画像はUFC® 171 Event Gallery | UFC ® - Mediaより
ウェルター級タイトルマッチ 5分5R
WIN ジョニー・ヘンドリクス vs ロビー・ローラー
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利)
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ジョニー・ヘンドリクス、「敗者の顔」で新王者に
因果応報という言葉がある。本来は良い行いに使われる言葉だったが、今では悪い行いについて使われることの多い言葉だ。元は仏教用語である。自身の行いが、相応の形で帰ってきた時に使われる。「ビッグ・リッグ」ジョニー・ヘンドリクス、彼はかつてウェルター級の覇者であった「ラッシュ」ジョルジュ・サンピエールと対戦し、詰めの甘さからその王座を逃した。その時に彼は言った、自分が勝っていた、二人の顔を見ればわかるだろう?と。ラッシュの顔面は赤く無残に腫れあがり、そしてビッグ・リッグの顔面は綺麗なままだった。
そしてGSPが王座を返上して金網を去った。この試合は彼の後に王座に座す者を決める試合だった。ブルース・バッファーが勝者の名前をコールし、レフェリーがその腕を上げた次代の王者は、見るも無残に顔面を腫らしていた。どちらが勝者か、顔を見ればわかっただろうか?王者となったジョニー・ヘンドリクスは、先のGSP同様に、敗者の顔でありながら判定によって勝利を手にすることが出来たのだ。勝因も全く同じ、これがラウンドマスト・システムによる判定方法だったからである。
二人合わせて348発の打撃の応酬は、タイトルマッチでは最多という。この試合はそれほどに苛烈を極めた。その原因はヘンドリクスのいくつかの不調と、「ルースレス」ロビー・ローラー、現代に蘇る金剛力士が、ヘンドリクスの煩悩を打ち砕こうとその眼前に立ちはだかったからに他ならない。
試合前、ヘンドリクスはミスを犯した。彼は計量で1.5ポンド超過したのだ。必死に盛り上げようとする彼の陣営と、煽りながらも泳いだ目でしきりに秤を睨みつけるヘンドリクスは、無理であることを承知していたとしか思えない。彼らの挙動不審が、彼らのミスを明白に物語っていた。横では憮然とした顔のデイナ・ホワイトUFC社長が見つめている。再計量でなんとかビッグ・リッグはクリアし、タイトル・マッチは無事行うことが出来た。だがビッグ・リッグはギリギリで車検を通過しただけで、万全ではなかったのは間違いないだろう。
ジョニー・ヘンドリクスにはいつも何かしら脇の甘さがあった気がする。試合の時、賢いがどこか狡そうな彼の目を見るたびにそれが気になった。相手を舐めているのか、己を過信しているのかはわからないが、あの狡猾で傲慢なところが彼の強さであり、また欠点でもあった。
だが仁王の金剛杵で顎をかち上げられて彼の目が宙を泳ぎ、さらに右目の下を叩き潰された後、彼からその目つきが消えた。あれほどに必死になったビッグ・リッグの表情を見たのは、恐らくこれが初めてだと思う。彼の目にはわずかな怯えと、そして迫りくる修羅に抗おうとする意志が見えた。
大苦戦!ビッグ・リッグあわや横転寸前の危機
試合内容は、誰もが予想しえなかったフルラウンドの壮絶な殴り合いとなった。ヘンドリクスはパンチにローやニーを織り交ぜたコンビネーションとタックルを狙っていき、ローラーはTD防御を徹底しながら、ひたすらにパンチの打ち合いを挑んでいった。
1、2Rはまだスタミナがあるヘンドリクスが、コンビネーションで手数を稼いで優位だった。パンチよりもインロー、そして膝が特に有効だったように思う。打ち合いに完全に集中しきっているローラーは、途中からローをあまりカットできずに何度もバランスを崩していたし、2Rには膝を貰って何度か動きを止めていた。ローリー・マクドナルド戦でもローラーはボディの後に動きが急激に鈍るシーンがあった。ヘンドリクスは足が短いどっしりとした体型だが膝がうまく、GSP戦でも効果的に使っていた。ローも足が短いながら速く重そうで、決して巧い蹴り方ではないがコンビネーションに織り交ぜていくのは非常に効果的だ。左拳に注目されがちなヘンドリクスだが、この膝とローはかなり怖い武器だろう。この膝もあって、最後にでかい一発を貰ったものの2Rはヘンドリクスがよく打撃を当てていった。良い打撃を貰ったローラーが笑い、そしてヘンドリクスも負けじと笑みを見せつけて2Rは終了した。
だが、序盤から気になっていた点が3つある。一つはヘンドリクスが足を全然使わないこと、二つ目はTDが成功しない事、そして最後にパンチが遅いことだ。最初はまだ足を使おうとしていた気配はあったし、TDもトライしていた、だが途中からすっかりやめてしまった。これまでのヘンドリクスではありえないほどの近い距離で足を止め、かつてのPRIDEを彷彿とさせるような殴り合い主体に試合が流れていったのだ。自分にはこの状態がいまいち理解できなかった。まず、ヘンドリクスがTDできない事が妙だと思った。ローラーはマクドナルドにTDされている。そしてヘンドリクスはあのGSPすらも転がしているのだ。ローラーをなぜテイクダウンできないのか、それほど彼がTD防御に優れていたとは思わなかったために、これがひどく意外だった。
3ラウンド、これはヘンドリクスにとっては二度と思い出したくないラウンドだろう。3R序盤は2Rで有効だったローや肘をさらに出していってヘンドリクスが優位に運ぶ。顔面の防御に専念するローラーの裏をかいたローなどはいい攻撃だった。だが残り3分というところで、打撃戦の最中にローラーが織り交ぜたアッパーが、ヘンドリクスの死角から髭まみれの顎を跳ね上げると、ヘンドリクスの目が一瞬トんでしまった。これによってヘンドリクスの動きががくっと落ちた。勝機と見たローラーが追撃で次々と拳を打ち込んでいく。だがヘンドリクスの体はまだバランスを失いきってはいなかった。すぐにガードを上げ、そして必死で拳を返していく。だが相手の攻撃に対する反応は悪く、打ち合いでもジリジリと被弾が増えていく。それでもビッグリッグはさすがのタフネスだった。彼はそれ以降はぐらつくことなく、何とかこの窮地を切り抜けた。
4Rも厳しいままだった。ここからローラーはヒットマン気味になると、右のジャブを増やしていく。ヘンドリクスはパンチからの膝をもらって早々に失速すると、この右のジャブ、そして左ストレートと綺麗なワンツーを次々と被弾し、カットした右目の下からは鮮血があふれ出す。
このラウンドはローラーのジャブが冴えわたった。一方で、ローラーはこのラウンドで笑みが消え、そして肩で息をし始めていた。攻め疲れと被弾で、スタミナが危うくなっていたのだ。手数を出しながらも、合間に返してくるヘンドリクスの右ジャブの被弾が増え始めていた。足が動かなくなっており、ガードも下がっていたのだ。泥沼の打撃戦はローラー優位に見えながらも、ローラーもまた危機に瀕していた。その最たる証拠が、ラウンド終了間際に初めて成功したTDだろう。ここに来て、ヘンドリクスに勝機が見え始めていた。
とうとう最終ラウンドが訪れた。ここにきて、ようやくヘンドリクスにリズムが生まれ、そして足を使うようになる。これまでとは逆に、ローラーが下がる展開になったのだ。パンチにタックルを織り交ぜて金網に追い込むという、ヘンドリクスが本来やるべきだった戦い方も見られた。重い膝を、ローで痛めつけたローラーの右足に叩き込んでいく。ブレイク後に何度か良い打撃を被弾するも、ヘンドリクスはここで負けじと素晴らしいパンチを返していく。これがヒットし、笑みを見せる余裕もなく、口を開けたローラーがヨロヨロと後ろに下がっていく。ここからヘンドリクスは畳みかけた。打ち返すローラーのタイミングが明らかに遅れ始めている。そしてこれまで自分が当てていたタイミングでフックを被せられると、ローラーの目の焦点が合わなくなり足元がおぼつかなくなる。そこにヘンドリクスが左ストレート2発、そして右のインローを叩き込んで金網まで追い込むと、さらに追撃でパンチを乱打していく。そしてぐらつくローラーがピーカブー・ブロックをして視界を失った瞬間、ヘンドリクスは完璧なタイミングでタックルに入った。これは当然のように成功すると、ヘンドリクスは足を巻き込んでローラーが立ち上がるのを防ぐことに専念した。もはやローラーに脱出する力は残されていない。不完全なグラウンドの体勢のまま、二人が小突き合う中で戦いの終わりを告げるブザーが鳴った。
試合はジャッジ全員が48-47でヘンドリクス支持だった。自分も1、2、5Rでヘンドリクス勝利だと思う。際どい試合ではあったものの、判定結果自体はきわめて納得のいくものだっただろう。ラウンドマストであれば、疑問の余地はないと思う。
ビッグ・リッグの底力と、TD不発の本当の理由
この試合では、ヘンドリクスが窮地に追い込まれたことからローラーの良さが際立った面が強い。だが一方で、ヘンドリクスもまた素晴らしいところが多く見られたと思う。
まずそのタフネスだ。これほどに打たれ強いのも珍しいだろう。髭がどれほどショック吸収に役立っているのかは知らないが、あの髭はかなり効果があるのではと思わせるほどに打たれ強かった。一度剃って試合をしてみてほしいと思う。たぶん誰もヘンドリクスだと判別できなくなるだろうが。3Rに被弾したアッパーもまったく見えない角度で貰っていたが、それでも腰が完全に落ち切らないのだから凄まじい首の強さだろう。
スタミナも十分だ。さすがに元レスラーだけあって、その排気量は凄まじいものがある。あれだけ手数をだし、さらには何度も被弾していながら、彼は最終ラウンドでむしろパフォーマンスがあがっていた。あそこでまだ動けるスタミナがあるのは驚きだった。逆にガス切れからローラーは崩されていった。計量をミスし、試合時にも腹回りに肉が残りすぎているように見えたヘンドリクスだが、スタミナではローラーを上回った。5Rを想定し、ペース配分にも気を使っていたのかもしれない。コンディット戦では5Rだとどうだろうと思っていたが、この試合ではむしろそのスタミナに感心した。
そして一番評価すべきはその頭脳と精神力だ。剛腕のローラーを相手に足を止め、顔を見据えて打ち合う胆力は驚異的だった。だが何よりも、ヘンドリクスは最後まで頭が冷え切っていた。ぐらつかされても、逆に自分が有利でも彼はきちんと計算をして試合を組み立てていた。その冷静さは彼の打ち分けの巧さ、仕掛けの多彩さに現れていただろう。5R開始前、ヘンドリクスが劣勢に見える中で客を盛り上げ、開始直後にローラーの腿にパンチをしてぐらつかせるところなどは思わず感嘆の声が出た。ローラーがふらついてあと少しでKOできるかもというところでも、ローラーのディフェンスを見てタックルに切り替えるあたりも素晴らしい。本当に勝ち方を知っている男だと思う。最初に述べたヘンドリクスの狡猾さというのが、この窮地でいい方に発揮されたと思う。慢心が無ければ手堅い勝ち方をできる選手だろう。
今回の問題点としては、やはり調整ミスが大きいと思う。体はいつもより緩く見えた。WOWOWの放送ではリバウンドで10キロ近く戻したと話していたが、明らかに戻し過ぎだろう。今回はとにかく足が動かなかったように思う。5Rで見せた動きこそが本来のヘンドリクスだ。
そしてもう一つがタックルの成功率の低さと、序盤でのトライの少なさだ。もっとタックルを仕掛けてディフェンスを散らせば、あれほどにローラーと殴り合わずに済んだだろうし、距離をもっと取ることが出来ただろう。この戦い方をしなかった理由がわからずにいた。相手はローラーであり、彼はマクドナルド戦でもタックルでかなり手を焼いていた。それほどにTDディフェンスが優れているとは思えないからだ。
その疑問を解決するニュースが、王座戦から数日後にメディアに登場した。ヘンドリクスは試合から2週間ほど前に上腕部を痛めていたらしい。痛みにはそれほど困らなかったそうだが、一番影響が出たのがテイクダウンだったそうだ。彼は肘のコントロールを失っており、ここぞでTDまで持っていけなかったのだという。第一ラウンドの時に、彼のその部位から音がしたのが聞こえたらしい。当然パンチにも影響が出ていた。彼の猛打も鳴りを潜めた。TDが機能しなかった理由は知られざる怪我だったのだ。計量ミスにも影響を与えていた可能性はあるだろう。そしてヘンドリクスは近々、右の上腕筋を手術することになるそうだ。怪我を抱えてあそこまで戦ったヘンドリクスの闘志には脱帽するばかりだ。冴えないパフォーマンスに試合時には少し落胆したものの、こういう事情であればむしろ感心するところだ。
余談だが、この試合の後に半ば引退状態だったニック・ディアズが突如として復帰の意思を表明した。おそらくこの足を止めた殴り合いを見て、これならば自分にも勝機があると踏んだのだろう。相変わらずの性格で笑ってしまった。だが、一つ言わせてもらえばたぶんニックは勝てないだろう。ローラーと違い、ニック・ディアスがヘンドリクスのTDを防げるとは思えないからだ。
ビッグリッグは一度は巻いたと思ったベルトを奪われた。だがそれは自分の慢心によってだ。しかしローラーによって窮地に追い込まれた結果、彼は逆に驕りを無くして一途に勝利を求めることになった。それが功を奏し、彼が見たベルトの幻は今現実となったのだ。この戦いはヘンドリクスにとって大きなプラスとなるだろう。ローラーの拳がマクドナルドの驕りを打ち砕いた時のように、彼の拳でヘンドリクスの慢心が払しょくされていれば、きっとこの王者はずっと強くなるように思う。ウェルターはここにきて一気にトップが混雑し始めた。新たな王者に、悦に入る余裕などありそうもない。
敵の煩悩を打ち砕け!金網におわす無慈悲な守護者
ヘンドリクスに顔面を殴られた直後、その男は顔面に笑みを漲らせた。狂気、歓喜、怒り、その全てがない交ぜになった表情を見た時に、私は幼少のころに見上げた仁王様を思い出した。寺の守護者として、門前に二体設置されている金剛力士像のことだ。彼らは筋骨隆々の体をし、その顔には怒りを漲らせて邪悪を退ける意志を表している。そしてその手に握るは金剛杵、立ちふさがる敵の煩悩を打ち砕く武器だという。彼は、ジョニー・ヘンドリクスの野望を阻止せんとする仁王そのものだった。
正直に言えば、予想外の強さだった。先の試合でローリー・マクドナルドを倒した時にも、まさかここまでの力を持つとは思わなかった。打撃戦でもローラーが圧倒的に有利だったわけではないし、テイクダウンもされていたからだ。おそらく私だけではなく、誰もがそうだったように思う。3倍近いローラーのオッズは適正に思った。
だがこの男は大一番に燃えていた。完璧に仕上がった体、そしてこの一世一代の舞台を思い切り楽しまんとばかりに、ワクワクとした表情をしながら花道を歩いてきた無慈悲な拳には、もはや何も恐れるものはなかったのかもしれない。そこには緊張も恐怖もなく、少年が冒険に出る前のような高揚感しか感じられなかった。
戦略は明確、TDを防いで殴り勝つ、それだけだ。小細工なしの真っ向勝負には、もはやアスリートとも格闘家とも違う、修行僧のようなストイックさを感じさせる。そして彼はかつてないほどにビッグリッグを苦しめ、あわやスクラップにまでするところだったのだ。彼の腰に刻まれた烈の文字に偽りはなかった。
ローラーの最も恐ろしいところは、どこまでいっても一発の底力が残されている点だ。通常のスタミナとは別枠でエネルギーが確保されているとしか思えない。それは先のマクドナルド戦でも同様だった。この試合でも、序盤はヘンドリクスに押され、ボディに膝を貰ったあたりで失速を始めたかのように見えた。だが彼はそこから盛り返した。顔面に背筋の凍るような笑みを浮かべて、効かされた直後から体を揺さぶって前に出て、そして乱戦の中でKO寸前の一撃を叩き込んで試合をひっくり返したのだ。彼との試合で安心するには、彼の意識を根こそぎ刈り取って涅槃に送り込むしかないだろう。
だが、この男は厄介なことにタフなのだ。顎の頑丈さではヘンドリクスといい勝負だろう。今回の試合では、ローラーもまた100発以上は優に超える被弾数だ。いくら万全ではなかったとはいえ、多くの選手をワンパンチで沈め、先の王者を叩きのめした拳をそれだけ食らって無傷なはずはない。ほかの選手ならば倒れてもおかしくない被弾数だっただろう。それでもローラーは倒れず、最後まで戦い抜いた。この男の意識を刈り取ろうと躍起になれば、彼から帰ってくるお返しで自分が涅槃送りになる可能性も高いだろう。
そしてローラーは気が強い。もはや恐怖心をどこかに捨ててきたとしか思えないレベルだ。彼はヘンドリクスの拳が届く位置まで平気で歩み寄ると、そこからさらに踏み込んでパンチを繰り出してくる。決してディフェンスがいいわけではない。顔を下げてのハイガードやスウェーに頼るシーンも多く、ローのカットや膝の対処も十分ではなかった。それでも持ち前のタフネスと精神力でそこに踏みとどまり、被弾を覚悟で一撃を当てに来る戦い方は彼にこそ相応しい。鉄火場で足を止める勇気を持つ者は少ないし、それが出来るかどうかは訓練ではどうにもならない面がある。もしローラーの才能で一番称賛するものがあるとすれば、それはあの胆力だろう。
問題点としては、やはりスタミナに不安があることだろう。彼は4R中盤から口を開けて肩で息をし始めていた。そしてそこからガードが下がり、TDを奪われ、それらがすべて5Rでのビッグヒットに繋がっていった。あれだけ前に出てひたすらに殴り続けるスタイルであれば当然ともいえるし、またTDディフェンスによるスタミナロス、そしてヘンドリクスの膝によるダメージもあっただろう。序盤でKOを奪わなければ、後半に行くにつれて不利になりそうだ。また5Rの経験が少なかった影響もあるだろう。
またマクドナルド戦の時も思ったが、ローラーは顔面への攻撃と裏腹に、ボディへの攻撃にはひどく脆そうな印象がある。今回の試合でも、ヘンドリクスのボディへの膝は間違いなくビッグヒットだったし、ローラーの動きはその後で鈍っていた。マクドナルド戦でも強烈なボディショットでローラーは一時失速していた。ここに気づかれて狙われた場合に、ローラーは少しばかり厄介なことになりそうな気もする。
潔し!「ルースレス」の戦いの美学
結果は判定負けだった。しかし試合後のローラーは静かだった。レフェリーを凝視して結果を待ち、勝利を知るや飛び跳ねて全身で喜びを表現する新王者とは対照的だった。試合の時に見せた狂気の表情は彼の内側に再び戻り、真剣に自分の敗北を考察する哲学者の表情だった。彼は感想を聞かれると、ヘンドリクスの5Rでの巻き返しを認め、あっさりと彼の勝利であることを支持した。脛の怪我を聞かれても関係ないと言い訳をせず、驚きはあったのかと聞かれれば何もない、と淡々と答えた。そして最後に再び、ヘンドリクスの勝利を認めて彼はケージを去っていった。
「ルースレス」ロビー・ローラーはあまりにも潔く、そして誰よりもスポーツマンだった。無慈悲な拳は、戦いが終われば誰よりも慈悲深い男だったのだ。ファンに感謝し、対戦相手を祝福し、そして戦い終えた自分の未熟さを悔いて金網を後にした。あと少し右の拳が当たっていれば・・・、彼が試合に関していったのはこれだけだ。試合内容を考えれば、もっと悔しがるなり判定に文句を言っても誰も批判などできないだろう。だが彼は言わなかった。勝利を奪われたとも言わなかった。それどころか、なぜ5Rを失ったのか、明確に相手が取ったポイントをファンにもわかりやすく解説する始末だった。
そしてこうも思う。この潔さこそが、わずかに手が届かなかった理由なのかもしれないと。露骨に慢心や恐怖、狡さ、喜びをその大きな瞳にクルクルと映し出すヘンドリクスと違って、ローラーはそのあたりで何か躊躇いがあるのかもしれない。なりふり構わず、あらゆる手段で勝利をもぎ取ろうとする泥臭さやえげつなさがローラーにはないのではないだろうか。このあたりが、アマチュア・スポーツで勝ち抜いてきたヘンドリクスの強みだろう。ローラーのスタイルは同じ男として心から憧れるし、あまりにも格好いいと思う。だがそれゆえに勝利を逃すこともある気がする。
「ルースレス」ロビー・ローラーは強く、そして一本筋の通った修行者だった。彼の戦い方はシンプルで、そしてどこか懐かしい匂いがする。必死の距離で足を止め、相手の得意手を受け止め、その中で自分の最も得意な攻撃を当てて倒す。彼は誰に強制されるでもなく、それを自ら好んで実行している。彼の戦い方を見ていると、昔熱狂したイベントのことをちらりと思い出す。ニック・ディアズが反応したのもたぶん同じポイントだろう。
良いか悪いかなどはどうでもいい、ただカッコいいなと私は思った。合理的な戦い方が次々と考え出されていく中で、こんなスタイルで王座まで到達するのも浪漫があっていいじゃないか。彼の拳は、そんなつまらない計算をも叩き潰す熱量を秘めている。彼の拳は、若くして熱意を失いかけていたカナダの新星、ローリー・マクドナルドの迷いを吹き飛ばし、次いで驕れる剛腕、ジョニー・ヘンドリクスの余裕を打ち砕いて全力を引き出した。
案外彼は、本当に金剛力士の化身なのかもしれない。怒れる金網の守護者が、次に煩悩を打ち払う相手は果たして誰になるのだろうか?いつまでも美味しい試合ばかりを要求する悪童ニック・ディアズの怠け癖か、コンディットを沈めて波に乗るタイロン・ウッドリーの上昇志向か、それとも王座を目指して懸命に駆け上がる、生まれ変わった若き戦士ローリー・マクドナルドの野心か-無慈悲な拳は、立ちふさがる全てを粉砕して前に突き進んでいくだろう。彼の次戦も、熱い試合になること間違いなしだ。
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>二人の顔を見ればわかるだろう?
返信削除本当因果応報ですよね
誰か彼に今このコメントどう思ってる?て聞いて欲しいです
あと確かにふてぶてしい態度もそれで最後までKOなりを狙っているならまたよしですが
そうでないと傲慢かつ狡猾になっちゃいますよね
彼の場合強がりでそういう態度でなく芯からぽいのがまた
GSPとは真逆の王者像ですよねw傲慢や狡猾という字面は悪いですが、ヘンドリクスのふてぶてしさは実は結構好きだったりします。芯からなのは間違いなさそうですw
削除>相手を舐めているのか、己を過信しているのかはわからないが、あの狡猾で傲慢なところが彼の強さであり、また欠点でもあった。
返信削除確か、「子供の頃はずっと殴られてばかりの毎日だった」とどこかのインタビューで見た覚えがあります。レスリングコーチからか父親からだったか忘れましたが。
そういった負の経験が彼をレスリングエリートにすると共に、「狡猾で傲慢なところ」を生んでしまったのかもしれないと感じました。
あら、実は結構子供のころは辛い経験があったんですね。それが事実なら間違いなく彼の傲慢さには反映されているでしょう。dその経験が強さの源ではあるのでしょうが、やはりそういう指導法を受けていたのは気の毒ですね。
削除狡猾で傲慢なのも一つの魅力と認めますがローラーの格好良さが自分は好みですね
返信削除ただジョニヘンの今後は気になります
面白い試合見せてくれそうです
ローラーはすごい魅力的な選手になりましたよね。彼も成熟しつつあるということなのでしょう。
削除自分はキャリア初期の頃からローラーを見ていたのですが、正直嫌いでした。ベテラン選手を殴り倒して「軽くオシオキしてやったぜ!」とリスペクトの欠片もない発言をしたり、クリスライトルに互角の打撃戦をされていながら虚勢じみた雄叫びで自分のピンチをごまかしたり。
返信削除噛ませだったピートスプラットの予想外の強さに気持ちが萎えてしまったり。たしかラウンド間で試合放棄だったはずです。
上っ面だけの男らしさを見せつけていた早熟の天才でした。皮肉にも彼を臆病者と呼び、叩きのめしたのはニックディアスでした。
そのニックディアスが何時までも自分の弱点を改善できずに他者の戦法を非難し、ローラーは誰が相手でも自分の戦いをしつつ、相手を素直に讃える。漫画のような話とは正にこの二人の関係を言うんでしょうね。
漫画ついでのエピソードなんですが(これは完全に記憶だよりです。もしかしたらただの私の空想かもしれません。)
UFCで連勝中のローラーは試合前にこのようなコメントをしていました。「オレの目標はジェンスパルバーのボクシング、マットヒューズのレスリング、ジェレミーホーンのグラウンド、ギルバートアイブルのキックを身につけることだ。」.....なんというボクのかんがえた最強の総合格闘家w
身につけたのはパルバーのパンチとヒューズの半分くらいのレスリングでしたけど、彼はそのことを覚えているのでしょうか。
でも今のローラーはそのとき目標にしていた最強の格闘家に負けないくらい魅力的な漢になれたと思います。
いつも詳細なエピソードありがとうございます。私は結構記憶がざっくりしているので、こういうコメントはほんと嬉しいですw
削除ニックに負けてたころは好きじゃない以前に、あまり記憶にも残っていませんでした。昔は割と負けてた印象が強いです。昔はファイトスタイルまんまの悪童だったんですね。
それが今じゃヘンドリクス相手にいい勝負をするまでに成長したのだから本当にわからないものです。逆に若造のローラーにお仕置きをしたニックがいつまでたっても変わらないのだから、ほんと事実は小説よりという奴です。
しかしローラーの「ボクの考えた最強の格闘家」すごいですねwでも考え方は案外地に足付いてる気がします。こういう考え方なら、それぞれの技術を目標立てて習得しやすい気がするからです。彼らを彼ら足らしめているエッセンスだけを抜き取る、つまり盗むということを考えている証左だと思います。
パルバーのパンチはもう習得してますねw蹴りも結構いいもの持ってます。彼がこれをすべて身に着けたときには、間違いなくベルトを巻いているでしょう。ほんと、人の成長速度というのはわからないものです。