2014年4月29日火曜日

UFC172 感想と分析 五味vsヴァリーフラッグ

UFC172、五味vsヴァリーフラッグの感想と分析です。以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (L-R) Isaac Vallie-Flagg punches Takanori Gomi in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)


ライト級5分3R
WIN 五味隆典 vs アイザック・ヴァリーフラッグ
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利)
試合データはこちら

MMAとは如何なるスポーツか?

MMAとはどういう競技だろうか?二人の人間がパンツとグローブのみをつけて閉じられた空間に入り、そこで人生の内の数十分を、互いを傷つけあうためだけに使うのだ。時には骨を折られ、肉を裂かれ、そして運が悪ければ脳を頭蓋骨に叩き付けられて意識は奈落の底に沈んでいく。

今は暴力を悪とする時代だ。野蛮なものは忌み嫌われ、人は愛と平和を強制される。生きることが絶対善であり、死やそれに類するものは悪なのだ。だから進んで互いを傷つけ、命を危険に晒しているMMAというものは悪と思われがちなのもまた事実だ。

だが皆は忘れている。生物の本質は闘争だ。互いに奪い、傷つけ、そうやって命は紡がれてきた。その本質は今もなお変わっていない。形を変えて互いを傷つけ、奪い合っているに過ぎないのだ。現に私たちは今、暴力を悪とみなすことを強要されているではないか。価値観の押しつけもまた残酷な暴力であることを、その行使者たちは自覚していないに過ぎない。

闘争の中に愛はなく、尊厳も栄誉もないと暴力を嫌う者たちは言う。血を流す戦士たちを見て、見よ、彼らはあんなにも傷ついている、彼らのどこに人間としての喜びがあるのかと得意げに言う。

血を流したものは不幸であり、傷ついた者に人としての喜びが無いと言うのならば私は問いたい。ではなぜ、五味とヴァリーフラッグはあんなにも楽しそうだったのだ?血に塗れた体を躍らせ、35歳の男たちは嬉々として殴り合い、そして勝利を追い求めてのたうち回った。会場からは歓声が上がり、二人の熱気に酔いしれていった。

「ファイアーボール・キッド」五味隆典、燃え盛る拳を持つMMAのレジェンドは、その日ボルティモアに真っ赤な喧嘩の「華」を咲かせた。

燃える拳が切り拓いた勝利への道

BALTIMORE, MD - APRIL 25: Takanori Gomi weighs in during the UFC 172 weigh-in at the Baltimore Arena on April 25, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

五味は息を潜め、顔を下げて体重計と熱いステアダウンを続けていた。胸のあたりにカットが出ているものの、体は相変わらず丸みを帯びている。牛乳を流したような肌の白さがひ弱そうな印象に拍車をかける。五味はパスできるかどうかをかなり心配しているように見えた。常より少し長めに感じた計量の後、体重が読み上げられると五味は安堵の表情を浮かべて秤を降りる。

同じ身長、体重でありながらその見た目は大きく違っていた。ヴァリーフラッグは筋骨隆々、赤みを帯びて鈍く光る身体はいかにも膂力がありそうだ。対する火の玉小僧は色白、金髪、なで肩な上に、髪の毛にはすこし寝癖が残る。一切の事前情報が無くどちらが勝つか賭けろと言われたら、格闘技を知らない人はまずヴァリーフラッグに全財産はたくだろう。下手をしたら五味を知っている人でさえ、この場面を見てヴァリーフラッグに賭けた人もいるかもしれない。

BALTIMORE, MD - APRIL 25: (L-R) Opponents Takanori Gomi and Isaac Vallie-Flagg face off during the UFC 172 weigh-in at the Baltimore Arena on April 25, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

だがMMAはボディビルではない。見た目などよりも、その選手のスタイルと戦略に必要な筋肉が、必要十分な量だけついていればそれでいいのだ。五味は1年ぶりの試合ということを考えれば、さほど悪くないシェイプだと思った。

ケージに入った五味はリズミカルに体を動かして戦いが始まるのを待った。名前がコールされると会場からは歓声が沸く。かつてPRIDEという戦場で数々の名勝負を繰り広げた彼には世界的にファンが多い。この日もファンたちは、五味にかつての熱い戦いを期待していた。

かくしてブザーが鳴った。足を大きく広げて腰を落とし、顔を突き出すような前傾姿勢はいつもの五味のスタイルだ。対するヴァリーフラッグは開始直後からその体を起こさせるかのように前蹴りで跳ね上げていく。五味はサウスポーで細かく右のジャブを突いていき、ヴァリーフラッグは飛び込んでの右ストレートと前蹴りを多用する。

すると開始一分ほどで、ヴァリーフラッグが右のミドルを放つとこれがクリーンヒットし、五味は露骨に嫌がる素振りを見せる。対する五味はオーソドックスにスイッチし、今度は左ジャブを多用しながら顔面、ボディと打ち分けたコンビネーションで強烈なボディショットを当てていく。

だがこの後ジャブの差し合いで少し被弾し、さらにヴァリーフラッグのステップインからの右ストレートを数度被弾すると、五味の動きが少しばたついて息が上がり始める。脇の差し合いから逃れた時も少し足がもつれてスタミナに不安が見えはじめると、ヴァリーフラッグが徐々に圧力を強め始めた。

ここで五味を救ったのが左ジャブだ。これがコンパクトにヴァリーフラッグの目のあたりを打つたびにヴァリーフラッグの動きが鈍る。セコンドからの大振りになるなという指示をきちんと聞き、一発を狙って振り回したオーバーハンドもすぐにやめてこのジャブに切り替えたおかげで五味は体勢を立て直した。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

その後大技を狙ったヴァリーフラッグがバランスを崩して倒れると五味はグラウンドを選択する。体格的に利が無い五味はガードで下からヴァリーフラッグに肘をしつこく落されるが、腰を上げてパウンドを模索する。ヴァリーフラッグは金網まで這いずって立とうとするが、五味はここでバックを取ってスリーパーを狙っていく。だが体勢がよくない。パウンドを打つにもケージが邪魔な位置で、有効な攻撃をできないままにヴァリーフラッグに立たれてしまう。

だがこの後の展開はよかっただろう。五味はスタンドに戻ると先に強烈な左ジャブを差し込み、さらにワンツーを打ちおろし気味に無理やりねじ込み、フェイントをかけて強烈な右ロー、さらにはコンビネーション・ブローで左、右アッパー、左フック、右ストレートとリズミカルに打っていく。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

だが少し乗ってきたところに強烈な前蹴りで距離を開けられ、さらに終了間際もどてっぱらにまた前蹴りを食らって、少し効いた表情をしたところで1Rが終了した。五味は大きく息をついてセコンドの元に帰っていく。このラウンドは僅差だがヴァリーフラッグが手数で有利だっただろう。ミドルと前蹴りでスタミナを大きくロスしていたように思う。

2Rが開始すると、早々にヴァリーフラッグが前蹴りを使いながら距離を詰める。だがこのラウンドから、五味はすでに前蹴りに対処しはじめていた。さらに試合の鍵になったのが、五味の強烈なボディショットだ。五味は前蹴りを手で払いのけると、その打ち終わりを狙ってパンチをねじり込んでいく。前蹴りをことごとく手でパーリングすると、さらには左のボディストレートを正確に当てていく。このストレートはかなり巧いと思った。きちんと上体を下げながら打つこのパンチにヴァリーフラッグは反応できない。

徐々にリズムをつかんだ五味は、さらにローの打ち終わりを狙ったオーバーハンドでヴァリーフラッグの顔面を弾き飛ばした。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (L-R) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

よろけて下がったヴァリーフラッグは良いパンチだったと笑顔を見せる。五味もそれを見てわずかに口の端を釣り上げた。二人は既に、この殴り合いに酔い始めていたのだ。

ここからは五味の良いペースだった。蹴りを混ぜるヴァリーフラッグにきちんと足を使って距離を保ち、下がりながら強烈なジャブをポンポンと当てていく。打撃を下がってきちんと外し、その打ち終わりを狙うのは今のMMAでは必須の技術だ。当たるたびにヴァリーフラッグの顔面がぶれ、バチンバチンという痛そうな音が響き渡る。ヴァリーフラッグも前蹴りを出していくが、足を使う五味に1Rほど効果が無い。五味はきちんとサークリングしながら直線的な移動を避け、セコンドの指示を効いて単調にならないようにフェイントを混ぜ、さらにローも入れていく。

このあたりから使った五味のボディフックは強烈だった。右ボディからの左フックという上下の打ち分けがクリーンヒットするとヴァリーフラッグは明らかに嫌がって後退を始める。それを見抜いたセコンドがボディを狙えとしきりに叫ぶ。ヴァリーフラッグは金網際でガードを下げた。ボディを警戒したのだ。これにフェイントを掛けながら、五味は左右のフックをぶん回すとヴァリーフラッグの必死のガードを縫って直撃する。だがヴァリーフラッグも負けていない。それを耐えると、打ち疲れた五味にステップインからのストレートを当てて押し返し、ケージ中央まで戻っていく。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Isaac Vallie-Flagg punches Takanori Gomi in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

五味はここで被弾して鼻血を吹きだすと、目を見開いて呼吸を整え、冷静な目つきでしっかりと相手を見ていく。そして左ジャブ、同モーションでの左ボディストレートを当て、さらにステップインからの強烈な左ジャブでガードを抜いてヴァリーフラッグの顔面を叩きつけていく。五味はヴァリーフラッグの飛び込み右ストレートの被弾が多いが、五味もその後右のボディフック、右ロー、さらにワンツーと叩き込み、さらにこの日冴えに冴えた左ジャブを確実に当てていくと、ヴァリーフラッグの顔面がみるみる崩壊し始めた。若干焦ったヴァリーフラッグが前に出過ぎたために、五味のパンチの距離になっていたのだ。相打ちになればファイアーボール・キッドの拳のほうが破壊力は遥かに上だ。

とうとうヴァリーフラッグの右目が、2R残り40秒で完全に塞がった。閉じた瞼をこじ開けようとヴァリーフラッグが手でこするがもはやどうにもならない。それを見た五味は飛び込んでパンチを放った後軽く頷き、そして拳を二度打ち合わせて闘争本能を掻き立てて己を奮い立たせる。この後さらに右ボディフック、左アッパー、さらに左ストレートをぶちあて、ヴァリーフラッグとケージでクリンチしながら2R終了のブザーが鳴った。このラウンドは手数、ダメージ共に五味優位だっただろう。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (L-R) Isaac Vallie-Flagg battles Takanori Gomi in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

3R開始前、もはやヴァリーフラッグの右目周辺は完全に腫れあがって青黒くなっている。だがどこか楽しげだ。親指を立てると笑顔を見せ、両手をあげて会場を沸かせる。対する五味も笑顔を見せて、やれやれという表情でだるそうに両手を上げてそれに応えると、会場からは大歓声が上がった。二人はもう35歳といういい年だ。だが二人とも、少年のような笑顔で互いの健闘を褒め称えあいながら3Rに臨んでいった。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  Takanori Gomi reacts to the crowd's applause before the third round of his lightweight bout against Isaac Vallie-Flagg during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

二人は先ほどの笑顔とはうってかわって真剣な表情となり、互いに全身全霊で相手を倒そうと前に出ていく。ヴァリーフラッグが得意の前蹴りで五味の腹を貫きにいくと、五味はそれをいなして飛び込み、左ボディから右フックとパンチを細かくまとめていく。劣勢を自覚したのかヴァリーフラッグはパンチに専念してガンガン前に出て手を出していく。対する五味はきちんと足を使って距離を維持しながら、再びジャブでゴリゴリと相手の顔面を削っていく。そして左ボディフック、次いでコンビネーションで右フックをねじり込み、さらに突っ込んで来るヴァリーフラッグをスイッチして今度は右のジャブで何度も打ち据える。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

だがこの後にピンチが訪れた。ヴァリーフラッグが飛び込んでフェイントからの左ボディを打つと、これが効いたのか五味は前かがみになりながらケージまで下がり、さらにサークリングしようとしたところで足がもつれてバランスを崩してしまう。これを見たヴァリーフラッグは勝機と判断して死に物狂いで飛びつき、横倒しにするような形で強引にTDを取った。そして腕を巻き込んで抑えられたためにガードができない五味の側頭部にすぐさまパウンドを乱打していく。そこまで威力のないポイント稼ぎのパウンドだが印象は悪い。五味はすぐさまガードをあげると顔を上げて状況を確認し、急いで体を起こして脱出を図る。これは冷静ないい判断だった。

その後長い間クリンチでもつれ合うと、五味は息を整えて最後の勝負に備えていく。その合間にもヴァリーフラッグは膝などを使って細かく打撃を当ててポイントを稼ぐ。そして残り2分、クリンチを突き放した直後、またしても五味の強烈な左ジャブがヴァリーフラッグの顔面を貫くとこれが効いた。バタバタとしはじめたヴァリーフラッグに五味が一気にパンチをまとめるとバキャッという音が響き、ヴァリーフラッグの鼻柱から鮮血が噴き出す。顔を上げた五味の目は燃え盛っていた。過剰分泌されたアドレナリンが火の玉小僧の全身に血を送り込んで瞳孔を見開かせ、その瞳には真紅の炎が揺らめいている。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (L-R) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

ヴァリーフラッグもまたアドレナリンに支配され、崩壊した顔面を気にも留めずに殴り合いに身を委ねた。あまりの流血に一瞬五味は心配そうな表情を見せ、手でTの形を作ってケージの外に視線をやり、ヴァリーフラッグの怪我を診たほうがいいのではないかという素振りをした。しかし止まらないとみるやすぐさま容赦のない殴り合いに戻っていく。

二人はもはや疲れ切っていた。それでも彼らは戦いを諦めない。クリンチでもつれ合うと五味はヴァリーフラッグをケージに押し付けてもたれ掛る。疲れのあまりか五味がケージをこっそり掴むと、ハーブ・ディーンは優しく注意してそれをそっと外した。五味の背中には、五味の肩に顔を預けたヴァリーフラッグの鮮血が大量に滴り落ちて、彼の色白の肌を鮮やかに染めていく。

その後素早く体を動かしてバックについた五味だが差し返され、バックにつかれて前に崩されると後ろからパウンドを受けてしまう。だが五味は手を振ってダメージが無いことをアピールし、隙を突いてトップを奪い返す。しかしもうガスは残っていない。下からポイント稼ぎの肘を繰り出し続けるヴァリーフラッグに有効な攻撃をできないまま、3R終了のブザーが控えめに鳴った。

終わった瞬間、ファイアーボール・キッドは勝利を確信して駆け出すと、金網に上って観客の声援に手を振って応えた。会場も戦い抜いた二入に大声援で答えると、ヴァリーフラッグもまたよろけながら腕を上げて五味に歩み寄った。それに気づいた五味は笑顔を見せて近づくと、互いにがっしりと熱く抱き合う。五味は疲労と喜びで笑顔のままその場で倒れ込むと、ヴァリーフラッグはそれに付き合って膝をついて五味の手を取った。五味は先程まで全身全霊で戦った相手と、手間を掛けさせるなとうんざりした顔の老齢のスタッフ二人に引き起こされながら両手を上げて観客に勝利をアピールする。そこにはさっきまでお互いを徹底的に痛めつけあっていたとは思えない、爽やかな空気が漂っていた。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  Takanori Gomi reacts after the conclusion of his lightweight bout against Isaac Vallie-Flagg during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

そしてブルース・バッファーがケージに入って判定結果を告げようとする。会場は息をのんでその結果を待つ。五味は勝利を確信して自信満々、大見得を切って拳を掲げる。ヴァリーフラッグもまた控えめながら拳を上げて、己の勝利を期待していた。そして「ザ・ファイアーボール・キッド!」のコールと共に会場は大歓声が起こり、五味は大きく頷いて笑顔を見せると、ヴァリーフラッグはまあしょうがないという顔で拍手をしてその勝利を祝福する。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  Takanori Gomi (L) reacts after his decision victory over Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

五味は笑顔を見せるとすぐさまヴァリーフラッグのほうを向き直り、自分から手を差し出して健闘を称えあった。彼のセコンドもまた五味と握手をして会釈する。そこには結果としての勝者と敗者がいた。だが全員がハッピーだった。皆が笑顔で、そして楽しそうだった。ファイアーボール・キッドの熱量が、すべての嫌なものを燃やし尽くしてカラッとした居心地の良さを生み出していたからだ。

判定結果はユナニマスであり、自分としても同じ判断だ。手数はヴァリーフラッグの方がトータルでは当てていたが、3Rに関しては五味のほうがスタンドでのクリーンヒットは多い。ヴァリーフラッグのクリンチでのコツコツ打撃やグラウンドでの下からの肘打ち、後ろを取ってのパウンドなどはポイント稼ぎの面が強く、スタンドでさして有効な打撃が無い場合はこれが判断基準として採用されるが、スタンドで明確にどちらかが良い打撃を多く当てていればそちらが優先されるのがUFCの傾向だ。TDもクリーンではなかったと思う。スタンドでの五味のジャブやコンビネーション・ブローの方が優先されて然るべきだろう。やはり武器がある選手はこういうところが強みだ。ジャッジにボクシング畑の人がいたとしたら、なおさら五味に有利に働いていただろう。

この試合にはファイト・オブ・ザ・ナイトが贈られた。一切の嫌みやえぐみのない、真っ向からのぶつかり合いは言語を超えて人々の心を揺り動かしたのだろう。川尻達也、そして五味隆典という、かつて名勝負を繰り広げた二人がほぼ連続する形でFOTNを受賞したことは、どこか不思議な縁を感じさせる。

35歳の火の玉小僧、今後の展望と課題

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Isaac Vallie-Flagg punches Takanori Gomi in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

見事勝利した五味隆典は、これで戦績を4勝4敗に戻した。2010年に参戦してからすでに8試合を経験しており、もう立派にUFCファイターとなったと言えるだろう。ケニー・フロリアンに一本負けしたころに比べれば、戦い方も技術もかなり適応してきていると思う。この試合に勝利したことで、恐らく次の試合はランカーが用意されることになる。ランキング10位以内ならばかつて敗北したクレイ・グイダやネイト・ディアズと同格の連中だ。

次の試合、勝てばタイトルマッチも見えてくるだろう。しかし今回の試合を見る限り、次戦で勝つのはかなり厳しいのではないかと思っている。もちろんいい試合だったし良いところも沢山あったが、課題も多く見えたからだ。

まず問題となるのがスタミナだ。今回ヴァリーフラッグが前蹴りの使い手であったこともあり、ボディを何度も蹴られた五味は序盤でかなりスタミナをロスして1ラウンドを落としてしまった。早々に口を開けて肩で息をしていたのはかなり印象が悪かったように思う。その後中盤に突入してからは逆にヴァリーフラッグが失速したのもあって持ち直すことが出来たものの、それでも3R最後の攻防ではガス欠で不利な体勢に持ち込まれている。リバースして切り抜けたものの、あの脇の甘さは下手をしたらラウンドを落とす原因となっていただろう。次の対戦相手は必ずこの試合を見て研究してくる。ボディを狙われることを前提に考えていた方がいいように思う。

フィジカルはまだまだ鍛えこむ余地がありそうだ。シェイプは年齢的にも性格的にもキツイだろうが、これはやった分だけ必ずその努力に見合ったリターンがある。冷たいビールを数か月、そして夜中のチキンラーメンをぐっと我慢するだけで彼には数か月に一度、数百万の金が入る可能性が高くなるのだ。決して割に合わないものではないだろう。BJペン、ロイ・ネルソン、五味隆典の3人は天性の素質がありながら、全員シェイプの悪さでその素質を無駄にしている感が強く、ファンとしてはモヤモヤとするものがある。あまりに人を殴るのが巧いために、どうしてもそれに頼りすぎてしまうのだろう。だがそれではある程度は勝てても、頂点に立つことは難しいのだ。

次に気になるのがTD技術のなさだ。この試合、序盤からクリンチになることはかなり多かった。そのたびに五味はTDの可能性を探って何度か試みる仕草を見せていたが、一度もきちんと狙うことはなかった。グラウンドでの能力、そしてスタミナを考慮すると結果的にこれはかなり良い判断だったが、TDはあまり期待できなさそうだ。ライト級で体格やリーチに分が無い五味としては、TDの選択肢があればさらに打撃が活きてくるとは思うが、ヴァリーフラッグをTDできないのであれば上位陣相手ならば誰もTDすることはできないだろう。むしろTD防御に追われて手一杯になる可能性が高い。それならばフットワークを徹底的に磨いてTDディフェンスに専念し、ジュニオール・ドス・サントスのようなスタイルになるほうが勝率は高くなりそうに思っている。

グラウンドでの攻め手の無さも問題だろう。トップを取ったりしたものの、有効な攻撃は出来ていない。むしろ下からうるさいヴァリーフラッグを相手に後手に回り、有利なポジションにいながら手数を稼がれるというおかしな展開となっていた。もっと殴ったり、それこそ肘を使ったりしていくべきだろう。もしポジションを取ってもあまり展開が出来ないのであれば、スタミナの無駄遣いを避けるためにもさっさと立っていくほうが賢明かもしれない。もっと殴ることは出来そうだが、もしかしたら五味はあまり得意ではないのだろうか。ロビー・ローラーのように、中腰からぶん殴るようなほうが性に合うかもしれない。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg on the ground in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

そして被弾の多さも気になるところだ。これはネイト戦、サンチェス戦でも同様だった。この試合で火力抜群のオフェンスはよかったが、パンチの差し合いで貰うシーンも多かった。ネイト戦ではこの差し合いで敗れ、そのまま効かされて敗北している。ヴァリーフラッグからは右ストレートを頻繁に貰っていた。上位陣のハードパンチャーを相手にした時に、このディフェンスの甘さが原因で崩されることもあるだろう。前蹴りは途中から対処できていたが、序盤にミドルと前蹴りでかなり被弾しており、これが蹴りの名手だった場合にはそこで試合が終わっているだろう。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (L-R) Isaac Vallie-Flagg punches Takanori Gomi in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

最後に、クリンチでの攻め手の無さが気になった。何度か有利な体勢になったが、有効な攻撃をするまでに至っていない。もちろんTDも出来ていないし、差し合いでも何度も返されて金網を背負っている。クリンチでの打撃はほぼヴァリーフラッグが一方的に打っており、膝を始め、3Rではいい肘も貰っている。疲れのせいか離れ際も無防備なことが多く、クリンチの展開をあまり研究していない印象を受けた。唯一よかったのは金網を背負わせてのボディ打ちだろう。相手を押し込んで滅多打ちにする技術を身に着ければ、五味のハードヒットと合わせてかなりいい武器になりそうな気がしている。

だがいい点も多かった。まず評価すべきはそのパンチの強さだ。とにかく日本人では規格外の拳の破壊力だろう。

BALTIMORE, MD - APRIL 26: (R-L) Takanori Gomi and Isaac Vallie-Flagg trade punches in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

全身をしならせるように繰り出される拳は鞭のようにうねりながら相手の顔面を強かに打ち付ける。肩回りが非常に柔らかく、緊張が無いために遠くまでよく伸びていく。決して力に頼ることなく、全身を連動させて繰り出されるそのパンチは相手の顔面を容易く崩壊させてしまった。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  Isaac Vallie-Flagg reacts after the conclusion of his lightweight bout against Takanori Gomi during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

以前はその柔らかいしなりを使ったフック系の打撃ばかりだったが、この試合ではその大振りを可能な限り抑えていた。熱くなると咄嗟に出ていたが、威力はあるが隙が大きく体が流れてしまう。そのたびにセコンドから注意され、五味はストレート系に切り替えていた。そしてこのストレート系の打撃がこの試合では大いに猛威を振るっていった。特筆すべきはどちらの手でも出せる強烈なジャブだ。ステップインと共に小さく速く出されるジャブはもはやストレートに比肩する威力だった。足を止めての細かいジャブ、そして隙があればステップインしての強いジャブと緩急をつけて打ち分けており、これがヴァリーフラッグの前進を何度も止め、試合の流れを大きく変えていった。

そして五味は打ち分けとコンビネーションにも秀でている。特にボディショットはこの試合で左のジャブと並んで最大の武器となった。ボディを織り交ぜたコンビネーションはヴァリーフラッグのディフェンスを大きく乱し、ビッグヒットを次々と呼び込んだ。顔面、右ボディフック、さらにまた顔面へのフックとリズミカルに打ち出される拳はどれも破壊力抜群で、3Rにはこれでヴァリーフラッグの顔面はズタズタに引き裂かれてしまった。試合後の五味とヴァリーフラッグが一緒に写った画像が五味本人のブログに上げられているが、ヴァリーフラッグの顔面は見るも無残に腫れあがり、どす黒く変色してしまっている。火の玉小僧の拳がどれほどの熱量を秘めていたのかを、彼の顔面がはっきりと物語っている。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

今後の試合でも、このボディとジャブを如何に当てていくのかが戦略の主軸となるだろう。パンチさえ当てることが出来れば五味は誰とでもそこそこ戦うことが可能だ。この拳をどれだけ速く、多く、正確に当てていくか、この点から逆算すれば五味の理想的なスタイルが見えてくるように思っている。和製サントスを是非とも目指してほしいところだ。

蹴りも数は少ないが優秀だった。特にローは重く、もっと積極的に狙ってもいいだろう。相手の足を破壊できれば打ち合いに持ち込みやすい。コンビネーションにも組み込みやすく、相手のディフェンスを散らすにはうってつけの武器だと思う。

また今回は五味のセコンドも評価したい。彼のセコンドの指示は非常に的を射ていた。特にヴァリーフラッグがボディを嫌がったのを見抜いたのは慧眼だっただろう。ボディショットは確実に試合に影響していく。これを効いていると教えるだけでも五味には大きな助けになったはずだ。さらにセコンド陣は五味が強打を狙うたびにそれを注意し、細かく、正確に、丁寧に試合することを常に五味に意識させていた。こういう具体的で的確な指示は素晴らしいと思う。五味は試合後にもチームに対してものすごく感謝していたが、今の彼のセコンドは信頼に値するだろう。

そしてそれを聞けていた五味の冷静さも評価すべきだ。たびたび熱くなってはいたものの、昔に比べてずっと冷静で、落ち着いた試合運びだったと思う。セコンドの指示も疲れていながらよく聞いていた。MMAはチーム戦だ。戦うのは一人だが、競技に参加しているのは一人ではない。どれだけ冷静にセコンドと協力できるかが、勝敗の大きなカギとなっている。ミドル級の伝説、「スパイダー」アンデウソン・シウバはクリス・ワイドマンに敗れた試合では焦ってしまい、セコンドと言い争いになっていたそうだ。彼はそれが敗因だと試合後に述べている。ファブリシオ・ヴェウドゥムは、アリスター・オーフレイムとの試合に際してコーチからの「スタンドでいけ」という助言を無視したために敗北した。

五味は大人になったと思う。一発を狙いすぎず、それでいて闘争本能は失わなかった。勝つために必要なことを全力で遂行していた。それは全てチーム一丸となって戦ったからだ。彼は仲間を信頼し、そしてチームも五味を全力で応援しているのだろう。今回の五味の冷静さとセコンドの指示の的確さ、そしてそれを信じた五味には強い結束を感じた。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  Takanori Gomi reacts after the conclusion of his lightweight bout against Isaac Vallie-Flagg during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

また今回大きく進歩を見せたのがフットワークだ。たびたび足を止めて強打を狙う悪癖が出てしまったものの、それでも冷静に何度も持ち直してはきちんとサークリングをし、そして相手の突進に対してもしっかり下がってから打撃を当てていった。下がりながらでもそこそこの強打を打てるのはさすがのセンスの良さだ。何も相手を完全に倒し切る必要はない。ジョゼ・アルドなども、この下がって距離を維持しながらの強烈なジャブを多用している。正確に、そこそこの強打を多く当てることのほうが遥かに勝利に貢献するのだ。一発は完全に劣勢になってから狙うものだ。スタミナの無さから足がもつれたり、途中上半身を変にぐらつかせるシーンが見えたが、それでもよく動いた方だと思う。もっと下半身とカーディオを鍛えこんで、最初から最後まで足を使って動けるようになれば大化けするかもしれない。なので是非とも本人にはこれから徹底した走り込みをしてほしいと願っている。

ファイアーボール・キッドが持つ稀有の才能、それは「華」

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (L-R) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

最後に、今回最も書きたかった五味の才能がある。それは彼の持つ「華」だ。華とは何か、それは行動にある種の人を引き付ける魅力を持つ、いわゆるスターの素質というものだ。五味隆典にはそれがある。

かつて私はブログにおいて、チェール・ソネンが語るセルフ・プロモーションの重要性という記事を紹介した。そこではソネン、そしてデイナ・ホワイト社長ともに「スターに必要なものが何かわからない」と語っていた。そしてMMAを楽しむのに必須なもの、それは選手の素性であり、選手のことを知らなければそれは町の喧嘩と大差が無く、誰も見ようとはしないのだ。だからUFCは選手に機会を与え、選手に語るように働きかけるのだ、MMA学教授のチェール・ソネンはそう語っていた。

私はそれに、さらに持論を加えたいと思う。スターになるのに必要なもの、それは選手が持つ「華」であると。では華とは何か?私はこう結論付けたい。華とは、選手が何ら自分の素性を語らずとも、試合の中でその選手のパーソナリティがはっきりと伝わり、そしてそれが魅力的な選手のことなのだと。

五味隆典は己を知っている男だと思う。そして彼は自分の弱さを決して隠そうとはしない。彼はケージに上がるときには緊張し、名前をコールされるときにはワクワク感と不安と興奮がない交ぜになった表情を浮かべて体を動かし、そして試合が始まれば状況に合わせてコロコロと顔を変える。良い打撃を貰えばしまったという顔をするし、疲れてくればグダグダと動く。逆に相手にいい攻撃をしたと思えば目を輝かせ、波に乗ったと感じれば全身を燃え上がらせて相手に躍りかかっていく。相手を強烈に殴りつけながら、相手の怪我が不安になればタイムしないのかと周囲を見回し、そして試合が終われば喜びを爆発させて全身でそれを表現し、戦った相手には屈託のない笑顔を浮かべてがっしりと抱き合える。

彼には何も嘘が無いのだ。それはカメラが嫌だからと、カメラを向けられると露骨に嫌そうな顔をするニック・ディアズによく似ている。彼らは人前で自分を取り繕わない。五味はファンに感謝をするが、ファンの前で自分を大きく、大層なものに見せようなどという見栄は張らないのだ。そんな火の玉小僧の試合は、たったの十数分で彼の全てを衆目の前に明らかにする。

そして彼の全てが明らかになった時、人はこの35歳の少年を愛さずにはいられないのだ。なぜなら彼は、誰よりも試合を、殴り合いを、闘争を楽しんでいるからだ。時間と共に移り変わる戦況に一喜一憂し、それを全身で表現する五味の試合はアーティスティックだ。誰もが彼の闘争心を手に取るように感じられる。折れかける心にハラハラする。そして彼が勝利して喜んだ時、まるで自分の事のように嬉しく感じてしまうのだ。この試合でも、会場には大きな五味コールが起こり、そしてタイトルからは程遠い試合にも関わらずFOTNが贈られた。すべては彼の持つ華のおかげだろう。彼はただ戦うだけで、観客に彼がどういう人間かをはっきりと伝えてしまうのだ。

BALTIMORE, MD - APRIL 26: (R-L) Takanori Gomi and Isaac Vallie-Flagg trade punches in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

試合後に五味はインタビューでこう言った。「良い試合できました、二人でね」と。そう、試合には必ず対戦相手が必要なのだ。ファンや会社、スポンサーよりもまず先に、闘争の相手がいなければMMAは成立しえない。五味はそれを知っている。そして自分と戦ってくれる相手がいることに、彼は誰よりも感謝しているのだ。試合のできない格闘家ほど惨めで、存在意義の無いものはないだろう。ヴァリーフラッグは小細工なしで正面から五味とぶつかってくれた。そのことを五味は本当に嬉しく感じていたのかもしれない。それは本人にすらわからないことかもしれない。だが、戦いを終えた直後のインタビューでこのセリフを気取らずに言えることこそが、五味の「華」の根源にあるものだと私は思っている。彼は対戦相手を激しく殴りつけながら、対戦相手に好意に似たものを抱いているのかもしれない。

闘いを楽しむ天才「ザ・ファイアーボール・キッド」

世界中のすごいファイターが集まる中で、皆にわがままに付き合ってもらって戦うことが出来て本当に嬉しい、五味は飾らずにそう言った。彼は本当に楽しそうだった。闘いが楽しい、強い奴とやるのが楽しい、上を目指すのが楽しいのだ。35歳はもうキャリアとしては終盤だ。彼の口ぶりからも、周りが強豪だらけで今の自分はかなり厳しいということを自覚しているのが伝わってくる。それでも彼はそれをウジウジ悩んではいない。むしろこの年でもまだ戦う場があることを、彼は素直に感謝しているのだ。

私はMMAが好きだ。そしてMMAを好きなファイターが好きだ。だから私は五味隆典が好きなのだ。先日の川尻達也という男の試合について書いた時にも述べたが、私は勝ち負けだけで選手の好き嫌いを決めたりはしない。大事なのは競技への愛情と姿勢だ。強くなりたいと願い、そして試行錯誤を繰り返して努力する人間を嫌いになどなるはずがない。人間だから当然挫折もする、妥協もする、失敗だって繰り返す。うまく行かない時だってあるだろう。だがそれを非難したら人には進歩などあり得ないのだ。それを隠したり取り繕って大物ぶる奴が嫌いなだけだ。だから私は己の弱さを素直に認める川尻も、己の弱さを軽く笑い飛ばしてしまう五味も好きだ。世の中には強い人間などいない。弱い人間と、強くなろうとしている人間がいるだけだ。

そして五味は強くなろうとしている。確かに少し意志は弱いかもしれない。夜中にチキンラーメンを食べてしまうかもしれない。少し脇が甘いかもしれない。イカれた女に引っかかって、試合前に写真をネットに晒されてしまうかもしれない。だがそれでも五味はそれを隠そうとしたり、虚勢を張ったりはしないのだ。彼のダメなエピソードは彼の「華」に彩を添えるだけだろう。格闘家でありながら「夜中にチキンラーメン食べちゃダメなんだね」と冗談が言える彼の余裕と飾らない姿が好きなのだ。私が記事でよくチクリとやるのは愛ゆえだと思って頂きたい。

「タイトルマッチやりたいね!」そういった彼は少し照れくさそうに笑った。皆で夢を追いたい、そう語る彼の笑顔は、私の脳裏に小学生の頃に見た夏の空を浮かび上がらせていた。どこまでも青く澄み渡った空と白い大きな雲、そして眩しく輝く太陽はファイアーボール・キッドによく似合うだろう。彼の戦いは無邪気で、暴力的で、そしてどこか優しさに満ちている。それは小学生の頃、夏休みに同級生と遊んだ記憶を蘇らせる。これほどに悪意のない闘争が出来る男は、世界にそうはいないだろう。

「ファイアーボール・キッド」五味隆典、心から闘いを楽しむこの男は、これからも金網の中を歓喜で満たし、世界中のファンを熱くさせてくれると私は信じている。

BALTIMORE, MD - APRIL 26:  (R-L) Takanori Gomi punches Isaac Vallie-Flagg in their lightweight bout during the UFC 172 event at the Baltimore Arena on April 26, 2014 in Baltimore, Maryland. (Photo by Patrick Smith/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

10 件のコメント:

  1. 愛に溢れた記事、拝読させていただきました(笑)

    五味さんの持ってる”華”に関しては全面的に同感です。
    UFCはファイトだけで魅了されるほど華のある選手だらけですが、五味さんの場合それが人柄と一体になって、相互作用的に開いている気がしますね。
    アメリカでプレリムの試合してコールが起きる日本人なんて、もう出てこないかもしれませんね。

    技術的に分析するならば同じく、トップ10と戦ったら全く通用する気はしません。が、20歳でプロデビューして、20半ばPRIDEで大ブレイクして、35歳になった今もUFCで突っ走ってる彼の姿だけで拍手したい気持ちです。

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    1. 五味ちゃんへの愛のせいで格中史上初、タイトルマッチが寸評になりそうです。時間使いすぎましたw

      技術的にも肉体的にも結構しんどいです。絞れるならフェザーの方がいいような気がしますが、そうなるとフェザーは日本人だらけになっちゃいますねw五味vs日沖とか実はけっこう見たかったりするんですが。

      やっぱりど根性おじさんは見てる人が感情移入しやすいんですよね。放っておけないところがあります。皆がちゃんとやれよ!と怒るのも保護欲をくすぐるからです。弱みを隠さない人は愛されやすいんですね。

      その愛されボディは案外日本よりも海外の人の方に受けやすいのかもしれません。なまじ五味ちゃんの個人情報を知らないだけ、ストレートに試合での魅力を感じているように思います。

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  2. 若干アスペ気味の自分はプライドの活躍を知っていても
    今では技術的にはそれこそ日本人でももっと優れている選手はいるのに何故そんなに五味が人気なのか良く分らない所がありましたが
    確かにファンの人はそういう表面的な試合内容だけでない所を無意識でも魅力に感じているのでしょうね

    後足裏で蹴るストッピングは兎も角中足で蹴る前蹴りは
    三日月蹴り同様空手やキックでは肘や膝で受けられると自爆技になりかねないので多用される技ではありませんが
    総合においてはタックルがある為膝を上げて受けにくいという事もあり地味ながら有効な技かと

    そして川尻等日本人選手全般に言える防御の甘さは
    もしかしたらスパーリングパートナーがいないかいても相手が遠慮しちゃってるのかなと
    個人的に攻撃は才能と独習でも何とかなるけど
    防御はマス~ライトでもいいので生きた打撃相手の練習が必須かと

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    1. 確かに中足での蹴りを膝で受けられたら負傷しやすそうですね。ブアカーオが前蹴りを胸のあたりを狙って蹴ってたような記憶がありますが、それを防ぐためだったんでしょうか?

      確かにMMAでキックのような構えだとタックル切れないで危ないですね。みんな腰を落として少し前重心になりますので前蹴りを膝で受けるというのはちょっと難しそうです。ほとんどの人が下がるか手で払いのけてるような気がします。使い手は結構多いですし、MMAでは有効に機能している場面を良く見る感じです。

      防御甘いですよね。ディフェンス面の問題はほぼ全員に共通しているので、環境的な要因が大きそうだと思います。防御こそまさに練習しなければ身につかない技術だというのはおっしゃる通りです。逆に言えば練習次第で誰でもそれなりに身に付くものだと思うので、是非とも練習方法を研究してほしいと思っています。

      勝つ技術よりも、負けない技術が必要なのではと感じています。

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  3. 「もう歳なんで、練習も取捨選択をしてやる」というような事を雑誌のインタビューで言ってましたが、得手不得手がハッキリした試合を観て納得する部分がありました。
    組みと寝技は淡白でしたが、スタンドでのパンチは相変わらず天下一品でしたね。
    両者の被弾数は大差ないと思いますが、試合後の顔面は不公平なほどに差がありました。
    強烈なパンチの反面、足腰の不安定な印象はとてもレスリングがバックボーンの選手とは思えませんが、そこが改善されグラウンドでもあの打撃を活かせるようになれば上位に食い込む可能性を十分に持っていると思います。
    川尻選手同様、期待と不安で試合を観るのがしんどい選手ですが出来る限り長くそんな試合を見せて欲しいと思います。

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    1. 同じパンチでもあんなに質が違うんですね。ヒット数自体はたしかほぼ一緒のはずです。

      とりあえず下半身とカーディオを鍛えこめば、大化けする可能性がちょっとだけありそうな感じです。あの拳ならだれでも当たればただでは済まないでしょうし、下半身を鍛えればあの拳はさらに破壊的になると思うからです。

      自分はもはや五味選手の試合は勝ち負け度外視で楽しんでるので、とにかく年3試合くらい見せてほしいと思っています。心配よりもワクワク感を強く感じさせてくれる選手です。川尻、日沖、水垣は試合見るのがしんどいですがw

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  4. 日本より海外で評価されるレジェンドですね。
    言葉の壁を越えた魅力があります。
    彼と肩を並べる日本人のMMA選手は桜庭とルミナだけだと思います。

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    1. 日本でのダメなエピソードやキャラを知らないだけに、海外のファンは純粋に試合だけで評価するからかもしれません。言語を超えて試合だけで人を惹きつけるなんて本当に芸術的です。サクラーバも同じくらい魅力的でしたね。

      日本だと五味ちゃんの発言やキャラや素行にマジギレする人が多いですが、自分はそういうのを割と微笑ましく見てしまうタイプです。ダメなところがカワイイといいますかw

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    2. 横からですが、向こうは向こうで問題児が多いので、五味ちゃんくらいじゃなんとも思わないんじゃっていう気がしますw
      ティト、ディアス兄弟、ランペイジあたりはもちろん、グリフィンやトーレスなんかはツィッターを何度か炎上させちゃってますし、洒落にならないレベルのチアゴ・シウバなんかもいたり…。
      現P4Pのジョーンズからして、是非はともかく一つの大会を消滅させたり飲酒運転で事故ったりと、けっこうな問題児だったりしますしね^^;
      あと記事とは関係ないですが、ジョー・エレンバーガーの参戦が伸びてしまいましたね。どこまでも試練を与えられる人だなと思いつつ、6月の試合を楽しみにしたいと思います。

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    3. スキャンダル的な意味では、五味ちゃんは最強でしょうし、海外勢と比べたらまったく問題にならないと思いますwチアゴさんはガチ逮捕ですしね・・・w

      そう、実はお兄ちゃんバーガーが延期になりました。また対戦は決まったようですが、そんなに時間的な余裕はないでしょうから気の毒です。兄弟で作ったTシャツを見た時にはちょっと泣けてしまいました。

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