2012年12月13日木曜日

UFC on FOX Henderson vs Diaz 感想と分析 Part1

今回も素晴らしい大会でした!とても象徴的な大会でしたね。
色々と書きたいことがあって長いので分けました。
以下はあくまで個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
大会結果はこちら。写真は公式ギャラリーMMAweelyより

SEATTLE, WA - DECEMBER 08:  Benson Henderson (white shorts) readies a kick towards Nate Diaz during their lightweight championship bout at the UFC on FOX event on December 8, 2012  at Key Arena in Seattle, Washington.  (Photo by Ezra Shaw/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Benson Henderson; Nate Diaz
この美しきハムストリングスと驚異の柔軟性!
WIN 王者 ベンソン・ヘンダーソンVS挑戦者 ネイト・ディアズ

ベンヘンについて

人の身で空を飛ぶことは叶わない。だがベンヘンならいつか、
研鑽の果てに背中の翼で本当に羽ばたいてしまうかもしれない。

ベンヘンの肉体は一つの芸術だ。長い年月をかけて緻密に
彫り上げた奇跡の彫刻だ。己の知恵と意思をノミとして
日夜彫り続けられた努力の賜物だ。私は神を信じる者ではないが、
もし肉体が神から与えられたものならば、彼はその恵みを
誰よりも感謝し尊ぶものだ。そしてその想いが、あの肉体を
作り上げたのだ。

試合は圧倒的だった。本当によく研究してきたと思う。
スタンドではパンチの距離に入らずに、ボクシングスタイルの
足をローと足払いを織り交ぜて構えを崩してパンチを殺す。
近づけばタックルとパンチの二択を迫り迷わせる。
ネイトは明らかにパンチの姿勢に入る前に何かしら先手を
取られてご自慢のパンチを打つどころではなかった。
結果迷っているネイトの顔面に何度もベンヘンの
パンチが吸い込まれて、ネイトは二度にわたりマットを
転がる羽目になった。

また途中で見せた足へのパンチ。ボクシングでは反則であり、
これまでスタンドで足を殴るという発想は誰もしなかったが、
これはかなり効果的なのではないかと思った。決してただの
タックルフェイントではなかったように思う。踏み込みに
合わせて殴った際に、ネイトはバランスを崩していたが
ダメージは結構あるのではないか、と感じた。
もちろんネイトがキックボクサーではない、というのが
大前提なのだろうが。

クリンチでもレスリングとフィジカルの強さが光った。
序盤の差し合いでこそネイトのコツコツと殴るのに少し
圧されていたが、中盤以降ネイトがガス欠を起こしてからは
一方的だった。差しあいからTD、膝、そして立ち上がり際に
ハイキック。攻撃の切れ目を作らない流れるような展開。
彼の地獄のようなトレーニングは、このときのスタミナと
なってきちんと償却された。練習は裏切らないのだ。
またただのレスリングではなく、柔道系の払い腰や
足払いの技術もかなり習得していた。

グラウンドでも素晴らしいコントロールだった。ネイトの
長い手足を活かした柔術を警戒しつつ、常にトップを
取ってコントロールをする。足を取られても冷静に体の
位置を確認してから動き、慌てて反転して極められるような
隙はまったくなかった。そしてその合間合間にヘビーパウンドを
ガンガン落とし、ネイトは見る見るうちに動きが悪くなっていった。
また足を使って抵抗するネイトに対し、
ボディへのストレートパウンドを叩き込んでいたがあれは
相当効果があったように思う。
あの技はこれからもっと普及してくると予感している。

SEATTLE, WA - DECEMBER 08:  Nate Diaz (left) punches Benson Henderson (right) during their lightweight championship bout at the UFC on FOX event on December 8, 2012  at Key Arena in Seattle, Washington.  (Photo by Ezra Shaw/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Benson Henderson; Nate Diaz
開脚しながらネイトを見下ろすベンヘン なんと美しい肢体だろうか・・・!

また驚くべきはその精神力だ。戦前の予想通り、ネイトは執拗に
挑発し煽ってきた。顔面に攻撃を絞らせて足を止めよう、近づかせようと
あの手この手で煽ろうとした。だが聖書を読み、神に祈り、己と仲間と
家族を信じてオクタゴンに立つ男にそんな小手先のまやかしなどが
なんの意味があろうか。サタンの囁きにすら耳を貸さないであろう男が、
悪ガキのたわごとに心惑わされることなどあるはずもないのだ。
一度熱くなった様に見えても、インターバルを挟んで再び立ち上がるときには
彼の表情は穏やかに凪いでいた。彼の目はずっと遠くを見ているようだった。
あの時、彼の目には何が映っていたのだろうか。

結果は二度のダウンを奪い、何度もTDし、KO寸前まで追い込んだベンヘンが
ユナニマス(50-43, 50-45, 50-45)で圧勝。ファイトメトリクスによる
試合データでは効果的な打撃で100発近い差があった。ほぼ一方的に
ネイトが殴られ続けていたということになる。ネイトのスタンドの距離での
打撃はほとんどなく、まともに当てられたのがクリンチの際のコツコツ
打撃だけだった。相当な実力差があったと言ってしかるべきだろう。
彼が戦い続けた肉体改造の日々は、この日に全て報われた。
今は彼が勝利を味わい、ひと時の安らぎを得てくれることを望むばかりだ。

ネイト・ディアズについて

兄と違い、彼はきっと真面目で素直な青年なのだろうと思う。
彼がセコンドについて兄や仲間を応援するときにいつも感じて
いたことだ。挑発する姿も、相手を睨みつける姿も、どこか
ぎこちなくて必死に兄を追いかけているように見えた。
そんな彼が、ついに兄を追い越すかも知れない日、
それがこの日だった。

兄を追いかけて始めた柔術からこの世界に入り、コツコツと
勝ったり負けたりを繰り返しながら試合をし続け、気がつけば
ずっと強くなりいつしかタイトル挑戦権を獲得していたネイト。
試合数はUFCでも最多である。彼は間違いなく成長してきた。
昔よりずっと強くなった。恐らく技術では兄よりももう上なのでは
ないかと思う。でも、彼はまだ兄を追っている気がする。
そろそろ一人で歩むときが来たのかもしれない。

試合内容は完敗だった。ネイトは何もできなかった。
足関節が惜しかった、という人がいるかもしれない。でも
自分はそうは思わない。チャンスなどなかったのだ。
ベンヘンとは、覚悟も練習量も違うのがはっきりと感じられた。

スタンドではパンチを打たせてもらえなかった。兄の敗戦からも、
セラーニとの試合からも、自分の足が狙われるであろうことは
わかっていたはずだ。でもネイトは何も工夫をしてこなかった。
挑発をすれば殴れる距離になる、とでも思っていたのだろう。
その結果があのザマだ。セコンドは興奮するばかりで無策だった。
蹴りもない、タックルもない。パンチが打てなきゃ組み付いて投げるしかない。
しかしその組みは明らかにベンヘンに劣っている。この程度の予測すら
できずに試合に臨んだのであれば愚かとしかいいようがないだろう。
彼はいまだにリングで足を止めて打ち合うころのMMAのままなのだ。

組みでは体格で勝るものの、パワーとスタミナに明らかに差があった。
終盤では、ずっと小さいベンヘンに高々とリフトをされてマットに
叩き落された。彼は同じことをフィジカルモンスター、ローリー・マクドナルドに
何度もやられたはずではなかったか。なぜレスリングを練習しないのか、
これは彼だけの問題ではない、キャンプ全体の問題だと思う。

SEATTLE, WA - DECEMBER 08:  Benson Henderson (left) slams Nate Diaz (right) during their lightweight championship bout at the UFC on FOX event on December 8, 2012  at Key Arena in Seattle, Washington.  (Photo by Ezra Shaw/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Benson Henderson; Nate Diaz
自分より小さい男に大地に叩き落とされるネイト・ディアズ
彼はまだ強くなれるはずだ

グラウンドでは、勝負をひっくり返す期待感がある柔術の仕掛けを何度もしていた。
これは評価に値することだ。足関節もいい狙いだったし、もしやと思わせるものが
あった。だがポジション・キープをおろそかにするあまりに、安易に仕掛けては
上をとられて殴られていた。その程度の仕掛けはベンヘンにとってみれば
完全に想定内だったのだろう。結局体の入れ替えだけで相当なスタミナを
ロスすることになっていたと思う。いまや、柔術のディフェンスは当たり前に
なっているために削らなければ早々極まるものではないのだ。

結果はご覧の通りだ。彼は殴られ、大地に這いつくばり、逃げ回るばかりだった。
試合終了10秒前、彼は憐れにもまだ挑発をしていた。あの行為で嘲られるのは
自分にも関わらず。己の力不足を、そんな安易な方法で補おうとした結果が
この試合なのだ。彼の腫れあがった顔面はその報いに過ぎない。
これまではそれでうまく行ったかも知れない。だが、そんな方法が通じるような
やわな精神を持った男がUFCのベルトを巻くことなどないのだ。彼は
王者をあまりにも舐めすぎていた。この競技を舐めすぎていた。
彼の兄もよく言う。ジャッジが悪い、競技が悪い、殴りあわないのが悪い。
それは結局、すべていい訳だ。己と戦う強さのない男のいい訳なのだ。
殴りたいなら殴れるように工夫をすればいい、王者サントスのように。
ジャッジにポイントをつけて欲しいなら試合をコントロールすればいい、
王者GSPのように。ジャッジに委ねたくないのであれば、毎試合全て
フィニッシュすればいい、王者ジョン・ジョーンズのように。

ネイトはまだ若い。まだまだ強くなれる。だが、それも兄の背中を
追いかけていては無理なのではないだろうか。たしかに兄は
掃き溜めのようなところで幼いネイトを守ってくれたのだろう。それは
偉大だと思う。だが、もうネイトは自分の足で立ち、自分の手で
未来を勝ち取れるはずだ。彼はそれだけのキャリアを持っているのだ。
絞りすぎてライトではまるでスタミナがないのも明らかだ。彼は
今一度、ウェイトを増やしてウェルターでやるべきだと自分は思う。
もし彼らが本当にMMAを競技じゃない、戦いだというのならば、
ウェルターで兄、ニック・ディアズと合間見える覚悟でやればいい。
ライトでやるにしても、きちんと課題を克服し、戦略を持って
対戦相手に敬意を持って闘えばいい。悪ぶる必要などもうない。
兄の真似をして挑発したり、戦いがどうのと理屈をいう必要もない。
彼は兄から離れ、自分のために闘うときが来たのだ。
そしていつか一人で歩んだ先に、王者ネイト・ディアズが
立っているだろう。