ジョシュ・トムソンvsネイト・ディアズについての感想です。以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC公式より
ライト級5分3R
WIN ジョシュ・トムソン VS ネイト・ディアズ
(2R 右ハイキック→パウンドによるTKO)
完全にトリックを暴かれたディアズ・スタイル
残念なことだ。どうやらディアズ兄弟は、ここ最近の自分たちの敗戦から何一つ学ぶことはなかったらしい。彼らの甘えのツケは、最終的に弟、ネイト・ディアズの記念すべきTKO負けで支払うことになってしまった。
ディアズ兄弟のトリックは挑発を使った顔面へのパンチの誘導と、それに対するカウンターだ。そしてそのスタイルは近年着実に対策されてきていた。
先鞭をつけたのはコンディットだ。誰しもがニック相手に打ち合い、パンチで勝たなければ「いけない」というプレッシャーに負けてパンチ勝負を挑んでは負けていたなかで、精神的に強く洗練された打撃のスタイルを持つコンディットは、ボクシングスタイルの弱点である足を徹底的にローキックで殺し、相手の有利な土俵にあがらず、狡い挑発を全て受け流して手数で圧倒して勝利した。
次いでライト級王者ベンソン・ヘンダーソンが弟のネイトを相手に、その戦術に加えてレスリングスキルと柔術ディフェンスを加えて展開した。ネイトは追いかけ回すも捕まえることが出来ず、挑発を繰り返すもあっさり流された。そしてロー、パンチで足を殺され、射程の外から蹴りを浴び、TDで転がされて上から散々に殴られて完敗を喫した。
そして最新の試合では、ウェルター級王者のGSPがニックを相手にベンヘンと同じ戦術を使い完勝した。ベンソンほど足を殺せなかったためにスタンドでパンチを多少貰ったが、それでも試合は一方的なものだったといえる。
前述の試合ですべて共通するのは、挑発に全く付き合ってもらえなかったということだ。スポーツとして洗練されつつあるMMAでは、以前ほどに頭に血が昇るような選手は減りつつある。きちんと事前研究を重ね、立てたプランをいかに冷静に遂行できるかが鍵であることが周知されてきたからだ。
結局挑発をして相手がどつきあいに来てくれなければ、ディアズ兄弟はパンチは巧いがスタンドで他の武器はなく、テイクダウンディフェンスに劣り、柔術もそれなりに対策出来ていれば上からのグラウンド&パウンドが十分に可能な程度の選手ということが明らかだ。上位に入れても、王者にはなれない実力であるといえる。
またディアズ兄弟が殴り合いで競り勝てていたのはゾンビのように打たれ強いという天性のタフさがあったところも大きいだろう。彼らはそのタフさゆえにディフェンスを疎かにした相打ち狙いの戦い方を採用していた面もあるのだ。
だが、今回のジョシュ・トムソンの素晴らしいハイキックでとうとうネイトはダウンを喫し、TKO負けをキャリアに加えることになった。天性の打たれ強さに依存した戦術も、これで転換せざるを得ないのではないだろうか。
洗練された戦術、遂行しきる充実した心・技・体
ストライクフォースでメレンデスのライバルであったジョシュ・トムソンのUFC再デビューは最高の
形で幕を開けた。これ以上の形は恐らく存在しないだろう。
戦略は先人たちのディアズ・スタイル攻略法をベースにしたものだった。とにかくパンチの距離では止まらない。接近をするなら打撃を放ちながら距離を潰してクリンチに行く。そうでない場合はきちんと足を使ってとにかくネイトが止まるまで逃げ切るというものだ。そしてネイトが止まったところを見計らってローで足を崩す。ここまでは従来の戦術だった。
ジョシュ・トムソンが独自に加えたのは、パンチフェイントからの右ハイキックだ。
ネイトは元々ガードはあまり高くない。それに加えて、ボクシングに精通しておりボクシングをよく練習している。このポイントをついてジョシュ・トムソンが狙ったのは頭を下げてステップ・インするボディ・ショットのフェイントだ。これが完璧に嵌った。ネイトはトムソンのフェイントが来るたびにボディをガードし顔面ががら空きになってしまったのだ。これはトムソンとそのチームが研究しつくしてきたことの証だ。相手の癖を見抜いた見事な戦術だと驚嘆した。
もちろん、この戦術は誰にでもできるものではない。体格の大きいディアズ兄弟を相手にして射程から完全に逃げることは難しく、下手をすれば金網際で捕まって削られたり、クリンチの際にボディなどを打たれて足を止められることも十分にあるからだ。また挑発に乗ってついついパンチを打ってしまうこともある。そうなれば彼らの思う壺、顔面を殴られて目の上を腫らしてしまうことになるのだ。ジョシュ・トムソンは、この戦略を遂行するだけの心・技・体をすべてきちんと持っていた。
結果、ディアズは1Rに顔面に強烈なハイを2度もクリーンヒットされてしまう。恐らく相当なダメージが蓄積したはずだ。それでもさすがのディアズ兄弟、あれだけのビッグヒットを食らってもすぐには倒れないのだから気持ち悪いほどの打たれ強さである。
ネイトは死に物狂いで追い掛け回し、金網際でクリンチで捕まえようともがき、そしていつものように追い詰められると何やら喋っては両手を広げ、必死に顔を打って来いと挑発する。このシーンを見たときに、自分はなんともいえないガッカリした気持ちになったのを覚えている。彼はまだ目が覚めていなかったのだ。そして対するトムソンはどこ吹く風、たまにパンチを当てられるとニヤリと不敵に笑い、逆にネイトを挑発するという有様だった。
1R、結局トムソンを捕まえられず、挙句にいい打撃を貰ったネイトに対して、またしてもセコンドはパニックになり、各々が勝手にがなりたて、必死にネイトを鼓舞しようと怒鳴り散らす。これはセコンドとして機能しているのだろうか?ディアズ兄弟がピンチになると、必ず兄か弟のどちらかと他のセコンドがギャーギャーとわめき散らすが、これはあのキャンプの問題点が何かを象徴する一幕だと自分は思っている。
炸裂した右ハイ、宙を舞う白いタオル
2R、ネイトにはダメージが残っていたのは明らかだ。悪くなる動きの中で、またしてもトムソンが練り上げてきた対ネイト用の技が炸裂する。まったく同じパンチフェイントからの振り上げるような右ハイ。この動きはコンディットがGSPからダウンを奪ったときのハイキックを彷彿とさせるものがあった。
完璧なタイミング、完璧な振りだった。ボディを防ごうとしたネイトの左顔面に、高速で振り抜かれた足がめり込む。さすがのネイトも、これにはもはや立ち続けることはできなかった。もんどりうって倒れこむネイトに次々と強力なパウンドを落として止めを刺しに行くトムソン。レフェリーが割って入り、必死で試合を止める上空を兄ニック・ディアズが遅れて投げたタオルがむなしく舞い飛んだ。
ディアズ・スタイルは、このハイキックによって完全に時代遅れの戦術となった。もはやMMAは喧嘩自慢の不良たちがどつきあうだけで勝てる競技ではなくなった。高度に洗練され、練習から戦術までチーム一丸となって徹底した研究と修練によってのみ勝利が得られるアスリートたちの競技となったのだ。挑発という行為が効かなくなったのは、MMAという競技がフィジカルやテクニックだけではなく、メンタルもまた同時に進化していたことを意味している。
ネイト・ディアズは明らかに対戦相手を研究して戦術を考えることを怠っている。そしてまた、いつまでたっても自分のやり方にしがみついて変化していくことを恐れている。これはネイトだけの問題というより、彼のキャンプが抱える問題だと思う。
一方のジョシュ・トムソンは、自身の境遇やメレンデスへの連敗にもめげず、為すべきことを着実にやり、ここ最近で飛躍的に強くなった選手の一人だ。彼はストライクフォースでの最後の試合を、今回王者ベンソン・ヘンダーソンをかなりのところまで追い詰めたライト級ランキング1位の男、ギルバート・メレンデスと行っている。昔はそれほど強いとは思わなかったが、この最後の対メレンデス戦では蹴りを巧みに使い互角に戦い、フィジカルでもほとんど負けずにかなり際どい判定にまでもつれこんだ。自分はこの試合を正直トムソンの勝利ではと思ったくらいだった。彼が何より向上していたのはムエタイの技術だったと思う。彼の修練は、今回のネイト戦で完全に結実したのだ。
また、彼は試合後に「愚かな真似をしなかった。」と勝因を語っている。愚かな真似とは何か、それはもちろん挑発に乗った殴り合いだ。彼もまた、一流のアスリートに必要な強い心を兼ね備えていたのである。
心・技・体、全てを備えたジョシュ・トムソンはこれからメレンデスとともにUFCライト級を盛りあげてくれる素晴らしい選手となるだろう。エドガーとクレイ・グイダがフェザーに行き、メイナードが頻繁に欠場を繰り返し、アンソニー・ペティスがアルドとのビッグマッチを狙っている今、少し手薄になったライト級には待望の人材である。彼もまたストライクフォースで長い間実力に見合うだけの注目を浴びてこなかった。さあ、これからは強豪集うこの金網の中で、思い切り暴れまわってくれ。彼の次戦も今から非常に楽しみだ。
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いつも楽しく読ませていただいています
返信削除ブログ更新を停止したのは知っていますがコメントさせていただきます。
ジョシュ・トムソンの動きはすごいですね
ベンソン・ヘンダーソンに敗れてしまったのは残念ですが当時私はネイトがKOされるとは思ってもみませんでした。
ニックvsGSPやネイトvsベンヘンでもおっしゃられていましたがディアズ兄弟は揃ってTDディフェンスが駄目ですね。
進化に遅れているのはごもっともですが個人的にはディアズ兄弟のスタイル上TDの選択肢は捨てるしかないように思えます。
ディアズ兄弟のボクシングは脱力によってなりたっているからです。
力をできるだけ入れずにコンパクトに相手にダメージを与えていく。
よく打つ瞬間にだけ力を入れるとありますがその典型的なスタイルがディアズ兄弟のボクシングだと私は思っています。
しかしこのうち方はあまりMMA向きではないですね。
脱力すると上半身は勿論、下半身も踏ん張れなくなります。
踏ん張れなくなるとすぐに転がされる、かといって踏ん張るようにすると今まで有効だった攻撃のダメージが半減されてしまう恐れがある。
サントスやアルド、他のストライカーと呼ばれる選手たちとは全く違ったオフェンススキルを持っているので、彼らみたいにTDディフェンスを身につけるというのはかなり難しい気がします。
ハンドスピードが遅く見えるのも脱力しながら打っているからですし、腕をひっこめずにそのままポンポンポンとテンポよく軽く打っても相手は露骨に嫌がる顔をします。
打つ瞬間だけに力を入れてあとは脱力状態を保つ、これがディアズ兄弟の特徴ですね。
TDディフェンスはひどくて見れたもんじゃありませんが彼らには柔道の投げ技をもっと身につけてもらいたいです。
というのもベンヘン戦でネイトが1回か2回ベンヘンをクリンチで崩しているからです。
あのアップライトの構えもTDディフェンスには最適とは言えないですがスタイル的にはあれが一番適切なのかなと思えます。
過去の記事で他にもコメントを残すかもしれないですがそんな気にしないでください^^
コメントありがとうございます。遅れて申し訳ありませんでした
削除ディアズ兄弟の打撃はよく様々な分析がされていますが、リラックス状態なのはその通りだと思います。普通は力んでしまうものですが、彼らは被弾をまったく恐れないですよね。
TDディフェンスが出来ないのは、一つはこれまでは寝かされても柔術で対抗できた、というのが大きいのかなと思います。
そしてもう一つは、私が思うに殴ることに注力しすぎるからです。彼らはパンチが得意ですが、フットワークを使わないタイプのファイターです。今の主流は皆足を使います。サントスやアルドなどはとにかく下がりながら強打を打ってきます。あれがディアズ兄弟はできません。
では何をしているかというと、足はいつでも最高のスタンスでパンチを打てる状態で固定し、長いリーチを活かして相手の始動に合わせて先に当てることです。挑発をするのもそのためですね。出鼻を叩くカウンターが彼らの打撃の肝なのだと思います。どうも相打ち上等のようです。
このスタイルは、パンチを最大限に生かす構えを維持するためにどうしても腰は高くなりますし、前かがみになることもできません。さらには目線は常に相手の顔を注視し、ひたすら丁寧に力まずパンチを正確に当てることに集中していますので、レベルを変えられると反応しきれないこともあるでしょう。
恐らくOFGをもっともうまく使える戦い方だったのだと思います。ただそれも蹴りやタックルを使う相手にはもう通用しなくなりました。狭いリングだと今でも結構使えるのではないかと思っています。
こちらも遅れるかもしれませんが、できる限り返信したいと思っています。どうぞお気軽にコメントなさってくださいませw