以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
試合結果はこちら
画像はUFC© 161 Event Photo Gallery | UFC ® - Mediaより
ライトヘビー級 5分3R
WIN ラシャド・エヴァンス vs ダン・ヘンダーソン
(スプリット・デシジョンによる判定勝利)
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「シュガー」、窮地に追い込まれた一戦
「シュガー」・ラシャド・エヴァンス、彼はこの日崖っぷちに追いこまれていた。彼にはもう後が無かった。ここ2戦で2敗という、あまりにも苦い成績がシュガーに刻まれていたからだ。
そして直近の試合はひどくしょっぱいものだった。勝てると思われていたアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラにボクシングで差をつけられてまさかの判定負けを喫したのだ。決してそこまでの差があったわけではない。ただ、ここぞというところで彼は臆してずるずると差をつけられていったのだ。試合中の彼はひどく迷っているように見えた。現ライトヘビー級王者であり元友人でもあったジョン・「ボーンズ」・ジョーンズに敗れたことで、彼の中で戦いに対する情熱のようなものが消えうせ、自分の為すべきこと、進むべき道を見失ったように自分の目には映った。もし彼があの日のシュガーのままでダン・「ヘンド」・ヘンダーソンに挑戦したならば、ヘンドの大鉈の右拳で首を飛ばされ、二度とボーンズに挑戦する機会はなかったかもしれない。ここがシュガーにとって、タイトル争いに残るための土壇場だった。
美しき筋肉の鎧、躍動する四肢
果たしてシュガーは死地に帰還した、これまで以上に素晴らしいシェイプを引っさげてだ。恐らく過去最高の体の出来だろう。
背は高くないものの、すらりと長い四肢にはコブのように激しく隆起した筋肉が付いている。腹部や胸はギリギリと絞り込まれ、ゴツゴツとしていながら決して付けすぎてはいない。特に素晴らしいのは肩回りと臀部で、肩回りはまるで甲冑を着込んでいるかのようで、シルエットだけならばアメリカン・フットボールの選手だ。また臀部はがっしりと分厚い筋肉が付いており、強靭でバネのあることが容易に察せられる。また足首に装着したサポーターも非常に似合っており、その風情はSF映画に出てくる近未来の戦士のようだ。このシェイプが全てを物語っていた。シュガーは取り戻したのだ、戦士の矜持を、戦いへのモチベーションを。美しき筋肉の鎧を纏ったシュガーは猛獣のように地に伏せてヘンドを見据える、そして戦いの幕が開けた。
徹底した「Hendo」対策、拮抗するMMAレスリングとその成果
シュガーの戦略はシンプルだった。まず最優先とされていたのは、「ヘンド」の代名詞である右拳による壊滅的な一撃の防御だ。
ヘンドの右拳はこれまで数多の戦士のアゴを砕き、脳髄を揺さぶり、彼岸への短期旅行をプレゼントしてきた。特に有名なのはマイケル・ビスピンとの一戦だろう。彼は右拳でビスピンのアゴを吹き飛ばし、仰向けに倒れるビスピンに対して空高く飛び上がると、もはや意識があの世に行っているビスピンの無防備な顔面に無慈悲な肘を叩き落したのだ。あまりの惨さに世界中でGIFが作られ、とうとう海外の辞書には「Hendo」という動詞まで登場した。相手を右の拳で殴りつけてノックアウトし、弱りきった体に肘を落とすという意味だ。例文としては「I'm going to Hendoyou!」のように使う。今回もヘンドはHendoする気満々だ。
シュガーが旅行好きかどうかは知らないが、どうもあの世への短期滞在をする気はなかったらしい。ヘンドが近づき射程に入ると、すかさず左のガードを上げて後ろに大きく下がる。その反応速度は素晴らしく、またかなりの距離を空けるまで下がっており、相当な対策をしてきたことが窺えた。
またガードの仕方もただテンプル周辺を覆うだけでなく、手を前に出してオーバーハンドを早い段階で防ぐディフェンスだ。これはオーバーハンドを防ぐ際に最も的確なディフェンスだ。肘を畳んだ頭部周辺を覆うガードでは、オープン・フィンガー・グローブの場合すり抜けてヒットしてしまう場合があるからだ。ナックルで当たらなくても、手首などが首や側頭部にヒットすると倒れてしまう。だから前に出してその腕を内から払うようなガードが正解なのだ。空手の受けといったほうが的確だろうか。
そしてもう一つ特筆すべきはエヴァンスの左ジャブだろう。キレのあるフィジカルから繰り出される左ジャブが、この試合で一つの大きな鍵となっていた。それはこの技が、攻撃であると同時に防御として最大限機能していたからだ。
ヘンドのオーバーハンドには必ずその前段階となる動作がある。それは触手のように伸ばした左手で、相手の体に触れることだ。彼はその触手で相手との距離を計り、位置を把握すると同時に、
警戒した相手がガードして下がることを望んでいるのだ。そして中途半端に下がったところが、彼の最も大好きな処刑場となる。だからこそ、ヘンドの対策としてガードを上げて後ろに少し下がるというのは、完全な間違いなのだ。逃げ道にこそ罠が仕掛けられている。
今回のシュガーはそこが違った。恐らく今までのシュガーならばただダラダラと下がるだけだったろう。しかし、この試合でシュガーは、ヘンドが左手を伸ばしてステップインしたところに合わせて左ジャブを打ち込んだのだ。これが効いた。これで強かに顔面を打たれると、慎重なヘンドは用意していた右拳を中止することが非常に多かった。彼は次の矢を恐れてディフェンスを優先したのだ。もちろん距離が合わないときには下がっての回避もしていたが、これが無ければもっと押し込まれていた可能性は高かっただろう。
これを実行するのはそう簡単ではない。あのヘンドの前進を見て、一歩前に出る勇気などまず出やしない。だれがギロチンの落ちる刃を潜ろうなどと思うだろうか?これだけでも、今回のエヴァンスは評価に値するだろう。
またこのジャブを差し込むときにはきちんと頭の位置を変えており、「ラシャド・エヴァンス症候群」とも揶揄される棒立ちでのオフェンスはこのジャブではきちんと修正されていたのも評価できる点だろう。ワンパターンすぎるヘッドムーブではあったが、それでも被弾のリスクはそれなりに軽減されていたと思う。
そして、シュガーがジャブに加えてオフェンスとして選択したのがクリンチの攻防とテイクダウンだ。
シュガーとヘンド、彼らは二人ともレスリング・エリートである。シュガーは特にダブル・レッグをはじめとしたテイクダウンに秀で、ヘンドはクリンチに秀でている選手だ。このヘンドを相手に、シュガーは果敢にクリンチし、テイクダウンを狙い続けた。結果的にこの戦略は功を奏した。テイクダウンはトータルで8回のトライ中成功は0回だったし、クリンチでの打撃はヘンドのほうがより巧かった。だが、それでもこの作戦は功を奏したと断言できる。それは、ここに成功失敗ではカウントできない要素があるからだ。
それはスタミナだ。ダン・ヘンダーソンが今回負けた原因はスタミナ切れに起因するものだ。そしてそれを誘発したのは、間違いなくエヴァンスがしつこく仕掛けたMMAレスリングによるものだった。フィジカルとスピードで相当な差があっただけでなく、ヘンドはもう42歳と高齢だ。レスリング技術で拮抗した者同士が組み合えば、差がつくのは若さと肉体の強さによってなのだ。
ヘンドは2Rからすでに動きが緩慢になり、手数がみるみる減って徐々にシュガーのハイスピードに振り切られるようになりはじめた。そこにシュガーは速いジャブ、ストレートを叩き込み、さらにクリンチを仕掛けて離れ際に打撃を狙い、どんどんと回転とスピードをあげはじめた。ヘンドはシュガーのテイクダウンを切るたびに、クリンチでポジション争いをするたびに、ごっそりとスタミナを失っていった。そして3R、スタミナが減ってディフェンスやフットワークが散漫になったところでシュガーのスピーディなラッシュが炸裂し、とうとうあのヘンドの腰が一瞬砕けて落ちかけたのだ。スタミナ切れを引き起こしたことで、シュガーは辛くも2,3Rを取って勝利することができた。
辛い勝利、後味に残る「不愉快な甘さ」
試合はスプリットによる判定での勝利だった。その判定はかなりの僅差であり、正直完勝と呼ぶには程遠いものだっただろう。それでもエヴァンスは、勝利が告げられると顔面をくしゃくしゃにして喜びを爆発させた。彼は3連敗の恐怖から解放され、王座挑戦の可能性を何とか残したのだ。その気持ちは痛いほどにわかった。
だが彼の子供のように無邪気な笑顔を見ても、自分は彼への不満を拭い去ることは出来なかった。指が彼への辛らつな意見を無意識に綴っては慌ててバックスペースを押す。しかしどうやらもう止める事はできそうにない。シュガーにタバスコをぶっかけることにしたいと思う。
まず、彼の打撃における消極性と手数の少なさだ。統計を見ても明らかなように、この試合は両者ともに手数が少ない。そして勝利したシュガーのほうがわずかに有効打で劣っているのだ。あれだけジャブにおいてアドバンテージがあるならば、もっと削って行かなければいけない。特に3Rにおいてヘンドはすでにガス欠で相当鈍っており、対するシュガーはほとんど運動量が変わらず、ばてている様子も見えないのだからあそこでもっと仕掛けるべきだったろう。ダウンを奪ったあのラッシュを、あと数度トライできたはずだ。
次に攻撃手段の乏しさだ。引き出しをあけてみたらジャブとストレート、それに顎を上げた状態での無防備なフックだけではあまりにもお粗末すぎる。ジャブとストレートはそれぞれ単発ではいいものの、ラッシュにおいてはあまり巧く使えていないように見える。ラッシュでは途端にフックに切り替わり、キレイなワンツーが鳴りを潜めてしまう。やはり精神的に慌てやすく、力みやすいのだろうと思う。あれだけ素晴らしいストレートを打てるのだ、あのラッシュ時でこそこの打撃を奇麗に打ち込めばもっとKOを生み出すことができるだろう。
またラッシュ時には上体が起きた昔のような棒立ちに戻っており、もしヘンドが打ち返して来たならばリョート・マチダ戦のように被弾して崩れ落ちていたかもしれない。ガードも下がっていた。やはり少し慌てるとすぐに「ラシャド・エヴァンス症候群」が再発してしまうように見える。ここを改善しなければ、ストライキングが巧い選手を相手にしたときにまたしても最大のウィークポイントになってしまうだろう。
削りで勝ちたいのなら、どんなレスリング・エリート相手にもタックルを成功させたいのなら、シュガーに必須なのはローキックとボディ・ショットだ。ましてやクリンチで押し込んで削るならばなおさらだ。この試合、もしボディ・ショットを多用していたならばヘンドをタックルで倒すことは可能だっただろう。ボディを打たれればスタミナは切れ、下半身に力が入らなくなってくるからだ。
最後に、やはりまだ心配されるのが精神的な「甘さ」だ。試合は塩辛く、心が甘いのでは本末転倒だろう。試合中に幾度と無くその甘さ、弱さが見て取れた。
一つはヘンドに左ジャブを合わされたときだ。1Rに左ジャブを差し込んだところに、読んだヘンドが同撃の左ジャブを打ち込んだ。タイミングよく貰ったシュガーはバランスを崩して尻餅を付いたが、このときのシュガーの顔にはありありと焦りの色が浮かび、見るからに浮き足立ってガチャガチャと動き出した。これを効いたと判断したヘンドは無理にラッシュを仕掛けた。さしてダメージの無いシュガーはなんとか逃げ切り1Rを終えることができた。結果的に、判断ミスをしたヘンドが自爆の形で
スタミナを大きくロスしたことでシュガーには大きくプラスとなったが、それは偶然の産物に過ぎない。もしこれをヘンドのラッシュを誘う演技でやったというのならば、今すぐアカデミー主演男優賞を貰えるだろう。
もう一つはやはり3Rのラッシュ後だ。もちろんあそこで深追いしないのは間違いなく正解だ。ただ、そのあとにもう少しアグレッシブに仕掛けていくべきだった。金網に押し付けて様子をみる時間が長すぎる。優勢に運んでいるから、下手に攻めて反撃を受けて逆転されたくない、そういう恐怖心からの行動なのは明らかだ。先日ダニエル・コーミエがフランク・ミア戦で同じ動きを見せていたが、あれもやはり相手に反撃されたくないが故の行動だろう。
5Rであれば問題ないが、3Rでポイントが競っているときにはかなりリスキーだ。また金網際での打撃はヘンドのほうに一日の長があり、頭を押し付けるシュガーの癖を見抜くやエルボーに切り替えて顔面を裂きに来るなどさすがの精神力を見せていた。シュガーに必要なのはあのメンタルだ。もっと相手を傷つけ、相手を徹底的に弱らせる、そのためにはあらゆる手段を用いて痛めつけるんだという意識が弱すぎるように思う。これはコンバット・スポーツだ、相手を傷つけることにためらうならば、最初から金網に入るべきではないだろう。
少し苦言が長くなったが、これは期待するが故でもある。素晴らしいフィジカルをつくり、ヘンドを相手に最後までゲームプランを遂行できたのだから十分な進歩だと思うし、上出来なほうだろう。それでも、あれだけの素質があるならばもっとやれるのでは、と思ってしまう。シュガーは頭もいいしフィジカルも素晴らしいが、ここぞで慌てるメンタルはいまだに改善されておらず、攻め手も甘く単調なままだ。シュガーのようなタイプは、フィニッシュを狙うのではなく、相手の息の根を完全に止めるという意識で試合をするくらいでちょうどいいのかもしれない。
試合後にエヴァンスはミドル級に落とす気はないと明言した。しかし今日の試合を見ても、やはりジョーンズに勝つためのツールは何も無いように思う。しかし、ミドルではフィジカルでのアドバンテージを活かしてフィニッシュできることが増えるように見える。可能であれば、ミドルに落としたほうがより素晴らしいシュガーを見られると思うだけに残念な判断だ。
もっとアグレッシブに、もっと冷静に、もっと創造的に。シュガーの試合が甘くなる日はまだ遠そうだ。
百戦錬磨の無頼の戦士、時の流れに敗れる
ヘンドが腰に手を当てて胸を上下させ喘いでいる。3R開始前だ。その目は辺りを見回し、まるで打開策を必死に捜し求めるかのようだ。彼はまだ諦めていなかった。しかし、どんなに探しても、どんなに考えても、肉体の衰えを補う方法はケージの中には落ちていなかった。ダン・「ヘンド」・ヘンダーソン、42歳の彼はこの日、ケージの中で若き王者ジョン・ジョーンズへの挑戦権を勝ち取るために戦っていた。
ダン・ヘンダーソンに寄る年波、寄る「シュガー」
周知の通り、ヘンドは右拳だけでなく、その高齢でもまた有名な選手だ。現在42歳とMMAファイターとしては非常に高く、そしてそれでもなおタイトル挑戦権を賭けて争えるだけの実力を持つ異例の存在でもある。そしてそれが可能な最大の理由は、長年の経験により培われた試合運びの巧さ、ペース配分の巧さなのだ。そしてそのペース配分の要となるのが、彼のワンパンチKOのプレッシャーと、相手のスタミナを削りつくすクリンチをはじめとしたレスリングの技術だ。
彼はその一撃KOの印象からKO狙いの選手と思われがちだが、彼の基本戦略は判定勝利に置かれている。フルラウンドを戦って、自分が有利に試合を運んで勝つことが基本にある。これはまさにレスラーならではの思考だろう。KOはその土台の上に成り立っている。これは当然だ。相手を弱らせ、常に自分が優位に立ち続けてこそ、初めてKOの可能性は生まれるのだ。最初からフィニッシュばかりを狙えば隙が生まれ、結果的に地面に転がるのは自分となってしまうのだ。
そのために彼は中盤で特にクリンチを狙う。金網に押し込み、クリンチでの膝、アッパーをしつこく打ち込み、隙が生まれたところで脇を差してテイクダウンし、上からパウンドでしつこく削る。これで相手のスタミナを根こそぎ奪い、相手が弱ったところで彼の右拳が火を噴くのだ。この戦略は弟子であるチェール・ソネンにも受け継がれた。今でもレスラーのスタンダードとなっているやり方だ。
だが、フィジカルと年齢で勝り、さらにレスリング技術が互角の相手が現れたならば、果たしてどうなるだろうか?ましてや徹底的に得意の右拳を封じてくる相手ならば?スタミナを奪われるのは、一体どちらになるのだろうか?
チェール・ソネンは語る。自分の最初の攻撃が成功しなければ、それはすなわちレスリングの出来る相手と戦っているのだと。同じことが師匠のヘンドにも言えるだろう。彼はこの試合、最初から最後まで結局オーバーハンドの一発を狙うことしかしなかった。明らかにスタンドでの勝負を望んでいた。つまり、彼はレスリングを自分から仕掛けることは不利と判断していたのだ。彼は間違いなくレスリングの出来る相手と戦っていた。
彼は確かにクリンチで素晴らしい打撃を出した。下から膝を打ち、アッパーを叩き込み、そして2Rには丸太のような腕を畳んでのエルボーを打ち込んでシュガーの目じりを切り裂いた。しかしこれらの際、金網を背負っていたのはヘンドだ。彼は、クリンチでのポジション争いでは圧倒的にシュガーに敗れていたのだ。だからこそシュガーはしつこくしつこくヘンドににじり寄り、金網に押し付けてきたのだ。彼は自分がそこで勝っていることをわかっていたからだ。この試合、寄る年波とシュガーによってヘンドは敗れたのだ。
ヘンドはスタンドで一発を狙いたがっていた。そしてなるべく早く相手をKOしようとしていた。恐らくヘンド自身、長引けばスタミナが足りなくなることを知っていた。彼がどんなにソロバンを弾いて計算しなおしても、判定で勝つのはかなり難しいという答えしか出なかったのだろう。その考えが1R、シュガーのダメージを読み損ねての無理なラッシュにつながり、そして彼は皮肉にも一気に貴重なガスを消耗することになった。ヘンドは、2R開始時にすでに口が開いていた。
「ヘンド流拳闘術」の可能性と限界
この試合でも、ヘンドは年齢からすれば想像以上によくやった。特に賞賛すべきは引き出しの多さとその創造性だ。
ヘンドの打撃は非常に個性的だ。首を肉体に埋めて守るような独特の構えに、左足を上げて後ろ重心の状態で左手を突き出して相手を押さえ、そこから一気に前に重心を移して渾身の打撃を叩き込むスタイルは、ヘンド流拳闘術とも言うべきものだ。
また彼は決してただのワンパンチ狙いではない。不恰好ながら威力のあるローキックや、接近戦での鋭いアッパー、そして必要とあらばレッグ・ダイブやクリンチ、ミドルも混ぜる。今回使ったようなえげつないエルボーも繰り出してくる。相手の裏をかき、ディフェンスを散らしてガードをこじ開け、一撃を叩き込むためにあらゆる手を使う、乱戦に非常に強い選手なのだ。その様はスポーツというより喧嘩のようだ。何が何でも相手を打ち倒す執念とずる賢さに溢れている。それは、勝ちこそ全て、勝ってこそ意味があるということを魂に刻み込まれたアスリートの本質だ。どんなに無様だろうが、汚かろうが、判定だろうがKOだろうが、相手よりもわずかでも上回れば勝ちであり、勝てばそれが正しいことなのだ。腕一本で生きて来たヘンドにとって、勝つことは生きることであり、負けることは死ぬことに等しいのだろう。彼の気迫や試合での怖さは、ここから生まれているのだと思う。
そんな彼の戦い方は、能力的に上の相手でも動揺させ、隙を作り出して倒してしまう可能性があるものだ。そしてそれを可能にするのが彼の類稀なメンタルの強さであり、その精神力によってこれまで数々の名勝負を繰り広げてきた。この試合でもその拳闘術はかなりよく機能していたほうだろう。対策をされてしまったオーバーハンドも無理やりねじ込み、ダウンを奪えないものの痛烈なダメージを与えていたのは間違いない。
しかし、この戦い方が意味するものは基礎的技術の無さでもある。洗練された技術の前に、脆く敗れさる可能性があるのもまた我流の特徴だ。
単純なフットワークやストレート系の打撃では、ヘンドは決してそこまで巧くない。特にフットワークは加齢と相まってかなり悪く、最初のステップインはいいもののバックステップをされるとリーチも短いためまず追い込めない。レスリングが機能すれば押し込んで当てることが出来るが、差しあいで五分だと結局ここで負けてしまう。今回のエヴァンスと先のリョートは、どちらも同じ負け方だったように思う。クリンチが機能しない場合、足を使われると距離を潰す術を失ってヘンドは一発狙いしかなくなるのだ。そしてスタミナでずるずると差をつけられて僅差で敗れてしまう。もし数年前ならば、恐らくヘンドはギリギリ競り勝てていたのではないかと思う。この僅かな差こそ、加齢による衰えが影響したものではないだろうか。
ヘンドはMMA界の生き字引であり、また貴重なスタイルの持ち主として今もその魅力は衰えていない。しかし肉体は無情にも確実に衰えている。そしてもうひとつ、恐らく彼の肉体を支えていたであろうテストステロン補充療法は今かなり風当たりが強くなっており、完全に禁止となればヘンドに現役続行の選択肢は恐らくなくなってしまうだろう。これで2連敗となったヘンドは果たして引退までにボーンズの王座にたどり着くことができるのか?この敗北で、いよいよ彼はタイトル挑戦権を賭けた争いから脱落する可能性が高くなってきた。彼は42歳にして、最大の危機を迎えようとしている。
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