画像はUFC on FOX Johnson vs Benavidez 2 Event Gallery | UFC ® - Mediaより
フライ級タイトルマッチ 5分5R
WIN デメトリアス・ジョンソン vs ジョセフ・ベナビデス
(1R 右フックによるKO)
強大なる鼠は猫をも殺す
げっ歯類は危険ではない生き物と思われがちだが、それは大きな誤解である。無害そうな彼らが一たびその口を開けば、そこには肉を容易く引き裂く凶悪な前歯がのぞく。「マイティ・マウス」デメトリアス・ジョンソン、誰もが彼にはKOなど出来ないだろうと思う中、マイティマウスの鋭い前歯が一撃でベナビデスの意識を断ち切った。
知恵ある鼠は全ての技術を融合させる
マイティマウスとベナビデス、彼らはどちらもレスリングを経験していながらそのスタイルは大きく異なる。そしてどちらがよりミックスド・マーシャル・アーティストであるかといえば、やはりマイティマウスのほうだろう。彼の方がより総合としての融合度が高く、完成度が上だった。そしてそう思う一番の理由は、レスリングの使い方と捉え方だ。
ベナビデスのスタイルを見れば、彼は攻撃手段の主軸をパンチに設定し、レスリングはディフェンスとして使っていた。そして今回から彼が用いた武器がキックだ。特に素早くサークリングするマイティマウスの逃げ際を狙うハイキックを多用した。これは狙いとしてはかなりいいだろう。当たればカウンターとなってKO確実の打撃だ。ローキックもスピードが命のジョンソン相手には良い武器だろう。
ベナビデスは勝負する場所をスタンドのみに設定した。恐らく過去の対戦で、自分の方が打撃に分があると判断しての事だろう。だがこれが大きな誤りだった。
なまじ成功経験があるために、それにしがみついて次の一歩が踏み出せないことは何もMMAに限ったことではない。芸術、スポーツ、学問、あらゆる分野で過去の成功が未来を潰してしまうのはよくあることだ。経験を活かすことは大事だが、常に時間の経過をそこに加味して考えなければ必ず目測を誤るだろう。全ては常に変わり続ける。過去に打撃で勝ったからといって、次も勝てるとは限らないのだ。そしてベナビデスは自分からグラウンドに持ち込むという選択肢を捨てたことで、結果的に局面を変える権利を失ったのだ。
対するマイティマウスは、レスリングを攻撃手段として設定した。素早いフットワークで出入りを繰り返しながら、彼は頻繁に身体を沈めてタックルのフェイントをかけてベナビデスを揺さぶった。そのタックルの動きを見るたびにベナビデスの下半身がピクリと動く。彼はタックルを切るのに備えて、そのたびに足の重心や力のかけ方をわずかに変えていたのだ。それが彼のスタンドを疎かにし、機動力を失わせた。
最後はあっけなく訪れた。タックルのフェイントを仕掛けながら圧力を強めたマイティマウスに、慌てたベナビデスが思わず前蹴りで相手を突き放そうとした時だ。彼が前蹴りが届かないことを察して足をひっこめようとしたのを狙ってマイティマウスが俊敏に踏み込むと、ベナビデスは生来の負けん気から思わず不十分な体制でカウンターを狙ってしまった。だが体勢と踏み込みですでに決着していたのだ。中途半端な体勢だったベナビデスに、マイティマウスが全体重を浴びせかけるような右フックを叩き込む。バキッという乾いた音がオクタゴンの中に響きわたり、そしてベナビデスは宙を仰いでマットに倒れ込んだ。
わずか1R2分52秒、フライ級に盤石の王者が誕生した瞬間だった。
ケージ、それはほぼすべてが許された場所
MMAとはこの競技を定義するために生まれた言葉に過ぎない。昔はヴァーリ・トゥードと呼んだ。日本では総合格闘技と呼んだ。だがそのどれもが表しているのは、この競技はルールの縛りが緩いということだ。
ルールの縛りが緩いということは、使う武器や使い方に工夫の余地が大きいということだ。そう考えた時に、自分が戦える局面と武器が多いほうにより勝つ可能性が残されるのだ。大艦巨砲主義は対策をされやすく、そして負ける時はあっさり崩壊する。局面に優先順位をつけるのは構わないが、基本的にはどこでもそれなりに戦う意思を持つ方が賢明だろう。そうでなければ、結局は局面選択で後手に回るのだ。
従って局面選択の権利を握ることこそが、MMAで今一番必要なことだろう。王者の顔ぶれを見ればそれは一目瞭然だ。多くの王者が、どちらでも戦う選択肢を持っている。あのスタンド一辺倒と思われたジョゼ・アルドですら、危機に陥った時には局面をグラウンドに切り替え、そして怪我をした足であっさりと優位に立ったのだ。想定していなければできないことだろう。
局面の選択権を握るために必要なのはタックルであり、そしてそれを活かしたフェイントにあると自分は思う。いかにこのタックルのプレッシャーを掛けられるかが、結果的にスタンドでの有利不利にも直結しているのではないだろうか。今回の試合でも、単純なスタンドだけならばベナビデスとマイティマウスにさほど差はなかったように思う。
何もレスリングのバックボーンが絶対に必要なわけではない。レスリング出身のライトヘビー級王者ジョン・ジョーンズがボクサー出身の北欧の勇者、「ザ・モウラー」アレクサンダー・グスタフソンにテイクダウンを奪われたのは記憶に新しいだろう。大事なのは選択肢にきちんと入れておくことだ。
デメトリアス・ジョンソンは「ミックス・アップ!」というセコンドの掛け声と共に、素早く腰を落としてタックルを匂わせた。素早い動きと入り乱れるフェイント、次々とスイッチするスタンドでの構えにベナビデスはイラついた。そしてイラついたところを圧されて彼は明らかに動揺したのだ。あらゆる手段で相手を混乱させて迷わせる。そして自分はいかなるフェイントにも惑わない。王者に必要なのは柔軟で多様な戦略とどんな奇策にも動揺しない胆力、そして何よりも自分から仕掛けて相手を慌てさせる攻撃的な姿勢だ。MMA最高速といわれるマイティマウスは、そのスピードを最大限に活かすフェイントの嵐でベナビデスの目を回し、そしてたった一撃で試合を完全に決着させた。フライ級ならではの、MMAの理想的な答えの一つだろう。
マイティマウス、漂う王者の風格と長期政権の可能性
小さな木の枝を一本ずつ寄せ集めて大きな巣を作り上げる鼠のように、彼は着実に自分のスタイルを組み上げていった。レスリングを活かした、タックルを使って相手を封じるスタイルから出発した。そしてボクシングを鍛えてスタンドでやりあえるようになった。今度はそれらを組み合わせて、より相手を封じるようになった。しかし相手を倒しきれないことで批判を浴び、また相手を倒し切らないことによるリスクも彼は悟った。その後柔術を鍛え、前の試合では驚異的なスタミナとレスリングを活かしてサブミッションで相手を極めた。そしてとうとう今回、全てを完全に融合させて過去に自分からダウンを奪った相手を揺さぶり続け、そのスタンドで完全勝利したのだ。マイティマウスは、ついにリスクを背負って最後の一歩を踏み出す力を手に入れた。右フックを叩き込んだ後に勢い余って相手の体にぶつかったのが、彼の勇気と覚悟を象徴していただろう。
鼠の一生は短い。マイティマウスは人間とは程遠い速度で成長し、完成した姿をケージの中で見せてくれる。果たして彼はあっという間にその栄華が終わってしまうのだろうか?だがなんせ彼はただの鼠ではない、やっぱり強いマイティマウスだ。おおよそ彼のスタイルには欠点らしいものが見当たらなくなってきた。あるとすれば一発を貰うことだが、このプレッシャーを誰にでも掛けて行けるのならば危険性はぐっと低くなるだろう。そして見渡す限り、マイティマウスがレスリングで負けそうな相手は見当たらない。強いて言えばジョン・ドッドソンに可能性があるくらいだろうか。だがスタミナでは王者が勝り、スピードでも互角ならばやはり王者が勝つように思う。
マイティマウスの対抗馬と目されていた男に、王者は圧倒的な差を見せつけて勝利した。これでフライ級はしばらく王者の長期政権となりそうな予感がしている。果たしてこの鼠に勝てるのは、彼の美人過ぎる奥さん以外に今後現れるのだろうか?遠い極東の島国から、師匠譲りの強烈なパンチとパウンド、そして日本伝統の武術を土台に持った一人の若者が先日この戦場に乗り込んだ。あの若者はこの王者の前歯を叩き折ることが出来るだろうか?あの若者がどこまでTDを防げるか次第だが、決して届かない相手ではないように思う。少なくとも日本人では今一番王者の可能性があるだろう。いつか彼がマイティマウスと戦う日が来ると私は信じている。
それにしても、やっぱりマイティマウスは強いなァ!
Tweet
マイティマウスにとってMMAファイターとして理想の成長を遂げることができた1年でしたね。
返信削除この試合でようやくUFCフライ級の序章が終わった感じです。MMの成長がフライ級全体をピリッとさせましたね。
ブラピとジョーゲンセンもフライ級に転向し、来年もフライ級が楽しみです。
そしてアンダー115lb級、男子ストロー級設立があるのかにも注目ですね!