2013年8月1日木曜日

ジェイク・エレンバーガーが闘う理由

ジョー、それは弟ジェイクを突き動かす力

Jake Ellenberger and Jake Shields

ESPN.comより

ジェイク・エレンバーガーはジョー、彼の二卵性双生児を見つめ、約束を交わした。

彼らが直面した事態を考えた時、大局的にはマイク・パイルに勝利するということにどれほどの意味があるのだろうか?ジェイクはオクタゴンに足を踏み入れる直前にも関わらずその勝利を捧げた。

「この勝利は君のためのものさ。」と彼は言った。

「私は彼がそいつのためにケージに進み入った時のことを覚えている。」とジョーは言った。「私はマイク・パイルを羨んだりはしなかった。」

エレンバーガーはパイルを2ラウンドにテクニカル・ノックアウトで吹き飛ばした。それは、オクタゴン外での輝かしい活躍の後のことで、二度の挑戦で初めてのUFC勝利だった。半年後、続いてジェイクはジョン・ハワードを破った。その後の2011年、彼はカーロス・ロシャに優勢勝ちし、ショーン・ピアソンとジェイク・シールズを相手にフィニッシュを獲得した。

成績的に見れば、これはエレンバーガー、26歳の彼がネブラスカ州はオマハでディエゴ・サンチェスを相手に戦う水曜日の試合までに経てきた道のりだ。だがそれは試合をするために2005年以来初めて実家に帰ってきた理由の大部分を見落としている、その勝利はUFCのタイトル選考からは離れたものだ。

「私はいつだってオクタゴンに入るよ、私はただ自分自身のために戦っているわけじゃないんだ。」とエレンバーガー、26勝5敗の彼は言った。「私は私の兄のため、家族のために闘っているように感じているんだよ。それは自分自身のため以上のことだ。君は、私が何故そんなことをしてるんだと思うだろうね。」

「ザ・ジャガーノート」は彼の兄を取り巻く状況を変えるために全てを捧げるやもしれない。彼は造作もなくそれを認める。問題は、ジョー・エレンバーガー、とんでもないミックスド・マーシャル・アーティストでありレスラーであった彼は、医者から「100万人に1人」の病気であると言われたことだ。ジョーはparoxysmal nocturnal hemoglobinuriaをどうやって発音するのか学ぶのに数週間を要した、そして診断されるまでにはさらに長い時間を要した。

その知らせが来たとき、ジョーはレスリング練習に歩いて向かっているところだった。相手方の声は彼に来れるかと尋ねた。彼らはとうとう何が悪かったのかを知った。だがエレンバーガー、ネブラスカ-カーニー大学のディビジョン2のコーチであり、その大学で一番のナショナル・チャンピオンシップ・レスリング・スカッドで競いあっていた彼は、その後何が問題なのかを正しく知りたいと思った。彼は知りたがった、なぜ彼の腹が膨れ上がって激痛が走るのか。なぜ疲労が一度に12時間も彼をノックアウトしたのか。何故彼は2009年夏のトレーニング・キャンプ中にずっと気分が悪かったのか。全ての練習とレスリングを通じて、彼は最後に疲れていなかったときがいつだったのかを思い出せなかった。これは普通のことなんだ、彼はそう言い聞かせて、当時彼が感じていたものにかろうじて折り合いをつけていた。

それから彼は伝染性単核球症かもしれないと考えた-だがそうではなかった。血液検査の結果が帰ってきた「全体的に異常がある」。カーニーの医者はなぜジョーの尿がコーラ色なのかを説明できなかった。オマハのどの医者もできなかった。もしメイヨー・クリニックが診断しなかったら、ジョー・エレンバーガーは医学書に載る運命だった。だから彼はただ知りたがった。

遠出をするのも、一日おきに血を抜かれるのも大丈夫だった。加えて彼はこれ以上家族に負担をかけたくなかった。だから、彼は決意した。メイヨー・クリニックからの声は彼に告げた。

「それからそのことが私を打ちのめした。」とジョーは言った。「これは『どうやってそれを解決するのか』ということではないんだ。これは『30歳を過ぎた後にどうすれば生き続けられるのか』ということなんだ。私はとうとうそこから離れて気づいたんだ、自分はレスリングで教え子達を鍛えたい、そして我が弟と一緒に練習したくてしょうがないんだと、だから私は今起こっている事を見て判断を下すことに尻込みしなかったんだ。」

エレンバーガー兄弟はparoxysmal nocturnal hemoglobinuria(発作性夜間血色素尿症)について学んだ。極めて稀な症状で、約8000人ほどのアメリカ人が罹患しているこの病気は赤血球を殺してしまう恐ろしいものだ。医者はジョーに、余生において再びコンタクト・スポーツに参加することはできないだろうと告げた。

「お前も同じように今すぐ私を殺すかもしれない。」とは彼が最初に考えたことだ。当然のことながら、彼は途方に暮れていた。

「私が一番気の毒に思ったのはジェイクだ。」とジョーは言った。「私と一緒にトレーニングできることが、あいつにとっても私にとってもどれほどの意味があったかを私は知っている。それは兄弟のことだ。あいつが優秀な連中と一緒にやっているときでさえ、誰もあいつを鼓舞したり、背中を押してやることはできないだろう、あいつが私と一緒のときのようにはね。」

これはジェイクがパイル戦の努力に専念する一ヶ月前のことだ。

「多くの感情があった。」そのウェルター級選手は彼の兄を交えたトレーニング・セッションを控えた2週間前のことを振り返った。「多くの怒りとフラストレーションがあった。折り合いをつけられないことがあった。そしていまだによろしくやるべきことがたくさんある、だが彼はそんなポジティブな人間だし、そんな良いリーダーだから、間違いなく私が尊敬する人間だ。彼はそいつと私よりもずっとうまく付き合っているんだ、それは本当さ。」

ジョーはパイル戦に至るまでの間ダメージをコントロールしていた。彼が出来うるベストは処方箋いらずの葉酸を摂取することだった、その物質は妊娠した女性が赤血球の総数を増幅するために摂取するものだ。彼は血液凝固を防ぐために血液希釈剤を処方されていた、その症状はPNHによってもたらされる危険の中でも最も重大なものだ。それから彼は解決法を探りだした。彼は治療には「日に6、7錠を摂取」すれば十分であることを望んだ。

そうはならなかった。

まさにジョーがそれを最も必要としたとき、彼はソリリスを見つけた-それは世界で最も高価な薬だ、フォーブスによれば年間40万9500ドルだという。

専門家によれば、エレンバーガー兄弟はナショナル・オーガニゼーション・フォー・レア・ディスオーダーズ(アメリカにある難病患者の支援組織)と関わっており、その組織が費用を援助してくれていた。

ジェイク・エレンバーガー、ESPN.comで170ポンドで4位にランクされている彼が20分インタビューのコースで4度か5度、時間を浪費することに興味はないと言うのはこういうわけだ。彼は言うだろう、それは、彼が世界でベストのウェルター級選手になるというゴールに向けてオール・オア・ナッシングな男であることを意味するのだと。しかし、恐らく時間は彼が一番心配してきたことではないだろう。

「私達は、どちらがよりタフな兄弟なのかを毎日はっきりさせたいと思っているんだ。」とジェイクは言った。「全てが競争なのさ。」

ジェイク、ジョーそしてアダム(彼らの13ヶ月離れた長兄)は破れた窓を抜け、壁に開いた穴を抜け、あらゆる網目を抜けて競ってきた。それがエレンバーガー家の人生だった、そして、それはどうしても逃れられないもののように今日まで続いている。ただ相手が違うだけだ。

水曜の夜、オマハはシビック・オウディトリウムのメイン・イベントでジョーはジェイクのコーナーに付くだろう-彼らにとっていつもどおりの仕事は、友人と家族の前では歓喜が二倍となるだろう。

「彼は私がこのスポーツにいる理由なんだ。」とジェイクは彼の双生児について言った。

またこうも言えるだろう、ジョー・エレンバーガー、弟が好きなライト級選手の彼は13戦して今だ無敗だと-そして彼はカンザス・シティで3月2日に行われたタイタン・ファイティング21において試合をする予定だった-ジェイク・エレンバーガーがUFCでチャンピオンシップにたどり着く可能性があると思い込んでいるのは、それが理由かもしれない。
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というわけでジェイク・エレンバーガーが闘う理由でした。記事自体は2012年、エレンバーガーがサンチェス戦を控えたときのものです。

先日、ジェイク・エレンバーガーがMMAの捉え方を変えたというニュースを取り上げました。その際にコメントを頂きまして、それが「自分の人生はもう十分に深刻だ。」という意味がわからないというものでした。自分はその時に知っている情報だけでお答えしたのですが、何か引っかかるものがあったので観戦レポートを書く前に彼の生い立ちを知ろうと調べはじめました。そして、自分がいかに軽薄なことを書いたのかを痛感したのでこの記事を取り上げることに決めました。素晴らしい指摘をありがとうございます。今後とも是非こういうご指摘をしていただけたらと思っています。

本題に戻ります。ジェイク・エレンバーガーには二卵性双生児の兄、ジョーがいました。どちらかといえば兄ジョーのほうが将来MMA選手として有望だったようです。レスリングでもMMAでも素晴らしい成績だった兄ジョーは、ある日極めて稀な難病に罹患していたことが判明します。病名は発作性夜間血色素尿症、通称PNHです。赤血球膜が破壊されてしまう病気で、徐々に進行していきます。根治療法は今のところ発見されておらず、対症療法が中心となっています。

この病気により兄ジョーは格闘技から離れざるを得なくなります。そしてそれと入れ替わるように、ジェイクはメキメキとその頭角を現していきます。彼の躍進の影には、兄ジョーのためにという気持ちがありました。夢を失った兄のために、その勝利の全てを捧げんとして彼はケージに足を踏み入れていたのです。そして絶望の淵に立たされていたジョーは、己のやりたいこと、それは教え子を育て、弟ジェイクと一緒にトレーニングすることだと悟りました。彼は己の症状を抑えつつ、弟ジェイクの勝利のためにセコンドに付きました。彼は弟の試合のときはいつもコーナーにいるそうです。

こうして築き上げられたのがあのKOの山です。彼のあまりにも性急な試合運びも、負けたときの絶望的な表情も、全ては兄ジョーのためを思えばこそなのでしょう。

同時に彼ら兄弟は最大のライバルでもあるようです。無敗のままキャリアを終えてしまった兄を追い越すためには、ジェイクはたとえどれだけ負けようとUFCの王者にならなければ兄を超えることはできません。兄のために戦い、兄を追い越すために戦う。それがジェイクがケージに足を踏み入れる理由でした。

まるでタッチのような話です。しかしこれは現実のことです。ジェイクはケージに抱えて上がるには少しばかり重過ぎるものを背負っていました。そして皮肉なことに、ジェイクが試合で力を出し切れないのもこの自ら背負い込んだ重荷のせいだとも思っています。

ジェイクはマクドナルドとの試合でも、焦れたときにそれが露骨に顔に出ていました。彼の心は敗北への恐怖に慄いていました。なぜあれほどに敗北を恐れるのか、それは兄に勝利を捧げられず、また兄を超えることが出来ないかもしれないからです。誰かのために戦うことは強い動機になりますが、一方で負ける恐怖にも囚われやすくなります。囚われた心は迷いを産み、リスクを取ることをためらわせます。

リーチで劣っていたエレンバーガーは、最初からブルファイトを仕掛けて相手をかき乱す必要がありました。無頼の戦士であるダン・ヘンダーソンのように相手のスタイルを崩すためにあらゆる手段を用いる必要がありました。しかし彼は足を止め、不利だとわかっているパンチの間合いで徒に2Rを使ってしまったのです。

ジェイクはもしかしたら、これまで兄に頼りすぎていたのかもしれません。兄は苦境にあっても常にポジティブで、絶望から立ち直りすぐに愛する者のために動き始めました。むしろジェイクのほうが兄の病気を兄以上に深刻に考え、兄以上に苦しんでいるようにも見えます。愛する兄であり偉大なる指導者であるジョーを失う恐怖に、ジェイクは耐えられないのかもしれません。

しかし、彼のムラがありすぎるファイトでは決して兄を超えることも、兄にベルトを持って帰ることもできないでしょう。技術、フィジカルともに素晴らしいものがありながら、彼はそれを使いこなせていないように見えます。もしそのムラが兄への愛から産まれているのであれば、彼は兄を愛すればこそ、ケージの外にその愛を置いていかなければならないのではないでしょうか。そうしなければ、これからも試合で迷い、恐れ、そのために敗北を喫し、結果的に兄弟二人ともが傷つくことになるからです。

ジェイク・エレンバーガーが戦う理由を兄のためというのも、本音ではある反面、どこか動機を兄に預けてしまっている、甘えてしまっているところがあるのではとも感じます。彼が自分のためにケージに上がったとき、彼の手には愛する兄への最高のお土産が握られているかもしれません。

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