写真はUFC公式より
ヘビー級 5分3R
WIN マーク・ハント VS ステファン・ストルーブ
(3R 左フックによるKO)
空を穿つ者、ステファン・ストルーブ
身長213センチ、彼の巨体は金網で覆い隠すこともできないほどだ。ニックネームは「スカイスクレーパー」(摩天楼)、対戦相手にとっては天を穿つ巨大な柱が聳えているように見えるだろう。
その巨体の最大の武器は、なんとグラップリングである。自分から積極的に引き込んで長い手足で相手を飲み込み絡めとる、大蛇のような戦法を得意としていた。
その戦い方からわかるように、彼は初期の頃はスタンドテクニックで少し劣るところがあった。オフェンスは決して悪くは無いがディフェンスが悪かった。特に自分の高身長に頼りすぎたスウェーとそれを使った真っ直ぐ下がるフットワークが問題で、彼の敗北はほとんどがパンチテクニックに優れる選手にそこを捕らえられたことによる。
だが近年はその反省を活かし、超長リーチを活かしたジャブやストレートの直線系打撃や相手を懐に入れずに一方的に削る前蹴り、相手のステップインに合わせて繰り出す膝蹴りなどを使い、スタンドでもかなり有利に試合を運べるようになっていた。
その向上したスタンドテクニックを試される試合、それが今回のUFCジャパン・コーメインイベント、「スーパー・サモアン」マーク・ハントとの一戦だった。
摩天楼、最大の誤算はスーパー・サモアンの進化速度
この試合、摩天楼は大きな誤算があった。それはグラウンドは自分の土俵だと信じていたことだ。地に縛り付けられたサモアンは、あらがう術も無くただ弱っていくだろうと思い込んでいたことだった。無理も無い。これまでのサモアンはその通りだったからだ。多少向上したとはいえ、柔術スペシャリストの自分に適うはずもないと思うのも当然だった。
案の定、序盤からサモアンはその怪腕を振るってきた。自慢の打たれ強さを担保にして、そのドラム缶のような体型からは想像もつかない速さでステップインをして丸太のような腕を振り回す。それに対して摩天楼は最悪の対策をしていた。これまで何度も狙い撃ちされた経験からだろうか、グラス・ジョーを守るために彼はピーカブー・ブロックを採用してしまったのだ。恐らくサモアンは一発KOしか狙ってこないと踏んでいたのだろう。だが、サモアンは決してただの一発屋ではない。彼は打撃のスペシャリストなのだ。サモアンは、がら空きになった高層建築のど真ん中を渾身のストレートでぶち抜いた。そして顔ばかりを気にする摩天楼の土台を棍棒のような足で蹴り飛ばす。摩天楼はぐらぐらと揺れた。
スタンドで不利と感じた摩天楼は、サモアンとクリンチすると早々に引き込みをした。これは決して悪い判断ではない。あの巨体からは想像もつかないスムーズな動きですっとサモアンを大地に引きずり落とした。そしてハントが動いた隙を見て下から巧く足を入れるとマウントを取り、次々に顔面に鋭いパウンドを落としていく。嫌がりのたうつサモアの戦士。ここまでは予想通りの展開だった。
だが、ここからサモアの戦士は反撃を始める。腕十字を振り解くと、強烈なパウンドを落とし、なんとサイドポジションを奪取したのだ!まさかハントがグラウンドで攻めるなど誰が想像しただろうか。サモアンはもはや寝かされたら為すがままの男ではなかった。彼は38歳にして、日々研鑽を積み新しい戦場での戦い方を学んでいたのだ。
ぐらつく摩天楼、ついに倒壊!
ストルーブは2Rから失速を始めた。グラウンドでの攻め疲れに加え、一撃一撃が重いサモアンの打撃が効いてきたのだ。飛び込んでは的確にナックルを当てるハントの打撃が何度と無くストルーブのテンプルを打つ。ラッシュをかけられピーカブーで真っ直ぐ下がり、パンチが見えていない状態なのを確認したサモアンは摩天楼のどてっぱらをコンパクトにぶち抜く。恐らくこのボディが試合を大きく左右したのだろうと思う。
摩天楼はガスタンクを破壊された。そしてハントは弱ったストルーブに自分から組み付いて奇麗な投げからのテイクダウンを取り、自分から相手の土俵にあがっていく。摩天楼は必死に足関節を仕掛けるも外され、腕十字を狙うも外される。摩天楼はもはや相手を絡めとる力を失いつつあった。それに加え、サモアンは要所で天性の体のバネを活かして体を瞬間的に動かして危機を回避していく。2R終わりにマウントを取って素晴らしいパウンドを打つも、タフなサモアンを仕留めきるまではいかなかった。
そして運命の3R、摩天楼は消耗しきっていたが、それでもスタンドでリーチを活かしたジャブを差してスタミナの減ったハントに当てていく。ハイキックを繰り出して反応できないハントの顔面を打ち抜く。しかし、サモアンはまるで効いていない素振りで殴りかえす。摩天楼は明らかにぐらついて動揺した。そこに畳み掛けるように炸裂する右フック。摩天楼はよろよろしながらまっすぐ後ろに下がってしまった。サモアンは一気に間合いを詰め、ジャンプをしながら左腕を思い切り振りぬいた。なんというパンチだろうか!摩天楼は真っ二つに折れ、金網に叩きつけられた。
摩天楼、トップグループ入りの正念場を迎える
掴みかけたタイトルへの切符はサモアンに奪われた。彼はここぞという大事なところでどうしても競り負けることが多い。これはやはり25歳という若さゆえの経験不足が大きく影響していると考えていいだろう。
今回、ハント相手に自分から近い距離で打ち合ってしまうケースが多かった。スタンドに自信を持つのは構わない。しかし場数やスキル、一発の威力を考えればそれは間違いだろう。足を使ってサークリングし、前蹴りやジャブ、ローで削り、出てくるところに膝を当てて、消耗させてから自分からTDを狙いに行く、それでよかったはずだ。ハントが飛び込めずに焦れるのを待つべきだったと思う。
また今回も致命的だったのがパンチディフェンスだ。やはりスウェーと懐の広さを過信して真っ直ぐ下がるフットワークを使ってしまった。最悪なのが、金網際でハントが打ち終わるのをピーカブーで待ってしまったことだろう。ハントは決して打ち合いで慌てない。冷静に見られて思い切りボディを打ち込まれてしまった。あれでは自分からサンドバッグになったようなものだ。タイクリンチを使った膝か、ジャブを出しながらサイドステップで逃げるべきだったろうと思う。
また、3Rでも笑みを見せるハントに自分から打ちに行ってしまったり、少し意地になってしまうところがあると思う。試合をフィニッシュしようと序盤から無理に行き過ぎてしまったようにも感じる。こういう細かい判断ミスが今回の敗因になったのではないだろうか。不利と見たらすぐに切り替えなければ、マーク・ハントのようなハードパンチャー相手ではあっという間にダメージが蓄積して体の自由を奪われるのだ。いっそ徹底的にグラウンドだけで勝負していれば、最後のところでギリギリスタミナ勝ちをしていたかもしれない。
才能も体格もある。技術も素晴らしい。今回スタンドでもハントを相手にかなり善戦もしていたし確実に彼は前に進んでいる。そして自分から攻めようとアグレッシブに行くのも素晴らしいと思う。しかし、もっと自分の長所を活かした戦い方があるはずだ。この敗戦はあまりにも大きな一敗だった。これでまたタイトルが大きく後退したのは間違いない。しかし彼はまだ若い。今はその体を休め、次の戦いに備えて欲しい。
スーパー・サモアン それは人智を超えた戦士の種族
38歳、それは人間が青年期を終え、肉体的にかなり衰えかけた年齢であったはずだ。テニスプレーヤーは30歳を過ぎたら引退を考えるという。サッカーやバスケットで38歳といえば、もう大ベテランと言われる年齢だ。つまり、アスリートにとって38歳とはもう終焉の時期なのである。しかし埼玉スーパーアリーナで、38歳にして今なお進化を続け、そのスポーツの頂点に向けて驀進する怪物が現れた。その名前はマーク・ハント、褐色の肌と戦車のような体躯を持ったサモアの戦士だ。
彼は昔K-1を主戦場にしていた。今を遡ること12年前、2001年に彼はK-1グランプリで優勝を果たし、その後もK-1で活躍をしたが、2004年からPRIDEに主戦場を移して総合格闘技を始めた。彼は最初こそあの豪腕で善戦して勝利をするものの、進歩するMMA技術と自身のグラップリングテクニックの無さを突かれて連敗を重ね、総合で彼に期待するものはあまりいなくなっていた。そしてPRIDEが消滅してUFCに移籍したものの、彼がUFCヘビー級で何かできるなんて誰も思わなかった。試合に出て、たまにその豪腕で誰かをKOしてK-1やPRIDEのノスタルジーを感じさせてくれればいい、その程度の選手だった。デイナ社長は、彼には試合をしなくていい、試合をしなくてもファイトマネーは支払うから、そういった。
だがサモアンは戦いを望んだ。誰もがMMAでの彼に期待をしない中、彼は自ら戦いの舞台に踊り出た。UFCという大舞台で、彼は失いかけていた情熱を取り戻し、新たな夢に向かって走り出したのだ。
初戦、UFC127で得意のパンチでKO勝ちを収めると続くベン・ロズウェル戦で猛烈なスタミナ不足に陥り、泥仕合を繰り広げるも競り勝った。次のシーク・コンゴ戦ではレスリングでの明らかな向上を見せ、ハードパンチでタフなコンゴをKOに追い込んだ。
そして今回、若手成長株のストルーブとの対戦を組まれた。これが意味するのは、ハントにタイトル挑戦の可能性が見えてきたということだ。ここで勝てばサモアンは王者ケイン・ヴェラスケスとの対戦も見えてくるというところまで彼は上り詰めてきたのだ。彼は28歳から総合格闘技を始め、38歳にしてとうとうここまでたどり着いたのである。
OFGで真価を発揮するサモアンの怪腕
マーク・ハント最大の武器は周知のとおり、あのパンチだ。身長は180センチとヘビーではかなり低くリーチには欠けるものの、持ち前のタフネスで恐れず大きく踏み込むステップインと、体の中心に太い鉄の柱が入っているかのような強い体幹から繰り出されるパンチは凄まじい破壊力だ。
そして注目すべきは威力だけではなく、その正確性にある。ハントのパンチはかなり正確にナックルの部分で相手の急所を打ち抜いてくるのだ。だから数が当たらなくてもショートパンチが数発クリーンヒットすればもうダメージで体がうまく動かなくなってしまう。
なぜ彼がそこまで正確に狙えるかといえば、それは彼の打たれ強さが担保になっているのだ。ハントはとにかく顎が強く、少し打たれたくらいではビクともしない戦車のような頑強さを持っている。だから彼は打ち合いで相手が相当な強打の持ち主でも恐れずに飛び込めるし、打ち合いでも落ち着いて相手の動きを見ていられるのだ。これがスーパー・サモアン最大の武器である。
だから彼のスタンドは恐ろしいのだ。少しばかり削った程度では一発で全部ひっくり返されてしまうからだ。そして彼はただ顔面を打つだけではない。きちんと相手を見て打ち分けてくるのだ。今回もストルーブの様子を見て、打ち合いに来そうならヘビーなレッグキックでバランスを崩し、ピーカブーでとりあえず凌ごうとすれば雑に打たずにきちんと見てボディを狙った。この打ち分けや冷静さは彼の立ち技競技での経験が最大限活かされているところだろう。
そしてUFCではグローブがボクシングよりだいぶ薄いオープン・フィンガー・グローブだ。当たれば立ち技競技より遥かに倒れやすいしダメージもでかい。相手のガードもすり抜け易くなっている。きちんとナックルを返して点で打ちぬけるスーパー・サモアンのパンチがこれ以上ないくらいに活きてくる装備なのだ。
サモアの怪人、摩天楼を砕き折る左フックで大金星!
3R、お互いに一進一退の攻防を繰り広げた両者はとうとう消耗しつつ3Rに突入した。そして開始直後素晴らしいジャブでサモアンの顔面を捉えた摩天楼、しかしその時、サモアンは明らかに笑っていた。彼は打ち合いの中で、なにやら笑みのようなものを見せて顔に自信をちらつかせていたのだ。彼は間違いなく戦いを喜んでいた。そして自分の勝利の可能性を感じていたのだろう。その後何度か飛び込んでパンチを当てたハントは、最後には鬼のような形相で飛び込んで両足が宙に浮いたような状態での左フックで摩天楼を金網まで吹き飛ばして勝利した。
口から血の泡を吹いて金網に倒れこむ摩天楼。スーパー・サモアンの胸には返り血が飛び散っていた。彼は手ごたえがあったのだろう。追撃もせずにスタスタと勝利を確信して歩き去ろうとした。しかし審判に促されて渋々殴りに行こうとするあたり、彼には戦士としての猛々しさとともに過剰に痛めつけようとしないスポーツマンシップも感じられた。
試合後、ストルーブはデイナにいい治療を受けられるようにツイッターで懇願した。恐らく彼もただならぬ怪我をしたことはすぐに理解したのだろう。その後に一枚のレントゲン写真をアップした。
おわかりいただけただろうか。ハントの左フックを受けた右顎のところに、縦に入る黒い亀裂が。そう、あの怪人渾身の一撃で、なんとストルーブの顎は完全に叩き割られてしまったのだ!
打たれた直後に意識があったストルーブは折れた歯を口から取り出してもらおうとレフェリーを呼んだが、その様子を見てハーブ・ディーンは試合をすぐさま止めた。それに対して不服そうな素振りのストルーブだったが、あそこで止めなかったら取り返しがつかないことになっていた可能性もあるだろう。これはレフェリーの好判断である。
スーパー・サモアンは再び王者の夢を見る
彼は誰もが終わったと思っていた。ここから伸びることなど不可能だ、なぜならそれが当たり前だから、と思い込んでいた。だが、南国の戦士の種族をちっぽけな常識で考えること自体馬鹿げていたのかもしれない。彼はそんなつまらない考えに縛られるような男ではないのだ。
もう歳だから、怪我をしたから、遅くから競技を始めたから、才能が無いから。こんなつまらない言い訳は、南半球の熱い大地に吹く風に運ばれて遥か太平洋にまで飛ばされてしまうのだろう。ハントは28歳のときにようやく総合格闘技を学び始めた。UFCには2年前から上がりだし、膝の靭帯を怪我して大手術を行い、1年間もブランクがあった。その復帰戦相手にこのような強豪を当てられたのだ。言い訳をしようと思えばいくらでもできるだろう。試合前に予防線だって張れたはずだ。だが、ハントは何も語らなかった。というよりも怪我をしたことは完全に無かったことにされていた。何一つ語らずに金網に入り、誰もが予想もしていない進化を遂げて見事にその手で勝利を奪い取ったのだ。もはや自分の胸には敬意と愛情しかない。彼は誰もが認める最高の戦士だった。
彼はまた当然のように必要な努力をしていた。足りないものを補うためにATTやジャクソンズに出稽古に赴いてレスリングやグラップリングを学び、また先日アリスターをKOした柔術家アントニオ・シウバに打撃を教えるかわりに柔術を学んだりと、最先端の技術も積極的に吸収し、一流のファイターたちと研鑽を積んでいたのだ。彼の勝利は決して運や偶然などではない。己の弱点を把握し、克服するための最短距離を走ってきたのだ。
戦士は勝つために当たり前のことをする。つまらない面子や過去の栄光に縋り、敗北を恐れて試合を避けるような恥ずべき真似をしない戦士の生き方には、我々全てが学ぶべき戦いの哲学がある。人は何かを言い訳にしたときに歩みを止め、進化を放棄してしまうのだろう。ただ己を見つめ、頂点だけを目指して戦いを続ける誇り高き戦士の背中は、遥か南の褐色の大地に聳え立つ一枚岩のように分厚く雄大である。その背中は我々人間の卑小さを恥じ入らせ、生きる勇気を与えてくれるエネルギーに溢れている。
「スーパー・サモアン」マーク・ハント。雄大な土地が育んだ偉大なる戦士は、人間の限界を超えてこれからも戦い続ける。
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