。ゾンビの後ろを勝利の女神がよぎったことを、アルドは彼に気づかせなかったのだ。ゾンビは最大の勝機を見逃してしまったといえるだろう。
何より、あのハイキック3連発は恐らくゾンビの怪我を見抜いたからではないだろうか?もしそうならばジョゼ・アルドとは恐ろしい嗅覚を持ったハンターだ。肩を壊した相手が最も辛い攻撃を即座に選択して怪我を堪えて全力で叩き込むなど、常人の判断力ではない。生存本能が彼に最善の行動を取らせるかのように見える。
結果は偶然でも、アルドが勝利を手にしたのは偶然とは思わない。彼は勝つために少ない手駒をやりくりして最後まで諦めなかった。その結果としての勝利なのだ。
韓国系選手に見られる強さと弱点
コリアン・ゾンビというニックネームの由来はそのものずばり、チャンソンがゾンビのように打たれ強いことから来ている。しかしこれは彼に限らず、韓国系の選手には概ね共通する特性だ。彼らはみな異常に打たれづよく、めったなことでは失神せず、激しい攻撃性を有する傾向にある。ここに、韓国系選手の強さと弱点があるように思う。
彼らにはとても粘り強いフィジカルがある。そして一旦攻撃性を露にすると、まるで野獣のように飛びかかる爆発力を持っている。
しかし、それはまるでリミッターを外してしまっているかのようだ。彼らは攻撃性が高まるあまり、体を無理矢理に力ませて使ってしまうことがあるように思う。己の身を省みない戦い方は、凄まじいまでのアドレナリンの放出を感じさせる。それは彼らに勝利をもたらす一方で、怪我を発生させる原因にもなってはいないだろうか。
思い出すのはキム・ドンヒョンのデミアン・マイア戦だ。優れたフィジカルを持つ彼は、自分の斜め後ろに組みついたマイアを体勢不十分なまま無理やりに投げようとしたが、それは明らかに力みすぎていた。そのせいで彼は潰れたときに脇腹を手酷く痛め、そのまま身動きがとれずに試合を止められてしまった。
今回のゾンビも、あまりにも遠目から力を込めて振り回しすぎたことが脱臼に繋がっているように思う。打たれづよさを担保にしているというよりは、こういうリスクを取ることにまったく抵抗がないように映る。力を込めすぎたために、彼らの体がそれについていけないシーンがよくあるように思っている。ムキになりすぎる、というほうが正しいだろうか。
この特性は彼らの強みである一方で、安定した勝利や長い選手生命などを奪う可能性があるのではないだろうか。今回の試合でも、あそこまで力んで打たずに細かく散らして手数を出していけば恐らく勝利を手にする可能性が跳ねあがっただろうと思う。アグレッシブとは、全力で振り回すだけではないはずだ。
双方ともにいい選手であることは間違いない。しかし、アクシデントによってお互いにうまくスイングしないまま、さらなるアクシデントで試合が終わってしまったのはとても残念だ。二人とも長期の離脱は避けられないだろう。もしいつか再戦があれば、次こそは最後まで死力を尽くした戦いが見たいと思っている。
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ライトヘビー級 5分3R
WIN フィル・デイビス vs リョート・マチダ
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利)
fightmetricによるデータはこちら
「ミスター・ワンダフル」、知恵を駆使した戦法でドラゴンに勝利
勝負に勝つのに必要なのはより優れた肉体だけではない。時として、知恵や工夫は技術差やフィジカル差をも覆す。この日のデイビスは、知略を駆使してマチダから大きな勝ち星を挙げた。
リョート・マチダはMMAでも屈指の間合いの広さを持つ。しかしそれはボーンズのように体格に秀でているからではない。彼のバックボーンである伝統派空手の技術が、驚異的な間合いの広さを実現しているのだ。彼はその間合いを駆使して相手の攻撃を避け続け、相手が少し出すぎたタイミングを狙ってカウンターを仕掛けるのを得意としている。そして相手が出てこなければ、隙を見計らって一気呵成にラッシュを仕掛ける。彼のスタイルは、足を止めて打ち合うというギャンブルを徹底的に排除する戦い方なのだ。
そして彼と戦うには大きく分けて二つ、一つは彼をマットに引きずり込むこと。そしてもう一つは、同じ間合いで削れる武器を用意することだ。デイビスが今回中心に据えたのは後者だった。
試合が始まると、デイビスはフットワークを駆使して決してマチダの正面に留まらない。そしてサークリングをしながらデイビスが今回選択した武器は、その長い足を使ったキックだった。これは予想外だった。自分は前回向上を見せたジャブを使うだろうと思っていたからだ。カウンターを受ける可能性を考慮してデイビスは蹴りを、それもローと前蹴りを多用した。長い足と強い体躯を持つデイビスの蹴りはなかなかのもので、ローはカットされたり打ち返されたりするものの前蹴りはよく当たっていたと思う。
蹴りの間合いでならデイビスのほうがわずかに有利だった。威力ではマチダに劣るものだったが、それでも出した数はかなりのものだ。ガードの上からを承知で叩き込むミドルやハイなども、削る武器としてかなり優秀だったと思う。
デイビスは消極的で手数を出さない問題点があったが、今回は相手のスタイルを研究して常に自分から動いて積極的に手数を出していった。fightmetricでは有効打としてカウントされた数がマチダよりも少ないが、自分はもう少しデイビスが当たっていたと思っている。マチダのボディに当たった前蹴りは、間違いなくマチダのスタミナを削っていた。そして時折出したオーバーハンドなども悪くなかっただろう。欲を言えばあと少し打撃に重さが欲しいところだ。
一番良かったのが、マチダを相手にお見合いをしなかったこと、そして前後の出入りをほとんどしなかったことだ。直線的な移動は、ドラゴンが最もカウンターをあわせやすい動きだ。3Rにまっすぐ入ったデイビスのボディにカウンターの膝が入ってしまったが、これはベイダーやヘンドにトラブルを引きこしたドラゴンの最も危険な武器の一つだ。直線的に入るとそれにあわせて前に出て相手の攻撃を潰し、近距離で膝を炸裂させる。これで相手は根こそぎスタミナを奪われてしまう。特に無理なクリンチに行こうとするときがもっとも危険だ。デイビスは足を使って決してマチダの正面に留まらないようによく動いたと思う。
テイクダウンも、マチダが出るのを待ってから仕掛ける素晴らしいタイミングだった。1Rのダブルレッグは腰の重いマチダを見事にぶっこ抜いた完璧なものだったろう。惜しむらくはその後だ。せっかくいいポジションを取ったのだから腕関節ではなく肘でマチダの顔面を切り裂いてしまうべきだった。2Rのボディを殴るのはかなりいい攻撃だったように思うが、少し時間が足りなかった。
またディフェンスもよかった。デイビスはレスラー出身でありながら非常に目がいいと思う。3Rは少しばてたのと打撃を貰ったのでミスをしていたが、1、2Rはマチダの蹴りをよく防ぎ、慌てずに回避していたと思う。1Rのラッシュは見た目こそ攻勢だったが、そこまでのクリーンヒットは許しておらず、いい打撃は最初の突きくらいだったろう。膝は完全に回避していた。あのラッシュはそこまでの評価はできない。打撃数の差はほぼなかったはずだから、1Rはテイクダウンと手数を出していったことを評価して自分は迷わずデイビスにポイントを付けた。2Rはいうまでもなくデイビスだろう。そして3Rもまた言うまでも無くマチダだ。この判定はユナニマスで当然と自分は思っている。29-28、全ジャッジとも同じなのは当然だ。相手のスタイルをよく研究して自分の持っている武器を駆使した、ミスター・ワンダフルの誇っていい勝利だと思う。
ドラゴン・スタイルの致命的問題点、以前変わらず
そしてマチダはスキルでは決して劣っていないにも関わらず、またしても勝てる試合を判定で逃した。彼はヘンド戦でスプリットになったことをまるで反省していなかったようだ。
マチダの試合のたびに述べているが、ドラゴンのスタイルは判定で負けることは当然だ。ダウンやスタンディング・ダウンがなければ、判定は基本的に有効打数で決定される。いい突きであっても倒すまでいかなければ、それはデイビスのフットジャブと同じ扱いであることに留意しなければいけないだろう。彼のスタイルはKOしてこそ認められるのであって、倒しきれなければ後はジャッジに全てを委ねることになる。そして隙を窺い、絶対に大丈夫だというタイミングまで一切の無駄打ちをせずに待ち続ける彼の空手のスタイルはあくまでも生き残りを優先した武術本来の姿のままであり、その生存を最優先する性質が結果的にMMAでは判定負けという死を招いているのだ。マチダはあまりにも手数が少ない。
自分から動けば1R終わりのように彼は地べたに引きずり込まれる可能性は高かっただろう。賢いドラゴンはあれで自分から攻めるのを手控えたように見える。そしてそれがために2Rを無駄にしてしまった時点で、彼の敗北は決定したのだ。デイビスは非常にスマートで、マチダのスタイルを知り尽くして決して彼の最も望むところには入ってこなかった。安全圏から削る武器を持った人間がわざわざ接近するわけがない。ドラゴンはリスクを取る必要を感じていたはずだ。もし自分がラウンドを取っていたと本当に思っているのならもはや言うことは何も無い。彼はこれからもジャッジに判定を委ねては、試合後に殊勝なコメントをしてキャリアに一敗を加えるだけだし、王者ジョン・「ボーンズ」・ジョーンズに勝つことなど不可能だろう。
少なくともデイビスは蹴りを鍛え、相手を研究し、ここぞではマチダが徹底的に対策をしてきたテイクダウンを仕掛けて成功した。デイビスはリスクを取ってその結果をきちんと残した。対するマチダはどうだろうか?優れたフットワークを使ってもっと果敢に攻めれば、どこかで1Rのラッシュで出した膝が直撃したかもしれない。突きがもっと深く当たって相手を倒せたかもしれない。3Rに多少仕掛けたものの、あまりにも遅きに失した。彼はそこでダウンを取れなければ負けて当然だったのだ。
現地の観客がブーイングするのなどブラジルだから当たり前だ。そんなものは何の参考にもならない。マチダのホームでありながら判定はユナニマスで、スプリットですらなかったことが全てだ。デイナは1Rのラッシュをスロー再生で見れば、デイビスの蹴りを野鳥を数える器具でカウントすれば納得するだろう。
リスクを冒して死地に飛び込まないものに、判定に不平を言う資格は無い。デイビスの打撃にはそこまで一発の脅威は無かった。そしてマチダはレスリングを強化したと語っていた。ならば、テイクダウンされるリスクを背負って最初から打って出るべきだったのではないだろうか。同じ過ちを何度も繰り返す龍の行く先に王座は無い。
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リョートはこれまで、膝の脱力や後ろ脚の踏み込みを使った伸びのあるストレートや、相手のアウトサイドからの絶妙なカウンターなど、伝統空手のバックボーンを生かした温故知新な技術をたくさん披露してきてくれましたが、最近はそれらも研究されてしまった感がありますね。
返信削除ジョーンズ戦ではジョーンズの並外れたフィジカルとリーチのなせる技なのかもと思えましたが、今回のデイビス戦はフルラウンドの接戦だったが故、よりリョートのスタイルの欠点が浮き彫りになった気がします。しかしその欠点は彼のカウンターの破壊力やスタンドレスリングの強さと表裏一体の物なので、改善は難しいのかとも思います。
突きと同時の足払いから極めの一撃とか、MMAでまだまだ日の目を見そうな空手の技術は多いですよね。ただ今回は研究されて、リョートの仕掛けるタイミングを尽く潰されていた感がありますね。マチダの空手を使った戦い方はすごい好きなんですが、だからこそもっと自分から仕掛けて欲しいと思っています。
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