2013年6月25日火曜日

カーロス・コンディット、格闘人生について語る

格闘人生:カーロス・コンディットの反骨心

MONTREAL, QC - NOVEMBER 17:  Carlos Condit look on before his welterweight title bout against Georges St-Pierre during UFC 154 on November 17, 2012  at the Bell Centre in Montreal, Canada.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

プロフェッショナル・ファイターの人生は不確実性に満ち満ちている;彼らの成功と失敗は衆目の見る中で果たされる。

ケージのドアが閉まり、意思の闘争が始まると、それは機会の問題となる。一人が易々と勝利すれば、もう一人は敗北する、そしてその結果は時として紙一重の差で決定する。

輝く照明の下で起きたことをファンは好きに議論していい、だが、彼らが最初にケージに足を踏み入れるためには何が必要なのかということについては滅多に目が向けられることはない。

これはその登りつめる様を記したものだ。これが格闘人生だ。

Bleacher Reportより
著者 Duane finley(Bleacher Report's columnist)
写真はCarlos Condit - Official UFC® Fighter Profile | UFC ® - Fighter Galleryより

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静かなる激情が、カーロス・コンディットの内で脈打っている。

閉じられたケージの中で優位性を証明することが己が人生と定めた男、29歳のアルバカーキ生まれの彼は、何事につけ空元気を盛り上げるよりも、凪いだ静寂の中に沈みこみがちだ。

よく言われるが、ただコンディットは擦り傷を見せないだけなのだ、それはカミソリの刃の上を歩いていないことを意味しているわけではない。冷静な彼の外面に満ちた波一つない水の底で、原始の本能の火が燃え盛り、コンディットは鋭い知覚を操り、彼の周囲にどのように調子を合わせるのかを見せてくれる。

彼は意味も無く試されるのを望まない男だ、しかし依頼を受ければ彼は喜んでその挑戦に応える。

一方で、もし遥か向うに彼の目を捉える何かがあれば、彼はどれだけ遠かろうが際限なく自身の肉体と精神を押し上げてゴールに到達しようとする。

私達が席に着いて話し始めてから5分後に、その本能が試されることになる。

ウェイトレスはその店の世界的に有名なエビのカクテルを薦めてきたが、西洋ワサビがよく効いたソースを知らずに手にとってしまう人が非常に多いのです、と警告した。

彼女は説明中によりマイルドなバージョンを薦めてくれた、そしてその瞬間カルロス・コンディットのあの本能が輝いた。彼はより安易な道を選ぶことが出来るのもわかっていたし、たぶんそのほうがより満足できただろう、しかし、チャレンジが提供されたならば、たとえそれが最も対立関係のない背景であろうと、彼の内に秘められた何かを呼び起こしてしまうのだ。

世界的に名の知れたステーキ・ハウスでの座ってのディナーは、UFCのオクタゴンの矢継ぎ早に変わる状況で競い合うのとはまったくかけ離れたものだ、それでもコンディットがそのテーブルに持ち込んだものは、一貫して同じだった。

彼は反骨心と、自分自身についてより多くを発見する永続的な使命を持つ性質によって鋳造された男だ。しかしそれらの対比は彼の内面と彼のキャリアを通じて激しいパラドクスである、コンディットは彼の決意が本物であることを証明してきた。

WECの小さな青いケージの中で店をめちゃくちゃに破壊する日々から、UFCウェルター級のエリートと皮を取引するようになると、「ナチュラル・ボーン・キラー」は自分の前に現れる挑戦を尽く乗り越えていった。殆どの場合、彼の勝利が明らかになった。しかし、彼が窮地に追い込まれたのがはっきりとしたような場合でさえ、そのハートは、シャープな精神と燃え上がる戦いへの情熱は常に輝き続けていたのだ。

コンディットは獰猛な競技者であり、己の身を炎の中に投げ込んで、自分を形作るものは何かを見出すことを望んでいる。そしてその希望と決意こそが、彼をミックスド・マーシャル・アーツのトップ・ファイターの一人に成らしめたのだ。

MONTREAL, QC - NOVEMBER 17:  A cut and bloodied Carlos Condit reacts after a round against Georges St-Pierre in their welterweight title bout during UFC 154 on November 17, 2012  at the Bell Centre in Montreal, Canada.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

「私がかつて想像していたのよりも、ずっと遠くまで来たものだ。」とコンディットはブリーチャー・レポートに語った。「私がMMAを始めたのは戦うことを愛してるからだ。初めてジムに行って知ったんだ、これが私のクソ最高なものなんだとね。これが私が求めていたものだ。だが何の経験もなかった。そのスポーツでトップの連中は大金を稼いじゃいなかったし、彼らの殆どが副業をしていた。MMAをそのスポーツへの愛と情熱のためにやるんだという考えから、生計を立てることができるんだという考えになった時-そいつはイカした考えで-世界中を旅してチャンスを掴んで成し遂げる、信じられないだろ。正直気が引き締まったよ。」

「自分が子供の頃を思い返してみれば、一番速かったことなど一度も無かった。私は全然才能溢れる子供なんかじゃなかった、しかし私はいつも喧嘩好きで-いつもタフで-そして私はいつも自分のやることはなんでも死ぬ気でやりたいと願っていた。私はそのメンタリティをキャリアを通じてずっと持っていたし、そしてそれのおかげで私は前に進み続けられるんだ。」

そのアルバカーキ生まれは多種多用で危険なスキル・セットをオクタゴンに持ち込む、そしてそれらの武器は暴力的な夜を作り上げ、このスポーツのベスト・コレクションに貢献してきた。彼のアンオーソドックスなストライキング・アタックと巧妙なサブミッション・ゲームで、彼はMMAにおいて非常に多彩なファイターの一人となった。しかしフィニッシュしようという彼の殺し屋の本能が、彼を群れから引き離している。

彼のキャリアを通じて、コンディットは残虐なノックアウトのハイライト・テープを大量に収集してきた。時として、ジャクソンズMMAで鍛えたファイターは敗北の顎から勝利を奪い取ってきた、機に乗じようとほんの小さなミスや失策に漬け込んでだ。コンディットもその例に漏れず破滅を逃れ、敵は彼が如何に気骨のあるファイターであるかを知るのだった。

Carlos Condit knocks out Dong Hyun Kim.

「私が思うに、それは本能的な事なんだ。」とコンディットは言った。「私がケージの中に足を踏み入れる時、すべては情熱の火と技術のもとにあり、いくらかの恐怖がある。お前の前に立っているこの人間は、お前を傷つけようとしているんだという恐怖だ。それは根源的な人類の本能だ。戦うことや飛ぶことのね。私は心の中で、少しでも早くこいつを排除しよう、少しでも早く彼をクソ終わらせちまおう、そして少しでも早く危険から逃れようと考えるんだ。本当に結局はそこに行き着くんだ。」

「君はそのポケットの中に立ちたい奴を鍛えることができる。君は彼をより長く、よりスマートに戦うように鍛えることができる、だがそれは逆に働くことはないんだよ。ファイヤー・ラインに立ちたがらない奴を、そこに立ってリスクを交換したり取ったりするように鍛えることはできないんだ。最も危険な場所で戦いたいと望むようになることは、自然に備わった本能から生ずるものだ-少なくとも自分はそう信じている。」

楽しむということに着目する時、恐らく地球上にコンディット以上のゲーマーは存在しないだろう。幾度となく、彼は能力を向上させてプレッシャーを脇に押しのけ、動揺を外に押し退けて己が手にある課題に意識を集中させてきた。

対戦相手達は喋ろうとするし、メディアは全容がわかるような表紙絵を作ろうと自分達の仕事をする、だがただコンディットの胸のうちにあることは、彼に向かってくる奴よりも備え、より物騒になることだけだ。

彼はミックスド・マーシャル・アーツに10年以上を費やして自身の勇気を向上させ続け、それによってその過程でいくつかの忘れがたい経験が生じた。

「一つを選ぶのは難しいね、覚えているのは本当に少しだけだからね、でも私とダン・ハーディとのファイトは間違いなく別格だよ。」とコンディットは言った。「ダンはNo.1コンテンダーの地位にいたし、その試合は彼の庭であるO2アリーナで行われた。」

UFC 120 Press Conference: Hardy vs. Condit

「ダン・ハーディはお喋りを愛している。彼は試合前、私について大量のクソを喋り散らかした。彼のファンと大勢のイギリスのファンは明らかに私に敵対していた、なぜなら私は彼らのホームタウン・ガイと戦っていたからだ。私は彼の口を滑るがままにさせておいた。彼は喋って喋って喋りたおした、そして私はただ自分の口を閉じ続けていた。私は静かに頷き、彼が自分の事をしている間、彼に対して微笑んでいた。それからそこに足を踏み入れて彼をクソ黙らせてやったのは素晴らしかったね。私はすぐにわかったんだ、私達が交戦するやいなや、彼は私に対して有利な点などないってことがね。そこに出向いていって彼をフィニッシュし、そして2万人の人々を黙らせること-基本的に彼の庭である場所で-は間違いなく私の記憶の中でも際立っているものだ。」

UFC 120: Hardy vs. Condit

「彼はその後もまだ口を滑らせたんだ。」とコンディットは試合後にハーディが喋り続けたことを付け加えた。「だがそれは彼の問題だ、少なくとも私はそう思う。私の出身地では、君は抵抗するか黙るかだ。もし君が自分のケツを蹴り上げられ、その後で自分は男だと言わんばかりに起き上がり、自分の埃を払い、自分の対戦相手を見つめて彼と握手するとしよう。そのほうがより優れた人間だろう。君は自分の敗北を男らしく受け入れるんだ。もし君がそれについて何か言いたいことがあるならば、ジムに戻り、自分の道に立ち返って練習し、そして自分の敗北を取り戻そうとするんだ。喋るのは安っぽいことだよ。」

UFCの名簿にウェルター級のエリートの一人として名を連ねるにしたがって、コンディットは一貫して170ポンドの階級でベストな連中と顔を合わせてきた。彼は衝撃的な勝利でジェイク・エレンバーガー、ドン・ヒョン・キム、そしてニック・ディアズのような選手を相手に5連勝を集め、元WEC王者は長年待ち望まれたそのスポーツのパウンド・フォー・パウンド・ベストとの対決を獲得した。

MONTREAL, CANADA - NOVEMBER 14:  (L-R) Opponents Georges St-Pierre and Carlos Condit face off during the final pre-fight press conference ahead of UFC 154 at New City Gas on November 14, 2012 in Montreal, Quebec, Canada.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

多くの紆余曲折を伴う旅路であったとしても、UFC154において、コンディットはとうとうオクタゴンに足を踏み入れ、返り咲きの王者ジョルジュ・サンピエールと対面した。タイトル統一によってコンディットは、この星で最高の170ポンド・ファイターとして認められるという、長年渇望したゴールに到達する好機を得たのだ。しかし5ラウンドの戦いの後、その階級を支配する王者は彼のタイトルと共にケージを去った。その戦いはコンディットが望んでいた結果はもたらさなかったが、そのニューメキシコを本拠地とする喧嘩屋のファイターは優れたファイターとして反対側から出て行った。

MONTREAL, QC - NOVEMBER 17:  Georges St-Pierre (L) reacts after winning his fight against Carlos Condit by a unanimous decision to retain his welterweight title during UFC 154 on November 17, 2012  at the Bell Centre in Montreal, Canada.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

「私は間違いなく、勝利よりも敗北からより多くのことを学んできた。」とコンディットは言った。「最高のウェルター級選手とともにケージの中に足を踏み入れ、オクタゴンの中で争い、そして彼に戦いで地獄を見せてやったことを知るのは、違った種類の自信を与えてくれる。私はその階級のベスト・オブ・ベストを感じ、そして経験したんだ。直近の試合の後、私はポスト・ファイト・プレス・カンファレンスのためにステージ上に座っていた、私がかつて戦って来たあらゆる男達と共にね。エレンバーガー、(ジョニー)ヘンドリクス、私が戦ってきたあらゆる男達であり、そのうちの二人は倒した奴らだ。そいつらと戦ったことから生まれた、素晴らしい経験だったよ。」(補足 この大会のメインはGSPvsディアズ)

「それと比較しうる出来事がある、私が19歳のときだ、私の初めてのキックボクシングの試合は、対戦相手がアンディー・サワーという名前の男だった。彼は当時91勝3敗で、私は19歳で一度もキックボクシングの試合をしたことがなかった。私はMMAで12勝0敗だった、だがこれは私の初めてのキックボクシングの試合で、私はサワーに対してスタンドの試合をした。私は彼と5ラウンドに17秒足りないというところまで行き、最後はしこたまレッグ・キックを食らって私はロープから滑り落ち、そのために彼らは試合終了を宣告した。」

「その経験の後、ジムに戻って私達が練習している間、皆は私を酷い目に会わせていたんだ、私は彼らを嘲笑したものだった。それはまるで、「俺が今した事がわかるか?」っていう感じだった。(恐らくやられたコンディットの真似をしたと思われる)君は私にそんな子供じみた馬鹿げた真似をしようとはしないだろう。そしてそれはGSPに挑戦した後の感覚と似た種類のものなんだよ。」

その試合の結果を記したジャッジたちのスコアカードがサン・ピエール優位に偏った一方で、コンディットには25分間の出来事を通じて間違いなく好機があった。その最たるものは3ラウンドの中盤に訪れた、完璧なタイミングのヘッド・キックが偉大なるパウンド・フォー・パウンドをキャンバスに転がした時だ。サンピエールは傷つき、まさに試合を終わらせる絶好の機会が訪れ、コンディットは仕事を完遂しようと目論んで猛攻を仕掛けた。

MONTREAL, QC - NOVEMBER 17:  Carlos Condit lands a left footed kick to the head of Georges St-Pierre in their welterweight title bout during UFC 154 on November 17, 2012  at the Bell Centre in Montreal, Canada.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

元暫定王者にとって不幸なことには、サン・ピエールはリカバーでき、その後すぐに彼のゲーム・プランに復帰してしまった。

「『仕留めた』という言葉が私の頭をよぎった、」コンディットはキックが当たった瞬間について振り返った。「私はあの蹴りを当て、そこでラッシュを掛けてフィニッシュしようとし、その瞬間にほとんど全てを賭けたんだ。私はどんなことでも起きるんだという期待と、これは夢が叶う瞬間なんだということにとても興奮して-感情的にとても興奮してしまって-私はそこに飛び込んでいって試合を終わらせようとし、そして私はガスが空っぽになってしまった。私は息継ぎなしに彼にパンチを打ち込み、いつも自分がやっていることと、それはリラックスした状態であることを思い出していなかったんだ。あまりにも感情的になりすぎていたんだよ。」

サン・ピエールへの敗北に次いで、コンディットはUFC158でローリー・マクドナルドとの再戦が組まれた、しかしそのトライスターの産物はトレーニング中の怪我に見舞われ、彼は試合を欠場せざるを得なかった。これによりコンディットは一時的にウェルター級のショーケースに対戦相手がいない状態になったが、急上昇中のコンテンダー、ジョニー・ヘンドリクスが元No.1コンテンダーとの対決のためにすでに予定されていたジェイク・エレンバーガーとの試合を断念した時、新たなる試合が作られた。

モントリオールでその二人のウェルター級選手が戦いの構えを取ったとき、それは目まぐるしく、一進一退の大喧嘩となって両者とも相手を破滅の淵に追いやろうとした。序盤は「ビッグ・リッグ」ことヘンドリクスが終始ヘビー・ショットを叩き込み、一握りのテイクダウンを獲得した。だが伝統的なコンディットの流儀に従い、彼は活力と共に巻き返してヘンドリクスをすっぽりと革で覆い、試合はやがて終了した。コンディットにとって不幸なことには、時間切れとなってしまい、彼には二連敗が手渡されることとなった。

MONTREAL, QC - MARCH 16:  (R-L) Carlos Condit lands a flying knee against Johny Hendricks in their welterweight bout during the UFC 158 event at Bell Centre on March 16, 2013 in Montreal, Quebec, Canada.  (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images)

「それはもはやお決まりのことなんだよ。でもそれは君が勝ったか負けたかということではない。君がどう戦うのかということなんだ。」とコンディットは言った。「私はよく戦ったと感じた。私はそこを出て、全てをケージの中に置き去りにしてきたんだ。私はその夜の判定は得なかった。それは私の元には来なかった、しかし私はてめえのケツには打勝ったんだよ。それが私の成した事だし、そうするように訓練したことだよ。私の成績に敗北が加えられただけじゃなく、私はそれをいい経験としてみているんだ。」

UFC158が終わった今、コンディットは自身が常ならぬポジションにいることを発見した。過去3年間を様々な形のタイトル争いに費やした一方で、彼の直近2試合の滑落は、そう遠くない未来にタイトル争いの構図から押し出される縁にまで彼を追いやった。ウェルター級がそこまで競争が激しかったことはなかったし、コンディットは完全に理解している、チャンピオンシップの夢を存続させるために、彼は勝利の枠組みに戻る必要があるということを。

そのためには8月28日にインディアナポリスで行われるUFC onFox Sports1において、彼はマルティン・カンプマンと対面してUFCの旗の元で喫した初黒星の復讐をしなければならないだろう。そのリマッチは4年越しに実現しつつあるものであり、その試合は二人のファイターに求める全てを与える、しかしそれは同時に、負ければ全てを失うということでもある。



「私は敗北のお返しをする機会が持てて本当に嬉しいよ。それは本当に接戦だった。その試合で私には何度か好機があったが、結局は逃してしまった。その夜はマルティンがより優れた男だったし、彼はその試合に勝利した。このマッチアップで何がワクワクするかって、彼はファイターとして、私が戦ったときからずっと進歩したことだね。私達は二人ともハングリーだ。」

「これは私たち二人にとっては『やるか死ぬか』みたいな試合なんだ。私は連続で2敗という結果になっている。彼は1敗だ。これはイカれたスポーツだしイカれた仕事だ。いつあのピンク・スリップ(解雇通知のこと)を得るとも知れないんだ。私達は二人ともそこに出向いて勝利を得ることにものすごくモチベーションが高いんだよ。」

「彼はハングリーな奴だし努力家だ。私は彼に多大なる敬意を持っている-そして私は皆がそう言うのも知っている-だがマルティン・カンプマンは私が純粋に尊敬している奴なんだ。本当に尊敬している。彼は猛烈に働きまくってアメリカに来て、そして自分の夢を追っているんだ。彼は自分のゴールに到達しようと挑戦しつづけているし、それは私だってそうだ。そのことは危険な組み合わせとエキサイティングな図式を促進させ、ファンにとって素晴らしい試合を作り上げるだろう。」

バンカーズ・ライフ・フィールド・ハウスでケージの扉が閉まりコンディットが戦いに出向く時、彼はビジネスを取り仕切ろうと前に出て圧力をかけ、再び燃え盛る炎の中を通り抜けていくだろう。彼は知っている、カンプマンは彼をぶっ壊そうと目論んでいるのを、そしてある奇妙な考え方で彼はそのことを歓迎している、なぜなら彼の意図もまた同じような最悪の場所から生じているからだ。

試合はインディアナポリスで行われるだろう、このことは彼の心の内で燃えている、すでに荒れ狂っている炎にさらにもう少しガソリンを注ぐだろう。

カンプマンはコンディットにプレゼントするだろう、掘り下げ、彼が何で出来ているのかを見出すためのもう一つのテストと機会をだ。その衝突は男としてのコンディットという人間の定義とはかけ離れたものである一方で、それは間違いなく彼の自己発見のための触媒である。

しかしその特別な試合はまだ数週間後であり、現在の西洋ワサビが効いたカクテル・ソースとの戦いは、すでに彼の勝利となったようだ。

彼よりも以前に来た大勢の人たちを呆然とさせてきた悪名高いその場所は、コンディットに対してもう一つの小さなことを発見する場所になった。

あのウェイトレスがお皿を下げに戻ってくると、コンディットはそれに対して礼儀正しく会釈をした。彼はその経験について話さないのか、それともその瞬間にはもうその件は通り抜けてしまったのか、それはシンプルに彼の前途に待つ務めである、王者のような振る舞いだった。

コンディットは道を下るにつれて更に数多の挑戦に直面するだろう、そして彼はあらゆる連中と合間見えることを楽しみにしている。

ドゥウェイン・フィンリーはブリーチャー・レポート注目のコラムニストです。すべての引用は直接得たものであり、その他の方法で書き留められたものではありません。
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というわけで私が尊敬する格闘家の一人、カーロス・コンディットが語る格闘人生でした。最高にカッコイイ男です。

近年日本では、とかく「安定」と言う言葉をよく見聞きします。就職でもなんでも、とりあえず寄らば大樹という風潮があります。そしてそれは、格闘技の世界にまで波及することになりました。

格闘技が低迷をする中で多くの人がしたり顔で言うのが「格闘技では飯が食えない」というセリフです。家族を養うために、格闘技じゃやっていけないのだと言います。それはその通りではあるのかもしれませんし、そう思うのなら他の仕事を選ぶこともそれは本人の自由ですから特に悪いとも思いません。

しかし、本来スポーツ選手というのは飯が食えません。どの競技でも飯が食えるのはわずか一握りであり、その下には膨大な数の敗者がいるのです。そもそも切った張ったの弱肉強食の世界で安定を求めるなど、最初から矛盾したことです。私はこういう風潮によって、若い人たちが挑戦すらせずにプロ・ファイターの道を断念してしまうのではないかと懸念しています。若い人たちをむやみに挑戦から遠ざけるようなことを口走るのは、基本的に慎むべき行為です。無理かどうかは、本人が挑戦し、その結果を受けて自分で決めるべきことだからです。

コンディットがMMAに足を踏み入れたときには、チャンピオンクラスが皆副業をしているという状態でした。それを見てコンディットは「飯が食えない」とMMAを諦めたのでしょうか?違います、コンディットはそれを見て、この競技を愛しているからやるんだという甘ったれた奇麗事から離れ、この競技で飯が食えるようになるんだ、という大志を抱くようになったのです。世界中を旅してチャンスを掴んで成功を収める、現代のアドベンチャーであり、それを実行してここまでたどり着いたのがコンディットです。ましてやコンディットは格闘技を始める前は何一つバックボーンが無かったのですから、これはどれほど勇気の要る決断だったかわかりません。

今はコンディットがMMAを志した当時よりも、遥かに環境がよくなっています。目指すべき大手団体もはっきりとあり、そこで勝ちさえすれば大金が約束されているという今の状況は、数多の団体が興亡を繰り返していた、知名度もろくにない当時の状況よりもずっと恵まれているのではないでしょうか?今のほうが純粋なスポーツとしてはずっと飯が食えるようになったと思います。日本で低迷しているならば、世界に出ればいいだけのことです。

世の中に安定したものなどありません。全ての物は明日にも全てご破算になりうるものです。舟木がヒクソンに絞め落とされている時に、私はPRIDEがあそこまで隆盛になることを予見しませんでした。ノゲイラがヒョードルのパウンドを浴びているとき、PRIDEが唐突に消滅するなど想像もしていませんでした、もっともDREAMが出てきたとき、没落することだけは予見できていましたが。(理由はマッチメイクです。)

繰り返しますが、安定したものなどありません。今どんなに磐石に見えるものでも、それは容易に瓦解しうるものであり、UFCもまた例外ではありません。しかし、格闘技というもの自体が存在しなくなることは、人類が滅亡しないうちはまずないのではないかと思います。戦いは人間の本能だからです。

だからこそ、すべきことは何か。より強いものに縋ることでも、立場や権威にしがみつくことでも、安定したものの傘下に入って惰眠を貪ることでもありません。ただ己の肉体のみを見つめ、世界中どこに行っても身一つで生きていけるようになることです。コンディットの皮膚の下には、自分の力だけで生きていくんだという意志と、どこに行っても身一つで渡っていけるという自信が漲っているのを感じます。彼には虚勢のようなものが一切ありません。あるがままの自分を見つめ、自分の心の赴くままに羽ばたく翼を持っています。それは試合での悠然とした戦い方にも現れており、その優雅さやタフさが自分のもっとも愛するところです。

今や総合格闘技の基礎中の基礎の一つであるブラジリアン柔術も、20世紀初頭に単身アメリカに渡り、身一つで生き抜いた一人の日本人柔道家によって誕生した武術です。彼の名前は前田光世といい、己の信ずる柔道の力を証明することに人生の全てを費やした人でした。彼がブラジルに渡って伝授した柔術が、形を変えて今もなおオクタゴンの中で使われています。もし彼が安定した日々を求めて日本国内に留まっていたら、今のMMAは存在しなかったかもしれません。彼もまたコンディットと同様、世界中を旅して己の力でチャンスを掴んで成功を収めたのです。

今食えるか食えないかではなく、自分の力でこの競技で飯が食えるようにしてやるんだ、ということを考えたほうがずっと自分のためではないでしょうか?今金が稼げるからとMMAの世界に飛び込んだものの、団体があっさり消滅して明日の保証がなくなるということは格闘技で多々あったことです。結局、今食えるかどうかなんてことを考えても大した意味はないことを歴史が証明しています。それよりも、どこに行っても腕一本で誰にでも勝てる人間になることを志せばどこにいっても金を稼げるでしょう。

また夢を諦めるためには挫折が必要です。そして私はその挫折を悪いことのように扱う風潮は最も憎むべきものだと思います。何か一つを諦めたところで、そこで終わりではないからです。失敗と挫折がなければ、挑戦する気概もまた生まれないと思っています。にも関わらず、失敗を悪とする風潮が人を萎縮させ、貴重な経験の機会を奪い、開花するはずの才能を摘んでまわっているような気がしています。安定を求めるとは、そもそも失敗と挫折を避ける行為であり、それを推奨することは結果的に将来の破局を呼び寄せることになると思っています。それは人から成長するキッカケを奪うからです。

最終的にはこれは個人の問題です。なので決定は各々が自由にすればいいと思います。ただ、もし今格闘家になりたいという若い人がいて、もし偶然にもこの場末のブログを読んでいたならば、コンディットのメンタリティを参考にしてみてはいかがでしょうか。今日本の格闘技界に最も欠けているのはコンディットの精神です。世界中を旅してチャンスを掴んで成し遂げる、それは最高に素敵なことだと思います。

そして例え勝とうが負けようが、リングに足を踏み入れることのできた全ての人を、私は尊敬しています。

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