以下は個人的な意見ですので参考程度にどうぞ。
画像はUFC® 165 Event Gallery | UFC ® - Mediaより
ライトヘビー級タイトルマッチ 5分5R
WIN 王者ジョン・ジョーンズ vs 挑戦者アレクサンダー・グスタフソン
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利 王者は6度目の防衛に成功)
fight metricによるデータはこちら
高名なファイターの間に埋没した北欧の戦士の名前
画像はUFC® 165 Event Gallery | UFC ® - Mediaより
ライトヘビー級タイトルマッチ 5分5R
WIN 王者ジョン・ジョーンズ vs 挑戦者アレクサンダー・グスタフソン
(ユナニマス・デシジョンによる判定勝利 王者は6度目の防衛に成功)
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高名なファイターの間に埋没した北欧の戦士の名前
私が海外のMMAサイトをコーヒー片手に開くと、そこにはライトヘビー級王者ジョン・「ボーンズ」・ジョーンズの王座を奪うのは誰か?という記事があった。UFC165より一月ほど前のことだろうか。期待しつつクリックをすれば、そこには「ダニエル・コーミエ」、「グローバー・ティシェイラ」の文字が躍る。コーミエのレスリングは通用するのか?ティシェイラのボクシング・テクニックがライトヘビー級を変えるに違いない!しかしどこを探しても、スウェーデン出身の、輝く金髪に透き通るような肌を持った男の名前は見つからなかった。きっとこの記者がうっかりして書き忘れたのだろう、今頃は上司にでもどやされているに違いないと思って他の記事を開くと、そこにも青いスパッツが眩しい長身痩躯の男の名前はなかった。おかしい、彼の記事はどこにあるんだ?私は懸命に探し始めた。コーヒーはすっかり冷め、埃くさい水となった。私が知らない間にUFC165が終わっていたのだろうか?変な焦燥感を感じてカレンダーを眺める。大丈夫、まだそこまで耄碌しちゃいない。そして耄碌してるのは、「ザ・モウラー」アレクサンダー・グスタフソンの力を見抜けないこの間抜けどもだ。ため息をついて瞼を閉じれば、そこには「ザ・モウラー」のウォーハンマーで顔面を砕かれる「ボーンズ」の姿が浮かんだ。
「ザ・モウラー(大木槌、または相手を手ひどく痛めつける者の意)」アレクサンダー・グスタフソンは、UFCでは数少ない欧州出身のMMAファイターだ。年齢は26歳と若く、北欧出身者らしい長身で独特の細い体躯を持っている。バックボーンはボクシングで、彼はアマチュア・ボクシングでスウェーデン王者に勝ったこともある。MMAを始めたのは2006年からで、2009年にUFCと契約するまではスウェーデンやEUの小規模プロモーションに参加していた。
UFCと契約すると、彼はその初戦をKOで飾る。しかし続く2戦目、彼は「ミスター・ワンダフル」ことエリート・レスラーのフィル・デイビスにあっさり捕まり、アナコンダ・チョークで極められる。彼はMMAの洗礼を受けた。しかしこの敗北がUFCデビューから2戦目で訪れたのは、彼にとって間違いなく幸運だっただろう。彼はこの敗北で最高の練習パートナーを手に入れたからだ。「ミスター・ワンダフル」は「ザ・モウラー」と共に、今もアライアンスMMAで共に研鑽を積んでいる。そして彼はデイビスへの敗戦後、着実に力をつけて6連勝を飾り、一気に王座までたどり着いた。
彼のファイト・スタイルはボクシングがベースでありながら、決してそれのみに拘ることがない柔軟なものだ。195センチという巨体でありながらその体は羽のように軽く、素早いフットワークで自在に距離を調整し、圧倒的なリーチを使って相手をハチの巣にしてしまう。そのパンチは振りぬくような力んだパンチではないが、ナックルを返してインパクトの瞬間にきちんと握りこむ、相手の体を破壊する拳だ。彼の拳を受けた相手は、顔面が崩壊して血まみれになる。ジョゼ・アルド、ニック・ディアズ、ジュニオール・ドス・サントスなどと同じ性質のパンチだろう。彼はこのパンチを主軸に据えながら、蹴り、タックル、クリンチも多彩に織り交ぜていく。直近のショーグン戦では、そのテイクダウン能力の高さも見せつけた。
フィジカルも相当に強い。北欧出身者には多い、細身だが力の強い、粘りのある筋肉だ。一見すればモウラーはあまりフィジカルを作りこんでおらず、その体はどこかたるんでいるように見えるかもしれない。だがそれは大きな誤解だ。見るからにカットが出て、黒々とした肌が赤く光るようなのが理想のフィジカルではない。彼は背が高く、肌が雪のように白いからなおさらそう見えるのだろう。彼はMMAに必要なフィジカルを、パワーとスタミナを両立したバランスできちんと備えているのだ。
「ザ・モウラー」アレクサンダー・グスタフソンは、7倍のオッズでアンダードッグだった。ジョーンズの防衛記録が取りざたされ、まるで決定事項のように語られた。世間は彼の次の挑戦者のことばかりを考えていた、そして王者でさえも。「ザ・モウラー」がすべてを砕いてしまえばいい、王座も、記録も、見る目のない世間も、そして驕れる王者の全身の骨もすべて。あの北欧の戦士はきっと成し遂げてくれる、自分はそう信じていた。
振り下ろされる稲妻の槌、砕かれかけた王者の夢
北欧神話には「トール」という戦いの神がいる。その手には稲妻を象徴する槌を握り、性格は豪胆で、立ちはだかる脅威をその槌を振り下ろして次々と砕いていくという。これまでだれも勝てないと思われていた「魔王」ジョン・ジョーンズに立ち向かう彼の姿は、ケージの中で紡がれた北欧神話そのものだった。彼は豪胆に、勇敢に、閃光を煌めかせて魔王に次々とその槌を打ち据えていく。そして戦いは、戦神と魔王ともに限界を超えて、死に向かって転がり落ちていく凄絶なものとなった。
モウラーの戦略はシンプルだ。フットワークを使ってケージを背負わない、クリンチ際では可能な限り素早く離れ、テイクダウンされてもすぐに立つ。そしてジョーンズが蹴りを出せないやや近い距離で、コンパクトにパンチをまとめていく。彼はこれを想像以上にうまくやってのけた。そして最大のポイントは、5Rを想定してボーンズのガスタンクの破壊を狙ったことだ。モウラーはボーンズを相当に分析してきたのが感じられた。
1Rが開始すると、モウラーは華麗なフットワークを駆使してパンチを繰り出していく。彼が最も多用し、かつ最大限に効果を発揮したのが、前述のガスタンクを破壊するためのボディ・ストレートだ。左のストレートをこまめに使い、距離が縮まったところで渾身の右ボディ・ストレートを王者のどてっぱらに叩き込む。おそらくこのダメージは王者には初体験だったに違いない。王者はこのボディに反応できずに被弾し続けた。
対するボーンズは彼のパンチを嫌い、遠目からボディを狙ったスピニング・キック、そして危険な関節蹴りを繰り返して、ボクサーの攻撃の要となるステップインを狙う。合間にけん制のハイキック、そしてインローを含めたローキックで足を殺しに来る。しかしモウラーはただのボクサーではない、彼は各要素をハイレベルにミックスしたMMAファイターだ。ジョーンズに蹴られると、すぐにローキックで蹴り返していく。これまで対戦したことのない体格とリーチを持った相手にボーンズは攻めあぐね、その最中にもボディに被弾し続ける。巻き返しを図る王者が圧力を強めた時だ。ステップインのタイミングを盗んで、モウラーがお株を奪う素晴らしいタックルを仕掛けた。
ボーンズの体は宙に浮き、簡単にマットにたたきつけられた。ボーンズがMMAの世界に入って以来、初めての被TDだ。その後モウラーはグラウンドで目立った攻撃ができずにボーンズを逃がすと、ボーンズはポイントを挽回しようと必死でTDを仕掛ける。だがモウラーはあの「ミスター・ワンダフル」と練習しているのだ。彼は素早くボーンズを引きはがして突き放し、サイドステップで脱出する。1Rは完全にモウラーが奪い取った。
2Rになると、すでに王者の口は開き、浮かない表情でモウラーを見つめる。ボディを打たれてスタミナをかなりロスしたのだろう。そして右の瞼の上を切って出血を始めている。モウラーにとっては理想的な展開だった。
しかし、ここからボーンズは肘と蹴りを多用して局面の打開を画策する。前に出てプレッシャーをかけては蹴りを放っていく。モウラーが蹴り足をキャッチして軸足を払いボーンズを倒すと、ボーンズは素早く起きて相手の腰に食らいついて逆にTDを狙いに行く。
しかしモウラーの腰は想像以上に重く、素早くクラッチを切るとケージすれすれを走って逃げた。対策は完璧だ。その後も組み付いてくるジョーンズを見事にさばいてTDを許さない。しかし途中、ジョーンズはガードのように前に出した肘を、ステップインしてそのまま押し込む肘を狙うとこれが直撃する。そして前蹴りを被弾し、1Rから被弾した腹を踵で貫くスピニング・キックを食らうとモウラーの運動量が落ち始め、終盤パンチで挽回するも押し込まれたまま2Rは終了した。
3Rになると、ボディを受け、そしてTDを狙ったツケで王者のガスがますます危うくなってきた。そしてそこに、持ち直したモウラーの槌が次々と当たり始める。このラウンドから運動量が落ちた王者に左のジャブが当たり始め、そして左フックも王者の顔面を捉えていく。ボディは相変わらずよく当たる。そしてこのラウンドで特によかったのが、組み際で相手の頭を抱え込んだ右のアッパーと、ワンツーからの左ミドルだ。
左ミドルは序盤から出していたが、距離が長く力まず伸びやかに放たれて、しなやかな鞭のように王者の腹に当たっていた。このラウンドは王者の手数がかなり少なかったように思う。
4R、またしてもモウラーの拳が冴えわたる。左ストレート、左フックが綺麗に当たり、王者の右の瞼からは血があふれ出して王者の肌を伝っていく。モウラーは今や王座に片手が届いていた。あと少しで王者は倒れるかもしれない、そんな期待が私の頭をよぎった、その時だ。ボーンズは血に染まった顔を上げ、ふと時計で時間を確認したのだ!劣勢なのは本人もわかっていたはずだ。彼はこの窮地でも、冷静さを何一つ失っていなかった。そしてこの直後にモウラーを悲劇が襲う。
モウラーが前に出るとジョーンズの体が動きを見せる。スピニング・キックを予見したのだろうか、モウラーがとっさに頭を下げると、そこにカウンターとなってバックスピン・エルボーが炸裂し、モウラーの頭が跳ね上がった。汗に輝く金髪が後方に振りあがる。モウラーは顔を下げたままにヨロヨロと後ろに下がると、勝機を見出した王者は残り少ないガスに点火して北欧の勇士の首を取りに行く。一気に金網に押し込むと肘を叩き込み、そしてさらに膝をかち上げるとまたしても肘を狙いに行く。
だがモウラーはウィービングでそれらを辛うじてかわすと、なんとか魔王の猛攻から脱出した。しかし額は血に染まっている。どこからの出血かは判然としないが、口を開けて王者を見据える彼の碧眼は、周囲を血に染められて一際輝いて見えた。まだ闘志は失われていない、しかしどこかその目に虚ろな影がちらついている。ダメージは想像以上に大きいようだ。それでも北欧の戦士は前に出て、必死に槌を振り回して王者にダメージを与えていく。王者もそれ以上の追撃ができない状態だ。二人は今や、どちらもがいつ倒れてもおかしくないほどのダメージを抱えていた。
そして最終R、王者が開始前に会場を煽ると場内は最高潮に達した。彼らは互いに手の内を出し尽くした。あとは互いにこれまでやってきたことを繰り返すだけだ。王者は執拗に肘、関節蹴り、そしてハイキックを放ち続ける。モウラーは蹴られたら蹴り返し、そして得意のパンチを当てようと前に出ては拳を繰り出す。
どちらもが被弾をしていた。しかし、ここでわずかに勝ったのは王者だった。グスタフソンはここに来て、とうとうガスが底をついたのだ。彼の上半身は芯をなくしたかのようにぐらぐらとし、とうとう頭を前にだらりと下げたまま、腰に手を当てて大きく息をし始めた。初めてのチャンピオンズ・ラウンドだ。彼はスタミナを使い尽くし、思うように動かない自分の体に不思議そうな表情を見せた。そこに王者がTDを仕掛けると、モウラーはとうとうTDを許してしまう。しかしモウラーはまだ諦めない。膝を伸ばして、トップを維持しようと死に物狂いで縋り付く王者を腰にぶら下げたまま、体を起こしてケージまで手で這いよると、そのまますぐに膝を立て、モウラーは王者に何一つ有効な攻撃をさせずにスタンドに戻した。もはや王者のガスもない。ケージに押し込んだ王者は立ち上がったモウラーに対して、まるで諦めたようにクリンチを解いてモウラーを解放する。彼のガスもまた、このTDで完全に終わったのだ。そして最後、縺れるようなクリンチからジョーンズが肘を当て、モウラーが反撃の槌を振り上げたところで試合終了のブザーがなった。両手を掲げる王者に対し、モウラーはもはや勝利をアピールするガスすら残ってはいなかった。彼はセコンドに手を握られ、その手を無理やりに挙げさせられていたが、まるで糸の切れたマリオネットのようだった。
彼らの死闘の結果はジャッジに委ねられ、ユナニマス・デシジョンで王者が見事に6度目の防衛を飾り、ティト・オーティスの記録を破って新たなる記録を作り上げた。北欧の戦士は王座を奪うことはできなかった。しかし、彼が奪えなかったのは王座だけだ。多くの人間の尊敬と評価を得、ボーンズの尊敬を得て、そして彼を過小評価したすべての人間を黙らせた。本当にあとわずかの差だった。そしてそれが全てだ。彼の腰は軽いままで、そしてスウェーデンに帰国する際に金属探知機に引っかかることもない。彼の戦績には冷酷な「敗北」の文字が刻まれる。だが戦いのこの残酷さこそが、戦士をもっとも成長させてくれるものでもあるだろう。
私のポイントでは、1、3Rはグスタフソン、2、4、5Rがジョーンズだ。2Rにもう少しパンチを当てるか、4Rに肘を受けなければ勝てていた試合だった。また少しばかりスピニング・キックと関節蹴りをもらいすぎた。だが、この試合内容は現状彼にできるベストだろう。彼は全てを出しきった。そして何が良かったか、何が足りないのかも、この試合ではっきりした。それはベルト以上に価値があるものだったと思う。
明らかになった北欧の戦士の実力と今後の課題
今回特にグスタフソンが素晴らしかったのは、パンチ技術全般はもちろんのこと、ボディへのストレート、テイクダウン・ディフェンス、そして蹴りの技術とクリンチでの攻防だ。
まず全Rを通して、彼がこまめに打ち続けたボディが王者をここまで苦しめた最大の要因だろう。レスリングをバックボーンに持つ選手の最大の強みは、そのカーディオの強さにある。組みで使うスタミナは凄まじい。鍛え上げたレスラーですら、何度もタックルを試みれば息を切らしてしまう。人間同士が力を掛け合うというのは、それだけエネルギーを使うのだ。それを専門的にやってきた人間は、軒並み化け物じみたスタミナを誇る。そして王者も例外ではない。彼のカーディオが優れているのは明白だった。だからこそ、序盤からボディを打つことでその王者のスタミナを奪い取ろうとしたのだ。そしてそれは、5Rマッチとなれば間違いなく大きなポイントとなる。スタミナがなくなれば体は鈍り、判断は遅れ、パンチに秀でたモウラーの拳が当たりやすくなるからだ。
事実、ジョーンズは3R以降に途端にパンチを被弾し始めた。体の反応が遅れ始めたからだ。とあるテレビの実況と解説が、「なんだかジョーンズが疲れてますねえ」と不思議そうなコメントをしていたが、モウラーがパンチを当ててもまったく注目していなければそういう感想になって当然だろう。ボディの有効性がいまだに理解されていないのは嘆かわしい限りだ。
そして次に素晴らしかったのがTDディフェンスだ。最近、有名なコーチや選手と練習したから技術が飛躍的に向上した、と抜かしては試合でまったくそれを出せない選手がちらほらいたが、モウラーにはそんなことがまったくなかった。彼はレスリング・エリートと練習しただけの、相応のレスリング技術が身についていた。
試合中、王者は何度もTDをしたがったが、結局倒せたのは最終ラウンド、モウラーがスタミナを使い尽くした時の一回だけだ。モウラーはそれも素早く脱出して、相手に有効な攻撃はさせていない。ほとんど完璧な防御だったといえるだろう。低いタックルはしっかりと頭を押し込んでクラッチを切り、脇を差されたらこれもすぐに距離をとって脱出した。むしろクリンチとテイクダウンにおいては、モウラーのほうが優勢なくらいだった。1Rには完璧なタックルを仕掛けてTDし、そして蹴り足をキャッチしてうまく相手を転がした。ジョーンズ相手にこれができるならば、恐らくモウラーはフィル・デイビス以外にTDされることはまずないだろう。そして青いスパッツに包まれた彼の臀部を見よ、大きく盛り上がり、その腰の強さが窺い知れるというものだ。この臀部はリョート以上のものかもしれない。彼のフィジカルの強さも、このTDディフェンスに間違いなく貢献していた。
また蹴りの技術も想像以上だった。彼は決してパンチに固執する選手ではない。MMAファイターとして、蹴りの技術もまた高水準だったと思う。彼はジョーンズに蹴られたらなるべく蹴り返していたし、パンチに集中するジョーンズに対し、かなりいいローやインローを当てていた。またパンチのコンビネーションで繰り出すミドルなどもまったく無理がなく、ガスが心配な王者の脇腹に鋭く当たっていた。彼がキックの技術を磨けば、さらに伸びる余地を感じさせる。
メンタルの強さもトップレベルだろう。決してそこまで闘志をむき出しにはしないが、ジョーンズに蹴られたらすぐに蹴り返し、そしてジョーンズの使ったスピニング・キックやバックスピン・エルボーを試合中にそっくりお返しして見せた。あの澄んだサファイアの瞳の奥では、赤く輝く闘志が揺らめいているのを感じさせた。彼の白い肌をめくれば、そこには炎よりも真っ赤な情熱が駆け巡っているに違いない。彼は王者を相手に、最初から最後まで何一つ気負わなかった。彼は自分に出来うるベストを常に尽くした。試合でもっとも難しいのは勝つことではない。自分のすべてを出し切ることであり、それを実行するには鋼の心臓と燃え盛る魂が必要だ。北欧の戦士は、神々から受け継いだ戦士の魂をしっかりとその体に宿していた。
最後に、彼のクリンチでの攻防だ。クリンチでのモウラーのアッパーは素晴らしかった。相手の頭を抱え込んでのパンチはボクシングでは反則だ。だがMMAではこれは合法であり、そしてボクシングで禁止になったのはこれが極めて有効な攻撃手段だからだ。彼が頭を抱え込んで放ったアッパーがボーンズの耳のあたりに直撃したとき、ボーンズは間違いなく効いていた。その後もたびたびインファイトになるとこのアッパーを駆使していたが、ジョーンズはこれをかなり嫌がっていた。接近戦でも、決してボーンズの肘に引けを取らないものだった。
そして彼が見せた欠点もいくつかある。
まず最初にカーディオだ。ライトヘビー級であのフットワークだ、どうしてもスタミナが足りなくなるのはしょうがないとはいえ、やはり最後の最後でこれが足を引っ張った。5R、ボーンズももう限界だった。あそこであと少し余力が残せていればと悔やまれてならない。試合中に思わず腰に手を当ててしまうほどに、彼の体は限界を迎えていた。あれはジャッジに対してかなり印象が悪いことは本人もわかってはいただろう。それでもああせざるを得ないほどに消耗していたのだ。やはり長丁場の経験がなかったことも影響しただろう。先にモウラーは十分なフィジカルと書いたが、あと少し絞ったほうがいいかもしれない。もちろんあの身長だ、現時点でも減量はかなり厳しいだろう。それでもやる価値は間違いなくあると思う。
次が彼の戦い方だ。彼はあまりにも真面目すぎたと思う。もっと相手を出し抜き、相手の予想もしていない武器がひとつ欲しかった。真っ向勝負で埒が明かない時に、奇襲というのはとても有効な攻撃手段だ。ボーンズはモウラーの拳が顔面に向かうことばかりを気にして、ボディや足へのガードはかなり疎かだったし、TDをしてくるとも思っていなかったからこそ1Rで不用意に飛び込んで転がされたのだ。もしモウラーがスピニング・キックかバックハンド・ブロー、肘、そして関節蹴りあたりを仕込んでいたらもっと面白いことになっていたかもしれない。パンチがあるのでスピニング・キックは当たる可能性が高いだろう。クリンチが強いので肘もいい。いっそボーンズの得意技である関節蹴りを盗んでもいいかもしれない。正攻法だけでは読まれやすい。ワイドマンがスパイダーに放ったバックハンド・ブローみたいなものがあれば、それを切っ掛けに渾身の一撃で王者をマットに沈められたのではないかと思っている。
ディフェンス面では、序盤でスピニング・キックをボディに数発受けたのが痛かった。あれと試合中盤での前蹴りでグスタフソンのガスも少し危うくなってしまった。関節蹴りも回避しにくいとはいえ、もう少し対策をするべきだっただろう。今回は怪我がなくてよかったが、あれだけ受けてしまうと試合中に足を完全に壊される可能性がある。ただハイキックのディフェンスは素晴らしく、概ねきちんとガードできていたのはよかった点だろう。
また肘に対しての対処があまりよくなかったのも気になる点だ。もっとも、大概の格闘技で肘は禁止なのだから、そうそうディフェンスが身につくものでもないだろう。ボクシング出身のモウラーならなおさらだ。今後肘の対策も進んでいくだろうが、一番の対策はモウラーも肘を使っていくことのように思う。
最後にクリンチだ。今回モウラーはクリンチを比較的避けていたが、それは実は作戦ミスだったかもしれないと私は考えている。前述の通り、彼の接近戦でのアッパーは背筋の凍るものがあった。金網際に追い込んで、相手の頭を抱えてアッパーを乱打すれば大抵の相手はKOできるように思う。もっとこれを多用していくべきだっただろう。パンチで追い込み、相手がハイガードに逃げ込んだところにこれを叩き込んでいくというのがいいと思う。上体を傾けて、顎の真下から死角を突いて飛んでくる右アッパーはボクサーとしての経験がとても活きている。ジョーンズは最初まったくこれが見えていなかった。これを序盤から使うつもりでいれば、もっとジョーンズを追い込むことができたかもしれない。
MMAとは、誇り高き男たちの命を賭したスポーツ
モウラーは試合後、ネットに一枚の写真を上げた。そこにはベッドに寝そべる王者とともに、傷だらけの顔で笑みを浮かべるモウラーの姿が写っていた。
彼らの手はそっと組まれ、そして王者は視線を逸らしてどこか恥ずかしげだ。モウラーは試合後もボーンズに歩み寄ると談笑し、丁寧なお辞儀をしていた。遥か遠い北欧の戦士には、武道と同じ精神が宿っている。暴力をもって相手を叩きのめすことを目的としながら、決して相手を憎んだりはしないのだ。彼は常にMMAをスポーツとして、純粋なる競技として伸びやかに楽しんでいるのを感じている。私が愛する北欧の戦士は誇り高く勇敢で、そして素晴らしいスポーツマンシップを持っているのだ。彼のおかげで、ボーンズは魔王でも何でもない、一人の負ける可能性がある人間であることがはっきりとした思う。彼の戦いはひとまず終わった。しかしこれは王座への新たな旅の始まりでもある。彼はすぐに練習を始め、今よりもさらに強くなってケージに帰還するだろう。だが今は死闘で傷ついた体を休めて欲しい。そして再び王座に辿り着く日が、一日も早くこの戦士に訪れるように心から祈っている。
驕れるボーンズは久しからず
試合前から、王者はひどくご機嫌だった。彼にとうとう、ナイキに加えてゲータレードのスポンサーがついたからだ。彼にとって、ゲータレードのスポンサーは一流アスリートの証だ。彼は夢が叶ったとご機嫌だった。そしてそのロゴをお披露目することに浮かれていた。
また王者は試合前から次の対戦相手について尋ねられた。ブラジル人の33歳のファイターについては「ハイレベルになる可能性があるけど、まだそこまでじゃない」、遅咲きのエリート・レスラーに対しては「彼の人生で最大のチャンスなんだろうけど、自分には得がない」、王者らしい、とても余裕のあるご意見だった。そこに、もうすぐ対戦するであろう北欧の戦士に対する恐怖など微塵もありはしなかった。
ボーンズがここまで増長するのも当然だ。彼はこれまで、強豪と思われた選手をすべて圧倒的な力で叩き潰してきたからだ。UFC屈指の空手の使い手、超長距離打撃の名手リョート・マチダを相手には完全に間合いを支配し、打撃で徹底的に痛めつけた挙句に絞首刑のようなチョークで撃破した。MMAレジェンドのムエタイ・ファイターであるショーグン・フアにはムエタイで圧倒し、最後は強烈な左ボディでショーグンの心を叩き折った。もっとも新しい防衛戦では、MMAレスリングのマスターであり、あらゆる強豪をTDしてきたチェール・ソネンを相手にダブル・レッグでTDし、肘で滅多打ちにして勝利した。これまでの防衛戦は、どれも異常なまでの実力差があった。そして誰もが、この王者は安泰だと錯覚した。
しかし彼の強さの大部分はその体格にあると思っていた自分としては、その勝利にあまり魅力を感じなかった。彼はライトヘビー級では破格の大きさだ。彼が相手を間合いに入れずに蹴りで一方的に削れるのも、グラウンドでガードからでも肘で削れるのも、すべては他の同階級選手よりも一回り以上大きいからだ。それはミドル級の絶対王者といわれたアンデウソン・シウバもそうだった。MMAでは使える攻撃方法が多彩なために、普通の立ち技よりも距離が遠い。そこでは体格とリーチが大きくものをいう。懐が深ければそれだけ距離を維持でき、距離を維持できればそれだけ相手の攻撃を見極める余裕ができる。彼らのスタンドでの被弾の少なさはそれがポイントだった。そして王者は、たまに距離を詰められた時の反応は決してそこまで優れてはいないように見えた。
加えて、これまでの対戦相手は皆、王者よりもキャリアの長い高齢の選手ばかりだ。皆30歳を超えている。若くて運動量が豊富で、かつ最初からある程度体系化されたMMAを学んだ選手とはまだ当たってはいなかったのだ。確かに彼が強いのは間違いない。しかし自分と同じくらいの若さ、同じくらいのキャリアを持ち、かつ体格差がない相手が出てきた場合に、彼のゲームプランは変更を迫られることになると思っていた。私はそんな彼の「好敵手」となる人物が王座にたどり着くのをひたすらに待った。そしてとうとう、北欧の戦士が彼のいる場所に到達したのがこの試合だった。
傷つき鈍っていく身体、ボーンズに訪れた過去最大の危機
王者の顔面はひどいものだった。右の瞼の上は裂け、左瞼は腫れ、唇も厚ぼったくなり、両瞼には塗りたくられたワセリンが垂れてつららのようにぶら下がっている。5Rに突入する王者の顔は、魔王と恐れられ、多くの強豪たちを余裕たっぷりに痛めつけていた彼とは別人のように見えた。彼は初めて、玉座から引きずりおろされる恐怖を味わっていたに違いない。
ボーンズの作戦はいつも通りだった。蹴りを使って間合いを維持し、隙があればTDをしてトップから削ることを狙いに行き、相手が飛び込むのを狙ってカウンターを合わせる。しかし、そのゲームプランは半分以上が機能していなかったといえるだろう。原因はリーチでアドバンテージがないことと、モウラーのTDディフェンスが最大限に機能していたからだ。
試合が始まると、ボーンズはいつものように長い足を活かした関節蹴り、ローキック、そしてバックスピン・キックでボディを狙う。そのどれもがいつものように効果的だった。ただ誤算は、同じ距離でモウラーが強烈な打撃を放ってきたことだ。ボーンズの蹴りの間合いで蹴り返してくるし、わずかに見誤れば簡単にモウラーの拳が届いてしまうのだ。
さらにモウラーは、ボクサー仕込のステップインからの鋭いボディ・ストレートを多用すると、これにボーンズはまったく反応できずに棒立ちで被弾する。それがかなり嫌だったのだろう、ステップインをする素振りを見るや、王者はこれでもかというくらいに関節蹴りを連発して彼が中に入るのを防ごうとした。王者は、接近戦では劣勢なことをすぐに理解したのだ。
王者は4Rまで、途中盛り返すもやはり劣勢気味だっただろう。何しろボディに対応できず、ひたすらに食らい続けてガス欠になりつつあったからだ。モウラーのパンチの距離がかなり長く、またパンチの打ち合いで分がない王者はパンチからタックルへの連携が狙えない。したがって王者はどうしても遠目から飛び込まなくてはならなくなるが、そうなればどんなエリート・レスラーであろうとタックルは早々極まらない。タックルは、相手が他の行動をして反応できない時に狙うからこそ意味があるのだ。それはMMA屈指のタックラー、ウェルター級王者GSPが教えてくれる。
体格とフィジカル差を活かした戦い方ではこれが限界だろう、そう思った時だった。私はモウラーを過小評価する世間を笑っていたが、自分もまた見る目のない間抜けだったことを思い知った。私は、ジョン・ジョーンズという人間のフィジカルばかりに目を向けて、彼のメンタルと頭脳にはまったく注目していなかったのだ。そして私は、王者になる資質とは何かを初めて理解した気がする。
王者最大の武器、それは窮地で閃く創造力と直観力
傷の上からモウラーの槌を受けて、再び流血を始めた4Rのことだ。王者は間違いなく窮地だった。ラウンド序盤からモウラーの拳を受けて、彼は劣勢に立たされていた。スタミナも危うく、彼は口を開いて足が止まりかけていた。その時、彼は時計をちらりと見た。彼は窮地でもラウンドと時間を計算し、ポイントのことを考え、そして自分の取るべき行動を計算していたのだ。そして彼がはじき出した答え、それはリスクを負って相手の虚をつき、一撃を食らわせるということだった。
彼が選んだその一撃は、分がないパンチでも、これまで散々ガードされたハイキックでも、動き始めを悟られて距離を取られたフライング・ニーでもない、勝負をかけて飛び込むモウラーの顔面を狙った、必殺のバックスピン・エルボーだった。
この土壇場で、彼が自分の持ち駒からこれを選択するセンスと直感、そして実行してしまう精神力、これこそがこれまでボーンズを王者たらしめた最大の要因だったのではないだろうか。MMAはメンタルゲームであり、そして互いに知恵を振り絞って相手の裏をかく頭脳戦でもある。ボーンズの最大の武器は体格ではなく、こちらのほうだったのだ。彼がこの技を選択したのも決して無根拠ではないだろう。これまでのラウンドから、モウラーはこの肘に対処できないと彼は踏んだのだ。それにしても恐ろしい精神力だ。もしバックスピン・エルボーを悟られて、態勢が崩れたところをTDでもされたら彼は確実にラウンドを落とす。あの僅差でTDをされたらもう判定では望みがなくなるところだったはずだ。それでもボーンズは決行した。彼もまた、リスクを背負って己のすべてをベットできる戦士だったのだ。
結果的に、この肘でモウラーは大きく失速した。食らった後の動きを見ても、相当に脳が揺れたのは間違いないだろう。彼は額を割られて出血し、体のバランスを欠き始めた。スタミナ切れもあったろうが、もちろんダメージもあっただろう。ここからさらに王者は肘を使ってモウラー削り、グロッキーになりながらも最後までケージに立ち続け、死線を潜り抜けてそのベルトを北欧の勇者から見事死守した。決してラッキーではない、彼の勇気ある決断が、辛うじてベルトを守り切った試合だった。
ボーンズが多用する打撃の傾向とその目的
今回の試合でボーンズがモウラーに勝てた大きな要因は、メンタルを除けばやはりカーディオだろう。ボディをさんざんに打たれてなお、最終的に彼のスタミナはモウラーを上回ることができた。やはりレスラーのスタミナは破格のものがある。彼はこれまでよりもずっと大きい相手と戦い、ずっと多く被弾しながらあれだけ動けたのだ。そのフィジカルはもう手放しで絶賛していいほどにタフなものだろう。また彼のメンタルも素晴らしかった。あの冷静さと状況判断力、そしてここぞでの創造力はアンデウソン・シウバを超えるファンタジスタの才能だ。それがグスタフソンを翻弄し、王者を窮地から救い出すことに大きく貢献した。
そして今回の試合で特に思ったのが、ジョーンズが選ぶ技の傾向についてだ。この試合で、ジョーンズは手持ちの技をほぼすべて引っ張り出して戦った。それらをすべて並べてみると、彼の試合での基本となる思想が透けて見える。
まず彼が使う足技はガード前提のハイキック、ノーマルなローキックとインロー、関節蹴り、組んでからの膝蹴り、フライング・ニー、踵をボディにめり込ませるスピニング・キック、そして顔面を腹を狙ったつま先で突き刺す前蹴りだ。加えて今回はブラジリアン・キックまで披露した。
次に手技はどうだろうか。クリンチでの肘、ステップインしての肘、ジャブ、オーバーハンド、そしてバックスピン・エルボーだ。パンチは一応使ったし、モウラーに打たれてやり返した時にあえて左ジャブを使い、なかなかにいいジャブだったがその後すぐに使うのをやめていた。
彼の使う技は、打撃をバックボーンに持つ選手とは一線を画している。そしてその技のチョイスからわかるのは、彼がKOを奪う重い一撃よりも、速く、隙が無く、そして相手の人体を破壊することに長けた技を好んでいるということだ。それは空手の打撃に近い理念だ。人体の硬い部位を用いて、効率的に相手を壊す技を王者は好んで使っている。
最たるものは肘打ちだ。グローブで覆われた拳と違い、鋭利な骨がむき出しとなった肘での一撃は、人間の皮膚を容易く切り裂いてしまうものだ。硬い鈍器のようなものであり、筋肉にめり込めばその部位は麻痺してしまうし、痛めた筋肉はその後の動きを阻害していく。骨に当たれば、相手の骨を砕いたり、痛めてしまうこともあるだろう。最も手軽で、最も人体を破壊しやすい打撃の一つといえる。
関節蹴りもそういう技の一つだ。これはあらゆる立ち技で禁止されている危険な技だ。放つサブミッションと呼べる代物であり、一瞬で膝十字を決めるのと同じような効果をもたらす。特に相手のステップインにカウンターで合わせれば、タイミングがよければ一瞬で相手の膝は破壊されてしまうだろう。蝶番になっている関節は、動かない方向への衝撃にあまりにも脆い。完全に壊れなくても、痛みと違和感がしばらく膝に残ることもある。これが立ち技競技で禁止されているのは、これを解禁したら引退を迫られる選手が続出するからだ。それをあれだけ多用するのは見ていて恐ろしいが、ルール上合法ならば使わない手はないだろう。相手の突進を止めるにはこれ以上ないほどに有効だからだ。
ハイキックもそうだろう。ムエタイにおいて、蹴りは決して頭部を狙うのみではない。ガードする腕を硬い脛で蹴り飛ばし、破壊することもまた目的にしているのだ。今回王者が多用したハイキックは、間違いなく腕の破壊を狙ってもいたと思っている。彼のフィジカルで繰り出される蹴りは、ガードをした腕に相当にダメージがあるはずだ。そしてその合間に頭部に当たれば儲けたものだ。
そして彼の使う技のもう一つの特徴が、相手の反撃を受けにくいというものだ。彼が今回多用したスピン系の技もその一つだと思う。
今回彼が序盤で有効に使ったのがボディを狙ったスピニング・キックだ。恐らく全階級を通して、もっとも射程の長い武器ではないだろうか。顔面を狙うと距離が縮まってしまが、地面にまっすぐ平行に伸ばして腹を狙うスピニング・キックは距離のロスがなく、恐らく最大限遠くまで届く技だ。外してもなお十分に相手との距離がある。ジョーンズはこの技を後ろに下がるモウラーへの追撃に使い、なんどか硬い踵を彼の腹にめり込ませた。この技も上記のとおり、人体の硬い部位を用いて相手の急所を狙う危険な技だ。
また試合で決定打となったバックスピン・エルボーもその一つだろう。回転に合わせて下手な攻撃をしようとすればカウンターになってしまう。前に出てバックを取って倒すというのも狙えるが、ジョーンズはバックを取られても倒されないだけのフィジカルとスキルがある。また背中への攻撃が反則である以上、迂闊な反撃もできないだろう。何よりも、目の前で高速で回転した相手の攻撃を見極めて反応するなど至難の業だ。結果として、多くの選手はガードをするか、咄嗟に頭を下げる程度の反応しかできなくなる。
一昔前、須藤元気選手がバックハンド・ブローを多用して立ち技競技を荒らしていたことがある。そして多くの選手がこれにかなり手を焼いていたのを覚えている。隙があるように見えて、この系統の技はなかなかに打開が難しいのだ。距離を取ってローキックを打ち込み続けるか、ボディを狙ってミドルを放つのが一番手堅いように思う。そしてジョーンズはそれを知っているからこそ、相手を金網に押し込んでからこれを放つのだ。後ろに下がれなければ、この技の回避は難しいからだ。ダッキングで反応するのもそううまくはいかないだろう。今回モウラーが必死で金網を背負わないようにしたのも、これを警戒してのことだったように思う。
そして今回彼が使った、ガードの肘をそのまま下半身の移動を使って押し込んでいくエルボーなども、攻防一体の技だといえる。肘打ちというのは射程は短いが、顔面を覆い、相手のパンチのコースを防ぎながら打てるというメリットがある。
ボクサーであるモウラーを相手に、ボーンズはこの利点をかなりうまく使っていた。内側から最短距離で飛んでくる肘打ちは、モウラーの顔面を何度も削っていった。肘は大概の格闘技で禁止のためにディフェンスがあまり知られていないし、ボクサーは想定していない打撃の種類だから、彼の体に染みついた感覚からすれば反応もしにくいだろう。距離を維持できれば怖くはないが、ボーンズのように相手が踏み込むのにカウンターで合わせにいく打ち方ならば回避はかなりしにくくなる。威力不足も相手の力を利用して増すことができるだろう。
ボーンズの打撃はすべて、トリッキーで派手なだけではない。相手が防御しにくく、かつ自分の防御を確保し、かつガードされてもある程度ダメージを与え、怪我をさせたり痛みを与えて精神的に萎えさせるのを目的としたものだ。まさに合理主義の権化ともいえる打撃のチョイスであり、それは相手選手の身体のことに一切の気を配らない冷酷なものばかりだ。もし目つぶしと金的が解禁されれば、ボーンズはためらいなく使うような気がする。しかしそれがルールで合法ならば、使わない手はないのだ。勝つための最短距離とはそういうことであり、それができるのも強さの一つだと思う。そして対戦相手がもし不満に思うのなら、彼もまた躊躇いなく使えばいいだけのことだ。ルールで許されているということは、選手全員がその危険な技を使う自由があるのだから。危険な技が禁止されるときとは、その技が横行して競技の土台が揺らぐときだ。気を使って使わなければ、使う奴が有利でいつづけるだけだろう。皮肉な話だが、関節蹴りを禁止するには、その技がスタンダードとなって引退者が続出するまで無理なのだ。
だから危険な技を使うのはいい。ただ、一つだけ指摘したいのがボーンズのディフェンス方法についてだ。過去にもムエタイを使うファイターが同じことをやって一時期問題になった、相手の顔を手で押さえて突進を防ぐやり方だ。
一度モウラーがサミングをアピールしてボーンズが注意を受けていたが、その後もボーンズは何度もやっていた。反則であっても減点がなければ使うのはわからなくもないが、これは極めて危険な行為だ。レフェリーはよく見て、もっと注意をするべきだっただろう。相手の頭を押すのは有効だが、少しずれればむき出しになった指が目に刺さることもある。このやり方はサミングが起こることを選手は承知のはずだ。選手は指を立てて顔に向かって突き出すべきではないし、運営側はグローブの改良を急ぐか、減点をもっと厳しくするなどの対応が望まれる。
歴史を作り始めた王者と、彼を待つ者たち
王者は試合後、戦士の心を取り戻したといった。私が彼の一方的な試合に不満を持つのと同様、王者自身もまた戦士の心を忘れかけた自分に気づいていたのだ。世間では、ジョーンズが絶対的な王者ではないことを知ってがっかりしたかもしれない。ボクシングがいまいちなことに失望したかもしれない。だが私は、この試合でボーンズをずっと見直した。彼は王者にふさわしい心の強さと頭脳を持ち、崖っぷちで起死回生の一撃を放って局面を打開した。彼は体格差がなくても、王者にふさわしいだけの力を持っていたのだ。何よりもライトヘビーにはこれから、彼のライバルとなってこの先何度も戦うであろう素晴らしい戦士がいることを知ったのだ。彼の心から闘志が消えることはないだろう。これでもう二度と、クリチコ兄弟のどちらかとボクシング・マッチをしたいなどとほざいたりはしないだろう。私は今、本当の意味でのライトヘビー級王者が誕生したと思っている。死闘を潜り抜けて勝利を掴み取ったこの経験は、防衛記録などというものよりもはるかに価値のある彼の財産となっただろう。さあ、ライトヘビーにはまだまだ彼が戦わなければいけない戦士がたくさんいる。そして彼が新たな歴史を作り上げるのを心待ちにしたファンがいる。スポンサーも待っている。何よりも格闘技中毒の私が待っている。ボーンズはいつまでもベッドで寝ているわけにはいかないはずだ。彼がいち早くケージに帰還するのを、大勢の人が待ちわびている。
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「ザ・モウラー」アレクサンダー・グスタフソンは、7倍のオッズでアンダードッグだった。ジョーンズの防衛記録が取りざたされ、まるで決定事項のように語られた。世間は彼の次の挑戦者のことばかりを考えていた、そして王者でさえも。「ザ・モウラー」がすべてを砕いてしまえばいい、王座も、記録も、見る目のない世間も、そして驕れる王者の全身の骨もすべて。あの北欧の戦士はきっと成し遂げてくれる、自分はそう信じていた。
振り下ろされる稲妻の槌、砕かれかけた王者の夢
北欧神話には「トール」という戦いの神がいる。その手には稲妻を象徴する槌を握り、性格は豪胆で、立ちはだかる脅威をその槌を振り下ろして次々と砕いていくという。これまでだれも勝てないと思われていた「魔王」ジョン・ジョーンズに立ち向かう彼の姿は、ケージの中で紡がれた北欧神話そのものだった。彼は豪胆に、勇敢に、閃光を煌めかせて魔王に次々とその槌を打ち据えていく。そして戦いは、戦神と魔王ともに限界を超えて、死に向かって転がり落ちていく凄絶なものとなった。
モウラーの戦略はシンプルだ。フットワークを使ってケージを背負わない、クリンチ際では可能な限り素早く離れ、テイクダウンされてもすぐに立つ。そしてジョーンズが蹴りを出せないやや近い距離で、コンパクトにパンチをまとめていく。彼はこれを想像以上にうまくやってのけた。そして最大のポイントは、5Rを想定してボーンズのガスタンクの破壊を狙ったことだ。モウラーはボーンズを相当に分析してきたのが感じられた。
1Rが開始すると、モウラーは華麗なフットワークを駆使してパンチを繰り出していく。彼が最も多用し、かつ最大限に効果を発揮したのが、前述のガスタンクを破壊するためのボディ・ストレートだ。左のストレートをこまめに使い、距離が縮まったところで渾身の右ボディ・ストレートを王者のどてっぱらに叩き込む。おそらくこのダメージは王者には初体験だったに違いない。王者はこのボディに反応できずに被弾し続けた。
対するボーンズは彼のパンチを嫌い、遠目からボディを狙ったスピニング・キック、そして危険な関節蹴りを繰り返して、ボクサーの攻撃の要となるステップインを狙う。合間にけん制のハイキック、そしてインローを含めたローキックで足を殺しに来る。しかしモウラーはただのボクサーではない、彼は各要素をハイレベルにミックスしたMMAファイターだ。ジョーンズに蹴られると、すぐにローキックで蹴り返していく。これまで対戦したことのない体格とリーチを持った相手にボーンズは攻めあぐね、その最中にもボディに被弾し続ける。巻き返しを図る王者が圧力を強めた時だ。ステップインのタイミングを盗んで、モウラーがお株を奪う素晴らしいタックルを仕掛けた。
ボーンズの体は宙に浮き、簡単にマットにたたきつけられた。ボーンズがMMAの世界に入って以来、初めての被TDだ。その後モウラーはグラウンドで目立った攻撃ができずにボーンズを逃がすと、ボーンズはポイントを挽回しようと必死でTDを仕掛ける。だがモウラーはあの「ミスター・ワンダフル」と練習しているのだ。彼は素早くボーンズを引きはがして突き放し、サイドステップで脱出する。1Rは完全にモウラーが奪い取った。
2Rになると、すでに王者の口は開き、浮かない表情でモウラーを見つめる。ボディを打たれてスタミナをかなりロスしたのだろう。そして右の瞼の上を切って出血を始めている。モウラーにとっては理想的な展開だった。
しかし、ここからボーンズは肘と蹴りを多用して局面の打開を画策する。前に出てプレッシャーをかけては蹴りを放っていく。モウラーが蹴り足をキャッチして軸足を払いボーンズを倒すと、ボーンズは素早く起きて相手の腰に食らいついて逆にTDを狙いに行く。
しかしモウラーの腰は想像以上に重く、素早くクラッチを切るとケージすれすれを走って逃げた。対策は完璧だ。その後も組み付いてくるジョーンズを見事にさばいてTDを許さない。しかし途中、ジョーンズはガードのように前に出した肘を、ステップインしてそのまま押し込む肘を狙うとこれが直撃する。そして前蹴りを被弾し、1Rから被弾した腹を踵で貫くスピニング・キックを食らうとモウラーの運動量が落ち始め、終盤パンチで挽回するも押し込まれたまま2Rは終了した。
3Rになると、ボディを受け、そしてTDを狙ったツケで王者のガスがますます危うくなってきた。そしてそこに、持ち直したモウラーの槌が次々と当たり始める。このラウンドから運動量が落ちた王者に左のジャブが当たり始め、そして左フックも王者の顔面を捉えていく。ボディは相変わらずよく当たる。そしてこのラウンドで特によかったのが、組み際で相手の頭を抱え込んだ右のアッパーと、ワンツーからの左ミドルだ。
左ミドルは序盤から出していたが、距離が長く力まず伸びやかに放たれて、しなやかな鞭のように王者の腹に当たっていた。このラウンドは王者の手数がかなり少なかったように思う。
4R、またしてもモウラーの拳が冴えわたる。左ストレート、左フックが綺麗に当たり、王者の右の瞼からは血があふれ出して王者の肌を伝っていく。モウラーは今や王座に片手が届いていた。あと少しで王者は倒れるかもしれない、そんな期待が私の頭をよぎった、その時だ。ボーンズは血に染まった顔を上げ、ふと時計で時間を確認したのだ!劣勢なのは本人もわかっていたはずだ。彼はこの窮地でも、冷静さを何一つ失っていなかった。そしてこの直後にモウラーを悲劇が襲う。
モウラーが前に出るとジョーンズの体が動きを見せる。スピニング・キックを予見したのだろうか、モウラーがとっさに頭を下げると、そこにカウンターとなってバックスピン・エルボーが炸裂し、モウラーの頭が跳ね上がった。汗に輝く金髪が後方に振りあがる。モウラーは顔を下げたままにヨロヨロと後ろに下がると、勝機を見出した王者は残り少ないガスに点火して北欧の勇士の首を取りに行く。一気に金網に押し込むと肘を叩き込み、そしてさらに膝をかち上げるとまたしても肘を狙いに行く。
だがモウラーはウィービングでそれらを辛うじてかわすと、なんとか魔王の猛攻から脱出した。しかし額は血に染まっている。どこからの出血かは判然としないが、口を開けて王者を見据える彼の碧眼は、周囲を血に染められて一際輝いて見えた。まだ闘志は失われていない、しかしどこかその目に虚ろな影がちらついている。ダメージは想像以上に大きいようだ。それでも北欧の戦士は前に出て、必死に槌を振り回して王者にダメージを与えていく。王者もそれ以上の追撃ができない状態だ。二人は今や、どちらもがいつ倒れてもおかしくないほどのダメージを抱えていた。
そして最終R、王者が開始前に会場を煽ると場内は最高潮に達した。彼らは互いに手の内を出し尽くした。あとは互いにこれまでやってきたことを繰り返すだけだ。王者は執拗に肘、関節蹴り、そしてハイキックを放ち続ける。モウラーは蹴られたら蹴り返し、そして得意のパンチを当てようと前に出ては拳を繰り出す。
どちらもが被弾をしていた。しかし、ここでわずかに勝ったのは王者だった。グスタフソンはここに来て、とうとうガスが底をついたのだ。彼の上半身は芯をなくしたかのようにぐらぐらとし、とうとう頭を前にだらりと下げたまま、腰に手を当てて大きく息をし始めた。初めてのチャンピオンズ・ラウンドだ。彼はスタミナを使い尽くし、思うように動かない自分の体に不思議そうな表情を見せた。そこに王者がTDを仕掛けると、モウラーはとうとうTDを許してしまう。しかしモウラーはまだ諦めない。膝を伸ばして、トップを維持しようと死に物狂いで縋り付く王者を腰にぶら下げたまま、体を起こしてケージまで手で這いよると、そのまますぐに膝を立て、モウラーは王者に何一つ有効な攻撃をさせずにスタンドに戻した。もはや王者のガスもない。ケージに押し込んだ王者は立ち上がったモウラーに対して、まるで諦めたようにクリンチを解いてモウラーを解放する。彼のガスもまた、このTDで完全に終わったのだ。そして最後、縺れるようなクリンチからジョーンズが肘を当て、モウラーが反撃の槌を振り上げたところで試合終了のブザーがなった。両手を掲げる王者に対し、モウラーはもはや勝利をアピールするガスすら残ってはいなかった。彼はセコンドに手を握られ、その手を無理やりに挙げさせられていたが、まるで糸の切れたマリオネットのようだった。
彼らの死闘の結果はジャッジに委ねられ、ユナニマス・デシジョンで王者が見事に6度目の防衛を飾り、ティト・オーティスの記録を破って新たなる記録を作り上げた。北欧の戦士は王座を奪うことはできなかった。しかし、彼が奪えなかったのは王座だけだ。多くの人間の尊敬と評価を得、ボーンズの尊敬を得て、そして彼を過小評価したすべての人間を黙らせた。本当にあとわずかの差だった。そしてそれが全てだ。彼の腰は軽いままで、そしてスウェーデンに帰国する際に金属探知機に引っかかることもない。彼の戦績には冷酷な「敗北」の文字が刻まれる。だが戦いのこの残酷さこそが、戦士をもっとも成長させてくれるものでもあるだろう。
私のポイントでは、1、3Rはグスタフソン、2、4、5Rがジョーンズだ。2Rにもう少しパンチを当てるか、4Rに肘を受けなければ勝てていた試合だった。また少しばかりスピニング・キックと関節蹴りをもらいすぎた。だが、この試合内容は現状彼にできるベストだろう。彼は全てを出しきった。そして何が良かったか、何が足りないのかも、この試合ではっきりした。それはベルト以上に価値があるものだったと思う。
明らかになった北欧の戦士の実力と今後の課題
今回特にグスタフソンが素晴らしかったのは、パンチ技術全般はもちろんのこと、ボディへのストレート、テイクダウン・ディフェンス、そして蹴りの技術とクリンチでの攻防だ。
まず全Rを通して、彼がこまめに打ち続けたボディが王者をここまで苦しめた最大の要因だろう。レスリングをバックボーンに持つ選手の最大の強みは、そのカーディオの強さにある。組みで使うスタミナは凄まじい。鍛え上げたレスラーですら、何度もタックルを試みれば息を切らしてしまう。人間同士が力を掛け合うというのは、それだけエネルギーを使うのだ。それを専門的にやってきた人間は、軒並み化け物じみたスタミナを誇る。そして王者も例外ではない。彼のカーディオが優れているのは明白だった。だからこそ、序盤からボディを打つことでその王者のスタミナを奪い取ろうとしたのだ。そしてそれは、5Rマッチとなれば間違いなく大きなポイントとなる。スタミナがなくなれば体は鈍り、判断は遅れ、パンチに秀でたモウラーの拳が当たりやすくなるからだ。
事実、ジョーンズは3R以降に途端にパンチを被弾し始めた。体の反応が遅れ始めたからだ。とあるテレビの実況と解説が、「なんだかジョーンズが疲れてますねえ」と不思議そうなコメントをしていたが、モウラーがパンチを当ててもまったく注目していなければそういう感想になって当然だろう。ボディの有効性がいまだに理解されていないのは嘆かわしい限りだ。
そして次に素晴らしかったのがTDディフェンスだ。最近、有名なコーチや選手と練習したから技術が飛躍的に向上した、と抜かしては試合でまったくそれを出せない選手がちらほらいたが、モウラーにはそんなことがまったくなかった。彼はレスリング・エリートと練習しただけの、相応のレスリング技術が身についていた。
試合中、王者は何度もTDをしたがったが、結局倒せたのは最終ラウンド、モウラーがスタミナを使い尽くした時の一回だけだ。モウラーはそれも素早く脱出して、相手に有効な攻撃はさせていない。ほとんど完璧な防御だったといえるだろう。低いタックルはしっかりと頭を押し込んでクラッチを切り、脇を差されたらこれもすぐに距離をとって脱出した。むしろクリンチとテイクダウンにおいては、モウラーのほうが優勢なくらいだった。1Rには完璧なタックルを仕掛けてTDし、そして蹴り足をキャッチしてうまく相手を転がした。ジョーンズ相手にこれができるならば、恐らくモウラーはフィル・デイビス以外にTDされることはまずないだろう。そして青いスパッツに包まれた彼の臀部を見よ、大きく盛り上がり、その腰の強さが窺い知れるというものだ。この臀部はリョート以上のものかもしれない。彼のフィジカルの強さも、このTDディフェンスに間違いなく貢献していた。
また蹴りの技術も想像以上だった。彼は決してパンチに固執する選手ではない。MMAファイターとして、蹴りの技術もまた高水準だったと思う。彼はジョーンズに蹴られたらなるべく蹴り返していたし、パンチに集中するジョーンズに対し、かなりいいローやインローを当てていた。またパンチのコンビネーションで繰り出すミドルなどもまったく無理がなく、ガスが心配な王者の脇腹に鋭く当たっていた。彼がキックの技術を磨けば、さらに伸びる余地を感じさせる。
メンタルの強さもトップレベルだろう。決してそこまで闘志をむき出しにはしないが、ジョーンズに蹴られたらすぐに蹴り返し、そしてジョーンズの使ったスピニング・キックやバックスピン・エルボーを試合中にそっくりお返しして見せた。あの澄んだサファイアの瞳の奥では、赤く輝く闘志が揺らめいているのを感じさせた。彼の白い肌をめくれば、そこには炎よりも真っ赤な情熱が駆け巡っているに違いない。彼は王者を相手に、最初から最後まで何一つ気負わなかった。彼は自分に出来うるベストを常に尽くした。試合でもっとも難しいのは勝つことではない。自分のすべてを出し切ることであり、それを実行するには鋼の心臓と燃え盛る魂が必要だ。北欧の戦士は、神々から受け継いだ戦士の魂をしっかりとその体に宿していた。
最後に、彼のクリンチでの攻防だ。クリンチでのモウラーのアッパーは素晴らしかった。相手の頭を抱え込んでのパンチはボクシングでは反則だ。だがMMAではこれは合法であり、そしてボクシングで禁止になったのはこれが極めて有効な攻撃手段だからだ。彼が頭を抱え込んで放ったアッパーがボーンズの耳のあたりに直撃したとき、ボーンズは間違いなく効いていた。その後もたびたびインファイトになるとこのアッパーを駆使していたが、ジョーンズはこれをかなり嫌がっていた。接近戦でも、決してボーンズの肘に引けを取らないものだった。
そして彼が見せた欠点もいくつかある。
まず最初にカーディオだ。ライトヘビー級であのフットワークだ、どうしてもスタミナが足りなくなるのはしょうがないとはいえ、やはり最後の最後でこれが足を引っ張った。5R、ボーンズももう限界だった。あそこであと少し余力が残せていればと悔やまれてならない。試合中に思わず腰に手を当ててしまうほどに、彼の体は限界を迎えていた。あれはジャッジに対してかなり印象が悪いことは本人もわかってはいただろう。それでもああせざるを得ないほどに消耗していたのだ。やはり長丁場の経験がなかったことも影響しただろう。先にモウラーは十分なフィジカルと書いたが、あと少し絞ったほうがいいかもしれない。もちろんあの身長だ、現時点でも減量はかなり厳しいだろう。それでもやる価値は間違いなくあると思う。
次が彼の戦い方だ。彼はあまりにも真面目すぎたと思う。もっと相手を出し抜き、相手の予想もしていない武器がひとつ欲しかった。真っ向勝負で埒が明かない時に、奇襲というのはとても有効な攻撃手段だ。ボーンズはモウラーの拳が顔面に向かうことばかりを気にして、ボディや足へのガードはかなり疎かだったし、TDをしてくるとも思っていなかったからこそ1Rで不用意に飛び込んで転がされたのだ。もしモウラーがスピニング・キックかバックハンド・ブロー、肘、そして関節蹴りあたりを仕込んでいたらもっと面白いことになっていたかもしれない。パンチがあるのでスピニング・キックは当たる可能性が高いだろう。クリンチが強いので肘もいい。いっそボーンズの得意技である関節蹴りを盗んでもいいかもしれない。正攻法だけでは読まれやすい。ワイドマンがスパイダーに放ったバックハンド・ブローみたいなものがあれば、それを切っ掛けに渾身の一撃で王者をマットに沈められたのではないかと思っている。
ディフェンス面では、序盤でスピニング・キックをボディに数発受けたのが痛かった。あれと試合中盤での前蹴りでグスタフソンのガスも少し危うくなってしまった。関節蹴りも回避しにくいとはいえ、もう少し対策をするべきだっただろう。今回は怪我がなくてよかったが、あれだけ受けてしまうと試合中に足を完全に壊される可能性がある。ただハイキックのディフェンスは素晴らしく、概ねきちんとガードできていたのはよかった点だろう。
また肘に対しての対処があまりよくなかったのも気になる点だ。もっとも、大概の格闘技で肘は禁止なのだから、そうそうディフェンスが身につくものでもないだろう。ボクシング出身のモウラーならなおさらだ。今後肘の対策も進んでいくだろうが、一番の対策はモウラーも肘を使っていくことのように思う。
最後にクリンチだ。今回モウラーはクリンチを比較的避けていたが、それは実は作戦ミスだったかもしれないと私は考えている。前述の通り、彼の接近戦でのアッパーは背筋の凍るものがあった。金網際に追い込んで、相手の頭を抱えてアッパーを乱打すれば大抵の相手はKOできるように思う。もっとこれを多用していくべきだっただろう。パンチで追い込み、相手がハイガードに逃げ込んだところにこれを叩き込んでいくというのがいいと思う。上体を傾けて、顎の真下から死角を突いて飛んでくる右アッパーはボクサーとしての経験がとても活きている。ジョーンズは最初まったくこれが見えていなかった。これを序盤から使うつもりでいれば、もっとジョーンズを追い込むことができたかもしれない。
MMAとは、誇り高き男たちの命を賭したスポーツ
モウラーは試合後、ネットに一枚の写真を上げた。そこにはベッドに寝そべる王者とともに、傷だらけの顔で笑みを浮かべるモウラーの姿が写っていた。
彼らの手はそっと組まれ、そして王者は視線を逸らしてどこか恥ずかしげだ。モウラーは試合後もボーンズに歩み寄ると談笑し、丁寧なお辞儀をしていた。遥か遠い北欧の戦士には、武道と同じ精神が宿っている。暴力をもって相手を叩きのめすことを目的としながら、決して相手を憎んだりはしないのだ。彼は常にMMAをスポーツとして、純粋なる競技として伸びやかに楽しんでいるのを感じている。私が愛する北欧の戦士は誇り高く勇敢で、そして素晴らしいスポーツマンシップを持っているのだ。彼のおかげで、ボーンズは魔王でも何でもない、一人の負ける可能性がある人間であることがはっきりとした思う。彼の戦いはひとまず終わった。しかしこれは王座への新たな旅の始まりでもある。彼はすぐに練習を始め、今よりもさらに強くなってケージに帰還するだろう。だが今は死闘で傷ついた体を休めて欲しい。そして再び王座に辿り着く日が、一日も早くこの戦士に訪れるように心から祈っている。
驕れるボーンズは久しからず
試合前から、王者はひどくご機嫌だった。彼にとうとう、ナイキに加えてゲータレードのスポンサーがついたからだ。彼にとって、ゲータレードのスポンサーは一流アスリートの証だ。彼は夢が叶ったとご機嫌だった。そしてそのロゴをお披露目することに浮かれていた。
また王者は試合前から次の対戦相手について尋ねられた。ブラジル人の33歳のファイターについては「ハイレベルになる可能性があるけど、まだそこまでじゃない」、遅咲きのエリート・レスラーに対しては「彼の人生で最大のチャンスなんだろうけど、自分には得がない」、王者らしい、とても余裕のあるご意見だった。そこに、もうすぐ対戦するであろう北欧の戦士に対する恐怖など微塵もありはしなかった。
ボーンズがここまで増長するのも当然だ。彼はこれまで、強豪と思われた選手をすべて圧倒的な力で叩き潰してきたからだ。UFC屈指の空手の使い手、超長距離打撃の名手リョート・マチダを相手には完全に間合いを支配し、打撃で徹底的に痛めつけた挙句に絞首刑のようなチョークで撃破した。MMAレジェンドのムエタイ・ファイターであるショーグン・フアにはムエタイで圧倒し、最後は強烈な左ボディでショーグンの心を叩き折った。もっとも新しい防衛戦では、MMAレスリングのマスターであり、あらゆる強豪をTDしてきたチェール・ソネンを相手にダブル・レッグでTDし、肘で滅多打ちにして勝利した。これまでの防衛戦は、どれも異常なまでの実力差があった。そして誰もが、この王者は安泰だと錯覚した。
しかし彼の強さの大部分はその体格にあると思っていた自分としては、その勝利にあまり魅力を感じなかった。彼はライトヘビー級では破格の大きさだ。彼が相手を間合いに入れずに蹴りで一方的に削れるのも、グラウンドでガードからでも肘で削れるのも、すべては他の同階級選手よりも一回り以上大きいからだ。それはミドル級の絶対王者といわれたアンデウソン・シウバもそうだった。MMAでは使える攻撃方法が多彩なために、普通の立ち技よりも距離が遠い。そこでは体格とリーチが大きくものをいう。懐が深ければそれだけ距離を維持でき、距離を維持できればそれだけ相手の攻撃を見極める余裕ができる。彼らのスタンドでの被弾の少なさはそれがポイントだった。そして王者は、たまに距離を詰められた時の反応は決してそこまで優れてはいないように見えた。
加えて、これまでの対戦相手は皆、王者よりもキャリアの長い高齢の選手ばかりだ。皆30歳を超えている。若くて運動量が豊富で、かつ最初からある程度体系化されたMMAを学んだ選手とはまだ当たってはいなかったのだ。確かに彼が強いのは間違いない。しかし自分と同じくらいの若さ、同じくらいのキャリアを持ち、かつ体格差がない相手が出てきた場合に、彼のゲームプランは変更を迫られることになると思っていた。私はそんな彼の「好敵手」となる人物が王座にたどり着くのをひたすらに待った。そしてとうとう、北欧の戦士が彼のいる場所に到達したのがこの試合だった。
傷つき鈍っていく身体、ボーンズに訪れた過去最大の危機
王者の顔面はひどいものだった。右の瞼の上は裂け、左瞼は腫れ、唇も厚ぼったくなり、両瞼には塗りたくられたワセリンが垂れてつららのようにぶら下がっている。5Rに突入する王者の顔は、魔王と恐れられ、多くの強豪たちを余裕たっぷりに痛めつけていた彼とは別人のように見えた。彼は初めて、玉座から引きずりおろされる恐怖を味わっていたに違いない。
ボーンズの作戦はいつも通りだった。蹴りを使って間合いを維持し、隙があればTDをしてトップから削ることを狙いに行き、相手が飛び込むのを狙ってカウンターを合わせる。しかし、そのゲームプランは半分以上が機能していなかったといえるだろう。原因はリーチでアドバンテージがないことと、モウラーのTDディフェンスが最大限に機能していたからだ。
試合が始まると、ボーンズはいつものように長い足を活かした関節蹴り、ローキック、そしてバックスピン・キックでボディを狙う。そのどれもがいつものように効果的だった。ただ誤算は、同じ距離でモウラーが強烈な打撃を放ってきたことだ。ボーンズの蹴りの間合いで蹴り返してくるし、わずかに見誤れば簡単にモウラーの拳が届いてしまうのだ。
さらにモウラーは、ボクサー仕込のステップインからの鋭いボディ・ストレートを多用すると、これにボーンズはまったく反応できずに棒立ちで被弾する。それがかなり嫌だったのだろう、ステップインをする素振りを見るや、王者はこれでもかというくらいに関節蹴りを連発して彼が中に入るのを防ごうとした。王者は、接近戦では劣勢なことをすぐに理解したのだ。
王者は4Rまで、途中盛り返すもやはり劣勢気味だっただろう。何しろボディに対応できず、ひたすらに食らい続けてガス欠になりつつあったからだ。モウラーのパンチの距離がかなり長く、またパンチの打ち合いで分がない王者はパンチからタックルへの連携が狙えない。したがって王者はどうしても遠目から飛び込まなくてはならなくなるが、そうなればどんなエリート・レスラーであろうとタックルは早々極まらない。タックルは、相手が他の行動をして反応できない時に狙うからこそ意味があるのだ。それはMMA屈指のタックラー、ウェルター級王者GSPが教えてくれる。
体格とフィジカル差を活かした戦い方ではこれが限界だろう、そう思った時だった。私はモウラーを過小評価する世間を笑っていたが、自分もまた見る目のない間抜けだったことを思い知った。私は、ジョン・ジョーンズという人間のフィジカルばかりに目を向けて、彼のメンタルと頭脳にはまったく注目していなかったのだ。そして私は、王者になる資質とは何かを初めて理解した気がする。
王者最大の武器、それは窮地で閃く創造力と直観力
傷の上からモウラーの槌を受けて、再び流血を始めた4Rのことだ。王者は間違いなく窮地だった。ラウンド序盤からモウラーの拳を受けて、彼は劣勢に立たされていた。スタミナも危うく、彼は口を開いて足が止まりかけていた。その時、彼は時計をちらりと見た。彼は窮地でもラウンドと時間を計算し、ポイントのことを考え、そして自分の取るべき行動を計算していたのだ。そして彼がはじき出した答え、それはリスクを負って相手の虚をつき、一撃を食らわせるということだった。
彼が選んだその一撃は、分がないパンチでも、これまで散々ガードされたハイキックでも、動き始めを悟られて距離を取られたフライング・ニーでもない、勝負をかけて飛び込むモウラーの顔面を狙った、必殺のバックスピン・エルボーだった。
この土壇場で、彼が自分の持ち駒からこれを選択するセンスと直感、そして実行してしまう精神力、これこそがこれまでボーンズを王者たらしめた最大の要因だったのではないだろうか。MMAはメンタルゲームであり、そして互いに知恵を振り絞って相手の裏をかく頭脳戦でもある。ボーンズの最大の武器は体格ではなく、こちらのほうだったのだ。彼がこの技を選択したのも決して無根拠ではないだろう。これまでのラウンドから、モウラーはこの肘に対処できないと彼は踏んだのだ。それにしても恐ろしい精神力だ。もしバックスピン・エルボーを悟られて、態勢が崩れたところをTDでもされたら彼は確実にラウンドを落とす。あの僅差でTDをされたらもう判定では望みがなくなるところだったはずだ。それでもボーンズは決行した。彼もまた、リスクを背負って己のすべてをベットできる戦士だったのだ。
結果的に、この肘でモウラーは大きく失速した。食らった後の動きを見ても、相当に脳が揺れたのは間違いないだろう。彼は額を割られて出血し、体のバランスを欠き始めた。スタミナ切れもあったろうが、もちろんダメージもあっただろう。ここからさらに王者は肘を使ってモウラー削り、グロッキーになりながらも最後までケージに立ち続け、死線を潜り抜けてそのベルトを北欧の勇者から見事死守した。決してラッキーではない、彼の勇気ある決断が、辛うじてベルトを守り切った試合だった。
ボーンズが多用する打撃の傾向とその目的
今回の試合でボーンズがモウラーに勝てた大きな要因は、メンタルを除けばやはりカーディオだろう。ボディをさんざんに打たれてなお、最終的に彼のスタミナはモウラーを上回ることができた。やはりレスラーのスタミナは破格のものがある。彼はこれまでよりもずっと大きい相手と戦い、ずっと多く被弾しながらあれだけ動けたのだ。そのフィジカルはもう手放しで絶賛していいほどにタフなものだろう。また彼のメンタルも素晴らしかった。あの冷静さと状況判断力、そしてここぞでの創造力はアンデウソン・シウバを超えるファンタジスタの才能だ。それがグスタフソンを翻弄し、王者を窮地から救い出すことに大きく貢献した。
そして今回の試合で特に思ったのが、ジョーンズが選ぶ技の傾向についてだ。この試合で、ジョーンズは手持ちの技をほぼすべて引っ張り出して戦った。それらをすべて並べてみると、彼の試合での基本となる思想が透けて見える。
まず彼が使う足技はガード前提のハイキック、ノーマルなローキックとインロー、関節蹴り、組んでからの膝蹴り、フライング・ニー、踵をボディにめり込ませるスピニング・キック、そして顔面を腹を狙ったつま先で突き刺す前蹴りだ。加えて今回はブラジリアン・キックまで披露した。
次に手技はどうだろうか。クリンチでの肘、ステップインしての肘、ジャブ、オーバーハンド、そしてバックスピン・エルボーだ。パンチは一応使ったし、モウラーに打たれてやり返した時にあえて左ジャブを使い、なかなかにいいジャブだったがその後すぐに使うのをやめていた。
彼の使う技は、打撃をバックボーンに持つ選手とは一線を画している。そしてその技のチョイスからわかるのは、彼がKOを奪う重い一撃よりも、速く、隙が無く、そして相手の人体を破壊することに長けた技を好んでいるということだ。それは空手の打撃に近い理念だ。人体の硬い部位を用いて、効率的に相手を壊す技を王者は好んで使っている。
最たるものは肘打ちだ。グローブで覆われた拳と違い、鋭利な骨がむき出しとなった肘での一撃は、人間の皮膚を容易く切り裂いてしまうものだ。硬い鈍器のようなものであり、筋肉にめり込めばその部位は麻痺してしまうし、痛めた筋肉はその後の動きを阻害していく。骨に当たれば、相手の骨を砕いたり、痛めてしまうこともあるだろう。最も手軽で、最も人体を破壊しやすい打撃の一つといえる。
関節蹴りもそういう技の一つだ。これはあらゆる立ち技で禁止されている危険な技だ。放つサブミッションと呼べる代物であり、一瞬で膝十字を決めるのと同じような効果をもたらす。特に相手のステップインにカウンターで合わせれば、タイミングがよければ一瞬で相手の膝は破壊されてしまうだろう。蝶番になっている関節は、動かない方向への衝撃にあまりにも脆い。完全に壊れなくても、痛みと違和感がしばらく膝に残ることもある。これが立ち技競技で禁止されているのは、これを解禁したら引退を迫られる選手が続出するからだ。それをあれだけ多用するのは見ていて恐ろしいが、ルール上合法ならば使わない手はないだろう。相手の突進を止めるにはこれ以上ないほどに有効だからだ。
ハイキックもそうだろう。ムエタイにおいて、蹴りは決して頭部を狙うのみではない。ガードする腕を硬い脛で蹴り飛ばし、破壊することもまた目的にしているのだ。今回王者が多用したハイキックは、間違いなく腕の破壊を狙ってもいたと思っている。彼のフィジカルで繰り出される蹴りは、ガードをした腕に相当にダメージがあるはずだ。そしてその合間に頭部に当たれば儲けたものだ。
そして彼の使う技のもう一つの特徴が、相手の反撃を受けにくいというものだ。彼が今回多用したスピン系の技もその一つだと思う。
今回彼が序盤で有効に使ったのがボディを狙ったスピニング・キックだ。恐らく全階級を通して、もっとも射程の長い武器ではないだろうか。顔面を狙うと距離が縮まってしまが、地面にまっすぐ平行に伸ばして腹を狙うスピニング・キックは距離のロスがなく、恐らく最大限遠くまで届く技だ。外してもなお十分に相手との距離がある。ジョーンズはこの技を後ろに下がるモウラーへの追撃に使い、なんどか硬い踵を彼の腹にめり込ませた。この技も上記のとおり、人体の硬い部位を用いて相手の急所を狙う危険な技だ。
また試合で決定打となったバックスピン・エルボーもその一つだろう。回転に合わせて下手な攻撃をしようとすればカウンターになってしまう。前に出てバックを取って倒すというのも狙えるが、ジョーンズはバックを取られても倒されないだけのフィジカルとスキルがある。また背中への攻撃が反則である以上、迂闊な反撃もできないだろう。何よりも、目の前で高速で回転した相手の攻撃を見極めて反応するなど至難の業だ。結果として、多くの選手はガードをするか、咄嗟に頭を下げる程度の反応しかできなくなる。
一昔前、須藤元気選手がバックハンド・ブローを多用して立ち技競技を荒らしていたことがある。そして多くの選手がこれにかなり手を焼いていたのを覚えている。隙があるように見えて、この系統の技はなかなかに打開が難しいのだ。距離を取ってローキックを打ち込み続けるか、ボディを狙ってミドルを放つのが一番手堅いように思う。そしてジョーンズはそれを知っているからこそ、相手を金網に押し込んでからこれを放つのだ。後ろに下がれなければ、この技の回避は難しいからだ。ダッキングで反応するのもそううまくはいかないだろう。今回モウラーが必死で金網を背負わないようにしたのも、これを警戒してのことだったように思う。
そして今回彼が使った、ガードの肘をそのまま下半身の移動を使って押し込んでいくエルボーなども、攻防一体の技だといえる。肘打ちというのは射程は短いが、顔面を覆い、相手のパンチのコースを防ぎながら打てるというメリットがある。
ボクサーであるモウラーを相手に、ボーンズはこの利点をかなりうまく使っていた。内側から最短距離で飛んでくる肘打ちは、モウラーの顔面を何度も削っていった。肘は大概の格闘技で禁止のためにディフェンスがあまり知られていないし、ボクサーは想定していない打撃の種類だから、彼の体に染みついた感覚からすれば反応もしにくいだろう。距離を維持できれば怖くはないが、ボーンズのように相手が踏み込むのにカウンターで合わせにいく打ち方ならば回避はかなりしにくくなる。威力不足も相手の力を利用して増すことができるだろう。
ボーンズの打撃はすべて、トリッキーで派手なだけではない。相手が防御しにくく、かつ自分の防御を確保し、かつガードされてもある程度ダメージを与え、怪我をさせたり痛みを与えて精神的に萎えさせるのを目的としたものだ。まさに合理主義の権化ともいえる打撃のチョイスであり、それは相手選手の身体のことに一切の気を配らない冷酷なものばかりだ。もし目つぶしと金的が解禁されれば、ボーンズはためらいなく使うような気がする。しかしそれがルールで合法ならば、使わない手はないのだ。勝つための最短距離とはそういうことであり、それができるのも強さの一つだと思う。そして対戦相手がもし不満に思うのなら、彼もまた躊躇いなく使えばいいだけのことだ。ルールで許されているということは、選手全員がその危険な技を使う自由があるのだから。危険な技が禁止されるときとは、その技が横行して競技の土台が揺らぐときだ。気を使って使わなければ、使う奴が有利でいつづけるだけだろう。皮肉な話だが、関節蹴りを禁止するには、その技がスタンダードとなって引退者が続出するまで無理なのだ。
だから危険な技を使うのはいい。ただ、一つだけ指摘したいのがボーンズのディフェンス方法についてだ。過去にもムエタイを使うファイターが同じことをやって一時期問題になった、相手の顔を手で押さえて突進を防ぐやり方だ。
一度モウラーがサミングをアピールしてボーンズが注意を受けていたが、その後もボーンズは何度もやっていた。反則であっても減点がなければ使うのはわからなくもないが、これは極めて危険な行為だ。レフェリーはよく見て、もっと注意をするべきだっただろう。相手の頭を押すのは有効だが、少しずれればむき出しになった指が目に刺さることもある。このやり方はサミングが起こることを選手は承知のはずだ。選手は指を立てて顔に向かって突き出すべきではないし、運営側はグローブの改良を急ぐか、減点をもっと厳しくするなどの対応が望まれる。
歴史を作り始めた王者と、彼を待つ者たち
王者は試合後、戦士の心を取り戻したといった。私が彼の一方的な試合に不満を持つのと同様、王者自身もまた戦士の心を忘れかけた自分に気づいていたのだ。世間では、ジョーンズが絶対的な王者ではないことを知ってがっかりしたかもしれない。ボクシングがいまいちなことに失望したかもしれない。だが私は、この試合でボーンズをずっと見直した。彼は王者にふさわしい心の強さと頭脳を持ち、崖っぷちで起死回生の一撃を放って局面を打開した。彼は体格差がなくても、王者にふさわしいだけの力を持っていたのだ。何よりもライトヘビーにはこれから、彼のライバルとなってこの先何度も戦うであろう素晴らしい戦士がいることを知ったのだ。彼の心から闘志が消えることはないだろう。これでもう二度と、クリチコ兄弟のどちらかとボクシング・マッチをしたいなどとほざいたりはしないだろう。私は今、本当の意味でのライトヘビー級王者が誕生したと思っている。死闘を潜り抜けて勝利を掴み取ったこの経験は、防衛記録などというものよりもはるかに価値のある彼の財産となっただろう。さあ、ライトヘビーにはまだまだ彼が戦わなければいけない戦士がたくさんいる。そして彼が新たな歴史を作り上げるのを心待ちにしたファンがいる。スポンサーも待っている。何よりも格闘技中毒の私が待っている。ボーンズはいつまでもベッドで寝ているわけにはいかないはずだ。彼がいち早くケージに帰還するのを、大勢の人が待ちわびている。
毎回、記事を楽しく読ませていただいてます。
返信削除鋭い分析力・文章力・レスというコンテンツから、こちらのサイトが、MMAファンのための国内最高水準の意見交換の場になると楽しみにしています。
エディさんの分析が的確で詳細なので、私の意見などほぼ本文に出尽くしましたが。。。;;
最新MMAでのフィジカルの重要性は、毎回例外なく再確認させられます。
当初は金網とリングとで求められるものが違い、金網ではプライオリティが戦術よりフィジカルなのかなと思いました。
しかし、現在では戦略性の向上により、アドバンテージを生かす要素がより明確化したため、フィジカルの差が目立つのだと感じ、それが最新MMAなのだと感じています。
オクタゴンにおけるリーチ差は、戦略の立てやすい強力なアドバンテージのようです。現代MMAにおいて、スタンディングの主導権争いにプライオリティが置かれている証拠だと思います。
アンデウソン・JJを「フィジカル × タクティクス」の観点から、それぞれ大まかにスタイル分類すると、「リーチ × ストライキング」「リーチ × レスリング」ですね
違いは、スタンディングの主導権を、テイクダウンのディフェンスの成功で執っていくかオフェンスで執っていくかというトコがポイントでしょうか。
ワイドマンとグスタフソンがオフェンシブなファイトができたのは、テイクダウンを成功させたからだと思います。
アンデウソンは同リーチでも素晴らしいストライキングを見せました(グリフィン戦)。その上でリーチを生かすため、レスリング能力のないファイターは触ることすらままなりません。
JJはレスリングが強いのに、オフェンシブなファイトをしませんし、同リーチの相手に対するストライキングは、非凡ではありませんでした。
肘を武器として選択した創造力は見えましたし、もう少しリーチの長いフィジカルにあったタクティクスがあるのかなぁ、と感じ、JJに対する激励する気持ちと期待が持てた試合でした。
長文失礼しました。
いつもコメントありがとうございます。
削除ここ最近特にフィジカル差、体格差が際立つのは、やはり大概の技術に対してのディフェンスが確立して標準化し、それに伴いnaoさんの指摘通りに戦略の重要性が増していった結果、最後に差がつくのがそこになっているのだと思います。
ボーンズとスパイダーの一番の違いはやはりパンチの技術の有無とレスリング技術の有無だと思います。そしてボーンズがリーチ×レスリングでありながらレスリングをオフェンシブに用いないのは、パンチがないからだと考えます。蹴りはタックルに繋げられないからです。だから蹴りで相手を間合いから追い出し、焦って無理に飛び込んだ相手をクリンチに持っていってからTDしたり、金網に押し込んでから引っこ抜くことになります。今まではそれで機能しましたが、自分と同じ間合いで打撃を展開されるとそれはできませんでした。
今後は自分からTDして倒していくなら、やはりパンチは必須です。GSPやヴェラスケスのように、相手のディフェンスを迷わせる必要があるからです。肘では距離的にけん制には使えない気がします。本人はそれでボクシングを練習していたようですね。なかなかいいパンチを打っていましたからセンスはありそうですが・・・。ステップジャブだけで十分だと思います。同リーチでストライキングが微妙になるのも、タックルと連携した打撃がないからかなと思います。もっとタックルのプレッシャーがかかればよりストライキングで優位になるでしょう。蹴りの間合いからではタックルは遠すぎて簡単に見切られますから、その距離を潰すにはやはりパンチが必要です。
今回の試合で、私も初めてボーンズを応援する気持ちが持てましたwやっぱりこれくらい実力伯仲でなければ面白くありません。しかしボーンズにすらまだ進化の余地があるのだから、MMAの進化はとどまるところを知りませんね。