WIN 王者ジョゼ・アルド vs 挑戦者リカルド・ラマス
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利 王者は6度目の防衛に成功)
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ただで負けてなるものか!ラマスの見せた意地と実力
5R、グラウンドで上になったラマスの肩が青黒くなっていた。内出血だ。「スカーフェイス」の鉄の拳を顔面の代わりに受け続けたせいだろう。それは王者の拳の強さを示すとともに、終盤まで王者の一撃を防ぎ続けたラマスのディフェンス能力をも示すものだ。「ザ・ブリー」リカルド・ラマス、試合前に6倍のオッズがつくアンダードッグだった彼は、この試合で世間の王者に対する幻想を拭い去った。そして、彼に対する過小評価も。
この試合、アルドが消極的で退屈な試合をしたと見た人も多いことだろう。彼の不調を疑う声もあるだろう。それは理解できるし、その要素もあったかもしれないと思う。だがラマスが非常に粘り強く善戦し、そして王者の嫌がることを常にやり続けたことが、このような展開になった一番の理由だと考えている。ラマスはよく戦った。頭も冴えていた。何より、王者に対してまったく怯えていなかったのだ。彼の目は最後まで、鋭く王者の顔面を見据え続けていた。その目には知性と、そして勝ちを諦めない意志の強さを感じさせた。この男は強かった。
弾丸飛び交う戦場で一番難しいのは「待ち続けること」
ラマスはひたすらに待ち続けた、王者が失速し、どこかに隙が生まれる瞬間を。当たれば無言の帰宅になるかもしれない、そんな弾丸飛び交う戦場で一番難しいのは、じっと時を待つことだ。焦って玉砕することなく、そしてすべてを諦めて無気力になるのでもない。絶望が心を挫こうと側に這いよる中で、そのクソ野郎の首根っこを掴んで抑えつけ、全細胞を稼働させてひたすらに戦い抜く。それこそが勝利を呼び寄せる戦士の在り様であり、また一番難しいことなのだ。そしてラマスはやり抜いた。結果的には負けだったし、少し「その時」が訪れるのが遅かったかもしれない。それでも彼は今できるベストの戦いが出来たとおもう。この経験は必ず次に繋がっていくだろう。
試合の立ち上がりは静かだった。ガードを上げ、少ない動きでわずかずつ前に圧力を掛けていく王者に対し、ラマスは自分から動いていった。先にアルドの十八番であるローを蹴り、様々なフェイントを混ぜながら手数を出していった。序盤は距離が全く合わず、懐が深くプレッシャーの強い王者に対して劣勢を強いられていた。だが中盤から、ラマスのトリッキーな回転蹴りもガードの上からでも当たり始め、さらには左ジャブも当たっていく。アルドの微妙な失速もあり、3R以降は打撃でもそこまで突き放されることはなかった。確かにローはかなり食らっていたし足は流れたが、それでも合間にカットを狙い、また自分もどんどんと打ち返していったのは評価できる点だ。
ラマスはアルドほどにわかりやすい強烈な蹴り方はしなかったが、それでもコンパクトにインロー、アウトローを織り混ぜて蹴り続け、手数では決して負けていなかった。こういう堅実な攻めは絶対に長丁場で実を結んでいく。これをやれるかどうかが、一流となれるかどうかの一つの境目ではないだろうか。
4R、金網際でしつこく押さえ込んで来る王者に業を煮やしたラマスが引き込んでグラウンドの展開になったが、ここでラマスは二度にわたってサブミッションを仕掛けられ、得意な土俵で劣勢になってしまった。このラウンドはもったいなかったし、王者の引き出しの多さを褒めるべきだろう。だが王者はその状態を維持するのに力を使い、パウンドなどではさほどいいものを打てなかったし、またラマスが冷静に対処したおかげで見事に切り抜けた。特に首を取られた状態のラマスが、自分の顔の後ろにある王者の頭をめがけて拳で殴りつけたのは素晴らしかった。アルドは露骨に嫌がったし、かなり功を奏していただろう。
5R、王者は先の展開で自分が有利と判断したのだろう、自ら組み付いてTDを狙っていく。がっちりと脇を差してホールドしてから、なぎ倒すようにラマスを投げると、王者はすぐにマウントを奪った。だが、ラマスが下から抵抗し、金網を使って美しくひっくり返すと、ラマスは脱出して立ち上がり、そしてすぐに王者をTDした。ここからがラマスの見せ場だ。ラマスは上を取ると、ガードの体勢から体を起こし、体重を乗せてパウンドを狙っていく。アルドの手首を握りながら、腕を畳み込んで肘を落として削る。この攻めはさすがの「ザ・ブリー」といったところだろう。体格に秀でるラマスは、ガードからでもどんどんと攻撃できるのだ。王者は時間やスタミナと相談し、このままガードで相手を封じてラウンドを捨てる判断をしたように見えた。時間の迫るラマスはどんどん殴りつけていく。確かに大部分防御されてしまったが、肘は何発か素晴らしい当たり方をしていたし、これこそがラマスが望んでいた展開だっただろう。しかしもう5Rだ。結局はそのまま王者に逃げ切られ、彼は王座奪取に失敗した。
「ザ・ブリー」の改善点と今後の展望
当初の予想を覆し、ラマスは大善戦したと言える。今回の試合では、ラマスの優れている点を多く見ることが出来た。年齢を考えればまだまだやれることは多い。これからの改善次第では、王座も十分に視野に入るだろう。
まずフェザーでは大きい体格であり、そして力が強いことがあげられる。あのアルドを相手に力負けをせず、最後までパフォーマンスが落ちることはなかった。スタミナも素晴らしいものがあるだろう。
次に彼のスタンドだ。驚異的な爆発力で、一瞬間に相手を沈めてきたアルドをラマスはかなり食い止めることに成功した。ラマスは最後まで集中力を切らさず、相手に決定打を打たせなかった。アルドのジャブもさほど被弾せず、またラッシュでもしっかりとガードをあげて対処しており、これがこの試合でアルドを少し退屈にさせた理由だと思う。
そして攻撃面でも決して悪くはなかった。序盤こそアルドの間合いに入れず、どうしてもローを多く被弾しがちだったものの、途中からは左のジャブも当たるようになってきたし、ローだけならばアルドと同じ程度は当てている。またそのローも少し面白い工夫があった。カットをしつこく狙うアルドに対し、ラマスはカットした際のふくらはぎあたりに当たるように少し低めに蹴っていた。あれは恐らく狙ったのだろうが、とてもいい工夫だ。先日ローのカットによって、MMAの生きる伝説「スパイダー」アンデウソン・シウバが脛を叩き折られている。こういう工夫は必ず生きてくるだろう。また隙を見せると飛び込んで来るアルドの足を止めるために、彼はたびたび回転系の大技を使っていった。これも決して無駄ではなかったと思う。ただの競り合いでは勝てないと判断したならば、からめ手を使うのは上策だ。
クリンチ、グラウンドもアルドとやり合えるだけのものがあった。力が強くスピードのある王者を相手にかなり手こずっていたし、全体的に見ればやはり王者が優勢ではあった。しかし圧倒的な差というほどではない。チョークもそこまで危ないようには見えなかった。ラマスはよく頭が冷えており、相手に有利なポジションを取られてもそこからエスケープする技術に長けていた。
最後に戦略と精神面だ。これはもう満点といっていいだろう。あの王者の圧力に気圧されることなく、ラマスは相手をよく見てディフェンスし、できる限り攻撃し、そして最後の最後に勝機を掴みかけた。不利な状況でパニックにもならなかった。警戒心が強く一撃のある王者を相手に、彼はじりじりと落ち着いて戦い抜くことが出来たのだ。今回の攻防で、自分はリカルド・ラマスという人間への評価が大きくあがった。幻想のある王者を相手にこの戦い方ができるのならば、彼はもっと強くなるだろう。
一方、負けた以上は当然課題もある。一つはローの対策が不十分だったことだ。カットを狙ったり蹴り返したりと、決して一方的にやられすぎていたわけではない。試合終盤まで動けていたし、これまでの挑戦者よりは対策が出来ていただろう。しかし、王者のワンツーからのコンビネーションで放たれるローキックには対処しきれず、顔面を防ぐことに集中したラマスは次々と被弾した。ダメージもさることながら印象が悪い。王者の突進にまっすぐ下がらず、回り込むかタックルでカウンターを狙ったほうがよかったかもしれない。
次にボディの被弾が多かったことだ。ハイガードに専念する隙を突かれて、強烈なボディをラマスは何度ももらっていた。もちろんダウンはしなかったし運動量にも大きな影響は出なかったが、これはローと合わせて可能な限り被弾を減らしたいところだ。しかし王者の圧力が非常に強く、顔面を開けることが出来ない以上仕方ない面もあるだろう。王者がやっていたように、もう少し足を使って逃げる方法ができたら理想的だ。
最後に、もう少し全体を通して自分から攻めて行くべきだっただろう。これは防御と引き換えだし、あの王者を相手に要求するのは酷だとは思うが、それでも勝つにはもう少し冒険をする必要がある。3R、自分から飛び込んでのフックやアッパーを繰り出していたが、あれを序盤からもっと狙ってもよかっただろう。王者に余力があることを考えて、ラマスは距離を遠目に設定してむやみにTDを狙わなかった。あの王者の力強さを考えれば、序盤に無理にタックルばかりを仕掛けてはスタミナをロスしてディフェンスが崩壊する可能性もある。それはいい選択だっただろう。だがスタンドはそこまで劣ってはいなかったし、パンチだけならばラマスが若干不利程度だ。スタンドであと少し踏み込んで攻めることが出来れば、もちろんKO負けの可能性はあがるが勝利の可能性もあがっただろう。挑戦者という立場なのだ。今回同様の冷静さを保ちつつも、もっと攻めなければ王座奪還はできないだろう。
これでラマスは再び挑戦者の列に並びなおすことになる。だがこれだけの実力があればさほど心配はいらないだろう。必要なものを一つずつ身に着けていけば、きっとまた挑戦の機会も廻って来る。彼は十分に実力を証明した。私はこれからのラマスの対戦が非常に楽しみになってきた。
フェザー級の支配者、盤石さの陰にちらつく不安
対する王者は今回も強かった。強かったが、さほどに絶対的ではないのではないかと思わせるパフォーマンスだった。最近のアルドには、どこか慎重になりすぎるところがあるように思う。打撃は常に徹底的に精査し、一切の無駄打ちをしないかのような方針だ。ここぞというところで一気に畳みかけていく傾向がどんどん強まっている。その戦い方自体は良いが、それが最後まで維持できていないように思う。また今回はスタンドでラマスが善戦したために、全体的にそれが手数不足を招いた。もっと攻めることはできただろう。
体格に勝るラマスを相手に、アルドはこれまでのようにパンチを当てることが出来なかった。ジャブでは互角くらいだった。これだけで、アルドの攻撃機会は減少してしまったように思う。
また以前から指摘されているスタミナ不足も懸念される。5Rにはトップを取ることを許してしまった。時計を見て、これまでのラウンドは取っていると判断して防御に専念したようにも思うが、それでもその状態になってしまったこと、そして5Rを落としていることは確かだ。そういう計算の元に試合を流してしまうと、いつかウェルター級の剛腕、ジョニー・ヘンドリクスが味わったような辛酸を舐めることになってしまうかもしれない。賢いのかもしれないが、自分はあまりいい選択だとは思わなかった。もしそれがスタミナ不足からそうせざるを得なかったのであれば、それは猶更問題だろう。
アルドは今回の計量後、やはりいつものようにすぐさま水をがぶ飲みしていたが、減量が苦しいのだろうか?以前からライト級に上げたがっていたが、彼も体重管理が厳しいのかもしれない。
王者は強い。だがもっとやれると感じさせるところもある。王者になってすこし保守的になっているのだろうか。ライト級の元王者「スムース」ベンソン・ヘンダーソンも王者になってから積極性を失い、ポイントゲームに終始する傾向が出てきてしまったが、それに似たものを感じている。確かに慎重であることは大事だし、結果的には彼の計算通り勝てているのだから問題はない。だがこういう戦い方をしていくと、結果的に彼の成長を止めてしまうのではないかと思っている。
それでもその強さには相変わらずの魅力がある。ローの説得力は全階級を通じてナンバーワンだろう。相手にカウンターを合わせる隙すら与えない、速くて叩き折るようなローキックだ。ラマスに何度かカットされると、王者はパンチと組み合わせてローを放ち、相手に対処させないようにしていた。強烈なパンチがあるからこそ活きてくる連携だ。
アルドの優れているところは、相手の隙を突く嗅覚にある。しっかりとディフェンスすることに主眼を置いたラマスに対し、そのハイガードを誘発させて攻撃を当てていった。先に述べたローに加え、アルドはたびたび飛び込んでからのボディショットを狙っていたのだ。これは素晴らしい判断だろう。ハイガードでがら空きになったラマスの脇腹に、体勢十分の王者の拳が何度もめり込んでいった。この冷静さこそが王者の強みだ。
そして前回に引き続き、王者はクリンチとグラウンドでもかなりの強さを誇ることを見せつけた。前回は足を負傷し、スタンドで思うように戦えなくなったところで王者は相手をグラウンドに引きずり込み、見事に窮地を脱した。今回アルドは、グラウンドで自分の方が優勢だと判断するや次のラウンドは安全策を取ってラマスをTDしていった。結果的にそれは判断ミスとなったが、狙い自体はよかっただろう。倒すとすぐにパスをしてマウントを取り、あっという間にいいポジションになってしまった。あの体のキレには凄まじいものがある。ただそこから攻めることは難しく、ラマスの巧さによってポジションを奪われてしまい、結果的には上から殴られることになった。それでも試み事態は評価するべきだし、彼は着実にMMAファイターとして成熟しつつある証拠だろう。決してスタンドしか選択肢がないわけではないのだ。いっそ、もっとタックルを序盤から視野に入れていけば、王者はますます手が付けられなくなるかもしれない。
PFP候補の次の試合はライト級のスター「ショータイム」?
最後にすこし危機らしいものを見せた王者だが、通して見ればやはり王者の圧勝だっただろう。ラマスにはほとんど勝機を与えることはなかった。フェザーでは破格の強さだ。何よりも相手からほとんどダメージを受けていない。すぐに次の試合が組まれるだろう。
そしてその候補に挙がっているのがライト級の新たなる王者、「ショータイム」アンソニー・ペティスだ。以前からこのスーパー・ファイトは希望する声はあがっていた。何よりも、「ショータイム」自身が熱望していたものだ。互いにスタンドを主武器にするストライカーだ。試合は絶対に噛みあうだろう。そしてこの勝利を受け、デイナ社長も実現に向けて動き出したことを公に認めた。おそらくほぼ確定と考えていいだろう。
これはものすごく楽しみな一戦だ。歴史的なカードとなるだろう。元々スーパー・ファイト自体には自分はあまり興味が無いが、この試合はさすがに見たいものがある。そして今回のアルドのパフォーマンスを見る限り、自分は「ショータイム」が勝ちそうな予感がする。アルドは以前ほどに絶対的ではなさそうに思えるからだ。ラマスの打撃で若干のやりにくさを見せていたが、基本的に自分より体格の大きい相手ばかりがいるライト級では、今日以上に苦戦を強いられるだろう。加えて今回の試合でも、アルドのローは少し危ない気がした。前回のチャンソン戦では、相手の膝がしらを蹴って足の甲を怪我してしまった。彼のローは強い。だがその強さの分だけ、カットされた場合のダメージは大きいのだ。ラマスは明らかに何度かローのカットを狙っていた。これからも彼は狙われ続けるだろう。
そしてペティスのコーチであるデューク・ルーファスは、そのローのカットこそがアルド戦の鍵であるということを指摘していた。「ザ・スパイダー」がその右足を「オールアメリカン」クリス・ワイドマンのカットで折られる前の時点でだ。もしペティスのカットが機能し、アルドがローを蹴ることが出来なくなった時に、試合は果たしてどうなっていくのだろうか?
すべては時が来れば明らかになるだろう。八角形の金網の中では、己の実力を誤魔化すことはできないのだ。本当は最近どんどん調子を上げているチャド・メンデスとの対戦をしてからにしてほしかったが、格闘家はいつ怪我をするかわからない。旬を逃せば一生見られないかもしれないのだ。惜しくはあるが、話が持ち上がった今やるべきだろう。
「スカーフェイス」ジョゼ・アルドの強さは健在だった。綺麗に勝つことはできなかったが、その実力に陰りはない。だがこれから彼が迎える相手は、恐らく過去最強の相手になるだろう。絶対的に思われた王者の道の先には、暗雲が立ち込め始めているかもしれない。
今回の記事とは全く関係ないのですが、前回のベンヘンダーソンとジョシュトムソンの試合についてはどちらが勝ったと思われますか?
返信削除すいません、実はそちらの記事を執筆中に次の大会が始まってしまったのですw
削除えーと、ベンヘンにはものすごく不満があるのですが、勝敗だけならベンヘン勝利で問題はないかと思います。理由はトムソンがあまりにも手数が出ていなかったことと、サブミッションが入る形まで行かなかったからです。投げは素晴らしかったですね、すごいかっこよかったです。
ローのカット・・・立ち技においては基本ですが一昔前まではそこまで詰める必要はない技術でしたよね
返信削除もう少ししたら三日月蹴りもリスクリターンが合わなくなるのでしょうか
あっという間に喧嘩が強い奴がでもなければ
不完全なボクシングと不完全なレスリングでもない所まできてしまいましたね
ただちょっと淋しい気がしてしまうのはプライド世代の愚痴でしょうか