UFC160の感想と分析です。
以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC公式とMMAjunkie.com、MMAfightingより
ヘビー級 5分3R
WIN ジュニオール・ドス・サントス vs マーク・ハント
(3R ホイール・キック→パウンドによるTKO)
スーパー・サモアン、災厄に見舞われた元王者戦
スーパー・サモアンは苦境に立たされていた。元UFC王者であるジュニオール・「シガーノ」ドス・サントスとの王者挑戦権を賭けた試合の数週間前のことである。時差ぼけに備えて早めにアメリカに入国しようとしたスーパー・サモアンが、過去の逮捕歴のために入国差し止めを受けてしまったのだ。
もちろんハントがそこまでの犯罪を犯したわけではない。知人の犯罪に巻き込まれてかなり前に逮捕歴がついてしまっただけのことだ。今のハントが犯罪に手を染めたというようなことではない。それでも、ボストンテロなどを受けて警戒態勢が強化されたアメリカでは外国人の入国に関して非常に審査が厳しくなっている。その煽りを受けて、ビザがなかなか下りなかったのだ。果たして入国できるのか?もしハントにビザが下りなかった場合に備えて、ロイ・ネルソンがショート・ノーティスで出場する準備をした。UFCも可能な限り手を尽くした。
結果的に、ハントにビザが下りて大会には出場できることになった。大会のわずか6日前のことだ。時差ボケを修正して体を調整するには明らかに足りていない。本来ならば、半月以上前に入国して調整する予定のものだったからだ。
しかし、それでもハントはインタビューで「影響はない」と言い切った。目を充血させて、ひどくどんよりとした眼差しでだ。サモアンの風習に、弱音や言い訳をしたらサメの餌にされるという掟でもあるのだろうか。寝てないわー、俺時差ボケで昨日2時間しか寝てないわー、とケーキをムシャムシャ食いながら記者にドヤ顔で喋ってもいいところである。だが、サモアンは言い切った、「影響はない」のだと。果たしてこれがどれくらい試合に響くのか、スーパー・サモアンは夢を実現するための大一番で、これ以上ないくらいの不運に見舞われることとなった。
臓腑が踊る、一瞬で生死が極まる緊迫の打撃戦
腹の中で臓腑が悲鳴をあげている。興奮と歓喜と恐怖の重たい感情のカクテルが流れ込み、臓器を捩じらせていたたまれない感覚を生み出している。目を逸らしたらその一瞬で全てが終わっているかもしれない、そんな緊張感が神経を高ぶらせ、体の感覚を狂わせているのだ。立ち技競技の元王者と、MMAの元王者は互いにパンチを武器としたストライカーだ。これが噛み合わないわけがないのだ。試合は緊迫の打撃戦となった。
開始早々、ステップインしたサントスにあわせたハントの左フックが顔面を捉える。惜しい!あと少しサントスが踏み込めば、早々にダウンを喫していたかもしれないヒットだ。わずかな動揺を見せ、後ろに下がって立て直すサントス。このあたりはさすがだ。
スーパー・サモアンはリーチで大きく劣る。フットワークは体型に反してかなり使えるが、それでもサントスの機動力にはとても及ばない。そのハントが今回主軸に据えた武器は左フックだ。サントスはかなりのアウトボックスを使い、遠目の距離から大きな踏み込みを使って一撃を叩き込んでくる。この踏み込んで一発を放つのに合わせて、先に左フックを引っ掛けて倒そうという狙いだ。これが終盤までサントスを脅かし続けることになる。
出だしはハントの左フックがよく当たる。ここまではいい調子だった。だが開始2分ほど、「シガーノ」が最も得意とする技がハントを捕らえる。「右のオーバーハンド」だ。これはヴェラスケスとの初戦で、シガーノが一撃で王者を打ち倒した技でもある。これがハントの左耳のあたりを打ちぬいた。パキャッ!っという打撃音が響き渡り、あのハントが、タフネスで知られるサモアの戦士がいとも簡単にマットに転がり落ちた。勝負はこれで決したかと思われた。しかしハントはすぐさま立ち上がりケージにもたれかかる。追撃し、後ろから殴るサントス。だがハントは体の向きを直し、反撃の気配を見せるとすっとサントスは下がった。決して深追いはしない。当然だろう、ハントのパンチは、無理に追ってカウンターでもらえば二度と立てない可能性があるからだ。
その後自分から距離を詰めに行くハントだがサントスは捕まらない。サントスは徹底してインファイトを避け続け、金網に詰められると足を止めずにすぐにサークリングで横に逃げる。よく対策が練られている。ハントは自分の距離にさせてもらえない。ハントが少しでも前に出るととにかくすぐに下がり、決して打ち合いはしない。それはギャンブルだからだ。手数を出してもカウンターが怖い。だからサントスは吟味に吟味を重ねた打撃を放ってくる。
1R終盤、金網に詰めたハントはスピニング・バック・フィストを放つ。ひたすらに下がっては横に逃げるサントスに奇策を使うのは理に適っている。このあたりは経験の賜物だろう。ガードはされたが、それでも決して狙いは悪くない。
サントスはダウンを取った後は手数も減らし、反撃に出んとするハントをいなして焦れさせ消耗させようとする。合間にボディ・ストレートを織りまぜる。これはハントがまったく反応できずにクリーンヒットし続ける。ハントの風向きはかなり悪くなってきていた。そしてラウンド終わりにまたしてもあのオーバーハンドが炸裂する。だがこちらはハントが目で捉えて反応していたため、ヒットはしたがダウンを奪われるほどのダメージはなかった。
そして緊張の1Rが終了した。
窮地のサモアン、決定的な機会を逃す
2R、ハントは状況を打開するために動き始める。まず距離を1Rよりさらに詰めて、金網際でパンチをまとめる。これはかなりいい作戦だ。2R早々に右ストレートでハントを捕らえる。サントスは自分が出たときには必ず打ち終わりを待って下がり続けることを把握したがゆえの行動だろう。そしてもうひとつ、ローキックを多く放つようになったことだ。これもかなりいい線だ。ハントのローキックは重く、そしてシガーノはローのカットがあまり巧くない。それはパンチのためにほぼボクサーの構えになっているからだ。足を潰すのはパンチを殺す最善策だ。これもいい狙いだろう。
そして2Rはお互いの左フックと右のオーバーハンドが度々交差する。どちらも必殺のブローだ。クリーンヒットすれば必ずどちらかが倒れる。互いに打ち、そして互いにいなし合う。
と、唐突にハントが左のジャブを差す。実はこれまでに殆ど見られなかったものだ。これが意味するものは何か?1R と比べ、徐々に距離が狭まりサントスが足を止めるシーンが増えていたからだ。予想しなかった早いジャブがまともにサントスの顎を捉えると、露骨にすぐさま左ジャブを差し返すサントス。サントスは己の拳に、恐ろしいまでの自負を持っているのが窺えた。
そしてなぜ距離が縮まり始めていたのか?それはサントスがハントの動きが悪くなっていることを察し、徐々に手数を増やし、ギアをあげていたからだ。ハントのパンチのプレッシャーが急激に落ち始めていたのだ。まずボディが効いた。1Rからまともに貰い続けたボディだが、2Rに足が止まり始めたハントに今度はコンビネーションで次々と打ち込んでいく。スーパー・サモアンが大きく息を吸い、頬を膨らまして吐き出すシーンが見られた。相当にスタミナを奪われたのは間違いないだろう。
それでもサモアンは勝負のツボを心得ている。少ないガスを有効に使い、一気にサントスを金網に詰めてはそこでパンチをまとめる。そして一度、この展開でハントの左フックがサントスの顔面を奇麗に捉え、サントスの足が止まるシーンがあった。飛び上がるような左フックが、下がって金網にぶつかったシガーノの顔面に思い切りヒットしたのだ。少し距離が近すぎたか?それでもシガーノの動きが止まる。ここは決定機になり得る所だった。もう一度左フックを当てると、さらに数発繰り出すハント。だがボディーワークでパンチをいなし、サークリングでサントスは逃げ出してしまった。ここは惜しいシーンだった。しかし、ここを逃したことで試合は一気にシガーノに傾き始める。
ラッシュを終えるとまたしても大きく息を吐くハント。もうエネルギーは残り少ない。そこに、サントスが猛攻を仕掛け始める。少し縮めた距離から、1Rでは見せなかった速くて重いジャブを打ち始めたのだ。足が止まりかけたハントは次々に被弾する。反撃の気配を見せるとサントスは足を使ってさっさと安全圏まで逃げる。ハントのカウンターの左フックや右のオーバーハンドもハンド・スピードが落ちている。試合は一方的になりはじめた。
さらに、ジャブからサントスがシングル・レッグ・テイクダウンに行く。お世辞にも巧いとはいえない遅い入り方だが、弱り、判断力が鈍っていたハントはまったく対応できずに転がされる。サントスは、ここで完全にハントのガスタンクを空にするつもりなのだ。会場は大ブーイングに包まれる。気持ちはわかるがこれは勝負だ。勝つために最善を選択するのは当然のことだろう。
しかしここでサントスの誤算だったのは、ハントは想像以上にガスがあり、そしてグラウンドからのエスケープが巧かったことだ。ハーフからサイドに移行し、ヒューズ・ポジションを狙うサントスだが、ハントはこれをバネを使って体を反転させ、あの巨体でなんとスタンドに戻ってしまったのだ!少しエルボーを被弾したが、それでもかなり少ないダメージで脱出した。ハントの技術の向上には度肝を抜かれるばかりだ。試合をするたびに確実に何かが改善されているのだから。そして危機を脱して2Rは終了した。
勇敢なるサモアの戦士、遂に大地に倒れる
3Rが開始する。開始早々、一気に距離を詰めて右を振り回すハント。スピードが戻っている。どうやら少しスタミナが戻ったようだ。様子を見るサントスに、かなりいい左フックをブチこみ、鼻を気にするサントス。まだパンチは死んではいない。
だが、それでも開始1分ほどでやはり動きが落ちてくる。すると距離を詰めたサントスは、またしてもきついジャブとボディ・ショットを差し込む。これが異常な速度だ。面白いようにハントを捉え、またしてもハントは急激に鈍くなり始める。しかしそれでもハントは前に出続ける。そう、ハントにはもう前に出て、渾身の一撃を叩き込む以外にないのだ。わかってはいても普通の人間ではまず足が前に動かないだろう。サモアンは、闘争本能で必死に己の体を奮い立たせ、前に突き進む。
しかし現実は非情だ。ハントが踏み込んで放ったステップ・ジャブと相打ちになったサントスのジャブがハントを打ちぬくと、ハントは膝が崩れかけ、よたよたと後ろに下がった。蓄積したダメージはもう相当なものだろう。さらにそこに追撃の右ストレートが炸裂する。ハントは完全にグロッキーだ。
それでもスーパー・サモアンはまだ諦めない。距離を詰めてKOをしたがるサントスに、狂ったような大振りのフックやオーバーハンドを繰り出していく。彼はまだ、試合を捨ててなどいないのだ。なんという胆力、なんという闘争心だろうか。
そして残り1分を切った。ハントはまた持ち直したように見える。これは判定か?そう思った瞬間だ。
シガーノが、得意のパンチを捨てた。そして彼は、長いコンパスを使ってのゆったりとしたホイール・キックを放ったのだ。
浅くハントの顔面を削ぐように当たった足が、そのまま振りぬかれて地面に戻る。空振りか?
一瞬動きの止まったハントが、ワンテンポ遅れてゆっくりと地面に倒れこむ。まるで巨木が倒れるかのようだ。
そのシーンは映画さながらだ、まるでスローモーションのように私の目に映る。大地を轟かせて倒れこんだサモアンの巨体は大きくバウンドし、そこに強烈なパウンドが叩き込まれるとすぐさまレフェリーが割って入る。勝敗は決した。
起き上がろうとしたハントの足はもつれ、千鳥足でケージに持たれかかる様はシガーノから受けたダメージの大きさを物語っていた。
試合はシガーノの秘技によって幕を閉じた。戦士二人の最高の勝負だった。これほどに熱い試合も早々ないだろう。持ち上がった臓腑がゆっくりと降り、自分は知らずにモニターに向かって拍手を送っていたことに気づいた。
39歳、驚異の体躯と不屈の魂、そして進化し続ける技術
私はスーパー・サモアンに完全に裏切られた。私はがっかりしてしまった、自分の見る目の無さにだ。ハントは、自分が思うより遥かに善戦し、そしてずっと強かったのだ。コンディションの問題を考えたら、もっと一方的にやられるだろうと思っていた。負けはしたが、むしろハントの評価は大きく上がる試合だっただろう。あのシガーノのパンチに真っ向から渡りあい、最後まで逆転の芽を感じられたからだ。
そしてあれだけのパフォーマンスを、ハントは大きなハンデを負った状態で行ったのだ。一つは冒頭に述べた調整不足と時差ボケだ。そしてもう一つは、試合中の爪先の怪我だ。ハントは1R、右足の親指の爪が割れ、指が折れ裂ける負傷を負っていたのだ。試合中にはまったく気づかなかった。しかし後から映像を確認すると足の親指がずっと真っ赤に染まっているのがわかる。
原因は1Rにオーバーハンドを受けてダウンした後の追撃だ。サントスに背を向けた状態で立ち上がったハントの足の指を、追撃のパンチを放ったシガーノが踏んでしまったのだ。これによりハントはパンチに大きな支障を来たすことになった。右足の爪先は、パンチを多用する選手に取ってはまさに生命線となる部位の一つだからだ。ここで強く地面を蹴ることによって強いパンチが打てる。ここを1Rで負傷したことが、ハントの動きが急激に落ちた原因の一端なのは間違いないだろう。
このような状況下で南国の戦士はよくあそこまで戦い抜いた。もちろんトータルで見ればこれはシガーノの圧勝だ。有効打数はかなりの差があったと思う。それでも相手はランキング1位の元王者で、ヘビー級で王者と肩を並べる存在だ。サモアンのMMAキャリアを考慮すれば出来すぎなくらいだろう。
ランキング2位も夢じゃない、今だ尽きないサモアンの可能性
今回のハントは少しアクシデントが多すぎた。これらがなければもっと善戦できたであろうことを考えればハントにはまだ伸び代があると思っている。
まずシェイプだ。今回は調整時間が足りなくなったこともあっただろうが、もっとシェイプできるはずだ。現状であれだけのスピードが出せるのであれば、110kgくらいまで落とせばさらに彼のパンチは活きるだろう。もちろん年齢を考えたら相当シェイプは苦しいだろうが、それでもやるだけの価値はあると思っている。
そして今回足の怪我があったせいもあるだろうが、もっとローキックを多用するべきだろう。以前のようにグラウンドで手も足も出ないのであれば、キャッチからのTDを警戒して控えるほうがいいだろうが、前回ストルーフのグラウンドから何度も脱出し、また今回もあれだけ弱った状態にも関らずサントスのトップから逃れたのだ。もちろんサントスがあまりグラウンドが巧くないというのはあるかもしれないが、それでもあれだけ対処できればそこまで恐れずとも大丈夫だろう。サモアンのローキックは速く、そして何よりも凄まじく重い。サントスも何度かあれでバランスを崩していた。これを多用すれば相手の足を殺し、自分の得意な距離に引きずりこむのも容易くなるだろう。
加えてボディ・ショットをもっと組み込んでいくべきだ。これは上記のローキックとセットだ。リーチに劣るハントは、とにかく序盤から相手の足を鈍らせて逃げられなくする必要がある。ハードパンチャーであり、そしてあれだけの速度で金網に詰められるハントであれば、相手に金網を負わせてのボディ・ショットは確実に武器になるだろう。今回のサントス戦で、2Rに左フックを当ててサントスを金網に捕まえたときも、あそこでニック・ディアズのようにボディを乱打すればもっと長くあの状態にサントスを留めておくことが出来ただろう。今回ハントは逆にサントスにボディをしこたま打たれて足が動かなくなったが、あれでMMAにおけるボディの有効性というのを身をもって理解できたと思う。ハントがお返しにと出したボディ・ストレートにサントスは顔を歪ませていた。ハントがこれを極めれば、ダウンだって取りうる武器になるだろう。また上下を打ち分ければそれだけ相手のディフェンスを散らすこともできる。左フックもまた当たり易くなるだろう。
サモアンは39歳にしてまだ可能性を感じさせる。やはり一撃という武器がある人間は強い。最後の最後まで、ハントには「もしかしたら」という期待感があった。そして想像以上にハントのパンチはシガーノに痛烈なダメージを与えていた。これならば恐らく現状でもランキング5位以上を維持するのは十分に可能だろう。進化次第では、シガーノに続くランキング2位も、そして王者に勝つ可能性も決してないわけではない。それだけハントのパンチというものは強力な武器なのだ。
足の怪我は想像以上に酷く、試合後の彼の爪は割れて鬱血し、とても直視に耐えるものではなかった。彼は今回あまりにも運が無かった。それにも関わらずあれだけの死闘ができたのだ。彼には惜しみない拍手と賞賛を送りたい。そして彼に残された時間はさほど多くもない。今は一刻も早く怪我を治し、一日でも早くケージに復帰しその雄姿を見せて欲しいと思う。
流浪の民、新たなる武器を携えて死地へ帰還する
流浪の民はベルトを奪われ王座を追われた。2012年最後の日のことだ。あれから半年、流浪の民は死地に戻ってきた。彼は新たな武器を引っさげて帰還した。仕上がりは完璧であり、そのフィジカルの充実も相変わらず、シェイプは素晴らしく計量ではその芸術的な肉体美を披露して健在である
ことをアピールした。試合内容も、そしてそのフィニッシュも文句のつけようが無いほどに最高のものだった。
これまでシガーノは偏執狂的にパンチばかりを使い、他の技をほとんど使ってこなかった。パンチが主体の選手でも少なくともローキックくらいは使うものだ。だが、サントスはそのパンチ偏重のスタイルのためにそれすらも使わなかった。もちろんそれで勝てていたのだから問題はなかった。しかし、それではこれから先勝てないということを突きつけたのがブラウンプライドだ。彼はMMAで発生する全局面を駆使してシガーノを追い詰め、得意のパンチを封じてサントスに完勝した。シガーノは己のスタイルを改善する必要に迫られていた。
その結果、今回のシガーノは様々なことにトライした。これは2Rに入ってからシガーノが優位に立ち、ハントの一撃の脅威が薄れたことにより、サントスが実験的にやってみた要素が強かったようにも思う。まず一つが中盤で見せたテイクダウンだ。シガーノはこれまでレスリングはディフェンス面においてフィジカルを活かした類稀なまでのTDディフェンスを見せてきたが、オフェンスでレスリングを使うことはほぼ無かった。スタンドで負けることがまずなかったからだ。
だが前回のヴェラスケスに続き、マーク・ハントもシガーノに比肩する打撃技術を有していた。そのために少し疲労が出始めた2R中盤でタックルにトライしたのはかなりの好判断だったと言えるだろう。マーク・ハント相手ならば、そのほうがフィニッシュを狙うにもリスクは少ないからだ。
その入り方はジャブから繋いでのシングル・レッグだった。GSPなどもよくやる繋ぎ方だ。最もダイブが速いGSPはこれをダブルにもっていく。対するシガーノはダイブという感じではない。正直余り巧くはないが、それでも消耗したハントを倒すには十分のものだった。特筆すべきはその後のグラウンドでのエルボーだ。これはいい打撃だった。あのフィジカルで落とす肘は相当な破壊力だろう。ハントの鼻から血が噴出していた。キープはイマイチで逃げられたものの、パウンドは中々のものだったと思う。体格も大きいのでガードからでもかなりいい肘が打ち込めるだろう。
そしてもう一つ、今回シガーノがトライしたのがキックだ。序盤から珍しくハントのローに対して蹴り返していた。巧いとは思わないが中々重そうで決して悪くない。そして今回フィニッシュにもなったサントスの新兵器がホイール・キックだ。
一つは2R中盤、ボディが効き始めたハントのどてっぱらを狙った一発、そしてもう一つがあのハントを仕留めたハイキックだ。正直これも巧いわけではない、しかし威力は十分だ。何しろ体重もスピードもあるのだ、軽いあたりでも相当なダメージになるだろう。止めになったバックスピンは顔面を横に削ぐように脹脛の部分が当たったものだった。ハントはそれを食らう前のパンチですでに脳が揺れており、そこにまったく予期していない、見えていない打撃をもらったために倒れたのかもしれない。
このホイール・キックは、MMAに限らず立ち技でも案外決まる率が高い印象がある。やはり唐突に混ぜられると反応できないことと、胴体の動作からワンテンポ遅れて飛んでくることがポイントだろうか。パンチを使う選手がこれを混ぜれば、相手からすれば虚を突かれやすく格段にヒットする確率は高くなるだろう。この技でのKOといえば、つい先日SFから移籍して来た期待の選手ルーク・ロックホールドを一撃で屠ったビトー・べウフォートだ。もっともこちらはサントスよりも遥かに巧い蹴りだったが、やはりこれでKOを勝ち取った。
ブラジル人とロシア人はなぜあんなに回し蹴りが巧いのだろうか。サントスは足も長くキレもある、鍛えればかなり有効な武器となるだろう。
シガーノが極めたMMA専用打撃技術「ライト・オーバーハンド」
そして今回は特に、あの頑丈なスーパー・サモアンを序盤で一撃でダウンさせたあのオーバーハンドについて、特に分析をしてみたいと思う。
ボクシングで言えば、あのパンチはヘタクソの部類に入れられかねないものだ。肘を開いた大味な大振りのパンチであれが当たることはまずない。なぜなら、ボクシングではあれはグローブという盾で容易に防ぎうるものだからだ。また当たったところで倒れるとも思えない。
ではなぜMMAではあれがよくヒットするのだろうか?
私が思うに、それは狙う部位がボクシングとは違うからだ。本来ボクシングであれば、ガードをあげるだけでグローブはテンプルから顎、そして耳の辺りまでを覆ってくれる。またボクシング・グローブは面積が大きく、折り曲げた腕の間をすり抜けることはまず出来ないだろう。しかしOFGは違う。拳よりも一回り程度大きくなるだけなのだ。これにより、腕を挙げてのガードの際に、耳の下がぽっかりと無防備になってしまうのだ。ここは本来、ボクシングでは狙われること自体殆ど想定をされていない部位だろう。オーバーハンドで狙う部位は、まず確実にテンプルだからだ。
ここにこの技の秘密がある。恐らくボクシングでガードを習う時に、その腕でガードしなさいと言われるのはテンプルと顎だ。シガーノが使うオーバーハンドは、このボクシングの常識を逆手に取った技なのだ。耳の下をガードすることなど、まずボクシングのガードを習う際に教わらないからだ。ここを打たれることなど、ほとんど想定していないのである。
シガーノがこのオーバーハンドの際に大きく踏み込むのもそのための距離修正だ。本来のオーバーハンドであればあそこまで深く踏みこむ必要はないだろう。ガードを抜いて通常よりも後ろを射抜くには、普通よりも深めに踏み込む必要があるのだ。
そして上体を深く沈めるのは相手の死角から拳を飛ばすためだ。この技を多用する選手にはダン・ヘンダーソン、ロイ・ネルソンらのハード・パンチャーがいるが、彼らもまったく同じ動作をする。踏み込んで上体を沈み込ませれば相手はその頭の動きにつられて下を見るだろう。この際に、上方からワンテンポ遅れて飛来する拳は見えにくいのだ。相手のカウンターを避けるためと、相手の視界を肩口で塞ぐ意味合いもあるだろう。またタックルを使う選手ならばタックルフェイントにもなるかもしれない。
OFGではボクシングのセオリーでは防げない部位が発生し、またボクシングのセオリーでは狙うことを想定していない、OFGだからこそ狙って効果的なダメージを与えられる部位がある。ボクシングを極めたシガーノだからこそ、ボクシングでは使えなかったMMAでもっとも有効な攻撃に気づいたのだろう。変換だ。MMAに精通し、その技術を深く分析しているチェール・ソネンが言う奥義がここにもある。自分のバックボーンでは反則であったり考えられないことが、MMAでは有効に機能するケースがあるのだ。シガーノのライト・オーバーハンドはまさにこれに該当する技の一つだろう。
またこの技は、どうもナックルパートではない部分で当てているような印象がある。音もパキャっというベアナックルのような音だ。グローブ部分であんな音がするだろうか?先日ロイ・ネルソンがチェック・コンゴを沈めたのも手首で当てるオーバーハンドだったが、シガーノの当てる部位は指がむき出しになっている部分で打ち込んでいるような気がする。ボクシングでは反則のオープンブロー気味に見える。ここで殴るのはMMAでは反則ではない。シガーノは、どうもこれを利用して硬い指の関節部分から親指付け根の外側辺りで当てているような気がする。倒れるということは、ここで殴るのは相当に効くのだろうか?硬い手首やむき出しの指で打てば効くとは思うが、打ち込んだ側が骨折などの怪我をしそうな気もするがサントスが手を怪我したとは聞いたことが無い。となると掌底部分だろうか?オーバーハンドはハントも繰り出していたが、こちらはナックルを返して
いたように思う。
立ち技競技出身のマーク・ハントがこれを被弾するのも、そういう意味では宿命だったのかもしれない。本来彼のディフェンスで防げていたはずのものだろうからだ。あの軌道のパンチはテンプルか顎を狙うものだ、恐らくハントはそう思っていたに違いない。あまりにも大外から振り回すように飛んでくるあの軌道も、間違いなくガードの腕の外側から射抜くためなのだ。だからボクシングに精通したはずのシガーノが、ボクシングではお目にかからない軌道のパンチを放つことになるのだろう。ボクシングを極めたからこそ、ボクシングではありえないオープンブロー気味のオーバーハンドでダウンを量産する。まさにMMAならではの打撃といえるだろう。
芸術的な勝利、2度目の王者挑戦権を獲得した流浪民
シガーノは敗戦からの復帰1戦目で、完璧なゲームをしてまたしても王者挑戦権を獲得した。これはどうも決定事項らしい。実際にヴェラスケスに対抗しうる選手は他にいないとはいえ、少し時期尚早ではないかという気がする。せめてノゲイラとヴェウドゥムの試合結果を待ってからでもいいのではないだろうか?だが、それを待てば王者に大きなブランクが出来てしまうのもまた事実だ。決して悪いカードではないのだが、先の対戦はまだ半年前に行われたばかりだ。もう少し他の選手にも機会を与えたほうがいいように思う。期間的なことでいえば、本当はフランク・ミアを撃破した「DC」ダニエル・コーミエが一番いいと思うのだが、やはり同門対決は承諾しないだろうか。本来はブラウンプライドとDCの対戦が一番筋が通っているような気がする。
しかしシガーノは先の敗戦を納得していない。彼は再戦をすれば勝てる自信があることを仄めかしている。彼の気持ちを考えれば、この再戦も仕方なしか。1勝1敗、次のブラウンプライドとシガーノの激突は、とうとう両者に完全な決着をもたらす特別な試合になるだろう。二人が望むのならば仕方が無い。こちらも腹を括って見るしかない。ヘビーは完全にこの二人の二強時代、これも宿命なのかもしれない。
ツイート
コメント欄開放されたんですね。
返信削除濃密な記事面白く読ませていただきました。
試合全体の攻勢劣勢の流れはファンなら誰でも書けますが、ここまで技術的解説を織り交ぜながらあくまで緻密に書かれたバウトレビューは多分見たことないです。
画像の挿入もうるさすぎず効果的に使っていて感心してしまいます。
別に媚び売ってるわけじゃないんですが(笑)、ほんとに素晴らしいです。
シガーノのオーバーハンドが親指の付け根で当てているというのは、言われて初めてそういえば!と思いました。
再戦の前にヴェラスケスvsファブリシオなど見たいカードはあるんですが、3戦目も予測がつかないので楽しみです。
ちなみに自分はシガーノがKO勝ちすると予想してます。
では
コメントありがとうございます。シガーノのオーバーハンドの威力はやはり手の当たる部位に秘密があるような気がします。食らった人の倒れ方も顎を打たれたときのダメージとは異質な感じがしますよね。後は身体を沈ませて頭の位置を下げながら入ることで、相手のカウンターが空振りするのを狙ってるんだと思います。この入り方などはボクシングの基礎がしっかりしてるなあと思います。
返信削除ヴェラスケスとシガーノの3戦目は楽しみですね!もう少し他の組み合わせが見たかった気もしますが、ファブリシオはこの間のノゲイラ戦で動きが猛烈にもっさりだったので王者相手にはちょっと敗色濃厚かと思っています。お互い手の内がわかった上で両雄ともどう戦うのか、シガーノには蹴りという選択肢も加わったし面白くなりそうですね。私はどっちも好きなんですが、やはりヴェラスケスを応援したいと思いますw