画像はUFC 173 バラオ vs ディラシャウ大会のフォトギャラリー | UFC ® - Mediaより
バンタム級タイトルマッチ 5分5R
WIN 挑戦者TJ・ディラショー vs 王者ヘナン・バラオン
(5R 左フック→パウンドによるTKO)
挑戦者は王座奪取に成功
世人は知らず、大輪の花が咲き誇る時
花はいつも唐突に咲いたように見える。昨日までは固く閉じられていた緑の蕾が、翌朝には鮮やかな大輪を広げて誇らしげに日の光を浴びている。人はそれを見て驚かされる。おや、いつの間に、と。確かに花たちはそれまでの謙虚な立居振舞からは想像もつかないほどに、速やかに手際よくその花弁を開く。だが彼らは無言で立ち尽くしているように見える間も、人知れず着実に準備を進めているのだ。その予兆は確かにあり、そして花を愛する者だけが咲く時を知っている。
オッズは7.75倍、青と金の美しい花がこの夜に咲く事を世間の誰もが知らなかった、極わずかな人間を除いて。「ザ・カリフォルニア・キッド」ユライア・フェイバーは知っていた数少ない一人だ。この花を愛するカリフォルニア・キッドは、己が「ザ・バロン」に領地より叩きだされたその夜に、大輪の花がこの日に咲くことを悟ったのだ。そして彼はこの花に王座挑戦させるように呼びかけた。
TJ・ディラショー、TUF出身でチーム・アルファメールに所属する28歳の戦士は、この日その才能を完全に開花させ、難攻不落と思われた王者「ザ・バロン」ヘナン・バラオンを王座から追い落とした。そして私が放り投げた120円は、889.2円になって戻ってきた。
俺についてこれるかい?覚醒した「スピード・スター」
彼らが並び立った時の映像を見て一つの事に気付いた。バラオンはカットが少なく、ディラショーより一回りほど大きい。対するディラショーは極限まで絞り込み、その体を一切の無駄なく使いこなせるように研ぎ澄ました刃物のような肉体だ。ディラショーの体は、全て速さのために準備されていた。
この試合はチーム・アルファメールの完全な作戦勝ちだと私は思う。ディラショーの距離と動きはバラオンの打撃、特に蹴りを無効化するために設定されていた。基本は蹴りを捌ける遠目の距離に置く。そして常に重心を軽く軽く中心に保ち、即座に移動が可能なようにしていた。この辺りは伝統派空手と同じ考え方だ。そしてその機動力を活かして、片時も同じ位置に留まらないのだ。さらにボディワークも駆使して頭の位置も常に動かした。おまけにディラショーはスイッチを頻繁に繰り返す。これではまともに当てるのは至難の業だ。
そして攻める時には少し過剰なほどに踏み込んだ。相手と体がぶつかるほどに接近してのストレート、オーバーハンド等を駆使した。この距離ではバラオンはパンチに頼らざるを得ない。そしてパンチのカウンターは、ディラショーがボディワークを使ってかわしながら打ち込んでいるために当たらないのだ。カウンターを防ぎ、さらに蹴りを潰すこの飛び込みでバラオンは反撃の機会を失った。そしてバラオンは構えのせいで、この踏み込みに対処できるほどに下がることはできない。だから逃げ損ねて何度もパンチを被弾していった。
この踏み込みはバックスピンキックの対策でもある。回転系の攻撃に対する一番の防衛策は前に出て潰すことだ。回転中の体はバランスが悪く、前に出て押せば相手は容易く大地に転がって一気に不利になるリスクがある。ディラショーの大きく素早い踏み込みは、バラオンの強力な武器の一つを封じることにも一役買っていただろう。実際、ディラショーは一度バックスピンを潰してチャンスをつかんでいる。
バラオンの最大の武器は相手を行動不能にするほど痛めつける蹴りだ。特にローとミドルは危険だ。これで痛めつけられた相手は少し遠目の距離で足を止める。ここが男爵の処刑場だ。踏み込んで来たバラオンから逃げようとして、後ろに下がり切れなければパンチに捕まる。遠い距離だから大丈夫だろうと安堵していれば、男爵の体が一瞬ぶれた後に死角から高速で踵が飛んでくるだろう、そしてバックスピンキックによるド派手なKOが一つ増えることになる。
バラオンはムエタイがベースにある都合上、蹴りを打つために足を止める瞬間がある。だからバラオンを相手に足を止めて見合うのは致命的なミスだ。わざわざ狙う時間を与えてしまうことになるからだ。逆に移動しながら蹴りを使うのはさほどに得意ではない。遠目に距離を設定し、そして常に動き続ければバラオンは蹴りのタイミングを掴むことはできないのだ。だからディラショーは常に動き、そして蹴りの出始めを見て素早く後ろに下がった。それもただ下がるだけではなく、サークリングも組み合わせてだ。これによりディラショーのローやミドルは何度も当たったが、逆にバラオンは頻繁にそれらを空振りしていた。
そしてバラオンは近い距離での殴り合いはそれほど巧くはない。あくまでも少し遠目の、蹴りが使える距離が彼の得意な場所だ。彼は打ち合いの直前に重心を落とす。フットワークは使えるが、バラオンには切り替えがあるのだ。そして打ち合うために構えた後は、彼は後ろに大きく下がれない。やはりムエタイの少し後ろ目の重心なように思う。ここに大きく踏み込まれるとバラオンはかなり戦いにくい。蹴りもパンチも距離が合わないからだ。パンチを打つときもずしりと腰を落として強めに振る。ボディワークはあまり使わず、防御はガードが主体だ。これではディラショーのスピードには対処できないだろう。またディラショーはタックルの可能性もちらつかせることでさらに機動力を奪っていった。重心を落とさねば転がされるプレッシャーもあったのだ。
次いでディラショーの勝因はディフェンスと一体化した攻撃とフェイントの巧さだ。ただでさえ高速で動き回る中に様々なフェイントを織り交ぜることでバラオンは翻弄され続け、後手に後手に回っていった。そしてカウンターを貰わないように立ち回るディラショーを、バラオンはまともに捉えることができなかった。
まず1Rにダウンを奪った、打撃音が歓声の中でもはっきりと聞こえるほどにクリーンヒットしたオーバーハンドだ。
彼はこのパンチも単発ではなく、ボディ打ちのフェイントを入れている。デトロイト気味の構えから左ボディを打つように見せて大きく踏み込んだ時、バラオンの目線は下に下がって彼の左手は慌てて腹を守りにいった。そこからディラショーの肩が一気に回転して、ガードが無くなった左顎に右拳がねじり込まれたのだ。
また中盤以降で効果を発揮したのがサウスポースタイルからの左ミドルと左ハイだろう。どちらの足でも蹴りは出せるようだが、やはり巧いのは左足による蹴りだった。
喧嘩四つの状態ではディラショーの左ミドルは当てやすくなる。彼は大きな踏み込みの中にこの左ミドルを混ぜ、これがバラオンのスタミナを奪い、そしてディフェンスを散らしていった。2R終盤のミドルは強烈で、これによってバラオンにミドルに対する強い警戒感が植え付けられたのは間違いないだろう。その後もコツコツと当たった左ミドルは派手さはないが相当な有効打だったと思う。バラオンはこれを被弾し続けて4Rにはガス欠を起こしていた。使うタイミングも秀逸で、バラオンが体勢を立て直そうとハイガードにするたびにこれを打ち込むのだ。ムエタイ独特の肩を怒らせたハイガードはこれで下げざるを得なくなっていった。
このミドルとセットで使ったのが左ストレートを餌に使った変則左ハイだ。この打ち方はネイト・ディアズ戦でのジョシュ・トムソンも似たような使い方をしていた気がする。ディラショーは左ストレートを少し低めに打ち、そこから上体を右にすこし倒しながら、出した左手を残してその外側から打ち込んでいった。バランスは悪く、ディラショーは何度も体勢を崩していたが、それだけのリスクを負う価値のある攻撃だった。この左ハイは中盤以降何度もヒットし、そして5Rに決定打の一つとなった。
上体を倒すのはカウンターのパンチを避けるためと、フェイントのためだろう。ハイといってもかなり近い距離で脛の当たりを叩きつけるような蹴り方だから、カウンターでパンチを狙われたらかなり危険だ。攻撃と同時に頭の位置を動かすことでそのリスクを回避している。何度かバラオンが左ストレートを合わせに来たが、ディラショーがそれを被弾することはなかった。
そしてもう一つの機能はフェイントだ。左のパンチと同時に頭を右斜め下に振ることで、バラオンは体の向きや視線がそちらに向いた。さらには左手でディラショーの左足のあたりは見えなくなっている。バラオンは無意識に、もうこれ以上右側からの攻撃はないと判断していたのだろう。だがその左手と重なるように振り上げられた左足が、バラオンの右斜め下から跳ね上がって何度もバラオンの首を刈り込んだ。あれだけ執拗に同じ打ち方をされて尽く被弾するのは、ディラショーの左ストレート、そして左ミドルがディフェンスの必要があるほどに強烈だったからだ。最後に被弾した蹴りの際は、左ストレートを避けようとして右側に頭を振った結果、それがカウンターとなって左ハイを被弾している。もはやバラオンは左ストレートを避けることに必死で、その外側から蹴りが何度も来ていたことにすら考えが及ばなかったのだろう。
また上記の蹴りにも繋がるディラショーの大きな武器が、サウスポースタイルでの左ストレートだ。このストレートは非常によく考えられており、ポイントはその踏み込む時の軌道にある。まっすぐ入るのではなく、バラオンの左側に回り込むように斜めに踏み込んでのストレートなのだ。これも少し頭を振りながら、バラオンと交差するほどに大きく踏み込んで打つ。目的はカウンターの回避だ。バラオンの左側面に回り込めば蹴りと右ストレートは無効化される。さらにディラショーはこのまま踏み込んで向き直ろうとするバラオンの側頭部に右フックをひっかけるように叩き込み、逃げようとするバラオンにさらに左ストレートで追撃したりした。そしてこの踏み込んだ右足の位置、バラオンの左足の外側に置かれた右足は、左ハイを打つための布石でもあったのだろう。
加えて今回のディラショーは打ち終わりに非常に気を付けていた。遠ければ打ってすぐに後ろに下がり、近ければ打った後に必ず足を使って回り込んで追撃をかわしていった。そして避けた後にバラオンの体が泳げばさらに踏み込んで追撃する。それらが可能なのも常に足を止めない軽快なフットワークのおかげであり、それはバラオンの懐に踏み込んでからさらにもう一歩動けるほどまでに洗練されていた。バラオンは容易く横や後ろに回り込まれ続け、自分の距離で戦うことは最後までできなかった。
全ての選択肢は毒蛇にあり、見惚れるほどの攻撃的姿勢
またディラショーはどの局面でも攻める手段を持っていた。まずはそのグラウンドでの強烈なパウンドだ。ディラショーの代名詞的な攻撃といえばパウンドだろう。自分は彼のパウンドの強さに惚れ込んでファンになったのだ。決して体格的に優れているわけではないのだが、ディラショーはガードやサイドからガンガン殴りつけていく。割と無茶に思える姿勢でもそのパウンドは強烈だ。体幹が異常に強いのかもしれない。粘りのある力強い筋肉は、獲物を締め上げて逃がさない蛇そのものだ。左ハイ、そして左フックでダウンを奪った後の止めのパウンドは最高だった。全世界100万人のパウンドファンが歓喜の涙を流し、ああ自分もあれで止めを刺されたいと願うほどに正確無比で破壊的なパウンドだった。体重を乗せてズドン、ズドンと杭打機のように打ち込まれる拳はバラオンの顔面に次々に突き刺さり、一切の衝撃を逃がさない。やはりこのパウンドこそがディラショー最大の魅力だろう。
肘だってお手の物だ。4R、起死回生のバックスピンを狙った王者が前に出たディラショーに潰されて転がった。ディラショーは素早く駆け寄ると一気にサイドを取り、そこから容赦なく肘を叩きつけたのだ。練習をしていなければ出ない動きだろう。この肘とパウンドでバラオンの顔面は崩壊し、5R開始前には右目が青黒く腫れあがって塞がってしまった。
クリンチでも優れている。彼はヘビー級王者ケイン・ヴェラスケスのように、バラオンの胸に頭を押し付け、さらに金網をこっそりと掴んで完全に動きを封じ、そこから右手で王者を散々に殴りつけた。膝を返そうにもディラショーも膝を打ち返してくる。おまけにバラオンはミドルでボディが効かされている。むしろ膝を嫌がるのはバラオンのほうだった。
そしてこの圧倒的火力の土台となるのがディラショーの攻撃的な姿勢だ。彼は攻めて攻めて攻め続けた。あのフットワークにあの手数だ、その運動量は凄まじいものがあったはずだ。下手をしたらスタミナ切れで逆転だってありえるほどに彼は動いた。それでも最後まで攻め続けた。反撃を受けても怯むことなく前に出た。あの王者の打撃を知っていれば、前に出ることがどれだけ恐ろしいか容易に想像できるはずだ。だがディラショーは恐れなかった。むしろそこに踏み出すことを楽しんでさえいるようだった。そして事実、活路は前に出ることにあったのだ。
自分が特に気に入ったシーンは三つある。一つは相手の攻撃が届く距離で足をシャッフルしていた時、次にクリンチの際にこっそり金網を掴んだ時、そして一番気に入ったのがサミングアピールをした王者を殴り飛ばした時だ。
私はこっそりと反則する選手は嫌いではない。それも技術だと思うからだ。ディラショーはクリンチでバラオンを捕まえると、審判にばれないように何度も相手を抑える瞬間だけ金網を握り、そして必要が無くなればすぐに離した。現状金網掴みは即時減点ではない以上、ほんの少し使う分には効果的な反則だろう。こういう狡さ、ルールを利用しつくす考え方は最初から排除してはならないだろう。スポーツは悪く言えば如何に相手の嫌がることをするかの勝負だからだ。使えるものは何でも使って勝利をもぎ取る、綺麗に勝とうなどと驕りも甚だしい態度だろう。
また特筆したいのが、バラオンのサミングアピールを無視して殴り飛ばした時だ。同じようなことをボクシングのメイウェザー、そして先日バーナード・ホプキンスもやっていた。メイウェザーはさすがにちょっとアレだと思ったが、ホプキンスのはプロフェッショナルだと私は感じた。
ケージの中にレフェリーはいるが、基本的にはいないと考えて試合をするべきだ。アピールするまではいいが、それで止めてもらえるなどと期待するのは言語道断であり、審判が止めに入るまでは一瞬たりとも気を抜いてはならない。アピールの際は隙が生まれることを覚悟してする必要があるだろう。
サミングをアピールしたとき、バラオンは劣勢で弱気になっていたのは間違いないだろう。実際サミングはあったのかもしれない。だがあの状況下であそこまでレフェリーに止めることをしつこく促してはダメだと思う。ディラショーは一度はきちんと止め、そしてレフェリーが続行と判断するやアピールを続けるバラオンを殴り飛ばした。称賛されるべき姿勢だ。勝つためには一瞬の隙も見逃さないし、ちゃんと相手のことも考えたうえでの攻撃だからだ。逆にバラオンは王者にあるまじき態度だった。レフェリーになど何一つ期待してはいけない、彼は味方でもなんでもないからだ。そしてああいう機会を見逃さないディラショーの胆力に私は感嘆した。彼は最初から最後まで相手を打倒することだけを考えていた証拠だからだ。
アルファメール悲願の王者誕生と、その覇道の行く末
この夜、新たな英雄が誕生した。スピードスターはブラジルの男爵を放逐してバンタム級のベルトを腰に巻いた。彼の戦い方はかつてのバンタム級王者ドミニク・クルーズを彷彿とさせるものがあった。だがクルーズ以上にスピードがあり、攻撃手段も遥かに多彩だ。何よりもフットワークに大きな差があった。
彼のスタイルはMMAの進化をさらに一歩推し進めるだろう。以前ジョン・ジョーンズの戦いの際にも言及したが、蹴りやタックルがあるMMAでは他の格闘技より距離が遥かに遠い。そこではスピードの重要度がかなり高く、お互い近い距離で足を止めて打ちあう機会はどんどんと減ってきている。このような中で、何も既存の立ち技格闘技と同じ構え、同じ理念で戦う必要は無いように思っている。その最たるものが構えの固定化だ。高さや局面が頻繁に切り替わるMMAにおいては、必ずしも構えの向きやガードを固定化する必要はないかもしれない。必要に応じてスイッチしたほうが合理的なように思っている。MMAの最先端がどこか伝統派空手に似てきているのは決して偶然ではないだろう。恐らく伝統派空手の源流が、今のMMAに近い状態を想定して作られたものなのではないだろうか。
試行錯誤の段階を経てとうとう完成したスタイルを引っ提げて、ディラショーはこれから覇道を拓いていく。今回の戦い方は作戦勝ちの要素が強い。今後どのタイプとやっても同じように勝利できるかが焦点となっていくだろう。
だが今のディラショーのスピードは凄まじい。あのバラオンですら遅く見えるほどの動きであり、そしてディラショーは打たれ強く、どの局面でも戦うことのできるオールラウンダーだ。スタミナも化け物レベルであり、さらにTDの選択肢も持っている。目下一番の強敵は膝の怪我かもしれない。
そしてバンタム級を見渡した時、そこには彼の敬愛するレジェンド、ユライア・フェイバーの名前がある。先日王座戦で敗れたばかりとはいえ現在ランキング2位につけている。彼ならば数戦後にまた王者挑戦する可能性が十分にあるだろう。その時にディラショーは彼と拳を交えることができるだろうか?あれほど自分の勝利を喜んでくれた男と闘う時、彼の攻撃性が鈍ることはないだろうか?そして今回敗れたバラオンも、このまま黙ってはいないだろう。
彼の覇道は決して容易くはない。だがこのスピードスターが荒れ果てた道を駆け抜けていく様が見たくて、私は今から胸の鼓動が高鳴るのを感じている。
無敗の王者に訪れた戦士の宿命
いつかは訪れると思っていた。だがそれはずっと早く、そしてあっけなく訪れた。あれだけ盤石に見えたヘナン・バラオンのバンタム級支配は、颯爽と現れた青い彗星によって容易く終わりを告げてしまった。
血走り濁った眼をきょときょとと動かして、セコンドのアドバイスをぼんやりと聞くバラオンからはすでに覇気が失われつつあった。5R直前の事だ。度重なるハードヒットに脳が揺さぶられた男爵は、すでに自分の為すべきことを見失っていた。がなりたてるセコンドの声は、きっと届いていなかったに違いない。
仕上がりは決して悪くはなかっただろう。序盤の蹴りもパンチもキレがあったし、威力も十分だった。だがそれも当たれば、の話だ。ひと時も照準内に収まらないスピードスターに、バラオンは攻撃手段を見失っていた。もしディラショーの打撃にさほどの威力が無いのであれば、相打ちを狙ってもよかったのだろう。だが相打ちを狙えば下手をしたら倒れるのは自分だ。バラオンはどうしてもディフェンスを優先せざるを得なくなった。そしてそのディフェンスを次々と掻い潜ってくる打撃に、バラオンは次第に力を失っていった。
特にムエタイのハイガードを狙ったアッパー、そして左ミドルをバラオンは嫌がった。嫌がるが対処はできないままだった。バラオンは常に肩を怒らせてハイガードをするムエタイの構えだが、これが相性が悪かった。顎と腹ががら空きになるのだ。特に喧嘩四つの状態ではミドルを防げず、途中肘で庇おうとするも間に合ってはいなかった。同じミドルを蹴り返すも、常に足が使える状態のディラショーはさっさと外に出てガードを固めてかわしてしまう。バラオンのスタイルは事前に研究され、完全に丸裸にされていたのだ。
またバラオンの強打は蹴りもパンチも打つ直前に少し間がある。足を止めて重心を落とし、そこから重い一撃を繰り出すからだ。パンチの打ち合いでそれは顕著だった。バラオンがどっしり構えてパンチを振り回す時に、ディラショーは足とボディワークでそれをスイスイとかわして位置を変える。バラオンの体が泳ぐと、そこを狙ってディラショーは飛びかかった。
数字を見ると、出した手数では二人に大差はない。だが当たった数はディラショーがバラオンの倍近くだ。バラオンが自分の当たる距離で戦えなかった証左だ。それだけディラショーに打撃を回避されているのだ。
だが対策はあった。2Rに見せた膝と前蹴り、恐らくあれが正解だ。特に飛び込みに合わせた膝がディラショーにとっては一番嫌な攻撃だったと思う。ボディワークを使って頭を動かして飛び込んでくる以上、狙うのならばボディしかない。それが出来なければひたすらに足を使って逃げるのが上策だっただろう。バラオンはなまじ打ちあおうとしたのが仇になってしまった。それだけの自信があったのだろうが、それは慢心だったかもしれない。結局膝は一度いいのを当てたものの続かず、その後飛び込むディラショーを相手にガードを開いて雑にパンチを振り回して応戦したことで被弾を重ねていった。
タイクリンチをしてしまうのも手だっただろう。ガードを固めて突っ込んで、そのまま無理やり組み付いて膝を当ててしまえばスピードは関係ない。バラオンにはTDされるリスクが発生するし、クリンチでの殴り合いで負けたかもしれない。それでも相手の足を止めることはできる。やはり最初にパンチでダウンを取られて意地になっていた部分があったように思う。バラオンはパンチでやりあおうとしすぎていた。
足殺しを狙ってのローは完全に対策されており、バラオンはローをかなりの数空振りしていた。スイッチしてのサウスポースタイルはこのためでもあったのだろう。ディラショーは的確に見切り、その射程からさっと足を引いて避け、そして自分は前足のローを何度も一方的に当てることに成功した。なのでやはり腹を狙ってディラショーの足を止めるべきだったのだろう。飛び込みに合わせた前蹴りや膝でボディを打てば、ディラショーを失速させることができたかもしれない。
ただそれらを安易に出させないようにしたのはディラショーだ。2Rには足を掬いあげるようなTDを成功させ、さらに左ミドルを多用して遠い距離から削り始めた。これで飛び込んでのパンチばかりを警戒していたバラオンはまた対策を練り直さねばならなくなった。そしてディラショーはまっすぐには入ってこない。斜めに切り込み強打を打ち込むディラショー相手に、正確に膝等を狙うのは事前研究無しでは至難の業だろう。
捨てたTDの選択肢、想定されなかった互角の打撃戦
徹底したTDディフェンスと圧倒的な打撃技術を武器にスタンドで勝利する。いざグラウンドに持ち込まれれば柔術を駆使して相手をグラウンドから追い出す。ブラジルの選手に多いムエタイと柔術のスタイルの中でも、打撃に特に秀でていたバラオンはこれまでこのスタイルで勝利を重ねてきた。だがスタンドで不利か五分になった時、自らTDする選択肢を用意していなかったバラオンは局面の選択権をディラショーに奪われて、相手の選択に無理やり付き合わされる羽目になった。そしてバラオンはディラショーのフェイントに次々と掛かり、ディフェンスの判断ミスを重ねていった。この負け方はアンデウソン・シウバ、ジュニオール・ドス・サントスも同様だったように思う。
何か一つの武器で勝つのは自分も魅力的だと思うし、それで勝てるのならばそれでもいいだろう。だが最初から選択肢を捨ててしまうのはあまり得策ではないかもしれない。バラオンの今回の戦い方は、絶対にスタンドで打ち負けないのだという前提があった。だがそれは油断だ。そういう点において、足を負傷してスタンドでは危ないと判断した瞬間に迷わずTDを選択したジョゼ・アルドの戦い方のほうがより洗練されていたといえるだろう。もしバラオンにTDの選択肢があれば、あれほどにディラショーは大きく踏み込んではこれなかったはずだ。
バラオンのキャリアを考えればその慢心はある意味では避けられないものだったかもしれない。それはディラショーの7.75倍というオッズを見てもわかる通りだ。実際それだけの実績があった。世間だけではなく、本人ですらあのオッズが妥当だと思っても止むを得ないだろう。得ないだろうが、そのツケは本人が思う以上に大きくついてしまった。
ただバラオンの肉体と技術は決して衰えたわけではない。今回は1Rに貰ったオーバーハンドのダメージが大きすぎたのもあるだろう。1R終了時点でもバラオンの表情はおかしなままで、目を頻りに気にする素振りを見せていた。もしかしたら目の焦点が合っていなかったのかもしれない。2Rでも上体がぐらつくシーンが多く、バランスを崩したパンチをやたらと振り回していたことからも恐らく相当に影響が残っていたはずだ。そしてその間にもどんどんとダメージを重ね、左ミドルで腹までやられたバラオンは3R終わりごろにはほぼ打開策を打てなくなってしまい、無謀なバックスピンキックなどを出すしかなくなっていた。だがそれも対策されており、4Rには前に突進して潰してきたディラショーに上を取られてパウンドでしこたま削られている。バラオンは王者の宿命として、挑戦者側に徹底的に分析されて敗北した。
しかしバラオンは今もってランキング1位であり、この評価にはいささかの不満もない。2位につけたフェイバーとはやはりまだ差があると思うからだ。バラオンの弱点を把握したとして、それを狙った作戦を遂行できるかどうかはまた別問題だ。ディラショーと同じことが出来る選手など早々いないだろう。いないのであれば、バラオンはやはり強いままなのだ。
人は失って初めて気づくことがある。バラオンはこの敗北から何を学び、そして何を得るのだろうか。今度は男爵がスピードスターを解剖する番だ。ここから「ザ・バロン」は新たな戦い方を模索することになる。その先には、この夜を遥かに凌駕する驚きが待っているかもしれない。彼が再び領土を奪回する日は来るのだろうか?だが今は休む時だ、王者の重圧から解放されたその体を横たえて。八角形の金網は、「ザ・バロン」が戻る日を待ち続けている。
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バラオの打撃に一瞬間があるというのは指摘されて初めて気がつきました
返信削除確かにムエタイスタンスからの打撃というのは前足に重心を移す「一瞬」の間がありますが
フルコンタクトの競技でそれを突けるというのは・・・
TJ+アルファメールだから可能だったんですかね
やっぱり距離が相当遠かったのが大きいと思います。あれで見る余裕が生まれます。蹴りが来たら下がる、という意識も事前に持っていたのでしょう。バラオンがぐっと踏み込む動きを見せる瞬間にTJの体はもう後ろに飛んでました。
削除自分も、サミング・アピールしたバラォンにTJが一撃した場面は感心しました。
返信削除特に、前回のフェイバー戦でのパウンド中に行った、審判へのアピールに不快な気持ちになった自分としては余計に。
ローラー戦でのジョニヘンの時にも感じましたが、正に因果応報だなぁと。
とは言うものの、ローラー戦での敗北から再起したロリマクの如く、バラォンが次戦以降どうなっていくかも注目ですね。
ちなみに、王座を奪取したTJはバラォン戦後に結婚式の予定を入れているんで、喜びも倍増でしょうね(^^ )
燃え尽き症候群に陥らないコトを祈りますw
フェイバー戦のアピールは不愉快でしたね。やはりああいうことをするのは選手自身のためにならない気がします。
削除最近ちょっとニュース漁れてないのでそれは知りませんでした!「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ・・・」って死亡フラグだと思ってましたwフラグをへし折って勝ってしまうディラショーカッコよすぎですね。あの試合でのディラショー見たら奥さんも惚れ直すどころじゃないでしょう。
恥ずかしながらディラショーの試合は初見ですが、すっかり虜になりました。
返信削除ボクシング技術が非常に卓越してますね。
誤解を恐れず言えば、まるでボクシングの試合のように洗練されていました。
パンチもステップワークもウィービングもスイッチも美しすぎます。
あれでレスリング出身ですか。もはや理解しがたい化け物ぞろいですね。
あれほど丁寧に戦える選手が現れたことは、(敢えて一概に言うと)いよいよ歴史で勝るボクシング界に並びつつあるという感慨が湧きました。
ディラショーの動きは軽量級MMAの最先端のように見えます。
僕はフランキー・エドガーが大好きですが、彼より多彩に見えました。
アップセットというマジックがあったからでしょうか。
感動が多く、なかなか文章がまとまりませんです。
ボクシング技術は卓越してましたね。自分はディフェンス技術に惚れ惚れしました。とにかくボディワークとフットワークが素晴らしいです。昔からオフェンス面は打撃に火力ありましたが、ディフェンスが備わって文句なしです。元々センスはよかったですが、ここに来てこの大成はやはりラドウィックコーチのおかげなのでしょうか。
削除丁寧という表現はいいですね、ほんと最後まで焦らず慌てず丁寧に作戦を遂行していました。タフな男です。
エドガーよりも引き出しが多くフェイントが巧いですね。そして一番の違いはディフェンス面です。あれだけの飛び込みを連発しながら被弾が少ないのは回避行動とセットで攻撃するからでしょう。エドガーはカウンター貰いすぎてましたね。上体をちゃんと動かしながら入れるのがボクシングが巧いと感じる理由な気がします。
いや、あの試合は感動で脳が痺れるのもやむなしですw私も試合後に感動でしばらくボーっとしてました。
それにしてもレスリング出身のアメリカ人チャンピオンが増えてきましたね。
返信削除やはり最終的には引き出しの多い選手の方が強いのでしょうか。
ジョゼアルドとてどこまでやれるものやら
打撃で互角になるとTDの選択肢が物を言うのでしょうがないところです。レスラーが打撃できないというのはもうすっかり過去の話ですねw
削除ジョゼ・アルドも最近は試合内容を見ると結構周りに追いつかれつつあるようにも見えますね。メンデスとの再戦はかなり面白くなりそうです。ただアルドのTDディフェンスは相当なものがありますし、パンチ主体のアルドはバラオンよりも攻略しにくそうです。
引き出しの多さも器用貧乏にならなければやはり多いほうが強いと思います。得意な武器があったとして、対戦相手はまずそれを封じることを考えると思うからです。
あっさりボコられて終わりだろ、なんて思ってましたが、蓋を開けてみるとディラショーの完勝でしたね。あそこまで多彩な攻撃ができるとは思っていませんでした。
返信削除試合とは関係ありませんが、アルファメールは選手同士の繋がりが特別強いような気がします。インタビューを受けるディラショーに、フェイバーとメンデスがバケツの水を後ろからぶっ掛ける映像が最近フェイバーによってアップされていましたが、仲が良いからこそこういうことができるんだろうな、と思いました。
WECでべナビデスが勝った時、控室にいたフェイバーとメンデスが抱き合って喜んでいた様子を見た時も「みんな仲が良いんだな」とほっこりしたのを覚えています。
アルファメールは皆仲良しですよね。トップがいてまとめているジムというよりは、大学のサークルみたいな感じなのかなと思ってます。自分もフェイバーの兄貴と抱き合って喜んでみたいです、ケツアゴでグリグリされながら。
返信削除今回も会場にいるフェイバーが何度も映されてましたが、まるで肉親の試合を見ているようなリアクションでほっこりしました。隣にいた人がフェイバーに抱き付かれてグイングイン振り回されてるのを見て、ほっこりすると同時に力がスゲー強くて結構苦しいんだろうなあとか心配してましたw