画像はUFC® 170 Rousey vs McMann Event Gallery | UFC ® - Mediaより
ウェルター級5分3R
WIN ローリー・マクドナルド vs デミアン・マイア
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利)
砕かれた驕り、戦いの本質を取り戻した軍神
判定がコールされる直前、「アレス」ローリー・マクドナルドはデミアン・マイアに向き直ると拳を彼の分厚い胸板に当て、その後親指を立ててお互いの健闘を祝した。「カナディアン・サイコ」などと揶揄され、どこか気取った戦い方をしていた青二才はもう金網の中にいなかった。己の持っている物をすべて出し切り、全力で王座を目指す気持ちの良い青年がいただけだ。彼は晴れ晴れとした顔で天を仰ぎ、勝利が告げられるのを待っていた。彼は変わったのだ。
「アレス」は驕っていたのだろうと思う。少年時代にUFCを観て育ち、自分の仕事はこれしかないと思っていたという彼は、バックボーンがMMAという新時代のファイターだ。これまでのように他のコンバット・スポーツからMMAに転向したわけではない。彼は10代にローカル団体で好成績を残すと、弱冠20歳でUFCデビューを果たして白星を積み上げてきた。UFCの2戦目で「ナチュラルボーン・キラー」カーロス・コンディットに仕留められるものの、その後はネイト・ディアスを始めレジェンドのBJペンを圧倒するなどして5連勝を飾り、タイトル戦線に躍り出た。
だが順風満帆に見える彼のキャリアだったが、近年それにどこか不穏な影がちらつき始めていた。始まりはBJペンの試合あたりからだろうか。彼は確かに強かった。体格に秀で、フィジカルも充実、若くして冷静沈着で、穴らしい穴も見当たらない選手だった。しかし、初期のアグレッシブで相手を徹底的に痛めつけるスタイルが勝利を重ねるごとに鳴りを潜め、彼はいつしかひどく小賢しい戦い方に変わっていった。ひたすらに安全な距離を維持し、ただ相手をジャブで小突き回すような倒す意思のない戦い方になっていたのだ。
作戦としてはありだろう。勝利が第一なのもその通りだ。それで勝てるのであれば何も問題はない。だがまだ23歳の若さでありながら、そういう戦い方を覚えてそればかりになってしまえば、彼は本当にギリギリの鉄火場で敗北の牙から逃れ、その顎から勝利を奪い取る感覚を失ってしまう。相手を完全制圧することを考えて常に全力を出し切らねば、己の伸びしろは失われ、底力がどんどんなくなってしまうのだと私は思っている。世間は彼を批判した、だが軍神はそれを一笑に伏した。自分はやるべきことをやったのだ、と悪びれもせずに言い放った。彼はやはり驕っていたのだろう。だが慢心も仕方ない若さ、強さだったとも思う。
そしてその思い上がりは容易く打ち砕かれた。王座挑戦権を賭けて対戦したロビー・ローラーの無慈悲な拳によってだ。試合は白熱、互いに全力でぶつかりあう試合となったが、最後の最後で押し切ったのはローラーだった。ローラーはアスリートではない、彼は純粋な戦士だ。ただひたすらに前に出て、己の拳で何もかもを破壊して突き進む、どこか古い香りのする格闘家だった。軍神にも勝機はあっただろう、だが軍神の小賢しい計略も、若い思い上がりも、そして王座挑戦への権利も全ては拳で粉砕されてしまったのだ。軍神は王座を目前にしながら大地に崩れ落ちた。
敗北は軍神にとって痛手のはずだった。だが試合後の彼は、どこか晴れ晴れとしていた。そして彼は試合後のインタビューでこう答えたのだ、「僕は負ける必要があった」と。順風満帆な勝利は彼からハングリー精神を奪い、挑戦する気概を失わせ、MMAへの情熱を薄れさせていたのだ。ローラーの拳は何もかもを打ち砕いていた。マクドナルドの思い上がりだけではない、彼のMMAへの飽きや負の感情までもを吹き飛ばしていた。ローラーの熱い拳から伝わった熱が、24歳の若者の心臓に火を灯したのだ。「対戦相手には楽屋で泣いてもらいたい」、彼は今後の自分の戦い方をこう表現した。彼の心には青く冷たい炎が揺らめいていた。
そしてこの試合で、軍神は全てを出し切って戦い抜いた。会場からは途中軍神を応援するコールが巻き起こっていた。熱き魂は、その戦う姿を通じて必ず見ている観客に伝わるのだということを、汗と血に塗れ、老獪なベテランと必死に戦う若者が改めて教えてくれた。
柔術の鬼の勝算、36歳のベテランの不安
私はデミアン・マイアが好きだ。あらゆる格闘技が融合して体系化されつつあるMMAの中において、今だ中心に柔術という太い柱を据え置く彼のスタイルが好きだ。そしてただ己の信ずる物にしがみつくだけではない、彼はそれを中心に据えながら様々な要素をミックスしてきちんと勝利を目指すのだ。彼の柔術への姿勢はファッションではない、勝つために最適なツールなのだ。
彼は「柔術による速攻」というスタイルを構築した。タックルにトリップを織り交ぜて相手を地面に引きずり倒し、そして体を密着させてあっという間に有利なポジションを奪い取り、相手のスタミナを一気に吸い取ってサブミッションで仕留めてしまうという戦い方だ。ソネンに言わせれば、それはレスリングとは異なる技術なのだという。あのレスリングの名手であるチェール・ソネンですら、万全の体勢を取ったと思った瞬間に体が宙に投げ出され、激しく地面に叩き付けられた後に「一体何が起こったんだ?俺は何をされたのだ?」と呆気にとられたというくらいだ。彼はこのスタイルでタフなことで知られるレスラー、リック・ストーリーすらもあっという間に沈めてしまった。
このスタイルは、たとえどんな奴であろうと組んでしまえば必ず倒せるという自信が根拠になっている。そしてそれは根拠のないことではないのだ。ソネン、ストーリーなどのレスラーを始めとして、化け物じみたフィジカルを持つキム・ドンヒョンの投げを力づくで潰して脇腹を破壊してもいるし、ジョン・フィッチを相手に終始有利なポジションを奪い続けて勝利したのだ。レスラーとは特に相性のいいスタイルと言えるだろう。つまり、レスリングの裏をかく技術体系なのだ。
一方でこのスタイルには2つ問題点がある。一つは相手が柔術をある程度知っていれば通用しない事、そしてもう一つがスタミナの問題だ。
相手がある程度の柔術技術とレスリングがあれば通用しないことはすでに明らかになっている。彼は現ミドル級王者クリス・ワイドマンに敗れているが、クリス・ワイドマンはレスリングと並行して柔術も習得し、その技術にはコーチのジョン・ダナハー氏も太鼓判を押すほどのものがある。彼はこれまでの対戦でもたびたびレスリングと柔術をハイレベルに融合させた戦いを見せている。そして最近の試合では、やはり柔術の名手であるジェイク・シールズに判定で敗れた。
そして相手が柔術を知っている者であった場合、次に問題となってくるのが二つ目のスタミナの問題だ。デミアン・マイアのキャリアは長く、彼はもう36歳というベテランだ。そして彼のスタイルは最初からトップギアに入れて一気に仕掛け、相手の余力が残っていながらもそれを捻りつぶしてしまう戦い方だ。まだ弱ってもいない相手にグラップリングを仕掛けるのは、仕掛ける側も相当なスタミナを消費する。それでも相手が柔術を知らないか、自分が技術で圧倒的に上回れるのならば問題はない。デミアン・マイアも疲れはするが、それを凌ぐ対戦相手の方がはるかにスタミナを失うからだ。しかし相手がマイアにそれなりに対抗できた場合、ここで36歳という年齢が大きく響く。もしマイアがサブミッションを強引に仕掛けて絞めていたりすればなおさらだ。そして再びスタンドに戻った時に、マイアのディフェンスはもはや機能しなくなるのだ。
ハイリスク・ハイリターンではある。だが今のマイアが勝つためにはこれが最適解だろう。勝利を奪うには、マイアはギャンブルをするしかないのだ。だが賭ける価値は十分にある。この覚悟こそ、私が最も憧れる戦いへの姿勢だ。
そしてこの軍神の試合でも、マイアの賭けは勝利の目前までいったのだ。
迸る熱気、ベテランと若手の魂のぶつかり合い
試合が始まると、大きいはずのマクドナルドがマイアよりも小さく見えた。軍神はマイアの手口は当然ながら研究している。絶対にTDされないように、軍神が過剰なほどに腰を落としてマイアのタックルに備えていたのだ。スタンドならばマイアに勝機はないと踏んだのだ。ここまでは定石通りだった。
だがサブミッション・モンスターは一筋縄ではいかない男だ。打撃を掻い潜ると、マイアは早々にタックルで飛び込んだ。だがマクドナルドはすぐに反応してがぶりにいく。一見タックルを切ったかのように見えた。しかしマイアはここからが圧巻だった。マクドナルドが切り損ねて片足を取られた。シングル・レッグはMMAでは中々TDしにくい技だ。MMAではダブル・レッグが主流であり、シングルでは今やほとんどTDすることはできなくなっている。だがそれはレスリングが主体の選手の話だ。柔術の鬼はシングルを取ると、それを手前に引いてマクドナルドをあっさりとTDしてしまったのだ。
そこからの展開も素晴らしかった。まだ余力十分なはずのマクドナルドだが、抵抗してもマイアを引きはがすことが出来ない。マイアは油圧で動いているかのように張り付くと、合間にパウンドを落としてマクドナルドの注意をそらしながらあっという間にマウントまで辿り着いてしまった。そこからはマイアのワンサイドゲームだ。マクドナルドの脱出を阻みながら強めのパウンドや肘を打ちおろし、着実にマクドナルドを削っていく。マクドナルドも押されてはいるものの慌てずに、何とかやり過ごしながら反撃の機会を窺っていく。ここでマクドナルドが慌てて消耗すればマイアが極めていたかもしれないが、マクドナルドは若くしてでかい肝を持つ男だ。軍神の名は伊達ではない、不利であっても決して狼狽えはしなかった。
そしてRの終盤に何とかスタンドに戻るものの、スタミナを失ったマクドナルドはマイアとの打ち合いで強いフックを貰って少しぐらつく。マクドナルドはすっかりグロッキーだった。そしてR終了のブザーが鳴った。
1Rは柔術の鬼が作戦をぴたりと嵌めて完全に奪い取った。だが、こで極められなかった時点で、マイアのベットしたコインは全て失われることが決定してしまったのだった。
2Rが始まると、軍神はまだ体が少しぐらついていた。ダメージというよりは、スタミナをごっそり失ったという印象だ。チャンスだった。だが対するデミアン・マイアに目を移すと、デミアン・マイアはマクドナルド以上にふらついているのだ。23歳の強いフィジカルを持った若者を抑え込むのは並大抵のことではない。マイアは自分以上にマクドナルドを消耗させることに失敗したのだ。ここからマイアは一気に失速を始めていった。
まずタックルがことごとく潰されるのだ。万全の状態ですら辛うじてシングルを取れただけだったタックルは、消耗してからはもはや足に触れることすらできなくなった。そしてタックルはそれ自体が大きくスタミナを消耗する。マイアは自分から地獄に頭を突っ込んでいった。しかしもう選択肢はないのだから、ほかにどうしようもないのだ。
スタンドではマイアに勝ち目はなかった。リーチではマクドナルドが遥かに上だ。蹴りも使えるマクドナルドは、遠い距離からどんどんマイアを削っていく。1Rの消耗直後のマクドナルドに当たった一発狙いのフックも、2Rに入ってからはマクドナルドに完全に見切られてすべて避けられてしまった。途中で足払い気味に打ったローキックは有効で、マクドナルドのバランスを崩すことに何度か成功したが相手を止めるには至らなかった。
対する軍神はここから見事に持ち直した。スタミナは相変わらず厳しいながらも、彼は自分から積極的に攻めていった。ジェイク・エレンバーガーを完全制圧した左ジャブはこの日も冴えわたり、マイアの顔面をどんどん破壊していく。合間には前蹴り、ハイキック、ミドルキックも織り交ぜてマイアをじわじわと追い込んでいく。しつこく仕掛けるタックルにもすべて反応し、その起き上がり際にはアッパーを狙っていった。
そして決定的な打撃が入った。マクドナルドの鋭いミドルキックが、タックルで疲れてディフェンスが崩壊したマイアの左わき腹に突き刺さったのだ。マイアの体は宙に浮き、身体をわずかに折り曲げると彼の足はぴたりと動かなくなった。クリーンヒットだった。スタミナを使い果たした柔術の鬼は、わずかに残ったガスタンクを爆破されてしまった。
その後はマクドナルドが完全にペースを握った。軍神が矛を突きだすと、顔面を跳ね飛ばされたマイアがカウンターを狙ってパンチを振り回す。これを軍神はさっと下がって避けるとまたストレート、そしてマイアの反撃をさっとかわす。会場には歓声が起こった。華麗な闘牛士のように、軍神は見事に舞いながら相手を追い込んでいったのだ。
3Rに入ると、マイアの不利は明らかだった。相変わらずマクドナルドはディフェンスをしっかりしながらスタンドで攻めていく。マイアの顔面は血に塗れ始めた。ここでマイアはマクドナルドをタックルで押し込むと、ダブルレッグで強引にTDしていく。
柔術の鬼の意地を見た気がした。だがそこからの展開は1Rとは一変していた。もはやパスをすることができないのだ。マイアは消耗しきり、1Rの支配力は失われていた。それでも必死に上を維持しようと足掻き続ける。
そして若き軍神もまた意地を見せた。全身全霊で攻めるマイアを突き放し、さらにもう一度覆いかぶさろうとするマイアを、見事な巴投げで投げ飛ばしたのだ!
柔術家のお株を奪う見事な投げだった。彼は相手の力を利用して、綺麗に後ろに投げて窮地を脱することに成功した。
ここからは完全に軍神が試合を支配した。終始自分から攻め続けた。彼は空っぽのガスタンクを逆さに振って、わずかなオイルで必死にフィニッシュを狙っていたように思う。すかした顔で相手を痛めつけるうすら寒い若造はもういなかった。熱い魂を取り戻し、汗で濡れた髪を振り乱して拳を振るう彼は最高にカッコよかったと思う。
タイトル戦線に戻った軍神と、王座が遠のいた老兵の行く先
マクドナルドは見事に敗北から立ち直って勝利した。彼はまだ若干24歳だ。他の若手と比べても、彼の経験値は群を抜いて豊富だろう。まだいくらでも伸びる余地があるだろう。そして対戦してきた相手が多様なのも好ましい。癖のあるストライカー、剛腕の殴り屋、そして老獪なグラップラーと彼はいい対戦相手を経てきたと思う。王座はそう遠くはないだろう。
やはりマクドナルドの一番の魅力は、バランスがとてもいいことだ。このあたりが、最初からMMAをやっていた最大のアドバンテージだろう。彼はなんでもそつなくこなすのだ。一方的に不利になる局面はあまりないように思う。今回の試合で、彼はきっと柔術をもっと強化してくるはずだ。そうなればますます彼は隙が無くなっていくだろう。
ただ唯一気になる点が、パンチのディフェンスがいまいちである点だ。オフェンス面では悪くないが、彼は気の抜けた時に一発をもらってしまうところがある。今回も1Rに、まったくパンチが見えてない状態でハードヒットを受けていた。あれがマイアだからよかったものの、ローラーなどにはあそこから効かされて崩壊している。今の王座には、ウェルターでありながらヘビー級と同等の破壊力を持つと言われる「ビッグリッグ」ジョニー・ヘンドリクスがいる。軍神の尊敬するレジェンド、「ラッシュ」ジョルジュ・サンピエールもその剛腕で記憶を吹き飛ばされているのだ。もし彼との試合でこの点が修正されていなければ、ビッグリッグの一撃であっという間に火星まで意識を飛ばされてしまうかもしれない。
だがこれで軍神はタイトル戦線に復帰した。試合後に、軍神は早速ツイッターでヘンドリクスvsローラーの勝者との対戦をアピールした。この積極性はとても評価できるものだ。今のマクドナルドは試合に飢えている。もしタイトルまでもう1戦挟むとしたら、コンディットvsウッドリーの勝者だろうか。それも興味深い試合だ。コンディットであれば、マクドナルドは雪辱のチャンスでもある。全てはUFC171の結果次第だが、今のマクドナルドであれば誰と対戦しても面白いだろう。
対するマイアはこれでさらにタイトル戦線から遠ざかった。年齢を考えれば、ここから先に進むのはかなり厳しいところだろう。彼のスタイルは素敵だと思う、それなりに戦うことはできるだろう、だがそれなりでは足りないのだ。それで王座を奪えるほどにウェルター級は甘くはない。今の戦い方では、1Rでフィニッシュできなければすべて同じ負け方をするだろう。スタンドでの技術補てんも今から間に合わせるのは至難の道だ。王座は残念ながら届かないと見たほうがいいかもしれない。
それでも、彼の戦い方には浪漫がある。マイアには辛いかもしれないが、私は彼に戦い続けてほしいと思う。彼のスタイルは誰とやっても見ごたえがあるのだ。彼の柔術を信じた戦い方は、MMAにとっても絶対に意味のある物だと思っている。
戦いは残酷だ。王座を目指して駆け上がる若き戦士は再びチャンスを掴み、信念に生き技を磨き続ける老兵はさらに後退することになった。だがこの残酷さこそがスポーツの意義の一つであることを知らねばならない。そして負けの苦味こそが、勝利の最大の隠し味であることもまた真実なのだ。人間には不可能などない。敗北の苦味は人にモチベーションを与え、モチベーションは奇跡を呼び込む原動力となる。そして不可能と思われたものを覆していくのだ。マイアにも、まだ可能性は残されているかもしれない。
ウェルター級は支配者を失い、一気に戦線が荒れはじめた。群雄割拠の時代の中で、今日もまた戦士たちの明暗が分かれていく。彼らにとっては勝利がすべてだ。だがそれを見る私は、その敗北も含めた全てを価値あるものとして記憶していきたいと思っている。彼らの意地と誇りのぶつかり合いで生まれた火花は美しかった。生まれ変わった軍神は、これからも今日のような試合を私たちに見せてくれるだろう。
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