2013年5月2日木曜日

UFC159 感想と分析part2 ネルソンvsコンゴ 他

UFC159のその他の試合の寸評です。
以下は個人的意見ですので参考程度にどうぞ。

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Roy Nelson sits on the side of the octagon in celebration of his win by knockout against Cheick Kongo of France in their heavyweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

画像はUFC公式より

ヘビー級5分3R
WIN ロイ・ネルソン vs チェック・コンゴ
(1R 右フックによるKO)

MMA界屈指のトリックスター、ビッグカントリー

NEWARK, NJ - APRIL 26:   Roy Nelson weighs in during the UFC 159 weigh-in event at the Prudential Center on April 26, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

どの世界にも必ず一人はいるのがクセモノという奴だ。
大した実力も無いように見えるし、まともに努力もしない
癖に機転と工夫を利かせたトリックでなんとか凌いでし
まうのだ。究極の面倒くさがりに多い気がする。まとも
にやるのが面倒だから、とにかくなんとか楽して結果を
得ようと悪知恵を働かせて乗り切ろうとするのだろう。
そしてその策略で見事に活躍して見せるのだ。いわゆ
るトリックスターという奴だ。

ロイ・「ビッグカントリー」・ネルソン、こいつはUFCを代表
するトリックスターだろう。

ロイ・ネルソンは練習嫌いで有名だ。多くの選手が先進
的なジムに通い、コーチやトレーナーに大金をはたいて
科学的な根拠に基づくトレーニングを積んでいるなか、
この男は自宅のリビングでトレーニングしているのだ。
あまりのひどさに思わずデイナ・ホワイトが苦言を呈する
有様だ。

TUFのコーチにおいてもその性質は露になった。選手達
がハードワークを求める中で、ロイは好きにしろといい放
ち、自分はきっちり時間どおりに帰って一切余計なことは
しない。具体的な技術や方法論だってまともに教えない。
選手達は口々に太った男の怠惰な性質に不満を漏らした。

しかし、ロイ・ネルソンはただのものぐさではない。彼は
必要最低限しかしないが、その必要最低限は誰よりも
正確に把握し、分析した結果のラインなのだ。それは同
時に「これ以上やっても無駄」ということでもある。この男、
決してバカなノロマなどではないのだ。

たった一つの武器から逆算された洗練された戦略

ビッグカントリーは余計なことは一切しない。彼が試合
で考えることは唯一つ、「どうやってパンチを巧く当てる
か」ということだけだ。彼の試合は、このゴールから逆算
されて組み立てられる。

モノグサな彼は、どうしたら楽に試合に勝てるかを必死で
考える。グラップリングでのサブミッションか?TDして上を
取って制圧するか?スタンドで蹴りあってダメージを蓄積
させようか?馬鹿げている、どれもこれもカロリーをやた
ら消費して腹が減るばかりだ。人間が相手を行動不能に
する一番手っ取り早いのは、立てなくなるようなパンチを
一発、たった一発だけでいいから人体の弱い部分に奇麗
に当てるだけでいいんだ、彼はそう考えたに違いない。上
記の作戦は、究極のモノグサが考えた戦略なのだ。

いざ試合が始まると、ビッグカントリーはパンチを見せず
に金網際に押し込み、何やらテイクダウンでもするかの
ような素振りを見せながら削りを始める。コンゴは壁際に
ぎゅうぎゅうと押し込まれ、逃げられずにモゾモゾと必死
であがく。得意のパンチはどうしたんだ?皆がそう思った
だろう。

これは伏線である。彼は楽に勝つために、最小限の犠
牲として金網相撲をしてみせたに過ぎないのだ。すべて
はたった一つのパンチのための仕込みなのだ。

散々組み付いて、客もコンゴも焦れてイラつきはじめた
あたりでネルソンはぱっと離れた。客はようやくストレス
から解放されてほっと一息つく。コンゴもまた解放されて
すこし立て直そうと様子見をする。このタイミングだ。ビッ
グカントリーが待ち望んでいた瞬間が、今まさに訪れた
のだ。

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Cheick Kongo (R) of France sits against the cage as Roy Nelson (L) approaches in their heavyweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

ビッグカントリーは呼吸の最中を狙ってコンゴに向かって
飛び込み、そのままオーバーハンドの右フックを一気に
振りぬくと、コンゴの左耳の下、首の付け根あたりにナッ
クルパートというよりは手首のあたりがめり込んだような
形で炸裂する。コンゴは崩れ落ち、必死で頭を下げて逃
れようとするが、ロイはそれをしっかりと見据えて奇麗に
顎を掬い上げるような右フックで打ちぬく。コンゴは完全
に失神し、大の字になってマットに転がった。完勝だ。

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Roy Nelson (L) celebrates his win by knockout against Cheick Kongo (R) of France in their heavyweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

スローで見るとわかると思うが、ネルソンは右のフックを
打った際に相手を見ていない。これを見て、ネルソンの
パンチはマグレだと思う人もいるかもしれない。また実際
その可能性もあるだろう。だが私は、これこそがネルソン
をしてトリックスターと呼ぶ、完全に計算された一撃である
ことを指摘したい。

ネルソンが顔を下げた理由はただ一つ。TDのフェイント
を仕掛けたのだ。対するコンゴを見て欲しい。コンゴは
目線を下げたネルソンに釣られて、完全に目線を下の
方に向けてしまっている。そしてこの視界からは、絶対
に左上方から飛んでくるフックは見えない。これこそが、
ネルソンが仕掛けた「トリック」だ。

そして前述のトリックを効かせる為の布石こそが、序盤
の金網相撲だ。打撃に分が無いから、今回のネルソン
はTDを狙いに行ってるぞ、とかなり大げさに演じてみせ
たのだ。そのために、わざわざ数分かけて金網相撲を
行い、客をイラつかせ、大量のカロリーを消費したので
ある。いきなり右のオーバーハンドを振ったところで、目
のいいコンゴには当たらない。コンゴはディフェンスに長
けているが、それはとにかく目がいいからだ。このトリッ
クは、コンゴの目がいいからこそ機能したとも言えるだろ
う。相手を見ないで振り回す相手だったらカウンターを
貰う事だってあったかもしれない。

ビッグカントリー、次の試合は天下一デブ道会?

トリックスターは見事な策略で、たった一発のパンチで
ディフェンスに優れるチェック・コンゴをKOしてしまった。
最低限のカロリー消費で最高の結果、きっとこの日の
彼のフライド・チキンは最高に美味しかったことだろう。
そんな彼が次の対戦相手に要求したのは、今世界で
一番カッコかわいいデブ、スーパー・サモアン、マーク・
ハント、そして先日UFCデビューを果たしたばかりの
ダニエル・コーミエである。

ロイ・ネルソンは本当によくわかっている。ハントもネルソン
同様やたらと打たれ強くタフであり、UFC屈指のハード・パン
チャ-だ。そしてどちらも、相手を一撃で粉砕するパンチの
当て方というものをよくよく心得ている。ダニエル・コーミエは
元ヘビー級王者フランク・ミアを相手に体格からは想像もつ
かないフィジカルを見せて勝利しているし、彼もまたアントニ
オ・シウバをワンパンチでKOしている。誰が世界最強のデブ
か、ここで決着をつけようというのである。この勝負には私達
のフライド・チキンを握る手も汗まみれになろうというものだ。
恐らく壮絶なパンチの交換が見られることだろう。これらは
是非とも組んで欲しい試合だ。

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Roy Nelson celebrates his win by knockout against Cheick Kongo of France in their heavyweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

ビッグカントリーは今回もふざけた腹を抱えたままにあっさ
りと快勝してしまった。彼はモノグサではなく、究極の合理
主義者であるだけなのだ。あの腹で勝てるうちは、別に
無理にウェイトをやる必要もないと思っているのだろう。
案外、この男のやり方には学ぶべきものが多いのでは
ないかと思う。得意な物は一つでいい、大事なのはそれを
どう使うかだ-奇しくもソネン教授が指摘した本当に偉大
な選手の条件を満たしている。日本を代表するわがまま
ボディ・ハードパンチャーのあの人も、本当に学ぶべき人は
この人かもしれない・・?

SAITAMA, JAPAN - FEBRUARY 26:  Takanori Gomi reacts after defeating Eiji Mitsuoka by TKO during the UFC 144 event at Saitama Super Arena on February 26, 2012 in Saitama, Japan.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Takanori Gomi


ライト級5分3R
WIN パット・ヒーリー VS ジム・ミラー
(3R リアネイキッド・チョークによる一本)

NEWARK, NJ - APRIL 27: Pat Healy (L) throws Jim Miller (R) in their lightweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

ジム・ミラー、改善されない試合の組み立ての悪さ

名勝負製造機とは、裏を返せば戦略に粗があるから
すっきりと快勝できないということだ。ジム・ミラー、彼
はいつまでも改善されない戦略を抱えて今日も不必要
にダメージを負い、そして勝てる試合をみすみす逃す。
もしかしたら彼はメンタルが少し弱すぎるのかもしれな
い。

試合開始後すぐのスタンドでは明らかにミラーが有利で
あり、ヒーリーはそこまで打撃が出来ていたとは思えない。
パンチも見えておらずディフェンスが甘い。ミラーはここ
である程度の有利に立った。

NEWARK, NJ - APRIL 27:   (L-R) Jim Miller punches Pat Healy in their lightweight fight during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

問題はここからだ。ミラーは上を取ると無理やりにサブ
ミッションを仕掛けにいき、かなりの体力を消耗してしま
う。打撃でかなりのダメージを負わせるか、スタミナを相
当削らない限り今のMMAではまずサブミッションは極ま
らない。ましてや相手はレスリングに実績がある。無理
に攻めたところで極まらないのはわかっていたはずでは
ないのだろうか?

NEWARK, NJ - APRIL 27:   Pat Healy (top) punches Jim Miller in their lightweight fight during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

結局ここで消耗してしまい、中盤以降一進一退の攻防を
繰り広げるもボディへのニーを食らい、上からパウンドで
削られて完全にグロッキーになり、3Rで失神させられるこ
ととなった。

NEWARK, NJ - APRIL 27: Pat Healy performs a rear-naked choke against Jim Miller in the third round of their lightweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

すぐに頭に血が昇る精神的な脆さと戦略の選択ミス

ミラーは明らかにスタンドでは有利だった。それならば彼
が勝つにはどうすればいいか?まずは相手のTDを防ぐこ
とに専念しつつ、スタンドで自分の距離でパンチ、肘をテ
ンポよく当て続けて弱らせることだ。そしてヒーリーが弱り
始めたところを見計らって、中盤から後半にかけてグラウ
ンドに持ち込めばいいだろう。彼はこの試合に十分勝てる
だけのものがあったはずだ。それを彼はみすみす逃した。
彼にはこういうケースが非常に多いと感じている。

ネイト・ディアズ戦では逆に打撃に分が無いにも関わらず、
挑発にまんまと乗ってリーチに勝る相手にパンチを挑んで
しこたま殴られ意識が揺らぎ、チョークであっさり極められ
た。

ローゾン戦ではミラー以上にローゾンが頭に血が昇って
狂ったような打ち合いをしてくれたおかげでなんとか競り
勝てたものの、後半はやはり負けてもおかしくないくらいに
グロッキーになってしまった。

NEWARK, NJ - APRIL 27:   Jim Miller enters the arena before his lightweight fight against Pat Healy during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

ミラーはあまりにも精神的に脆い気がする。ささいなこ
とですぐに頭に血が昇って無理やりに攻めようとする。
それは入場前のぎらついた殺人鬼のような目からも明
らかだ。彼は試合を劇的に勝とうとするあまり、体に無
駄な力が入ってスタミナの消費が激しすぎるのだ。とに
かく体に力が入って動きが硬すぎる。彼は気負いが過ぎ
るのだ。1Rからがむしゃらに試合を終わらせようと焦
り、無理な攻めをしては自爆をする。見てるほうは面白
いかもしれないが、選手として彼はあまりにも損をして
いると思う。

もしミラーが1Rからラッシュをかけて一気に試合を終わ
らせたいなら、ライト級では規格外のフィジカルを身に
着けてパワーで相手を無理やりねじ伏せるか、フラン
キー・エドガーを凌ぐほどのスタミナをつけて3Rフルに
序盤の動きを続けても大丈夫なようにするかのどちら
かしかない。彼にはどちらも欠けている。彼が望む戦
略を実行するには、ミラーは圧倒的に身体的な能力
に欠けているのだ。ならばどうするか?戦略を変える
か、フィジカルを鍛え上げるかのどちらかしかない。し
かし年齢などを考えても、後者は少し無理があるだろ
う。それならばもはや、戦略を変えるしかないのだ。

ミラーはあまりにも無駄が多い。その不器用さが魅力
ではあるが、それで勝てる試合を落としてしまうのはフ
ァンとしては忸怩たる思いだ。戦い方があまりにもバカ
正直すぎるのは、スポーツ選手としては致命的だ。もっ
と悪どく、性格悪く攻めることも必要だ。彼に今一番必
要なのは、相手を出し抜き罠にはめるトリックスターと
しての才覚と、自身の能力を客観的に分析し、ペース配
分をする冷静さだ。狂犬のような戦い方では、これから
のMMAではトップになれはしないだろう。

NEWARK, NJ - APRIL 27: Jim Miller stands up after losing by TKO (rear-naked choke) to Pat Healy in the third round of their lightweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)


ミドル級5分3R
WIN マイケル・ビスピン vs アラン・ベルチャー
(3R ユナニマス・デシジョンによる勝利)

悪童、口の悪さと正反対の奇麗なスタンド技術で完勝

NEWARK, NJ - APRIL 26:   Michael Bisping weighs in during the UFC 159 weigh-in event at the Prudential Center on April 26, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

ビスピンは近年ボクシングとフットワークにますます磨
きがかかってきたと思う。彼の戦い方は、悪童キャラか
らは想像がつかないほどにバカ正直だ。うまく距離を
計りながら淡々と自分の打撃を繰り出していき、一切
の奇策や意外性のある攻撃をしないあたり、口は悪い
が気のいいイギリスの労働者階級の職人を思わせる
風情がある。きっとビスピンは口は悪いし態度も悪い
が、実は素朴で気のいい男なのだろう、なんて彼の飾り
気はないがキレのあるパンチを見るたびに思ってしまう。

ビスピンのパンチはとにかく無駄が無くてシャープだ。力
んだパンチや一発狙いをせず、力を抜いて軽く早くコンビ
ネーションで打ち込んでいく。彼の戦いを見ているとこれ
がMMAであることを忘れてしまうかのようだ。これが全ラ
ウンドを通して小気味よくベルチャーの顔面を打ち続けた。

NEWARK, NJ - APRIL 26:   (L-R) Opponents Michael Bisping and Alan Belcher face off during the UFC 159 weigh-in event at the Prudential Center on April 26, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

対するベルチャーはここ最近はどんどんシェイプが悪くな
っている。加えて人相もどんどん劣化している気がする。
昔はもっとイケメンだったように思うが気のせいだろうか。
岡見戦でも思ったが、あまりにも体重を戻しすぎてはいな
いだろうか。動きが遅く、打撃への反応も悪くスタミナもな
い。なぜ彼がそれほどまでにパワー重視の体にするのか
よくわからない。今回の試合でも自分から積極的にTDに
は行かず、スタンドでもよくわからない一発狙いのトリッキ
ーな打撃を単発で出すだけで、後はビスピンに殴られるだ
けの簡単なお仕事だった。彼のしたいことがイマイチ理解
できない。

サミングによるアクシデントに見る、キックボクサーの欠点

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Alan Belcher reacts after being poked in the eye in the third round of his middleweight bout against Michael Bisping of England during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

試合は意外な終焉を見せる。インファイトを嫌ったビスピ
ンが手でベルチャーの額を押そうとしたときに、指がベル
チャーの目じりの辺りを引っかいてしまったのだ。おもわ
ず顔面を押さえて倒れこむベルチャー、彼の目蓋は血で
滲み、明らかに眼球近辺を負傷していた。試合は2Rまで
の集計で判定となり、当然ながらビスピンが勝利した。

今回の試合はどう見てもビスピンの圧勝だし、あのまま
試合が続いたところでベルチャーの殴られる回数が変わ
っただけだろう。判定結果は当然だし、あれがビスピンの
故意であるわけもない。なのでビスピンが攻められるよう
なことではないと思う。問題は、あの動きがキックボクサー
に非常に多いということだ。

キックボクサーはフットワークをあまり使わない。ムエタイ
ともなればさらに顕著だ。蹴りを使うために重心は後ろに
残し、前足をトントンと上げながらお互いに近い距離でガ
ンガン蹴りあうのだから当然だろう。その際、お互いがあ
まりにも接近しすぎたときによく距離をとるために使うのが、
フットワークを使ってバックステップをするのではなく、相手
の額をグローブを嵌めた手でグイと押す動きだ。これで相
手の体を起こして距離を取り、そこで相手に蹴りを叩き込
むのだ。

キックボクシングに精通するほどこの動きを出してしまう。
ましてや相手がハードパンチャーの時は多用する。この動き
でサミングを繰り返してしまったのが、キックボクシングを
得意とする福田力選手だ。彼はボクシングを主武器とする
コンスタンティノス・フィリッポウを相手に得意のムエタイを
使って善戦したが、フィリッポウにパンチの距離に入られる
ときにそれを嫌がって相手の顔を手で押してしまう動きをし
た。その際に、やはり指が目に入ってしまったのだ。

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Alan Belcher reacts after being poked in the eye in the third round of his middleweight bout against Michael Bisping of England during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

立ち技のみの競技ではグローブから指がでない。だからあ
の動きをしてもサミングにはならないのだろう。だがMMAで
はグラップリングのために指はむき出しになっている。その
ために、あのキックボクシングの動きをするとちょうどサミン
グのような形になってしまうのだ。MMAでのサミングのほと
んどは、このムエタイの動きによって発生していると自分は
思っている。

MMAではもはやムエタイは必修科目だ。これ抜きにはMMA
は成立しない。仮にキックをオフェンスで使わなくても、最低
限ディフェンスは必ず学ぶ。その際に、この動きを身につけ
てしまう選手も大勢いるだろう。キックボクシングをバックボ
ーンにしていたら、当然習性で使ってしまうことだろう。相手
の頭を押すのはそれだけ有効なディフェンスだからだ。頭を
押されると体は簡単にバランスを崩し、強打を打てなくなって
しまうのだ。

もしかしたらルール改正でグローブの仕様も変わるかもしれ
ない。しかしそれまではこの反則は発生し続けるし、中には
これを悪用しようという奴も出る可能性があるだろう。なんら
かの対応策が望まれている。

イギリスの悪童、王者に向けて為すべきこと

今回のビスピンは気迫もあり、相手を倒そうとする意思も
見えて自分はとても好印象だった。積極的に攻めにいき、
従来のビスピン以上にリスクを負って攻めていた。そのパ
ンチのヒット数たるや最近では稀に見るほどの手数だった
のではないだろうか。

しかしあれだけ当ててもビスピンはKOを取れなかった。確か
にベルチャーがタフだというのはあるだろう。しかしそれにし
ても理解できないほどに彼のパンチは相手をKOしきれない。
これはなぜなのか、彼のパンチはそんなに力がないのか?

思うに、ビスピンのパンチは決してそこまで弱くはないのだ
ろう。様々な選手のパンチを浴び続けてきたチェール・ソネ
ンも、ビスピンのパンチを食らってそのハードさに驚いてい
たくらいだ。何よりもあのスピード、あの奇麗な打ち方で効
かないはずはない。

ではなぜ相手は倒れないのか?私が思うに、ビスピンは
あまりにも攻め方が単調すぎて、相手は食らうもののパンチ
そのものを「予期できている」のではないだろうか。つまり、
パンチは速くて威力もある、当てるところも素晴らしい、でも、
食らうことがわかっているパンチなのだ。だから相手は、体が
耐えるように反応できてしまうのだ。

ボクシングでもそれは顕著だ。どんなに強打でも、来ると
ころが見えているパンチではKOされない。KOパンチはそ
のほとんどが、食らう側にとっては「見えていない」パンチ
なのだ。パンチが見えず、体がそのダメージを予期してい
ないときに、筋肉は緩み、衝撃を弱めることができずに脳が
揺れてしまうのだ。ボディにおいてもそれはまったく同様だ。
不思議なほどに人体はよく出来ている。予測できるダメージ
には、無意識的に防御反応が働いてくれるのだ。

ビスピンはスタンドが自分の主戦場だ。そして蹴りを使うも
のの、MMAに適応してフットワークを多用するためにその
攻撃手段の大半はパンチだ。だから対戦相手のほとんど
は、ビスピンから受けるダメージをほとんど予測できてしま
うのだ。距離の遠いMMAではなおさらだろう。このことから
鑑みるに、今ビスピンに必要なのは口の悪さと同じだけ性
質の悪い攻撃法、つまり絡め手だ。

バカ正直にパンチを当てるだけでなく、もっと相手のディ
フェンスや意識を散らし、相手の予想を遥かに逸脱し
た行動に出て相手を惑わせ動揺させなければいけない。
アンデウソンを見よ、彼が最も長けているのはムエタイで
はなく、相手の意識をどこかに集中させ、その意識の枠外
から攻撃する優れた洞察力と性格の悪さなのだ。罠を仕掛
け、相手を困惑させ、そして隙を突いて相手が最も嫌がる
ことをする。今ビスピンに求められているキャラは悪童では
なく、悪党なのだ。もっとえげつなくやっていい。奇麗過ぎる
攻撃は相手に簡単に見切られる。

きっとビスピンは、口は悪いが素朴でシャイなイギリス
青年なのだろう。彼はあまりにも真面目すぎる。ベル
チャーに負傷させてしまった後のマイクでも、彼は気ま
ずさを誤魔化すために焦って必死で謝罪をペラペラと
まくし立てたことからそれは容易に察することが出来る。
TUFではしゃぎすぎて台から転げ落ちた時の彼が、きっ
と等身大のビスピンなのだ。私は彼のそんなちょっとお
バカでお調子者なところを愛している。しかし王者になる
には、無垢な青年のままでは不可能だ。彼は悪童から、
真の悪党にならなければいけない。次の試合は岡見選
手かもしれないが、そこでは悪党になったビスピンを見て
みたいものだ。

NEWARK, NJ - APRIL 27: Michael Bisping (L) of England is announced winner by unanimous decision against Alan Belcher (R) in their middleweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)



ライトヘビー級 5分3R
WIN フィル・デイビス vs ヴィニー・マガリャエス
(ユナニマス・デシジョンによる勝利)

NEWARK, NJ - APRIL 26:   Phil Davis weighs in during the UFC 159 weigh-in event at the Prudential Center on April 26, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

肩幅がすごい人、ジャブを駆使して勝利

ジャブは非常に素晴らしく、距離を取って奇麗に相手
の顔面を殴り続けた。フィジカルもありスピードも素晴ら
しく、ピンクのタイツも非常によく似合っている。

NEWARK, NJ - APRIL 27:   (L-R) Phil Davis punches Vinny Magalhaes in their light heavyweight fight during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

だが、倒そうという気概が感じられない。無理をしろとは
言わないが、もう少しフィニッシュを念頭において動いても
いいのではないかと思う。ひたすらミスを犯さないことに
専念しすぎるあまりに、試合がひどく単調なのだ。この
試合でも、やろうと思えばフィニッシュをする余裕は十分
あったように思う。

NEWARK, NJ - APRIL 27:  Phil Davis throws a punch against Vinny Magalhaes in their light heavyweight bout during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Al Bello/Zuffa LLC/Zuffa LLC Via Getty Images)

このあたりがジョーンズとの差なのかと思う。ジョーンズも
同様に慎重でリスクを犯さないが、彼には美学があり、
緩急がある。そして常にゴールをフィニッシュにおいており、
その勢いは獰猛な野獣そのものだ。どうもデイビスに
はその美学がない。だから試合内容があんなに単調で
味気なくなるのだろう。最近はエヴァンスにそっくりな戦い
方になってきた気がする。

パンチは非常に巧くなっており、スタンドのスキルはかなり
いいとは思うし、何よりもフィジカルはトップクラスだろう。
それでも、現状ではジョーンズの対抗馬になりえないような
気がする。彼は今一度、自分の分析をしてもう一歩進んだ
スタイルを編み出す必要があるように感じる。彼にはジョー
ンズを倒すだけのポテンシャルは間違いなくあると思う。
決してエヴァンスの二の舞にならないよう、彼にはさらなる
奮起を期待したい。

NEWARK, NJ - APRIL 27:   (R-L) Phil Davis kicks Vinny Magalhaes in their light heavyweight fight during the UFC 159 event at the Prudential Center on April 27, 2013 in Newark, New Jersey.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)