2013年10月23日水曜日

UFC166 感想と分析part2 コーミエvsネルソン

UFC166の感想と分析の続きです。
以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (R-L) Daniel Cormier punches Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

ヘビー級 5分3R
WIN ダニエル・コーミエ vs ロイ・ネルソン
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利)
Fight metricによる試合データはこちら

殴れない豚はただの豚だ

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  Roy 'Big Country' Nelson warms up in the Octagon before facing Daniel Cormier (not pictured) in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

ジブリアニメの中でも、私は紅の豚はかなり好きだ。宮崎駿という人は、嫌々作ったビジネスライクな作品のほうが素晴らしい傾向にあると思う。そしてその映画にはこんな名言がある。豚となってしまった超一流の飛行艇乗り、マルコの「飛べない豚はただの豚だ」というセリフだ。何かに秀でている芸があるからこそ、存在価値のある豚として認められもする。彼が飛べないただの豚なら可愛く健気な少女に思いを寄せられることも、素敵なマダムに待ち続けてもらうこともできないだろう。そしてテキサスはヒューストンでケージの中に入った豚は、女たちには見向きもされず、秘密警察に破廉恥な豚である罪でとっつかまって豚箱にぶち込まれる方の豚だった。ロイ・「ビッグカントリー」・ネルソン、彼は誰かの顔面をしたたかに殴りつけるという芸を取り上げられた、ただの豚と化していた。

私は胸が高鳴っていた。痩せたロイ・ネルソンのパフォーマンスが見られると思ったからだ。計量で見せた彼の腹はすっかりとスリムになり、そしてわずかに腹筋らしい隆起が出ていた。リビングで飯を食いながら練習していた男が、とうとう本気になってくれたのか。コーチ不在、パートナー不在の危機的状況が、彼を本気にさせてくれたのだ。私は大いに期待した。その期待度の表れとして、週に3本ほどが限界の翻訳記事中、メレンデスやシガーノを差し置いてわざわざ2本を選択して試合直前に紹介した。みんなにもこのワクワクを感じてもらいたい、そう思ってかなりロイ・ネルソンに肩入れしたコメントを記した。少し毒を交えた文章も書いて、私はすっかりご機嫌だった。

今、あの時間を返してもらいたいと心から思う。試合を見終わった後、記事削除のチェックボックスを二度クリックした。削除を押さなかったのは自分の努力を無にしたくなかったからというだけだ。私は今ここに、天下一デ武道会と表記したことをすべての読者に謝罪したい。「DC」ダニエル・コーミエはデブではないし、「ビッグ・カントリー」ロイ・ネルソンはまごうことなきクソデブだったからだ。

私はデブは才能だと思っている。私自身が太りにくい体質だからだ。食べても中々に吸収せず、体に貯蓄することを体が拒む。たぶん明日世界的な食糧危機に陥ったら私は誰よりも早く口減らしに貢献することだろう。だから太るというのも才能だし、太れるというのはそれだけトレーニングをして筋肉をつけやすいということでもある。だから太れるというのは格闘家にとっていいことだ。

だが、わずか一日で逆三角形から妊婦のような腹になる人間がこの世にはいるらしい。デブの天才、ナチュラル・ボーン・ファッティとでもいおうか。ビッグ・カントリー、彼は試合当日、いつも通りのふざけた体型をして出てきた。前はかわいらしく思っていたこの腹も、もはやすっかり憎らしい。何をどうすればこんな芸ができる?もう格闘技をやめて「一日ですごい太れる人」として飯を食っていけるのではないか?それともアメリカでは常識なのだろうか。膵臓に深刻な脆弱性を抱える血統の私には、たぶん火星人の常識のほうがずっと理解できるだろう。それとも彼は計量の時だけ腹に力を入れてひっこめていたのか?そんな身体測定時の乙女のような真似をして、観客にハッタリをかましていたのだろうか。それならば私は、今日からデイナ・ホワイトを超えるロイ・ネルソン・ヘイターとなるだろう。

この現象には見覚えがあることを、私は彼らのテール・オブ・ザ・テープを眺めながらふと思い出していた。ハワイ出身の天才、UFCレジェンドのBJ・ペンが引退宣言を撤回して復帰したときのことだ。BJ・ペンは練習嫌いで有名で、そしてシェイプが出来ないことは世間に広く知られていた。彼がもっと絞り込んでアスリートらしい体になれば、それはどれほど強いだろうか。世界中のMMAファンが常にそう思っていた。そんな彼は、ウェルター級に階級を上げて若手の有望株、ローリー・マクドナルドと対戦することになった。引退宣言撤回後ということもあって、彼は珍しくやる気を見せた。そして試合2週間前、なんとシェイプしてカットの出た素晴らしい体型を披露したのだ。私は彼のわがままボディがシェイプされたことに喜び、勢い余ってUFCでの試合を控えた日本のわがままボディ代表を遠まわしにディスりまでした。

だが試合当日、天才はあの動画が幻であったかのようにいつもの丸味のある体型で登場し、そして目も当てられないほどに殴られた。そのまま彼は再び戦場から遠ざかった。私はやり場のない怒りを抱えながら感想記事を書いていた。

彼らがどれだけ計量前にシェイプしても懲りずに太り散らかしてケージに足を踏み入れるように、私もまた懲りずにデブが痩せるたびに浮かれて記事を書いていることに気づいて愕然とした。私の知らない私の欠点が、ロイ・ネルソンのデブの才能によって浮き彫りにされたのだ。日本の某選手がシェイプに成功したら、たぶん同じ記事を書くだろう。私はデブが痩せる現象に弱いのだ。太った女性が痩せたら綺麗になるに違いないと盲信するタイプであることは間違いない。

レスリング・エリート最大の武器、それはアスリートの肉体

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (R-L) Daniel Cormier punches Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

圧倒的な機動力の差だった。私はもう少しネルソンのパンチが届くと思ったが、コーミエの機動力は私の想像を遥かに超えるものだった。そしてそれは、全ては彼らの作りこんだフィジカルの差だ。 ネルソンはいつものように相手を鋭く見据え、一撃で倒せる隙を伺い続ける。対するコーミエは足を使ってケージの中を自在に動き回り、常にネルソンの間合いの外に陣取った。

コーミエの肉体は決して太っているわけではない。背が低くずんぐりして、カットが出ていないだけのことだ。彼のはち切れんばかりの肩回り、そして異常に隆起した臀部こそが、彼が人生を賭けて五輪を目指した証だろう。その体のキレこそアスリートの肉体であり、旧時代のファイターであるネルソンとの違いはその部分だ。

ロイ・ネルソンは間合いの外にいるコーミエのところまで追いかける足がない。彼が前に出ようとすれば、気配を察したコーミエはさっさと外に逃げてしまうからだ。そして少し踏み込みすぎれば一瞬で視界から消え失せ、腰の下に潜り込んで足を取りに来る。この辺りの動きはヘビー級王者ケイン・ヴェラスケスとまったく同じ動きだ。ロイ・ネルソンはパンチを振るう距離に入ることを許されなかった。

そしてネルソンが致命的なダメージを負ったのが、コーミエのタイクリンチからの膝だ。1R、ケージ際でタイクリンチに捕まったネルソンは、顔面を気にするあまりにがら空きになったまんまるのどてっ腹に強烈な膝蹴りを叩き込まれた。きちんと腰を引いてからの万全な一撃は、ネルソンの自慢の腹深くに突き刺さった。ネルソンが必死で腕を振り回すのを無視してさらに一撃、もう一撃と当てていく。ネルソンはローブローをアピールして休憩を取った。事実最後のはローブローだ。しかしこれはネルソンに深刻なダメージを与えていた。彼がパンチを被弾し始めるのはここからだ。

その後2Rにも同じ膝を叩き込まれると、いよいよネルソンの口が開いて前傾姿勢になり始めた。元々怪しいスタミナが、この膝でガスタンクを破壊されて空っぽになったのだ。コーミエの素早い動きにまったく反応できなくなってしまった。

幸いにもコーミエ自身が少し疲れたこともあり、あまり深追いしてこないおかげでKO負けこそなかったものの、ロイ・ネルソンはコーミエに完全に支配された試合だった。勝機らしいものがまったくなかった、完敗といえる内容だろう。

ロイ・ネルソンの課題と今後の展開

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (R-L) Daniel Cormier punches Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

このままではただの悪口になってしまうので、きちんとした分析もしていきたい。

まず、ロイ・ネルソンの最大の課題はフィジカルだ。もう言うまでもないだろう。ケイン・ヴェラスケスやジュニオール・ドス・サントス、ダニエル・コーミエ、そしてスティペ・ミオシッチなどのアスリートの肉体を持つ選手が上位にいる以上、今のネルソンの体ではこれ以上は無理だろう。下位とやってKOし、そして上位と当たるたびにフィジカル差で敗北するのを繰り返すだけだ。そうしている間に彼のキャリアは終わりを迎えるだろう。しかも彼はもう37歳だ、それこそ血のにじむ努力なしには上位に食い込むフィジカルを作ることは難しいだろう。

そして今回、確かに計量時よりも腹が出ていたがここ最近では悪くはなかった。正直不甲斐なさに腹を立てたから大げさに言った部分はある。ボディを打たれなければもう少しスタミナも持っただろう。動き自体は全体的によくなっていたと思う。しかしその程度ではまったく足りない。特に現王者の運動量を見てしまえば、本気でトップを狙うならばその改善度は誤差にすらならない計測不能のレベルだ。

今回彼は最悪のキャンプだったと言った。本当はもっと作りこむ予定だったのだが、本当にキャンプが最悪だったからうまくいかなかったのだろうか?いや、もう期待するのはやめておこう。今後はデブは痩せないという前提で考えることにしようと思う。

パンチは技術以前にフットワークで差がありすぎて間合いに入れなかったので判断しようがないところがある。だが随所で狙うパンチ自体はそれなりに厭らしい面白いものが多かっただろう。

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (L-R) Daniel Cormier punches Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

そしてネルソンが善戦したのがTDディフェンスとグラウンドだ。特にTDディフェンスでのバランスはかなり優れており、決して寝かされたままずるずると行くようなことはなかった。レスリング・エリートを相手にあそこまで抵抗できれば上出来というところだろう。バックを取られて腕を狙って外しに行くところなども、さすがの試合巧者と言える。

だがネルソンが特に弱いのがクリンチ、それもタイクリンチだ。彼はタイクリンチの際にそれを解くよりも先にガードを選択する傾向にある。理由はよくわからないが、それは癖なのかもしれない。思い返せば彼は大抵の選手に頭を抱えての膝を打たれていなかっただろうか。ファブリシオ・ヴェウドゥム、スティペ・ミオシッチ、フランク・ミア、ジュニオール・ドス・サントス、彼らとの試合でもやられていたように思う。単純にヘビーでは小柄なせいだと思っていたが、ネルソンよりも小柄なDCにすらやられるのなら、彼はあの組みが苦手なのかもしれない。今回彼が決定的な打撃をもらったのもこのタイクリンチからだった。

ロイ・ネルソンはTDディフェンスや柔術に優れ、そしてやはり試合勘のようなものは優れていると思う。パンチは今も巧いままだ。ただ、高齢になるにしたがってフィジカルの作りこみは比例して重要度を増していく。徹底した食事管理や習慣の改善なくしてフィジカル強化はできない。もしUFCでタイトルが欲しいのならやるべきことをやらねばならないだろう。

海外の記事では、ゲートキーパーになるくらいならチームメイトがいるベラトールに移籍して王者を目指すのもいいだろう、という論説があった。なるほど、彼の実力ならばそれも可能だろう。UFCでこれからも雑魚狩りとサンドバッグを繰り返すくらいなら、その選択肢も悪くないかもしれない。彼が一発KOしたせいで解雇されたチェック・コンゴもいる。デイナ・ホワイトとの関係も悪化の一途を辿っており、鶏口牛後というのはネルソンの気性にもあうだろう。

どのみちネルソンがUFCでトップを目指すなら、それこそ豚が人間に戻るような変化が必要になる。呪いを解いて鍛え上げたアスリートにならない限り、彼がタイトルにたどり着く可能性は皆無だ。DCの戦前予想は外れて顎はまだ有効期限が持ちそうだが、それでも少しぐらついていた。そんなに持たないかもしれない。彼はこれから時間との熾烈な戦いをすることになるだろう。そしてその戦いのさなかに、好き放題にチキンを食って髭を油まみれにする暇はない。殴れない豚は、ただの豚なのだ。

良くも悪くもレスリング・エリート、「DC」のスマートな戦術

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  Daniel Cormier enters the Octagon before facing Roy Nelson (not pictured) in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

対する「DC」ダニエル・コーミエは前回よりもずっといい動きだった。とてもリラックスして試合に臨めたようだ。やはり現王者との練習が彼に相当な自信を与えてもいるのだろう。

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (R-L) Daniel Cormier takes down Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

やはり特筆すべきは先述の通り彼のフィジカルだ。開始早々、パンチに来たネルソンの腰に素早く組み付くとあっさりとTDしたのはさすがと言ったところだ。右足に彫られた五輪のタトゥーが輝かしい。転がしたことよりも、その屈みこむ動作の速さが何よりも感心した点だ。王者同様、その体のキレはこれまでのヘビー級では見ることのなかったアスリートの肉体だ。

スタンドでも素晴らしいフットワークだった。まるで軽量級のように軽い足取りでサークリングし、そしてネルソンが踏み込んだらすぐさまケージ際まで逃げてしまう。そして考えあぐねるネルソンを見るや遠目から一気にステップインしてパンチをまとめ、そのままの勢いでタックルに持ち込んで反撃を封じてしまう。この戦法は王者がジュニオール・ドス・サントスにやったパンチ封じの必勝法だ。彼らはこの戦法を極めつつある。

そして金網でのクリンチもまた王者同様強かった。金網を背負わせて相手の行動をコントロールし、隙を見ては一方的に打撃を加えていく。彼が用いたボディへの膝は特に素晴らしかった。

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (R-L) Daniel Cormier punches Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

加えて今回改めて気づかされたのが、DCの反応の良さだ。元レスラーでここまで目が良いのは予想外でもある。もちろん遠い距離を維持できているからという部分はかなり大きいだろう。それでも攻撃の気配を察してからの体の反応速度は素晴らしく、ネルソンが踏み込んだ時にはもうダッキングを始めており、ネルソンの左フックが空を切るころには回り込んでネルソンの横に位置していたこともあった。この機動力ならば階級変更をしてもスピード差などはまったく感じないだろうし、それどころかライトヘビー級でも相当速い部類だろう。

また非常に頭がいい。見切りがとても早いのだ。タックルを仕掛けても、無理そうだと思ったらさっさと離すし、打撃で無理に行くと危ないなと思ったらこれも深追いせずにすぐに引いてしまう。これではネルソンが罠を張ることも難しいだろう。そして相手が待ち始めたら蹴りを多用しはじめたりと攻撃を散らすのもかなり巧く、相手に対応させないやり口は勝負勘の良さを物語っている。ケイン・ヴェラスケスがその能力を攻めることに使うのに対し、ダニエル・コーミエは同じ能力をディフェンシブに運用しているといった感じだ。そしてそのディフェンシブさこそ、アマチュア選手の哲学そのものだ。

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  (R-L) Daniel Cormier kicks Roy 'Big Country' Nelson in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

アマチュアの特徴、それはディフェンシブな戦いの巧さ

かつてレスリングの名手ジョン・フィッチは語った。彼は試合中に餌を撒き、相手をコントロールすることを考えているのだと。グレコローマン・ガイのチェール・ソネンは言った、MMAファンはレスリングを知らない、レスリングでは一度もテイクダウンすることなく試合に勝つことが可能だし、ディフェンシブなテクニックで勝利することが多いのだと。同じくグレコローマン・ガイのダン・ヘンダーソンは常に判定勝利を前提に試合を組み立てると言う。ベラトールでレスリングを用いて勝利を重ねたベン・アスクレンは、徹底的に有利なポジションを堅持して勝つ男だ。

アマチュア・レスラーの経歴を持つ選手は皆、そのアマチュアの哲学が骨の髄まで染み込んでいる。レスリングはポイント・ゲームだ。相手を完全に制圧する必要などない。勝ちさえすればいいのだ。だから選手の基本理念は負けないことになる。負けない試合運びをし、そしてそこでわずかな差で勝てばいいのだ。

負けない試合運びとは何かといえば、徹底的にディフェンシブに動いて隙をなくし、そして有利なポジションを堅持して相手の自由を奪い、そして時間いっぱいまで可能な限り安全に簡単に勝つことだ。つまりは合理主義こそがアマチュアらしさということになる。

そしてこの戦い方は間違いなく強い。一切の無駄を排したその洗練された試合運びは、当然ながら隙がないからだ。そしてダニエル・コーミエの戦い方、リスクを排した安全運転はまさにこの理念から来ていると私は考えている。そしてこの試合運びが、恐らくダニエル・コーミエに対して不満を抱かせる唯一のポイントとなるだろう。彼はリスクを冒さないからだ。

だが私は彼はこれでいいと思うし、こういう戦い方があってこそ競技は進化をしていくのだ。あくまでも選手の目的は勝つことのみだ。まず最優先はそれだし、その優先順位を変えた選手は弱くなるだけのことだ。

そしてもしDCがポイントで負けていると判断したら、彼はその時には恐らくどんなアグレッシブ・ファイターよりも果敢に前に出て逆転を狙うだろう。なぜならその時はリスクを負うだけの必要があるし、その価値もあるからだ。そういったソロバン勘定の巧さも選手の強さを形成する一要因であることを知っておく必要があると思う。

たとえば今回の大会でのディエゴ・サンチェスなどがそうだろう。彼は意味もなくアグレッシブになったわけではない。あのままではジリ貧でポイントで負けることが明白だったからこそ、彼は前に出る必要に迫られたにすぎないのだ。そして彼は死に物狂いで前に出て、観客とメレンデスをうまくノせることができたからこそ最後にあのアッパーをねじり込んでダウンを奪えたのだ。判定で勝てそうならあんな真似はしないだろう。ギャンブルにはする必要があるときとそうでない時がある、そしていつでもギャンブルをしてしまうのは選手としては2流のように思っている。

これらを踏まえたうえで、MMAではポイント勝利よりも完全決着をゴールに据える方が結果的に安全だろう、というのが私の考え方だ。完全決着できるかどうかが重要なのではない。そこをゴールに逆算する必要がある、ということだ。それがより徹底したリスクの排除につながると考えるし、判定勝利にも結びつくことになると思う。

そしてその根拠がプロMMAの採点にある。レスリングや柔道と違い、右ストレート3点、ローキック1点、身体を越すスープレックスで試合終了などというポイント方式ではないMMAでは、判定を当てにすること自体に一定のリスクが存在する。だから現在のDCのように手数が少なくあまり仕掛けない戦い方では、思わぬところでポイントを落とす可能性があるのだ。

またコーミエはやはりスタミナが危うい。これまで判定になった試合全てで、彼には後半の失速が見られた。5Rマッチになった時に彼は危機に陥る可能性があるだろう。彼はこれからライトヘビー級に落とすことになるが、彼はそもそも無理な減量で腎臓がクラッシュしたために五輪を断念せざるを得なかった男だ。今は当時よりも優れた栄養士がいるとしても、苦しいことに変わりはない。一歩間違えば彼のスタミナはさらに危うくなるだろう。そういう中で、ディフェンシブな戦いで判定勝利を目指すことはそれなりのリスクを孕んでいるように思っている。スタミナを使いきった後半で相手に運動量で上回られたら、彼はそこでKO負けするリスクにも見舞われるのだ。

もっともスタミナに不安があるからこそのディフェンシブな戦術とも考えられる。このあたりは難しく相手選手によって変えるべきだが、理想を言えば彼のパートナーであるケイン・ヴェラスケスのように戦うことを目指した方がいいだろう。

彼はロイ・ネルソンをKOすることはできなかったが、ヘビー級の王座に彼の盟友が引き続き座すことになったため、彼は新たな階級に移動することになるだろう。いくつかの不安要素があるものの、現状期待できる選手であることに変わりはない。彼のような一方的な試合運びというのは、下手をしたらKO以上に難しい戦い方だ。試合後にロイ・ネルソンは「彼は自分に付き合わなかったが、そういう戦い方ができること自体がすごいのだ」と不満げながらもDCを称えた。その能力は曲者のお墨付きを得たのだ。ライトヘビー級も王者のライバルが不足して停滞していたところだ。彼のライトヘビー級転向は最高の刺激となるだろう。

HOUSTON, TEXAS - OCTOBER 19:  Daniel Cormier celebrates after defeating Roy 'Big Country' Nelson (not pictured) in their UFC heavyweight bout at the Toyota Center on October 19, 2013 in Houston, Texas. (Photo by Nick Laham/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

余談だが、彼は自分の勝利後よりも王者ケイン・ヴェラスケスが勝利したときのほうが遥かにいい笑顔だったのが微笑ましい。彼がケイン・ヴェラスケスという人間を本当に敬愛していることがよく伝わってくる。彼らは理想的なチームメイトなのだろう。

2 件のコメント:

  1. 自分もDCの目の良さにはビックリしました

    これは逆にケインとのスパーの賜物なのかなと
    この二人が同じジムで練習してる限りもう相手は衰えを待つしかない感じですね

    あとJDSもですがタックルがない選手のMMAでの限界も感じました
    打撃ありといっても別に打ち合う必要のない総合で打撃(パンチ)だけでは目がいい選手には当らないし当ってもカウンターでない限り我慢されてしまうなと

    更にコーミエは距離も外してきてるので
    試合風景は次男と内藤がやった時の様な噛み合わなさ(実力差)が感じられました

    ただネルソンも相変わらずヒョードル並のハンドスピードのパンチと
    もろに顎に前蹴りがヒットしてるように見えるのに効いたそぶりをみせない等見せ場?はありました
    ドン引きな反則攻撃をお茶の間たる地上波で披露して一家どころか格闘技の格を下げてしまったのと比べるとまだグッドルーザーですね

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  2. 衰えを待つか、一緒に練習してある日突然裏切るかですね。試合で殺されかけるかもしれませんが。

    元レスラーで転向が遅かった選手としてはちょっと破格の目の良さですよね。やっぱりヴェラスケスのおかげだと思います。

    そしてMMAでタックルの選択肢があるだけでずっと有利です。局面の選択権を握れるので試合を支配しやすいです。もっとも、打撃とタックルが両方揃っていることが前提ですが。打撃のプレッシャーのないタックルは燃費が最悪です。スタンドだけで行くなら蹴りが欲しいところですね。

    ネルソンは曲者ですけど試合はクリーンです。さすがに亀田バスターと一緒にしてはいけません。ちなみに私は今だに亀田バスターを見るたびに腹筋が痛くなります。

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