画像はUFC Fight Night Tulsa Event Gallery | UFC ® - Mediaより
ライト級 5分5R
WIN ハファエル・ドス・アンジョス vs ベンソン・ヘンダーソン
(1R 左フックによるKO)
ついに結実!ドス・アンジョス苦節の6年
タフなスムースの腰がガクリと崩れ落ちた。立ち上がり際、敵の居場所を見失ったスムースの死角から、ブラジル人の強固な拳が彼の顎に飛来したからだ。バチン!という激しい殴打音は始まりの鐘の音だ。これからライト級には、この音を合図に激動の時代が訪れることになるだろう。
ハファエル・ドス・アンジョス、2008年のUFC91から参戦し、29歳という若さでありながらすでにUFCで15戦を経験した、もはやケージのベテランともいえるこのブラジル人は、6年目にしてついに王座の目前まで到達した。そのキャリアは決して順風満帆とは言えなかっただろう。多くの敗戦や苦戦を経て、この男の実力はいよいよピークを迎えようとしている。
あの弾けるような拳の音は、彼が地道に育て続けた努力の実が、熟して綻ぶ音だったのかもしれない。
全ての打撃がハードヒット、アンジョス怒涛の猛攻
アンジョスは何も恐れていなかったように思う。相手はライト級のトップ・コンテンダーだ。さらに直近の試合では素晴らしい勝利を納めている。実力はもはや誰も疑う者がいない状態だった。オッズは4倍近く、アンジョスの勝利は多くの人が想像だにしていないものだった。
だがこのブラジル人は恐れてはいなかった。その背中からは自信が湯気となって今にも立ち昇らんばかりだ。スムースの前に平然と歩を進め、渾身の力で打撃を叩き込んでいった。その全てが相手を倒す気迫に満ち溢れていたと思う。
試合はスタンド一辺倒となった。だがアンジョスの方が明らかに優位だった。割と差があったように思う。特にパンチのディフェンスに大きな差があったと感じた。
アンジョスは上体を屈めて両手をきちんとあげ、腰を落として上体をリズミカルに左右に振りながらスムースにするするとにじり寄る。その体勢から蹴りもパンチも一切のストレスなくスムーズに繰り出していく。対するスムースは腰が高く上体をあまり振らず、よりキックに傾倒した構えだっただろう。この構えの差はそのままディフェンス技術の差だったと私は思っている。
アンジョスは細かいジャブで距離を測り、ロー、ミドルなどを織り交ぜながら飛び込んでパンチを浴びせていく。蹴り合いでは五分だ。だが深めに飛び込んでからのジャブ、そして左ストレートをスムースは細かく被弾する。スムースがパンチを返すも、アンジョスはそれを華麗にパーリングで何度も払いのけ、さらに下がって距離を合わせてから反撃のパンチを打ち込んだ。
下がるときはハイガードで頭部をがっちり守り、腕の隙間から覗き込むように相手の打撃を良く見ていた。そこを狙われてボディを強烈に叩かれるが、すぐにお返しのボディフックからローキックを繰り出して、決して殴られたままにはしておかない。飛び込もうとして前蹴りで吹き飛ばされるも、慌てずにしっかりと呼吸を整えて立て直していく。
試合が動いたのはアンジョスの強烈な右ミドルからだ。サウスポースタイルのアンジョスだが、どちらの足でも蹴ることが出来る。左のローの後、一呼吸置いてその場で軽く飛んで素早く足をスイッチし、着地と同時に跳ね上げるような右ミドルを繰り出すと、予期していなかったスムースはこれを思い切り食らってしまう。バチッ!という破裂するような音が金網の中を木霊する。その美しいスイッチからの蹴りがアンジョスの練度の高さを物語っている。
スムースはこれで足が止まる。少し下がった後、圧力を掛けるアンジョスを追い出そうとジャブを試みるが、アンジョスは完全に見切ってわずかに下がってそれを外し、右のジャブでスムースを金網に追い込んでいく。さらなる追撃を予期したスムースの左フックが空を切る。スムースの顔には明らかな苦悩の表情が浮かび始めた。彼の動きは既にほぼ読まれつつあったのだ。
焦らずにアンジョスはじっくりと隙を窺っていく。その姿は狩猟に長けた獣の姿そのものだ。細かいフェイントでスムースを揺さぶり、相手が動き出すのをじっと待っていく。
そして決定打が生まれた。ステップインからのお手本のようなワンツーをアンジョスが放つと、左のストレートがスムースの側頭部を綺麗に打ち抜いた。飛び込みに合わせて右フックをカウンターで引っかけようとしていたスムースは完全に打ち遅れ、結果的に自分がカウンターを貰う形となった。
これが相当効いたのだろう。金網に追い込まれたスムースのディフェンスは、もはやニックネームとは真逆の状態になっていた。効いて焦ったスムースはがちゃがちゃと動き、足を使って距離を取ることを忘れ、片足を上げて相手を遠ざけようと足掻き、頭をハイガードで覆って顔を下げてしまったのだ。
ここにアンジョスが右、左とガードの外から抉るようにフックを放つと両方を被弾し、スムースはクリンチで窮地を脱しようとあたふたとアンジョスにしがみつく。だが動きにいつもの力強さはなく、アンジョスが体をよじりながらフックを叩き込むとスムースはすぐに手を離してしまった。
アンジョスの猛攻は一切止まることはない。アンジョスの前進を見て、とりあえずという形でスムースはワンツーを選択するが、ジャブの時点でアンジョスの顔は既にスムースの視界から消えていた。アンジョスはステップインと同時に遥か高く飛び上がると、ダブルニーでスムースの脳を縦に激しく揺さぶったのだ!左の膝が顎に当たると同時にヘンダーソンの上体は咄嗟に前かがみになってしまった。アンジョスの腰を抱き込むような形になったところに、今だ空中に留まるアンジョスの右膝がスムースの顎を目がけて下方から突き刺さった。
スムースの腰は砕けかかった。だが彼はそれを誤魔化すようにタックルに移行して時間を稼ごうと足掻く。だが一切の疲弊もダメージもないアンジョスは、それを容易く上からねじ伏せると素早く首を狙いに行く。戦士の本能がグラウンドは危険だと告げたのだろう。振りほどいてスタンドに戻そうとスムースは慌てて立ち上がった。この時、彼はまったく周りが見えていなかったように思う。
明後日の方向を向きながらスムースは立ち上がった。相手に対してほぼ真横の向きだった。対するアンジョスはその時重心がばっちり前に乗った、最も打撃に適した最高の体勢のままだったのだ。
立ち上がったスムースを眉ひとつ動かさずに見つめていたアンジョスは、思い切り体重を乗せてコンパクトに左フックを叩き込んだ。左フックの着弾点がスムースの「左顎」だったことからも、スムースが如何に相手の状態が把握できていなかったかがわかるだろう。それはもはや後ろから不意打ちするのに近い当たり方だった。
当然の結果として、スムースの腰は地球の重力に一気に引き寄せられた。もはや彼の足に1Gを克服する力はない。足を内側に巻き込むように真下に崩れた戦士の姿は、糸を失った操り人形のようだった。追撃のパウンドを打とうと飛びかかったアンジョスの前に、巨体を誇るジョン・マッカーシーが素早く割り込む。レフェリーは続行不能と判断したのだ。
会場は大歓声と、うねる様なブーイングが混ざありあい、風穴のような音を奏でた。首を振りながら呆れたような笑いを浮かべ、俺はこれだけダメージが無いんだぜ!と言わんばかりに飛び跳ねるスムースの姿が、タルサの観客の目に映っていたからだ。
その音はいつまでも未練がましくタルサの会場に響いていた。だが裁定は覆らないし、アンジョスのノックアウトは文句のつけようもないほどに素晴らしかった。アンジョスは29歳にしてはいささか年老いて見える顔を歪め、顔を皺だらけにしてコーチたちに幼子のように飛びついた。6年間の彼の戦いがこの瞬間にようやく報われ、彼には彼の実力に見合うだけの評価と栄誉が与えられることになったからだ。
ハファエル・ドス・アンジョスはタルサの地で驚愕のアップセットを成し遂げ、トップ・コンテンダーの集団から一歩先んじることに成功した。彼の勝利者インタビューに贈られた不満げな声は私を酷くイラつかせたが、苦難を乗り越えてきたアンジョスには頬を撫でるそよ風のようなものだろう。むしろ彼の快進撃を後押しする、追い風にすらなるかもしれない。
圧倒的自信、その根拠はどこにあるのか?
私はレフェリーの判断を全面的に支持する立場であることを表明したい。早いとは思わないし、続けても結果は変わらなかったと推測する。崩れ落ちたのは左フックだが、その前段階からすでに打撃は効いていたのだ。それらがあって、最後に足を巻き込む形でのあの倒れ方では、止めないレフェリーの方が少ないように思う。これ以上の追撃は余計なダメージとなる可能性が高かったのではないだろうか。確かにダウン後でもすぐバランスを取り戻す選手もいれば、脳震盪を起こして記憶を失いながらも、オートパイロットで戦い抜いてしまうジュニオール・ドス・サントスのような化け物もいる。しかし脳震盪を起こした状態で戦いを続けることはかなり危険で、選手生命を大きく損ねる可能性のあるものだ。フラッシュダウンの倒れ方ではなかったし、すでにディフェンスはかなり怪しかったことからも止めて正解だろうと思う。
もちろんスムースの気持ちはわかるし、実際彼はダウンしても試合を続行できたことは多い。鍛え上げた肉体はバランスに優れ、恐らくまだ続けることも出来たのだろうし、その先に逆転の可能性がまったくなかったとは言えないかもしれない。だがレフェリーの判断は絶対だし、何よりもダウンを喫した時点で自身の失策であることは間違いない。ここはあまり引きずらない方が、今後のキャリアのためにもいいだろうと思う。
今回のアンジョスの仕上がりは過去最高だっただろう。肉体は分厚く膨らみ、その内に宿るエネルギー量が膨大であることを感じさせた。ライト級では175センチと比較的身長も高く、スムースと比して厚みがある分大きく見えた。昔はもっと小さかった印象がある。グレイソン・チバウやクレイ・グイダとの敗戦が、彼にフィジカルの重要性を教えたのかもしれない。わずかしかなかったグラップリングでもパワー負けをしているようには見えなかった。体格があってリーチもあり、さらに蹴りもかなりの水準で使えることでスムースを相手に距離で不利になることは一切なかった。距離はほぼ同じくらいだっただろう。
分厚い筋肉質な体でありながら、スピードはスムースを上回っていた。リズミカルに体を振り、前後左右に軽快なフットワークで移動する様はボクサーさながらだ。構えもボクシング寄りに見えた。力みのない最小限の体の使い方で、スムースの打撃を華麗に捌いて優位に試合を運んでいった。
そして今回明らかになったのが、それらを下敷きにしたアンジョスの攻守に秀でたスタンド技術だ。昔はここまでの水準ではなかったように思う。彼は華やかなコンテンダー争いの陰で、ひたすらに研鑽を積んでここまで己の武器を磨き上げたのだろう。研ぎ澄ましたスキルは圧倒的と思われたライト級No.2を一刀両断し、その切れ味はトップクラスであることを証明した。
特にディフェンス面が優れていたと思う。ボクシングに若干傾倒した構えのように見えるが、そのスタンスから蹴りも出せればタックルにも対応でき、フットワークも十全に機能している。ハイガードで頭部を集中的に守る分ボディが若干空いてしまい、そこをボディアッパーとミドルで狙われたが、ミドルの方は下がって外すことに成功した。顔への打撃は下がって距離を外し、打ち終わりを狙っていった。特にこの下がるときの距離の見極めが素晴らしかったと思う。元々ボクシングはさほど巧くはないスムースからは、パンチの当たる気配があまり感じられなかった。
オフェンスも優秀だ。ジャブを始め、パンチを当てたのはアンジョスの方が遥かに多い。中に入られるのを嫌ったスムースが膝を立てても、その膝の当たらない距離からパンチが届いてしまう。接近戦でもよく見ており、近づかれると顔を伏せることがあるスムースとはここでも大きな差があった。抜群の距離感で自分だけがパンチを当て、それらはハンドスピードがあってキレもある。パンチの技術は相当なものだろう。これに加えてアンジョスは蹴りもある。蹴り合いでもスムースを相手に一歩も引かず、特に足を一瞬で交差させての右ミドルの見事さは筆舌に尽くしがたいキレだった。この一発が見られただけで、この大会は価値があったと言っても過言ではない。
また攻撃に想像力があり、ファンタジスタの素質も感じさせる。基本に忠実すぎるほどの長い射程のワンツーもできれば、ここぞの場面でフライング・ダブルニーを炸裂させる華やかさがある。これもありがちな見せ技ではなく、確実に効かせているのだ。苦し紛れにカウンターを狙ってパンチに来ることを読んでいるからこそ出来た芸当だろう。かつてアンジョスはスーパーマン・パンチからのフライング・ニーというトリッキーなKOコンビネーションを動画で解説していたことがある。以前見た時は本当にこれに実用性があるのか疑問だったが、この試合でのアンジョスを見れば、間違いなくこのコンビネーションは効果的なのだろう。想定しなければならない攻撃が多く、頻繁にレベル・チェンジがあるMMAにおいて、相手の想定の裏をかいてディフェンスを散らすことは勝利に必要不可欠だ。特に互いのスキルセットが充実しているほどに、トリックやフェイントの重要度は上がっていく。ここで仕掛けられるかどうかが、大成するかどうかの大きなポイントとなるだろう。
最後に、今回はアンジョスの漲る自信と前に出る姿勢を大いに称賛したい。彼から怯えなど何一つ感じなかった。己のすべきことをすべてやり遂げた、という印象だ。ポイント・ゲームをやろうという気すらなかったように見える。有利な局面で自信を持って真っ向からぶつかる、そのシンプルながら勇敢な戦略はファイターとしての気概に溢れている。
なぜここまで自信を持ってスタンドで勝負できたのだろうか?スムースにはレスリングがある。タックルで転がされて下になれば、スタミナに優れるスムースにすり潰される可能性も高いのだ。にもかかわらずアンジョスは前に出続けた。
これが出来たのは、やはり名前をコールされるときに呼ばれる通り、彼が「柔術ファイター」だからだ。転がされても戦える、アンジョスは己の柔術に自信があり、スムースを相手にグラウンドでは決して負けない確信があったのだ。その気持ちがあればこそ、アンジョスは全身全霊で打撃を打ち込むことが出来たのだろう。
もちろん、TDディフェンスもしっかりできる自信があったのだろう。ダブルニーの後にタックルに来たスムースをがっちり受け止め、すぐにチョークを模索する動きを見る限り対策は十分だったようだ。
何よりも、彼は過去に幾度も敗戦を喫している。対戦相手も強豪ではあるが、今のアンジョスならば到底負けは無いだろう相手が多い。彼はそれらの敗戦から学び、その屈辱を乗り越えて戦い続けた。敗北や失敗を乗り越えたものにこそ、真の勇気は与えられるのだ。彼は敗北を恐れず、ダウンを恐れず、屈辱を恐れなかった。それらがあの猛攻を堅固に支えた一番の土台となっているのではないかと思う。
スムースの首は誰もが認める王座挑戦者の証
「俺はあのベンソン・ヘンダーソンを打ち倒したのだ!」と言えば、「なんだって!じゃあ君が次の挑戦者か!」と言わぬ者はいないだろう。その首級はチェール・ソネンのポジション・トーク100時間分よりも説得力のある王座挑戦者の証だ。停滞するライト級において、アンジョスは大きなアドバンテージを得ることに成功した。
だがライト級王座は王者の怪我で新陳代謝が悪くなったままだ。一応王座戦は決まっているものの、その試合はまだ3か月近く先のことだ。滞りなく王座戦が行われたとしても、次の王座戦は来年の2月以降になることは間違いない。もしアンジョスが王座戦をするならば、あと半年は待たねばならないのだ。
今こそピークを迎えつつある旬のアンジョスにとって、意味もなく半年間を待つのは本人だけでなく、ファンにとっても大きな損失だ。理想を言えば一戦挟むべきだろう。だがこの判断は非常に難しい。同じような判断で試合をし続け、強豪に勝ち抜いて多大な人気を獲得し、そして今回痛恨の敗北を喫して一歩王座から遠ざかってしまった者こそ、他ならぬ対戦相手のベンソン・ヘンダーソンだったからだ。
もし一戦挟んで負けてしまえば、せっかく得た人気も挑戦権も手離すことになりかねない。だがこのアップセットで一気に実力を天下に知らしめたアンジョスは、この機を逃さずに次戦をやっておくほうがいいとも思う。今回は勝利に若干の疑問符が付くという不本意な結果ともなったし(私はアンジョスの完勝であると思っている)、その名をより盤石なものにして挑戦への機運を高めるためにも、リスクを負って試合をする方がいいと私は思う。
苦節6年、敗北を乗り越えて黙々と金網を旅してきたブラジル人の青年は、30歳を目前にしてとうとう七色のスポットライトの真下に辿り着いた。彼が今後どうするかはわからない。だがスムースを粉砕したその実力を、もっともっと白日の元に晒して欲しい。格闘技中毒者の血は彼の次の試合を求めて沸き立っている。
今のアンジョスならば、たとえ目の前に立ちふさがるのがどんな化け物だろうと、全身から闘志を噴出させて猛然と襲い掛かっていくだろう。苦難を乗り越えた彼の頭脳と肉体の繋目には、「福」という漢字が刻まれている。この勇気あるブラジルの柔術使いに、王座挑戦という「福」がスムーズに訪れることを願っている。
戦士に訪れた苦難、終わることのない王座への試練
スムースは今や多大なる人気を獲得していた。動きが無い王座戦を尻目に、スムースはためらうことなく強豪と2連戦していたからだ。戦士の気概を取り戻した男はジョシュ・トムソンを判定で破り、続くルスタン・ハリドフ戦では苦戦するも勇敢に前に出て、最高のアッパーカットでロシアのスープレックス・マシーンをスクラップにした。
王者になってからの消極的な判定量産、そしてペティスへの一方的な敗北から立ち直り、このまま一気に王座再挑戦まで行くかと思われたスムースだが、その未来には一気に暗雲が立ち込めた。強豪を拒まず、相手を選ばずに戦うという彼の誇り高き信念がこの残酷な結末を呼び込んだのは運命の皮肉だ。
闘うことを望んだ戦士に、金網の神は無慈悲なまでに試練を与えるようだ。
選手層の変化と失われるスムースのアドバンテージ
この試合でまず感じたのが、「スムースはこんなに小さかっただろうか?」ということだ。その感想の原因の一つは間違いなく、「ジ・アンサー」フランキー・エドガーにあるだろう。あの体格差であそこまで戦えてしまうエドガーの才気が、結果的にその対戦相手の記憶に大きな勘違いを与えている気がする。だがそれを抜きにしても、ライト級は全体的に大きくなっているだろう。大概のトップ選手は175センチほどで、172センチのメイナードなどは少し小さく見えるほどになってしまった。アンジョス、スムースは共に175センチだ。
それに加えて、スムースの体はやはり少し厚みが無くなったようにも見える。ネイト・ディアズ戦ではもっと大幅に体重を戻していたのではないだろうか?体重を戻す量が減っている可能性は高そうに思う。それは彼が以前から懸念していた、年齢による体質の変化の結果なのかもしれない。人は30歳を超えた時、それまで出来ていたことが倍難しくなる、彼は先輩のファイターからそう教えられたそうだ。そのために彼は、高齢になっても肉体を維持できる食事の仕方などを勉強していた。だが今回の肉体を見るに、やはり加齢による変化には対応しきれなかったのかもしれない。先の対戦ではハリドフに勝ったものの、パワーやレスリングでは圧倒されていた。スムースが誇るフィジカルの強さというものも、今や突出したものではなくなりつつあるのかもしれない。
リーチにおいても同様だ。今や蹴りが使えない選手はかなり減ってきた。若い選手は皆差こそあれキックがある程度できる。蹴りが無ければリーチ差で手詰まりになる局面がかなりあるからだ。アンジョスはブラジル人に多いキックと柔術のスキルセットで、それに加えて優れたボクシング・テクニックもある。体格が同じくらいでバネとスピードのあるアンジョスの蹴りは、スムースから距離のアドバンテージを完全に奪ってしまった。
距離が同じであればパンチの差が大きく出る。それはライトヘビーで絶対的と思われていたジョン・ジョーンズが、高身長のグスタフソンを相手に打撃で大いに苦戦したことからも明らかだ。この試合において、スムースのアドバンテージはかなり失われていたのだ。
だからこそ、スタンドで足を止めて様子を見ながら蹴りで削っていく、というこれまでの長期戦を想定したスムースの戦い方は最初から間違いだった可能性が高い。削り合いでは上記の理由から、アンジョスの方が優位だからだ。果たして打撃、それもパンチの技術で大きく差が出ることになった。ハリドフ戦でもハリドフの強打が何度か危うい当たり方をしていたが、やはりあの試合でもハリドフがもっとパンチで攻めてきたらスムースは負けていた可能性があっただろう。
ならばスムースが取るべき戦略は何かといえば、蹴りを織り交ぜつつ、パンチとタックルを連携させた攻撃で積極的にTDを狙っていくことだったと思う。もちろんこれはリスクが高い。それは多分アンジョスが一番想定してきたことだろうし、アンジョスにはサブミッションもあるからだ。しかしそうであっても、効かされて苦し紛れにタックルに行く前に自分から仕掛けるべきだっただろう。これはグラウンドで勝負するためではなく、相手のディフェンスを崩して打撃で有利に運ぶためだ。何もしつこく狙う必要はない。ケイン・ヴェラスケスのように、序盤に相手の脳裏にTDへの警戒心を与え、重心やガードの位置を狂わせるためにやるのだ。
もしかしたら、蹴りのために比較的高い腰の位置はパンチとタックルを連携させるのには不都合なのかもしれない。ペティスには逆に打撃を警戒しすぎて遠目から無理にタックルを仕掛け、下がられてカウンターを貰ったりしている。案外この辺の技術は苦手なのかもしれない。だが相手がグラウンドが得意かどうかに関わらず、せっかくレスリングのバックボーンがあるならばもっとタックルと打撃を連携させて自分から仕掛けるべきだろう。
また以前から指摘してはいるが、スムースは決してパンチはそこまで巧くないし、ディフェンス面もいいとは言い難い。蹴りの距離を維持できればかわす余裕が持てるが、今回のような場合には対応が後手になる。フランキー・エドガーにも掻い潜られてダウンを奪われている。ボクシング技術の向上は彼の必須課題だろう。
金網の神は、それでも闘いから逃げない者を愛する
わずか1Rで敗北を宣告されたスムースは立ち上がると、子供のようにピョンピョンと飛び跳ね、ウォームアップのように腿上げをした。彼はレフェリーの判断に抗議の意思を示したのだ。彼は試合後に、あれは「フラッシュダウン」だと言った。そうかもしれない。だが私はそうは思わなかったし、レフェリーもそうは思わなかったようだ。
会場に渦巻くブーイングが、今のスムースの人気の高さを証明していた。彼が闘いで勝ち得たものこそ、あのファン達の敬意と愛情だ。彼に最後まで戦い抜いて欲しかったと願う気持ちが、あのブーイングの一番大きな動機だろう。
試合後のコメントを見る限りは、納得はいっていないもののスムースはもう気持ちを切り替えつつあるようだ。誰でも負けることもあるし、失敗を糧に人は学んでいく。失敗が痛ければ痛いほど、人はより真剣に努力をするようになっていく。今回の敗北は、スムースに足りないものを浮き彫りにする形となった。今後の練習方針はより明確になるだろうし、それによってスムースはさらに強くなっていくだろう。もちろん、失敗の痛みが鋭すぎて、心が折れてしまわなければ、の話だが。
無様に倒れるのは屈辱だろう。それを全世界に放映される恥辱たるや、私には到底想像もつかないものだ。白目を剥いてマットに倒れ込む様を世界中の人間に見られるくらいならば、いっそそのまま目を覚まさないほうがマシだとすら思うかもしれない。ましてやまだ戦えると思っている時に、第三者によって敗者と宣言されたならば、どちらかが完全に命を燃やし尽くすまで戦わせてくれと言わずにはおれないかもしれない。
しかしそれらの屈辱をすべて耐え、金網で再び栄誉を勝ち取る以外に、この鬱憤を晴らす手段は存在していない。それこそがMMAの絶対の掟だ。失うのも得るのも、全ては金網の中で、己の拳によってしか果たしえないのだ。審判に誤審をアピールしても、金網の外で大演説を繰り広げても、その栄誉を奪い返すことはできないだろう。
ベンソン・ヘンダーソンは闘いから逃げなかったがために挑戦権を手放した。馬鹿な奴だと罵る者もいるかもしれない。だが私はそうは思わない。挑戦権のために政治を行うようなことはせず、ひたすらに強者を求めて金網に乗り込んだ彼は掛け替えのない物を手に入れた。それはファンからの熱い支持だ。試合開始時、タルサの会場に響き渡ったスムースへの声援、そして敗北後の彼を支持するしつこいブーイング、それらは全て彼が拳で勝ちえた掛け替えのない財産だ。ただ勝つだけでは得られない人気という宝物を、彼は既にその手に握っていたのだ。
この敗北をきちんと負けとして納得した時に、スムースの王者への道のりは今よりもさらにスムースになるだろう。決して事故や誤審と思うべきではないと思う。そのダウンの質がどうであろうと、貰った打撃は完全なクリーンヒットで、彼の脳が一時的に機能停止に追い込まれたのはまぎれもない事実だからだ。
戦士であることは困難を極める。逃げ出してもやむを得ないほどの苦痛や苦悩があまりにも多すぎるからだ。それでも闘いから逃げずに金網に足を踏み入れる者をこそ、金網の神は愛するのだと私は思う。
「スムース」ベンソン・ヘンダーソン、彼の戦士としての誇りが、この苦難を再び乗り越えてくれることを願っている。
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ドスアンジョス凄まじいですね。
返信削除ベンヘン戦だけ見ると1位のメレンデスよりも強いのではないかと感じさせるほどです。
ベンヘンは個人的には、今回かなりボクシングの向上を感じたのですが。
ジャブ・ストレートは速く真っ直ぐ伸びていて、ボディ打ちも良かったです。以前はパンチがもっとガチャついている印象でした。
反面、蹴りよりもパンチの比率が増えたことで距離が近くなり、結果的にディフェンスの穴が増えてしまったのが最大の敗因かと思います。
と言っても相手が自分よりもステップが速いうえ蹴りも使いこなすアンジョスですので、パンチを強化したのは決して戦術ミスではない筈ですが、上体の柔軟性とディフェンスに差がありましたね。。
パワーと蹴りのアドバンテージが失われつつあるという観察は、実に的を射ていると思います。
個人的には、メレンデス戦やトムソン戦で接戦を制したように、ダメージを与えられそうで与えられない、なんだかんだ5Rペースを握ってしまう特有のベンヘン力こそが一番の強みのような気もします。
ライト級の新陳代謝は止まりませんね。
王者のペティスも欠場が多く、鬼レスリングのヌルマゴに勝てるかはかなり怪しいです。
ヌルマゴはアンジョスにも完勝してますし頭一つ抜けてる感じもありますが、打撃そのものは荒削りなので、TDディフェンスが強くボクシングのできるメレンデスとか、他団体ですがチャンドラーのような打撃の強力なレスラー相手だとそう簡単にはいかなさそうな気も。
ちなみにベラトールのアルバレス・チャンドラー・ブルックス3頭はエディさんがどう見てるか気になりますね(^^)。僕はUFCトップとタメ張れると思ってるくちです。
オフェンスはよくなってると思いますが、やっぱり劣勢になるとがちゃつきますね。相変わらず相手を見ない、顔を伏せたぶん回しが多い気がします。ボディ打ちや前回のアッパーなど、ああいう掬い上げるような打撃は巧いですね。ただ攻守ともに相手を見ていないシーンが目立つなと感じました。ストレート系は向上してますが、アンジョスとやるには力不足だった感じは否めません。
削除ベンヘンの強みはやはりスタミナですので、短期決戦を挑むのが上策なのだと思います。
メレンデスは多分アンジョスとやると負けるんじゃないかという気がしますね。ヌルマゴはタフですが、私は打撃の荒さ、特にディフェンス面がそんなに盤石ではなさそうかなと思ってます。ペティスのスキルならKOできそうな予感がしてますが、TD防御次第ですね。メレンデス戦見てから判断しますw
私はブルックスはまだ伸びしろありそうだなと思ってます。チャンドラーは頭打ちの感があります。被弾が多くディフェンス面がいまいちでリーチもいまいち、割と逃げのタックルを連発する傾向に危うさを感じます。アルバレスはセローニと対戦ということですが、正直かなり読めませんw現時点ではアルバレスの方が有利かなと思います。セローニの蹴りがどれだけ当たるか次第ですが、前蹴りと膝で追い出せるならセローニも勝機は十分です。全員UFC上位の実力はあるのではないでしょうか。すべてはセローニが明らかにしてくれるはずですw
いやー、ライト級今一番面白いかもしれません。選手層が分厚すぎですね。
ストップのタイミングはエディさんならそう言う気がしてましたw
削除でもすぐ立とうとしてたし後2秒くらい待ってくれてもよかったのに・・・
まあドスアンジョスのパフォーマンスは最高でしたし、ベンヘンを圧倒していたのは間違いないです。スタンドで金網際に詰められたベンヘンは打つ手が見つからない感じでした。
不満は少しだけ残りますが結果的にヌルマゴの王座戦が近づいたので良しとしましょうww
ペティス戦は展開はだいたい予想がつきますが結果が予想できないです!ペティスのボトムのキレはUFCイチですからTDされまくったとしてもヌルマゴはポイントが入ると同時に危険な状態に曝されることになります。ペティスは立っても寝ても一撃必殺の目がありますが首相撲はあまり見ないので、AKAのお家芸であるケージに押し付けてコツコツ殴る金網漬け戦法で判定勝ちを狙いたいです、もしくはトップキープを捨ててスラム一本槍かwww
ただ上の戦術を実行できても今のペティスと25分戦ってフィニッシュされない奴はいない気もします。二人とも大好きなのでどっちが勝っても楽しい試合になりそうです。
ちなみに私はアルバレスはセローニには勝てないと予想してます、数試合しか見たことないせいかイマイチ強さがピンときてないですwこれでネイトやグラントが復帰してきたらライト級のフィーバー度半端ないですよね!ゲイジーやニックが来ることはあるんでしょうか?楽しみは尽きませんね!
ミンテアさんの指摘で気づきましたが、そういえばペティスは首相撲やりませんね。そもそもその間合いになる前に自分のベストの距離をキープして蹴ったり殴ったりしてます。スピード半端ないですからね。
削除ペティスに組み付いて消耗させて、疲労でキレを奪うというのは中々良い戦略だと思います。ただ近づくまでにそれなりの打撃スキルとディフェンスが無いとペティス相手には危ないです。ベンヘンがそれで結局大失敗をしてましたからね。でもヌルマゴは大型トラックみたいな頑丈さなんで、耐えて組み付くとこまで行けそうな気がしますw
アルバレスはパンチが巧い印象です。チャンドラー戦でも彼のジャブが試合を左右した印象です。セローニはパンチへの反応が悪いので、パンチが巧いアルバレスはちょっと怖い印象があります。まあジャブ貰ってる間にもっといいの当てちゃえる可能性があるのがセローニですがw
というかグラントはどうしたんでしょうかw彼が得た王座挑戦権なんてとっくに期限切れです。新陳代謝が激しすぎてすでに名前すら忘れかけてましたw
日本にいても賭けれる方法教えてください
返信削除説明は勘弁してくださいwスポーツベットで調べると解説しているサイトがありますので、そちらをご参照いただければと思います。
削除エディ様の文を読んで改めて軽量級の熟成度を実感しました
返信削除オールラウンドは当然でスタンドならパンチだけでなく蹴りも
転ばすにしてもレスリングだけでなく柔の技術が必要な時代なんですね
そう考えるとロリマク程の完成度、そして負けん気の強さをもってしても主導権(ポイント)を取るという事は至難なんだなと
何周回るのかもう分りませんが現時点ではポイントアウトを狙うというのは時代遅れの戦術なのかもしれませんね
今はもう蹴りがないとかなり厳しい印象です。レスリングでただ漬けるというのも上位だと難しくなってきてるように感じます。ハリドフみたいに転がしてもその先が無いと、逆にトップキープでエネルギー消耗しすぎてあまり効率的とは言えない攻めになったりします。あれとかもハリドフの柔術技術の不足なのだろうと思っています。
削除ロリマクの技術でも、結局ローラーに途中でひっくり返されて失敗してましたね。
今はまた自分から仕掛けてどんどん前に出る戦い方が猛威を振るいつつあります。結局はイタチごっこだと思いますので、これがある程度進んでフィニッシュが増えた後、また何らかの対策や技術によって「塩の時代」が再び廻ってくると思いますww