皆様お久しぶりです、格闘技中毒、略して格中というブログをやっていたエディと申します。とうとう念願の日本人タイトル挑戦ということで、約束通りの臨時復刊です。時間がかかったのはさっそく書き方を忘れたからです。というわけで、以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC 186 Event Photo Gallery | UFC ® - Mediaより
UFC186 フライ級タイトルマッチ
WIN 王者デメトリアス・ジョンソン vs 挑戦者 堀口恭司
(5R 4:59 アームバー)
王者は6度目の防衛に成功
全てはただ勝利のために、マイティマウスが示した王者の条件
堀口が王者の足を力なく叩くのとほぼ同時に、戦いの終わりを告げるブザーが鳴った。王者が足を解くと、その下からは堀口の苦悶の顔が転がり出てくる。5ラウンド残り1秒、王者はジャッジに委ねられかけていた勝敗の行方を奪い取っていった。それを決める権利を持つのはあくまで自分だ、そう言わんばかりに。
王者が民衆の不満を歯牙にもかけず、己が覇業のために築き上げてきたものが最後の一瞬に全て結実した試合となった。
強さとはなんだろうか。腕力が強いことか、殴るのが巧いことか、持久力に優れることか、極める技術を持っていることか。このどれもが正解には違いない。だが不十分だ。直接的、肉体的な要素ではないが試合を大きく左右し、時としてファイターを破滅に追いやってしまう要素がMMAにはあると私は常々感じていた。それは「観客の視線」への対応力だ。観客からの好奇の視線は目に見えない波長のように人の体に浸透し、行動に少なからず影響していく。空気を読むとは、この波長を感得して行動をそれに適合させていくことだ。
そしてもし王者に必須の条件をあげるとすれば、それは「空気を読まない」ということなのかもしれない。読めない、ではない。読めない人間は最終的には成功しないだろう。読んだうえでそれに従わずに行動でき、そして必要であればそれに乗る。場を意のままに支配できる能力、それこそが王者の資格であることを、マイティマウスは教えてくれたように感じた試合だった。
毒蜂の羽をむしり取れ!王者の徹底した堀口対策
突出した能力があるということは、真っ先にその対策が練られるということだ。狂蜂の最大の武器は空手を土台にした、いや空手そのものというべき打撃にある。伝統派空手の理念と技術はMMAとは極めて親和性が高い。左右自在なスイッチ、爆発的な飛び込みによる超長射程の打撃、前後左右に瞬時に移動しながら迎撃態勢を維持し続ける重心と構え。そのフットワークがもたらす高機動力と広い間合いには、これまで多くの選手が翻弄されてきた。
目にも止まらぬ速さで動き回る相手を倒すにはどうするか?誰もが思いつくことは、まず相手に組み付いて捕まえてしまう事、つまり蜂の羽をむしり取って大地に叩き落してしまうことだ。王者はこれが可能と見た。蜂は捕まらずに空を飛び続けることが出来ると思った。果たして彼我の戦力をより正確に把握していたのは、やはり経験豊富な王者のほうだった。
王者は序盤から距離を潰し、前に出て堀口を追い続けた。特筆すべきはマイティマウスの打撃の大半がクリンチ、タックルまで連携していたことだ。その打撃の最終目標は明確に密着することだった。このコンビネーションは、かつてヘビー級王者ケイン・ヴェラスケスが射程の長いパンチに優れるジュニオール・ドス・サントスを地獄に引きずり込むために使ったものと同じだ。
堀口は単発のタックルは切ることに成功したが、このコンビネーションで金網際に押し込まれ、そこからずるすると引きずり込むやり方に何度も尻餅を着き、決定打こそ打たせないが確実に削られ、消耗していくことになった。
中盤に差し掛かってからは、その戦術はさらに徹底して行われた。やはり1Rから成功していたことと、途中スタンドでカウンターの膝やロー、ミドルなどで良いのを当てた堀口に、ジョンソンがリスクを肌で感じたことが切っ掛けだろう。毒蜂の針が頬を掠めたことで、王者の思考はさらに冴えを見せていった。
あまりの徹底ぶりに、会場からはブーイングが響いた。堀口がかなり善戦して抵抗を続けたために展開が遅れ、膠着気味に見えたのだろう。しつこすぎるTD狙いは打撃を嫌がる臆病さにも見えたのかもしれない、王者らしくないとでも言いたげな観衆の唸り声を会場のマイクが無造作に拾っていく。だがそこには手に汗握る様な、二人の懸命な攻防があった。拮抗したせめぎあいは、時として停止しているように見える。だがその間には、互いが放出し合う莫大なエネルギーの交換が行われているのだ。
しかも王者はただ押し付けていただけではない。その合間にも執拗に削る打撃を放っており、それらはかなり効果的だった。「ドミネイター」ドミニク・クルーズが「インテリジェント・スナイパー」水垣偉弥を沈めた時に使った押し付けからの横殴りのパンチを浴びせたり、「スパイダー」アンデウソン・シウバが、バックハンドブローを外して哀れにも倒れ込んだチェール・ソネンに突き刺したボディへの膝蹴りなども用いていた。これらの攻撃で堀口のスタミナはどんどん失われていき、3Rにはすでにフットワークに陰りが見えていたように思う。結果、堀口はこのラウンドでクリーン・テイクダウンをカウンターのタックルによって奪われ、さらに終了間際にはヒューズ・ポジションまで辿り着かれてしまった。
緻密なオーケストラのように、大掛かりな建築物のように、王者の試合は精巧に組み立てられていたように思う。その過程で退屈に見えることもあるかもしれない。その全容を把握できない観衆からは早くしろ、もっと派手にやれとせっつかれるかもしれない。だが最後の形を明確に見据えた王者は一切惑うことなく、己のやるべき仕事をやり遂げたのだ。
オクタゴンに潜むもう一つの敵、それは「観客からの視線」
選手は試合を完全に終わらせることを考えて戦うべきだ。だが終わらせることを考えて戦うことと、終わらせようと無理をすることは全くの別物だ。結果的に判定であっても構わない、だがこの戦いを続ければ必ず完全に決着がつく、この道が終わりなく続くのならば絶対に相手が倒れている、そういう戦い方をするのが終わらせることを考える、ということなのだと思う。
だから戦い方は必然的に、常に自分が優位であり続けることを考えたものになるはずだし、可能な限り博打を避けることが必須になってくるはずだ。そしてこの思考を阻害するものこそが、冒頭に述べた観客の視線、期待、煽り、つまりは「観客の視線」なのだ。人の期待に応えたい、良いところを見せたいという勝利以外への欲求が選手の戦略を乱し、KOやフィニッシュへの甘い期待が雑な動きを産み、そして致命的なミスを呼び込んでいく。
無謀ともいえる試合数をこなし、今人気絶大な「カウボーイ」ドナルド・セローニもその見えざる敵との戦いに苦しんできた一人だ。彼は最近の好調に至る前、ネイト・ディアスとアンソニー・ペティスに痛恨の敗北を喫した。その時に彼はスポーツ心理学者を雇って、己のプレッシャーを解消しようと努力していた。彼は言った、カメラなのか何なのかわからないが、何かが自分をハード・ファイトに追いやろうとするのだ、と。相手と真っ向から打ち合わなければいけない、彼は何かを感じて自分を追い込み、そうなると彼はもう体がうまく動かなくなってしまったのだ。
その何かとは、恐らくカメラの向こうにいる私たち、つまり観客からの期待のまなざしなのだと思う。他者の期待は大きなモチベーションになるが、また自分を破滅に追いやる悪魔の罠にもなりうるのだ。だから皆の期待を感じながらもそれに踊らされず、最後まで己の仕事をどこまで全うできるか、それこそが王者に求められる大きな資質の一つなのだと思う。たとえ観客から大ブーイングを浴びようと、臆病者と罵られようと、最後に勝てばすべては帳消しだ。むしろ中盤のあのストレスがあったからこそ、最後のフィニッシュにあれだけの爽快感が生まれたと言えるだろう。勝つために全力を尽くしてさえいれば、観客の期待には結果的に応えているものなのだ。この試合のマイティマウスは、まさにその典型だったと思っている。
己の優位な局面を維持すれば必ず相手は疲弊する。これはコンタクト・スポーツだ。有利な状態とはすなわち自分のほうが手数を安全に多く出せると言う事であり、ならば相手は少なからず傷つき、そうなれば従来の動きは損なわれていくのが道理であり、必ずどこかに隙が生まれる。そこから自然発生的に生まれていくのがKOであり、一本なのではないかと思っている。
マイティマウス、更なる長期政権の予感
この勝利でマイティマウスは6度目の防衛に成功した。倒してきた相手も強豪が多く、目下王者に適う選手はそうそういないように感じる。ドッドソンなどがさらに成長してくれば面白いだろうが、今の王者の完成度に追いつくのは至難だろう。今後もさらに勝利を重ね、絶対王者となっていく可能性も高そうだ。
以前はその戦いが退屈などとも言われたが、ここ最近は極める力に磨きをかけ、タイトル戦の内4勝をフィニッシュしており、さらにその3つはサブミッションによるものだ。元々強かったレスリングに攻撃的な柔術をミックスさせることで、彼は誰も文句のつけようがない勝ち方をすることができるようになった。素早い打撃で相手を翻弄しながら削り、レスリングですり潰して消耗させ、弱ったところを柔術で仕留めきる。大よそ穴らしい穴のない、総合格闘家の名にふさわしいバランスの良さだと思う。
この完全無欠の王者をどこから崩して勝利するのか、フライ級の選手達はこの難問を今世紀中に解くことができるだろうか?
価値ある敗北、感じさせた狂蜂の圧倒的ポテンシャル
堀口が敗北したとき、私は喜んでいた。王者が素晴らしいフィニッシュを見せたこともある。だがそれを抜きにしても、自分が観戦直後に感じていたのは間違いなく歓喜だった。応援していた選手が負けた時に生まれる感情ではないはずだ。負けたことはもちろん残念だ。だがそれ以上に、堀口恭司という男が魅せてくれた才能が、その溢れんばかりの可能性が私には嬉しかったからだ。
彼はあと数年で、「マイティマウス」という現代の難問中の難問を解いてくれるだろう。どうやら私は、今からノーベルMMA学賞創立をスウェーデンに訴える必要がありそうだ。
これが34歳ならば、私は膝を折ってうずくまり、「観戦記事は書かないのか?」という問いかけを無視してツイッターを放置していただろう。酒屋に行って最近自重しているアルコールを買い、BBCの動物ドキュメンタリーを眺めて人間のちっぽけさを憐れむ日々を過ごしていただろう。
だが彼は24歳だ。この若さにしてこの完成度、そしてまだ大きな怪我もない。彼の前途には希望しかないのだ。これがどうして喜ばずにいられるだろうか?空手の申し子の挑戦は、ここが始まりに過ぎないのだと私は思っている。
王者の勝算、挑戦者の誤算
私はこの試合を、TDがすべてを決めると予想していた。マイティマウスがTDできれば王者の勝利、堀口がTDをほぼ防げれば堀口の勝ちもあるのではないか、と。そして私は堀口がTDを防げないと思っていた。なぜなら堀口にはTDの選択肢が無いと判断したからだ。
だから1Rに堀口がタックルを切ったときには、これはいけるのではと思った。そして金網際で足を抜かれて尻餅を着く形で押し付けられた時に、これはまずいと冷や汗がにじむのを感じていた。試合が進むにつれて、不安は諦めに近づいた。3Rに入る頃には、王者の攻撃目標がほぼ達成されてしまったからだ。
堀口のスタイルは、リョート・マチダに酷似した伝統派空手を下地にしたものだ。相手のあらゆる攻撃に対処できるように広くとられた間合いと前後左右どちらにも動ける構えは防御面に秀でる。だがそれは自分の攻撃も当たらない距離だ。彼らはこの間合いで相手の様子を窺い、隙を見て射程があり出の速い蹴りで相手を削り、一瞬間に間合いを詰めて突きを叩き込み、そして焦れた相手の前進に合わせて渾身のカウンターを放って意識を刈り取りに行く。
このスタイルによって堀口はジョンソンを相手に打撃では五分に闘った。冒頭のミドルに始まり、飛び込んでの突き、ジョンソンの足が流れるほどのローなど有効打は各所に見られた。堀口に蹴られるたびにジョンソンは必ず蹴り返してきたが、あれは効いている証拠だ。蹴りの一番の対策は、蹴られたならば同じかそれ以上に蹴り返すことのみだ。逆に言えば、打ち返しに及ぶのは効いている証なのだ。
もしこれがスタンドのみであったら、堀口の勝機は十二分にあったと私は思っている。王者とやりあえるだけの打撃技術はあっただろう。だが、ここにTDという要素が絡むと様相は一変してしまう。
ジョンソンの打撃の最終目標はTDだ。その前進は当然ただの打撃よりも踏み込んだものになる。これが迎撃を狙う堀口に誤差を生じさせてしまったのではないだろうか。下がり切れずにパンチを貰って組み付かれたり、相手のタックルに膝を合わせようとしたがわずかに出が遅れたことなどがそれを証明しているように思う。
ここにさらに疲労とダメージが加わって、堀口は打撃でも精彩を欠く様になっていった。待っても押し込まれ、自分から出ればカウンターでタックルを受けてしまう。五分であった打撃の天秤は、TDというおもりによって王者のほうにガクンと下がった。判定では不利と判断して堀口が中盤以降に前に出て倒しに行ったのは正解だと思う。だが消耗しすぎており、スピードの落ちた堀口は王者のカウンタータックルの餌食となった。
TDか打撃か、この選択肢を王者に握られた時点で後手に回るのは必定だったように思う。堀口はグラップリングにも自信があるといった。だがもし自信があるのならば、自分の打撃にTDを組み込んだ戦略を立てるべきだったのではないか、と思っている。
最適な戦略、その理想的な出発地点とは
恐らく現時点では、総合力を考えれば堀口の勝機はやはりかなり少なかったように思う。だが勝つとするならば、今回堀口が採用した徹底してスタンドを維持するマチダ式か、そのスタンドにTDも絡めて自分からグラウンドも選択できるスタイルを構築するかのどちらかだっただろう。
マチダと同じ戦略ならば、とにかくTD防御が要になる。だが相手はあの王者だ。むしろTDはされると考えるべきだっただろう。実際堀口のTD防御と倒されてからの対処は自分の想像をはるかに超える素晴らしい水準だったし、自信を持つだけのことはあったと思う。だがそれを5R続けることができるかとなると、いささか現実味に欠くところだ。尻餅を着きはじめるのが3R以降であったならば、この戦略は正しかっただろう。ジョンソンがあれだけしつこく漬けを狙って失速しなかったのは、ジョンソンがその合間にも休みなく堀口を削る打撃を打ち、堀口の消耗のほうが激しかったからだ。トータル・ストライキングではジョンソンが208発中149発の有効打、堀口は127発中61発の有効打であり、全ラウンドでジョンソンが手数で勝っている。そして王者のTD数は22回中14回成功している。スタンドを維持する戦略であるならば、この数字はやはり失敗を意味しているのだ。
ならば堀口は、あの空手の打撃にTDを絡めることはできなかっただろうか?堀口は1R、クリンチに来る王者を投げでTDすることに成功している。体力的に余裕があるときには、フィジカルでも組みの強さでも堀口は王者に負けていなかったのだ。また空手には足払いという優れた技術も存在している。上を取ってからのパウンドが師匠譲りで強烈なのもすでに周知の事実だ。ならばこそ、堀口は打撃と投げの複合で自分にもTDの選択肢があることを見せていけば、また展開は違ったのではないか、というのが私の推測だ。ジョンソンがあそこまで思い切って飛び込むのも、堀口がTDを積極的に狙ってこない確信があったからこそできたと思うからだ。
戦略の出発地点はどこにあるべきなのだろうか?大きく分けて4つになるかと思う。自分の最も得意なものを活かすことを考えるか、自分の最も得意なものが封じられてしまうことを考えるか、相手の得意なものを封じ込めてしまうことを考えるか、相手の最も苦手なものを狙っていくかだ。
例を挙げてみよう。五味隆典選手の最大の武器は相手の脳を破壊するパンチだ。これを最も活かすならば、可能な限りグラウンドを避けてスタンドを維持する必要がある。そのためにはTD防御、適切な距離を保つフットワーク、グラウンドから素早く脱出して立つ技術が求められる。これらが相手の力量を上回り、スタンドを維持できる時間が長ければ長いほど勝率はあがっていくだろう。
川尻達也選手ならばどうだろうか?彼の最大の武器は強靭な肉体を用いたTDと、そこからの削り、そしてサブミッションになるだろう。これを最も活かすならば、如何に相手の打撃を受けずに組み付き、引きずり倒してグラウンドに持ち込むかになる。そのためにはスタンドでの打撃とタックルの連携、レッグダイブの精度と速度、相手に打撃もあるのだと思わせるスタンドでのプレッシャーが必要になる。相手が打撃か組みかで判断を迷うようになれば体勢が崩れて対処が遅れるようになる。打撃も入るようになるだろうし、そうなれば勝率は跳ね上がることになるだろう。
では逆にこの得意手が封じられた場合を想定するところから出発したらどうだろうか?五味選手ならば今回の堀口のようにしつこく漬けを狙われた場合や、蹴りで遠目から削られた場合だ。選択肢としてはタックル等へのカウンター狙い、オーバーハンドのような遠目から当てる技術の習得などだろうか。蹴りの技術向上も有用だろう。川尻選手ならば相手が徹底してスタンドを維持しようとする場合であり、その時には打撃技術の研鑽、打撃とタックルの連携の強化、飛び込みの速度向上、追い掛け回すスタミナなどが必須になってくるだろう。
では対戦相手の得意手を封じることを考えるのはどうだろうか?例えば今回のジョンソンは、明らかにこの考えで戦略を組み立てていた。堀口の武器は空手の打撃、ではその打撃を避け、自分が常に優位に立つにはどうすればいいのか。その結果は既に皆が目撃した通りだ。
相手の弱点を狙う、これは戦略の王道だ。スタミナがない相手ならば長期戦に持ち込む、パンチしかないなら蹴りやタックルを使う、目が悪いならばジャブ漬けにする、柔術が未熟ならばグラウンドに多少強引でも引きずり込んでいく。わかりやすい弱点があるなら、これが一番スタンダードだろう。相手がすぐにいらつくタイプであれば、執拗に挑発して打ち合いに持ち込むなどもいやらしいが立派な戦略だ。
どれが正解という事でもないし、試合ごとに相手によってこの辺りは変えて然るべきだろう。これらを複合したものが戦略となるのが一般的だ。だが日本人選手の多くは自分の得意手を活かすことを主に考え、相手の得意手を封じるという思考と、相手が嫌がることをやるという思考が少ないように私は感じている。対戦相手の研究があまりない印象を受けるのだ。今回の試合も、空手を最大限に活かしたい堀口が、その空手を封じ込めたい王者の戦略に嵌ってしまったと言えるのではないかと思う。
もちろん、マイティマウスの得意手を封じるのは相当に難しいだろう。これというわかりやすい弱点も見当たらない。だからこそ、彼は相手に応じて自分の勝る局面を選択することができるのだ。打撃でリスクを感じればグラップリング、グラップリングでリスクを感じれば打撃、どちらも五分に近ければ圧倒的スタミナ差による運動量で、彼は大体どこかで相手を上回ることが出来るのだ。全てで王者を上回れるのならば、当然その選手は新しいチャンピオンになるだろう。
ただ王者が必ずTDを狙ってくるとわかっていればカウンターを入れることを想定できるし、打撃とTDを絡めてくるならば、相手が出てきた時に自分がカウンターで先にTDを仕掛けるという方法もある。特にこの試合でタックルに膝を合わせたのは惜しかった。あれも試合前に想定して徹底的に狙っていったら、クリーンヒットさせることができたかもしれない。またもし堀口が空手を活かして勝つことを優先して考えるのではなく、「マイティマウス」から得意手を取りあげて丸裸にしてしまうこと、つまりこの場合は打撃とタックルの連携を潰すことなどを考えていれば、結果が変わった可能性はないだろうか?
このあたりの彼我の力量差の把握、そして何を目的に試合に挑み、そのために何を練習していくのか。キャンプ開始の時点で勝敗の半分以上はもう決まっているのではないかと推測している。もし堀口がどの局面でも王者に勝てないと判断したならば、最も得意な空手でリスクを負って序盤に全てを賭ける、という戦略もありだっただろう。一発狙いや奇襲は、正攻法が通用しない時こそ意味がある選択だからだ。
狂蜂の真のキャリアはここから始まる
堀口にはまだ時間的な猶予がある。長期的な視野に立って、スタイルの構築を含めて様々な技術の習得をするのは十分可能だ。現時点でも、王者を相手にフィジカルと打撃でそこまでの差が無いとわかっただけでも十分すぎるほどの成果だった。特に組みであまり力負けをしていなかったのは大きかった。削られて消耗してからはかなり負けていたが、1Rでは倒されても王者に決して自由にさせなかったし、クリンチでもさほどパワー不足という印象はなかった。日本人がフィジカル負けをしていないというだけでも相当に期待できるだろう。また24歳でありながら一切気おくれも気負いもせず、堂々と戦い抜いたのには頼もしさを感じる。年齢に不相応な豪胆さだ。これは空手による精神修養と、彼が一人で行うという山中での孤独なキャンプのおかげかもしれない。
この試合に落胆している人もいるかもしれない。だがそういう人には思い出してほしい、UFCデビューから4連勝し、わずか1年半足らずで王座戦に辿り着いたこの若者には、今だニックネームすら与えられていないという事を。彼が驚異の速さで王座まで走りついてしまったために、その暇すらもなかったのだ。多くのファンたちが堀口という選手を形容するあだなを思いつく前に、彼は王の面前に立ってしまったのだ。
王者と対戦し、メインイベントでその勇姿を見せたことで、ファンたちはしっかりとこの狂い飛ぶ蜂を、その毒針の鋭さを認識しただろう。彼は今、本当のUFCデビューを果たしたのだ。この敗北は若き空手の使い手に多くの教訓を与えるだろう。それを糧に、この青年は日進月歩で強くなっていくだろう。この挑戦が早すぎるという意見もあった。だが私はそうは思わない。今このタイミングでこの壁にぶつかったことは、堀口に素晴らしいモチベーションを与え、彼のスタイルを早い段階で変革する機会をもたらしたからだ。挫折は早ければ早いほど、立ち直る時間も多く得られるからだ。
彼はこの試合から何を得て、何を変え、そして何を捨てるのか。彼が思い描く「最強」とは一体どのようなものになるのか、私は今から楽しみで仕方がない。この試合を見たとき、そう遠くない日に、大はしゃぎでキーボードを叩いて堀口を褒め称える文章を書く自分がぼんやりと見えた。王者になるのは時間の問題、そう考えるのはそこまで馬鹿げているだろうか?
次こそが堀口恭司にとって本当の試練となるだろう。敗戦直後の試合のほうが、UFCではずっと重要で難しいものとなるからだ。毒蜂はどのような進化をするだろう?地を駆けまわるようになるのか、土の中に潜るようになるのか、それとも・・・。
一つだけ確かなのは、彼は今よりずっと強くなっているだろうということだ。
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久々の更新お疲れ様です!
返信削除自分の予想より堀口は善戦してくれました。堀口の組み力にはかなり疑念があったのですが序盤にタックルをきり、網際で逆にTDする場面があったのはとても良かったです
ただそれ以上に腕十字が鮮烈でした、ジョーンズがアレをアレしてああなった今、最高のMMA選手はデメトリアスだと思います
二百点のタイミングで合わせるレッグダイブ、堀口の尻を着かせた所からの選択肢の数、最終的にはスタンドも支配していました。
空手家堀口はかなりの潜在能力を見せましたが、将来DJに勝つには彼以上に完成されたMMAファイターにならなければいけないと思います
ところで堀口って山籠もりしてるんですか!?まるで大山倍達ですねw
知らない間にジョーンズがすごい面白いことになっていたんですねw体格に依存しない分、PFPというならマイティマウスの方が適しているかもしれません。
削除前にファイトランドの堀口ドキュメンタリーでキャンプが好きと言ってました。でも山に一人って滅茶苦茶怖いんですよねwすごいメンタルです。ほんと山籠もりのが適してる気がします。
打撃×レスリングへの対策ですが、現状、定石といえるものは見当たらないように思えます。
返信削除相手より先にトップを取るというのは、意外と遂行しやすいものかも知れないですね。グスタフソン-JJを思い出します。
防げないなら攻めるという逆転の発想が、選手にとってはリスキーであるという心理が働くのでしょうか。選手の好き嫌いで、立組寝のフェイズ選択への積極消極もありそうな気もします。
攻防一致の観点から武器や戦術を選んでいくのが最善なんでしょうが、その奥深さを考えさせられます。瞬発持久問わず、戦術を組むにはメンタルが必要だということも。
そうなると、堀口がDJからトップを取ったのは本当に収穫ですね。
メンタルが戦術や武器を生むなら、堀口は素質十分だと感じました。
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改めて、ツイッターでは失礼をいたしました^^;
ご多忙な中、お疲れ様でございます。
エディさんの記事がまた読めて嬉しいかぎりです、楽しく読ませて頂きました。
自分もアレコレ考えたんですが、自分もTDしていくスタイルにするのが一番いい気がします。グスタフソンJJ戦は素晴らしいサンプルですね。あれをやってしまえば相手も警戒せざるをえなくなり、飛び込みにくくなるからです。
削除堀口はまだ大分若いので、今からでも十分スタイルの大幅な変更などは可能かなとも思うので、まだこれからです。
ツイッターは全然かまいませんよw基本的にああいう形で期待されること自体はとてもうれしいので、定期的に煽っていただいても構いませんwまたツイッターでもよろしくお願いします
1Rを見た時はいけると思ったんですがラウンドを重ねるごとにまーそーだよねと…
返信削除タックルの方が武器としては習得も容易で潰しが利くので有効ですが、
空手式の構えからタックルにいくのは難しいので足すとすれば柔術でしょうか
ディアス兄弟と違ってTD耐性もありますので相手が無理に漬けこもうとしたところを…となれば理想です
確かに空手にも足払いはありますがそれをUFCの選手相手に決められるのは、
リョートは相撲、秋山は柔道のバックボーンあってこそで堀口がオクタゴンで足払いというのは厳しいかなと
空手の構えはタックルだけは適応しにくそうですね。それであればクリンチまででも構わない気がします。リョートがよく完璧な空手の投げを極めてましたけど、確かにあれも他の要素ありきかもしれません。ただ先駆者としてマチダのあれを盗むのは結構ありな気がします。
削除空手の組手ではフルコン伝統問わずほとんど足払いを使わないです(どちらもそもそも相手の構えが前傾ではないので決めるなら相手のステップインの瞬間を狙わないといけないが難度が高い上失敗した場合隙が大きく、板の間で決めた場合相手が怪我する可能性がある)
削除勿論型ではありますし型の分解で使い方も学びますが、やはり約束ではなく自由組手で使わない崩しの技術は、UFCに出るレベルの相手となると・・・
また読めて嬉しいです!
返信削除次回更新も気長に心待ちにしております!
次回があるかどうかはまだ未定ですwでも期待していただけるのは嬉しい限りです。また日本人が王座に到達できるよう一緒に応援しましょう!
削除久しぶりの復活投稿おめでとうございます。気が向いた時にでもちょくちょく更新して貰えたら嬉しいです。
返信削除この試合が決まる前の話ですが、ゴン格の2月号でマット・ヒュームが堀口選手の過去の試合について分析していました。要約すると
①距離を詰める時にパンチや蹴りを出さず駆け足のように距離を詰めるので、相手は距離を詰められる途中までプレッシャーを感じない。狙いもフックかクロスと読める
②打撃に長けたレスラーと戦った時にこういう飛び上がるようなステップを踏み続ける事が出来るのか
③ペースと自分のやるべき事をやる事に重点を置き過ぎている。ランキング上位と戦って相手のペースにはめられた時にどうなるのか
今回の試合を見ていて、ほぼこの分析の通りだなぁとヒュームの慧眼に感服した次第です。③の分析はエディさんの仰る『日本人選手の多くは自分の得意手を活かすことを主に考え、相手の得意手を封じるという思考と、相手が嫌がることをやるという思考が少ないように私は感じている。対戦相手の研究があまりない印象を受けるのだ』に通じますね。私もここはセコンドも含めて、日本人ファイターに最も欠けている部分だと感じます。今回も堀口選手サイドのセコンドがあまり有効な指示が出てないなと思いました。DJの攻めが余りに苛烈過ぎて、回を追う毎に策が無くなってきたのかも知れませんが、堀口選手の関係者(彼女?)らしき女性の、正直やや的外れな声援ばかり響いていたような…。
DJはその代表格ですが、やはりオールラウンドで攻め手の多い選手は戦績が安定し易いですね。逆にスキルに偏りのある選手はそこをつかれた時や得意分野で上回られた時にもろい。あのペティスでさえ、目の負傷があったにせよ打撃で劣勢になるとなすすべが無かったように。今回のDJはフィニッシュも含めて、最先端MMAのお手本を示してくれたと思います。
ヒュームはさすがとしかいいようがないですね。私が試合前に勝敗が決まるというのは、このヒュームの分析部分です。これがないと、そもそも練習に入れないし、入っても効率が悪いと思うんです。
削除③は私が前から思っていたことですが、恐らく海外のヘッドコーチは全員見抜いてる日本人選手の特徴ではないでしょうか。結局スポーツなんて嫌がらせの巧さを競うんですからね。
女性の声援はまあ気には鳴りましたが、あれは勘弁してあげましょうwただセコンドはちょっといまいちでしたね。この展開を予想していない感がすごかったですが、さすがにそれは慢心な気がします。
ダナハーさんのおっしゃる通り、尖ったスキル構成の選手はスイングすれば凄まじいですが潰しやすくもあるんですよね。このあたり、オールラウンダーになれるかどうかが堀口の今後を大きく左右すると思います。自分はちょっと空手偏重しすぎかなと感じてます
お疲れ様です!自分にとってこの試合の収穫は堀口は上位ランカー五人に勝てることが分かったことですね。正確にはダドソンには4対6でやや不利他の面子には7対3で有利と見ました。凄い話ですよ化け物揃いのUFC上位ランカーに勝てると思えるなんて。フライ級の層は薄いという意見もありますが上位ランカーに関しては他の階級に見劣りしないと思います。
返信削除今回の試合で考えたのは王者攻略にはMMAの常識を捨てなくてはいけないのではないかと言うことです。つまり「テイクダウンを狙う側の方が守る側よりも消耗する」という常識のことです。
堀口もダドソンもこの攻防で差をつけられてしまいました。
じゃあどうすればいいのか?テイクダウンディフェンスの比重を下げるんですよ!王者の真骨頂はパスガードしてからの攻撃的柔術です。いっそのことがっちりクロスガードに閉じ込めて徹底的に下から肘や鉄槌をぶち当てるのです。ケージ際では徹底的にレスラーキラーを狙い、マット中央では下からの打撃&ブレイク待ちを狙う。スタンドではひたすらダメージを目的とした強打をカウンターで狙う。
今回の堀口で残念だったのはこの部分です。押し込まれたり下になってからの打撃が明らかに練習していたとは思えない不慣れな動きだったことです。テイクダウンディフェンスやグラウンドエスケープが素晴らしく練習の成果を実感できたからこそ余計に際立ちました。
王者はこの階級でも小柄です。小柄なものがトップポジションから効果的に攻めるにはパスガードが不可欠です。だからこそ堀口やその師匠のインサイドガードからのパウンドは驚異的なのですが。
クロスガードからの打撃まだまだ発展途上の技術ですが将来若き狂蜂にもうひとつの顔「地蜂」を形作ることになるかもしれません。
自分も上位ランカーには勝てるとこの試合で判断しました。伸びしろも考慮すれば全然いけると思います。それだけでもこの試合は価値がありましたよねw正直自分はめちゃくちゃ喜んでました。
削除さすがムジナさん、テイクダウンディフェンスの比重を下げるは自分も賛成です。王者のスタミナと攻め方を考えると、攻める側よりも守る側の消耗がどうしても激しくなるのはもう間違いないです。王者がそういう攻め方を間違いなく練習してきてるからです。苦し紛れの押し込みは攻めが疲れるでしょうが、それと王者の攻めはまったくの別物です。私はその解決を自分からのTDに求めてみました。
しかしムジナさんの、いっそ下から攻めることを大前提にしていくというのはかなり面白い発想です。最近は下からの打撃を有効に使う選手も増えてますよね。ファーガソンがかなりうまくやってました。堀口は下やバックを取られた状態で打撃を打っていて、あれができる視野の広さには感心しましたがたぶん想定していた動きじゃないのは間違いないです。
堀口のフィジカルの強さとバネを考えれば、「地蜂」の型を創り上げるのもけっして不可能ではなさそうです。新しいMMAの常識を、堀口には作ってほしいですね。
久しぶりの更新うれしく思います。
返信削除ただ、記事が長すぎます。長い記事の場合は2、3回に分けることはできないのでしょうか?その方がユーザーは読みやすいと思います。
無理しない範囲で、がんばってください!
すいません、結構頑張って削ったんですが長くなっちゃいましたwまあこの長さが格中の伝統でもあるので、暇な時に少しずつ目を通していただければと思います。分割をしちゃうと、全体を通して文章の流れとか構成を見る都合上ちょっと不都合があるのです。
削除また記事を書く機会があればよろしくお願いします!短くするのは・・・もうちょっとがんばってみますw
ムジナ様の慧眼に平伏です
返信削除確かに柔術の強化より下からの嫌がらせの方が諸々優れていますよね
でもそういう練習て体系化されてるものなのでしょうか?
いわゆる「際」の攻防もそうですが日本人の気質のせいか習った事は優秀でも応用は苦手という…
階級制であり今後ドーピングもより一層厳しくなるであろうUFCにおいて、
日本人の一番のネックは応用力にあるかと
日本国内では体系化されてないような気がしますねwもっというなら、際の攻防しかり新しく生まれた技術を取り入れて、すぐにメソッドにする点において日本は相当に遅れている可能性が高いのではないかと推測しています。
削除新興スポーツなので、そういうのは恐らく選手とそのチームがメソッドを自分たちで作り上げていかなければいけない状況だと思います。そう考えると、応用力はかなりのネックになる可能性はありそうですね。
「お気に入り」の中にある「MMA IRONMAN」を見ようとしたら、間違えて上の「格中」をクリック。
返信削除そうしたら、久々のエディさんの更新が!
月1程度で結構なので、またの更新を期待しております。
お身体には十分にお気をつけて下さいね。
相互リンクのご連絡 お世話になります。貴サイト拝見しまして非常に良いコンテンツを配信されており勝手ながらリンク集に追加させていただきました。(以下URLのヘッダはスパム対策で外していますが、こちらです) konkatsuhack.website/ 相互リンク、ぜひご検討いただければ幸いです。管理人
返信削除こんにちは。ケイン・ヴェラスケスVSファブリシオ・ヴェウドゥム戦について、格中エディさんはどうお考えですか?
返信削除みんな高地の影響でケインは負けたと言っていますが、どうも私はそれだけが敗因だとは思えません。
個人的な意見ですが、ケインの「強さ」が完封された形で敗北したように考えています。
スタミナが万全に発揮できる形で再戦したとしても負けるようなイメージがあります。
↓よかったら、この記事を読んでください。
「武道家が現代MMAをガチ分析したら――ケイン・ヴェラスケスVSファブリシオ戦(閲覧注意)」
http://ameblo.jp/tukasa55555/entry-12103517268.html
大変遅れました、情報ありがとうございます。ヴェラスケスはまた怪我をしてしまったので残念ですね。ちょっとケインの強さに陰りが見えてきた印象です
削除あけましておめでとうございます!
返信削除年明け早々UFC195、凄かったですね!
ローラー/コンディットの素晴らしい試合を見たエディさんは記事が書きたくなーる。書きたくなーる…
おめでとうございます!年末年始は凄い試合の連続すぎて疲れてしまいましたねwローラー・コンディットは素晴らしい噛みあいかたを見せてくれました。
削除うう・・・コンディットが勝っていれば記事を書いたかもしれませんw書きたいのはもちろん書きたいんですが・・・申し訳ないw
そういう意味でもコンディットに勝って欲しかった…w
返信削除では私のお気に入りのGSP/コンディットの記事を読み直して我慢することにします!w
あの記事のコンディット評の書き出し大好きです。
ついつい、何かあるたびに貴サイトを見てしまいます。
返信削除先日のRIZIN 堀口vs朝倉
個人的に衝撃でした。
エディさん何か書いてないかな……と、期待してしまいました。
お目汚し失礼いたしました。