2013年1月3日木曜日

UFC155 感想と分析 part1

2012年最後を締めくくるにふさわしいファイナルでした!
以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ
試合結果はこちら 写真は公式ギャラリーより

LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29: Junior dos Santos (left) and Cain Velasquez (right) touch gloves before their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
お互いにリラックスした表情 今回は二人とも万全のコンディションだ

ヘビー級タイトルマッチ 5分5ラウンド
WIN 挑戦者ケイン・ヴェラスケス VS 王者ジュニオール・ドス・サントス
(50-45、50-44、50-43でユナニマスデシジョンによる判定勝利)
ファイトメトリックによる試合データはこちら
ケイン・ヴェラスケスについて

「自分は100%になって戻ってこようと思った。」
これは彼がアントニオ・シウバを血の海に沈めた後の言葉である。
彼はレスナー戦の怪我から100%回復してないままに
サントス戦に挑み、そして敗北した。その時彼の体重は
今回の240ポンドよりも大分重い249ポンドで、シェイプが
万全でないことは明らかだった。表情も硬く、解説席にいた
ブロック・レスナーが「彼のあんな不安そうな表情は初めて見た。」と
驚いているくらいだった。

だから彼がシウバをズタズタにしたあとにこのコメントを
したとき、時は来たのだと思った。彼は100%なのだと確信した。
この無骨なメキシカンは寡黙で、見栄やハッタリを言わない
戦士であることを知っていたからだ。

確かにその体はバルクアップされ、腹筋の割れたドス・サントスよりも
カットがなくフィジカルで劣るように見えた。ナチュラルで柔らかく、
軽量級の勇者フランキー・エドガーを思わせる体つきだ。
だがその顔は穏やかながら、目にはっきりと力が宿っていた、
ケインがワンパンチでマットに沈められる瞬間を想像して怯える
自分と対照的に。

そしてゴングが打ち鳴らされた-。

今回、ケインの取った戦略はおよそ考えうる中でベストだった。
それはタックルという「餌」を撒いて相手にタックルを意識させること。
もう一つは相手の想像を超える前進でノック・アウトに必要な距離を
取らせないこと、この二つだ。

頭を振り、パンチの的を絞らせないように近づきながらいきなりの
低空タックルで足に絡みつく。序盤、そのタックルは無様なほどに
切られ、地面に這うケインがひどく必死で格好悪く見えた。
それでもケインはわざとらしいほどにしつこくタックルを仕掛けた。

そう、このとき誰も予想だにしなかったが、これこそがケインの
用意していた罠だったのだ。観客である自分もその罠に掛かっていた、
ケインは打撃ではやはりサントスに分が無いのでは、と思わせ
られていた。観客ですらそうなのだ。サントスは次第にタックル防御
を考えて左腕を低く構え、左側のガードががら空きになっていった。
それが地獄の美容整形外科の入り口とも知らずに。

打撃においても、ケインは明らかな進歩を見せていた。
自分が戦略以上に勝負のポイントと考えているのは、打撃における
構えとフットワークの改善だ。実は序盤から打撃で勝っていたのは
ケインだった。その最たるものはケインの左のステップジャブだ。

LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29:  (R-L) Cain Velasquez punches Junior dos Santos during their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Donald Miralle/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
サントスの間合いでもジャブの差し合いで勝ることが多かったケインのステップ・ジャブ
ントスの顔面が何度も跳ね飛ばされていた

これまではムエタイの構えであり、スタンスは狭くじりじりと間合いを
詰めるスタイルであったが、今回はエドガーや中量級のスーパー・タックラー
GSPのように少し低めの重心でフットワークを使い飛び込むスタイルに
変わっていたように思う。パンチも近距離でのサークル軌道のパンチによる
回転力中心の打ち方から、ストレート系の速くて伸びるパンチを多用していた。
これが想像以上に威力と距離があり、何よりもヘビーと思えない速度だった。
フットワークがよくなったことによって、前進する際も上体が安定して
いい打撃を打てるようになっていたと思う。

このステップジャブでサントスを下がらせ、サントスが打ち合いに出ようと
構えなおせばタックルに行く。トップレスラー必勝の策だ。
サントスはディフェンスを絞れず、攻撃の糸口をつかめないままじりじりと
ダメージを負っていった。

LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29:  (R-L) Junior dos Santos punches Cain Velasquez during their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Donald Miralle/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
メキシカンは一度自分を打ち倒した拳を恐れずに、しっかりと見ていた。
彼の視線は常にサントスの顔を捉えていた。

懸念されていたパンチディフェンスも改善されていた。
サントスのパンチがよく見えていたと思う。
時折貰うこともあったが、それでも以前よりはずっとよくなっていた。

さらにケインはそれに加え、ボクシングスタイルをすれば叩き折るような
ローキック、押し込んで組み付けばクリンチ・アッパー、ボディ・ショット、
そして彼が最も得意だと公言する膝蹴りも織り交ぜていく。彼には
全局面で戦う武器があったのだ。

勝負を決する一発の呼び水になったのはその膝蹴りだと自分は考える。

LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29:  (L-R) Cain Velasquez knees Junior dos Santos during their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Donald Miralle/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
獰猛な猫科動物を思わせるしなやかな体から繰り出されるボディへの膝蹴り!

この膝の後さらにクリンチでのボディを打たれ、嫌がり逃げるサントスに追撃の
左フックが放たれたときに、サントスは少し意識が揺らいだように見えた。
それを追いかけて放たれたワンツー。これが勝負を決する一撃となった。
ケインの遠目からの素早いステップイン、そしてカウンターを合わされても
怯まずに放たれた豪快な右ストレート。王者は力なくマットに崩れ折れた。

後はもう書くことなど無い。
ケインに寝かされた人間がどうなるか、皆知っている通りだ。
自分は1Rの追撃で止めるべきだったと思う。
確かに4Rあたりで一度息を吹き返して、多少は生気のある打撃を
出していたサントスだ。だがその程度で止められるような相手なら
ケインはここに立ってなどいないのだ。数枚の写真を貼ることにする。


LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29:  (R-L) Cain Velasquez punches Junior dos Santos during their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Josh Hedges/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
殴って!

LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29:  (R-L) Cain Velasquez punches Junior dos Santos during their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Donald Miralle/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
殴って!殴りまくる!

LAS VEGAS, NV - DECEMBER 29:  Cain Velasquez (top) punches Junior dos Santos during their heavyweight championship fight at UFC 155 on December 29, 2012 at MGM Grand Garden Arena in Las Vegas, Nevada. (Photo by Donald Miralle/Zuffa LLC/Zuffa LLC via Getty Images) *** Local Caption *** Junior dos Santos; Cain Velasquez
地獄の美容整形 一度施術が始まったらもう止まることは無い。

試合内容は5R判定でケインの圧勝だった。試合データによれば
トータル・ストライキングでケインが150発近く多く殴っている。
ケインはなぶり殺しにしたのではなく、あくまでも
「カーウィンの失敗」(レスナー戦で攻めすぎてガス欠を起こし2R逆転負けをした)
を繰り返さないためにも、無理に攻めずに「スマートに」あろうとした結果
フィニッシュできなかったのだと言う。そのスマートさのために、
サントスの顔面はスマートとは程遠いジャガイモになってしまった。

リッチ・フランクリンは、ヴァンダレイ・シウバとの試合のときに2Rで
ダウンを奪われ、その後意識を取り戻したのは4R終わりくらいだったそうだ。
彼は無意識のままに3R近くを戦っていたらしい。これは非常に危険な状態だ。
立っているからやれるというわけではないはずだ。自分はこれはかなり
深刻なミスではないかと思う。名勝負を見たいと思う反面、選手に
必要以上のダメージを負わせてはならないとも思う。

戦士の言葉に嘘は無かった。彼が前回の試合は万全でなかった、と言ったときに
それを言い訳と取って嘲る人間もいた。だが戦士はその戦果で全てを証明した。
敗北を乗り越えて再び戻ってきた王者は新しい支配の方法を身に着けた。
次の王の時代はとても長くなりそうな予感がする。

ジュニオール・ドス・サントスについて

バックパック一つで旅に出て、旅の果てにMMAと出合った青年は
駆け足でトップに上り詰めた。その証であるかのように、彼の
トランクスには一流アスリートの証であるナイキのスポンサーマークが
燦然と輝いていた。計量でポーズを決め、笑顔を見せる流浪民は
自信に満ち溢れていた。最高のキャンプ、最高の状態で試合に望めたと
彼は嬉しそうに言った。それを見て、自分は彼の勝利を予感した。
だが、その笑顔は本当は慢心の表れだったのかもしれない。

彼は試合前からケインのレスリングを評価し、警戒してると公言した。
間違いなく彼はタックルに来る、だからレスリング練習もしたし
柔術の練習もたっぷりしていると。だが、打撃のことについては一言も
触れていなかった。当然だろう、前の試合で彼は自慢のパンチ一発で
彼をマットに沈めたのだから。だがそれこそが、彼の最大の失策だった。

序盤から突進しては打撃とタックルを織り交ぜて出すケインに、サントスは
明らかに対応できていなかった。時折シャープなパンチを繰り出すが、
ケインはまったく止まる気配が無い。そのはずだ。これまで最高の打撃は
かなり遠くからのステップインがあってこそのものだったからだ。
タックルを警戒して左のガードを下げ、重心を前にかけられず深くステップイン
することが出来ない状態ではノックアウト・パワーを生み出すパンチは打てない。
彼はタックル対策をしすぎることで、自分の最大にして唯一の武器が
使えなくなることに気づいていなかったのだ。

フレディ・ローチも言っている。ノックアウトに必要なのはタイミングと、距離だ。
ケインのタックルと左ジャブで完全に狂わされた距離は、短時間で修正
できるものではなかった。彼はいいボディを何度か返すものの、じりじりと
圧されだした。そして、彼のキャリアで始めてのダウンの瞬間が訪れた。

その後の展開は一方的だった。それでもサントスには見るべきものが
いくつもあった。

まずそのフィジカルだ。MMAでは稀に見る首の太さである。これはパンチを
打つ際の体幹維持、優れたボディワーク、そしてノックアウトへの耐久力を
もたらすであろうものだ。あれだけのクリーンヒットでもサントスは完全に
失神しなかった。その後の追撃でかなり打たれても彼はまだ立てていた。
だが、結果的にそれが彼をよりひどい地獄に導いたのもまた事実だろう。

立つ力、グラウンドでのバネも素晴らしかった。あれだけ打たれてもまだ、
ケインが完全に制圧するのに苦心するほどによく立ち上がった。
ほぼ無意識でも立つ動作を繰り返す彼を見て、彼がどれほど熱心に
練習してきたのかが容易に察せられた。それはひどく痛ましい
光景でもあった。

何よりも評価したいのはその心の強さだ。彼は最後まで戦おうとした。
ノーガードで殴られるままでも、彼は決して倒れなかった。
彼が追いすがるケインに出したバックハンド・エルボー。それは
生き残ろう、戦おうとする本能を感じさせる凄みがあった。
彼は最後まで敵を倒そうと必死であがいた、あがいてあがいて
あがきつづけた。無様と人はいうかもしれない、無駄だと人は
言うかもしれない。でも、自分はそれが最高にカッコイイと
思った。彼もまた戦士だった。

試合後に彼は言った。無理に立ち上がろうとしたことで、結果的により
深く傷つくことになってしまった、柔術で勝負するべきだったと。
彼は己の拳を過信するあまりに、戦略を大きく誤ってしまったことを
すぐに悟っていた。パンチを封じるテクニックはいくらでもある。
彼は自分のパンチが封じられるであろう事を想定していなかったのだ。
もしサントスがムエタイをきちんと習得していたら、タックルカウンターの
膝を恐れてケインはあそこまで露骨にタックルは出来なかっただろう。

殴られすぎて変形する王者の顔 
右目は塞がり、唇は腫れ上がっている。

王者は完全に叩き潰された。ベルトは奪い取られ、別人のように変わり果てた
顔でうなだれるだけだった。その顔は試合前の自信に満ち溢れた顔からは
想像も出来ないものだった。ナイキのロゴがひどく悲しげに見えた。
トランクスの青色は彼の敗北でよりいっそう青味が増したような気がした。

だが彼は気丈にも、すぐにリベンジを宣言した。観客の心無いブーイングが
うっすらと響く中、彼は最後の力を振り絞ってこう言った-
「次は自分の番だ。必ずベルトを取り戻す。」

全てを失った流浪の民は、ハングリー精神を取り戻して新たな
旅を始める。次にオクタゴンに帰ってくるとき、彼はさらに強くなって
戻ってくるだろう。